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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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12 アマリアの紅茶②

 せっかくなので三種類とも小さめの缶を買い、アマリアは急ぎ家に戻る。

 途中、ユーゴの待つ家ではなく宿に行ってしまいそうになったので慌てて方向転換して帰宅すると、ユーゴはリビングの椅子に座って待っていた。


「おかえり、ママ。おちゃは買えた?」

「ええ、既製品だけれどちゃんとしたものを買えたわ。今から淹れてみるけれど、早速飲む?」

「飲む!」


 両手をぱっと挙げて主張するユーゴの姿に思わず笑みをこぼしつつ、アマリアは厨房に向かった。

 調理道具棚には、小さめの湯沸かしポットがあった。これくらいの大きさなら女子どもが一杯ずつ飲むくらいの量の水なら入るだろうし、湯もすぐに沸くはずだ。


 この家が空き家になって少し経つようだが、ブルーノたちはいつここに新しい住人が来てもいいようにまめに掃除をしてくれていたようだ。これなら楽に火が熾せるだろう、と物置から薪を運んできたアマリアだが――


「ママ、何やってるの?」


 竈の前でしゃがみ、火打ち石をぶつけていたアマリアの様子を見にひょこっとユーゴが顔を覗かせた。


「おちゃ、淹れるんじゃないの?」

「お茶を淹れるためには、火を熾さないといけないの」

「火? その木ぎれに付ければいいの?」

「そうだけど――」

「えいっ」


 ユーゴのふくふくとした人差し指の先が、竈の中の薪に向けられる。そして彼の可愛らしい声と共にぶわっと指先が赤く光り――


 シュボッ! と音を立てて薪に赤い火が灯り、思わずアマリアは尻餅をついてしまった。


「うわっ!? 炎魔法!?」

「そうだよ。これくらいなら、おれでもできるよ」


 ユーゴはアマリアを驚かせたことが嬉しいようで、鼻高々の様子である。


(……そ、そっか。光竜は光魔法が得意なだけで、別の属性の魔法もある程度は使えるんだ)


 光魔法が得意というから、夜の真っ暗なときに明かりを灯してくれればありがたいな、くらいにしか思っていなかったが、アマリアが思っていた以上にユーゴは万能だったようだ。


 礼を言って竈の上にポットを置きつつ、アマリアは尋ねてみる。


「ユーゴは他にも色々な魔法が使えるの?」

「たいていは。あ、でもおれたち、白魔法は使えないんだ」

「全く使えないの?」

「うん。俺たち竜族や魔物は、人間よりも黒魔法に長けている。でも白魔法はこの世界で生きる者にしか扱えないんだ」

「へえ……なんでなのかしら」

「なんでだろうね。……少なくとも、おれたちは他者を傷つけることは得意だけど、他者を癒すという概念がないからかもね」


 淡々と告げるユーゴだが、その横顔は少しだけ寂しそうだった。


 魔界で魔物や竜族がどういう生活をしているのかはよく分からないが、「竜族の中では若い方」というわりに、ユーゴは家族や魔界のことを話題に出さない。家族というものへの関心が薄いのかとも思ったが、アマリアのことは「ママ」と嬉しそうに呼んでくる。


(きっと、魔物にとっての親子関係は私たちとは全く違うんだろうね)


 黒魔法は得意でも白魔法には一切の適性がない、というのも魔物や竜族の生き方や他者との関わり方に、大きく関係しているのかもしれない。


 ユーゴが熾してくれた火は調子よく燃え続け、思ったよりも早く沸騰しそうだ。


「ママ、おれも手伝う」

「ありがとう。それじゃあ、茶葉の準備をしようね」


 紅茶用ではない普通のポットはあったので、ユーゴにスプーンを持たせ、「山盛り一杯」と「すり切り一杯」の違いを教えた上でラベルの指示通りの量の茶葉をポットに入れさせる。


「これが飲み物になるの? ゴミみたい」

「まあ、これだと枯れた葉っぱのようなものだからね。はい、それじゃあ掬って」


 アマリアが缶を差し出すと、ユーゴは目を皿のようにし、唇はきゅっと引き結んで慎重に茶葉をポットに入れた。手は少し震えているが、ちゃんと「すり切り」で分量を守って茶葉を入れたユーゴは、至極満悦の表情だった。


 ちょうど湯が沸いたので、ポットにさっと湯を注ぐ。このポットは陶器製なので外からは中身が見えないが、こぽこぽと音を立てるポットを、ユーゴはテーブルの端にかじりついてじっと見つめていた。


 あいにく砂時計は見つからなかったので、体感にはなってしまうがユーゴと一緒に声に出して時間を数える。ユーゴは時間の単位も大きな数字もよく分かっていないようだが、アマリアの声に復唱するのは楽しかったようで、「じゅうはち、じゅうきゅう、じゅう!」と適当になりながらも笑顔で数えていた。


 時間になったら、残りの湯で温めていたカップに慎重に茶を注ぐ。なるべく気を付けたつもりだが、紅茶用のポットではないのでやはり少量は茶葉がカップに浮いてしまったので、スプーンで掬い取った。


「はい、できたよ。匂いはどう?」

「……あんまり甘くない匂いだね」

「ユーゴは甘い方が好き? また今度、蜂蜜があったら買うから、それまではこれで我慢してね」

「ううん、大丈夫だよ」


 ユーゴはふるふる首を振り、トレイに乗せた二人分のカップを慎重にリビングに運んだ。

 片づけが終わったばかりのテーブルにカップを載せ、アマリアはソファに、ユーゴは膝の上に乗った。まだユーゴ用の椅子は準備できていないのだ。


「それじゃあ、熱いから気を付けてね」

「おれは竜だから、これくらいなんてことないよ」


 ユーゴは自慢げに言った後、湯気を上げる茶を宣言通り一気に飲んでしまった。

 熱に強いというのは強がりではなく本当だったようで、アマリアが一口啜るうちに彼は飲み干し、「んー」と口をもぐもぐさせる。


「結構苦いね」

「そうね。でも苦さの中にある甘さや香りを楽しむものなの」

「……ごめん、あんまりよく分からない。でも、なんだか体がほかほかして、幸せな気持ちになれたよ」


 ユーゴは膝の上で体を捻り、えへへ、と笑ってアマリアを見上げた。不意打ちの天使の笑顔に、紅茶を持つ手がぴくっと震える。

 熱には強いようだが、ユーゴの色白の頬はほんのり赤らんでいて、本当に幸せそうに顔を緩めている。


「お茶って苦いけど、心が温まるね」

「よかった。また淹れるからね」


 ユーゴの口をハンカチでそっと拭ってやりながら言うと、彼は照れたように笑ってからアマリアの胸に寄り掛かってきた。


 既製品の紅茶ももちろんおいしいが、やはりいずれハーブや果実から淹れた自慢の一杯を、ユーゴにも飲ませてあげたいものである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 果実そのものを入れるお茶というのはよく知らないですね。水分が多いと香りや味とかがあまり出ないかもと思いますが、どうなんでしょうか?
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