11 アマリアの紅茶①
アマリアとユーゴの滞在申請は、あっさり通った。
ブルーノには「いっそ住民にならないか?」と誘われたが、ひとまずのところ正式な住民になるのではなく、「ポルクに滞在している旅の白魔法使い」という立ち位置で通すことにした。
とはいえこの集落に住むことになるし、傷病者の治療をする場所も必要だ。ちょうど、先月までここで暮らしていた若い男性が結婚して出ていったばかりの空き家があったので、そこでユーゴと二人で暮らすことにした。
「家具は基本的に一人分しかないが、ユーゴ君の分はどうにでもなるだろう。親子で住みやすいよう、好きに内装をいじってくれればいい」
「何から何までありがとうございます」
「気にすんな。その代わり、怪我人が出た場合はしっかり働いてもらうからな」
アマリアを空き家に案内したブルーノはからからと笑い、去り際にはユーゴの髪もくしゃっと撫でていった。ユーゴも彼にはそれなりに気を許したようで、「またね、おじいちゃん」と見事な子どもの演技を見せてくれた。
家は二階建てで、一階に厨房やリビング、食料庫などがあり、二階は寝室が一部屋あるだけだった。家具が少ないのは寂しいが、元々ここに住んでいた男性はギルド所属の傭兵だったため、家で過ごす時間より外で働く時間の方が長いくらいだったそうだ。
「……調理器具も少ないな。格安で譲ってもらえたらいいんだけど」
「ママは料理するの?」
厨房に立って器具の確認をしているとユーゴに尋ねられたので、アマリアは苦笑しつつ頷いた。
「ええ、まあ、最低限は。どちらかというと料理やお菓子作りより、お茶を淹れる方が得意なんだけれどね」
「おちゃ? ……ああ、それってご飯を食べるときに人間が飲むものだっけ」
ユーゴはこてんと首を傾げた。柔らかい金髪がさらりと流れ、彼の白い肌を擽っている。
「……そういえばユーゴって、あまり水を飲まないよね。竜族は水分を補給しなくても大丈夫なの?」
「ううん、種族によって必要な水の量は違うみたいなんだ。おれは光竜だから水はほとんど飲まなくてよかったけれど、水竜だと乾燥している地域に長居したら危険みたいだし、逆に火竜は水を飲む必要がない」
ユーゴはさらっと説明したが、今、なにやら不穏な単語が聞こえた気がする。
「……光竜?」
「うん、おれの種族。おれの鱗、金色だったでしょ? あれは光竜の証で、おれたちは光魔法が得意なんだ」
「ひ、光魔法が使えるの!?」
思わずひっくり返った声を上げ、足元の床に座り込んでいる少年を凝視してしまう。
竜には属性ごとの種族があり、先ほどユーゴが言ったように「水竜」「風竜」のように属性を冠する俗称がある。
そして属性に応じた魔法を使いこなすのだが、光魔法は人間でも扱える者が非常に少なく、魔物でも同じことが言えるそうだ。そもそも、魔界で生まれる魔物の中で光の適性を持つものはほとんど存在しない――と、ギルドの書庫にあった書物に書いていたはずだ。
「そりゃあ、おれは光竜から生まれたっぽいし、この色を見れば光属性なのは分かるんじゃないか?」
「……い、いえ、ごめん、全く分からなかった」
「別に気にしてないからいいよ。おれを討伐するようにママたちに言ったギルドの連中も、おれの種族は知らなかったんだろうし。あ、でもこの姿になったら竜のときよりも力は弱くなるけど魔法は普通に使えるから、ママにいたずらをする奴がいたら、おれの魔法でえいってやってあげるからね!」
ユーゴは金色の目をきらきら輝かせて頼もしいことを言ってくれるが、希少種である光竜である彼が「えいっ」としたことで大地が裂け、山が粉砕しないか心配である。
……それはいいとして。
「光竜だったということは、ほとんど水を飲まなくてよかったし、当然お茶っていう概念もないのよね」
「ないなぁ。ねえ、おちゃってどんな種類があるの?」
興味を惹かれたのか、ユーゴはきらきらした目でアマリアを見上げてきた。やたら堅苦しい表現をしたり難しい言葉を知っていたりするユーゴだが、人間の生活に関することには疎く、アマリアにとってはたいしたことないものでも興味津々で「あれは何?」「それっておいしいの?」と聞いてくるところが、なんとも可愛らしい。
(……そうだね。光竜は少しは水を飲むみたいだし、お茶を淹れてあげたいところだけれど)
あたりを見回す。
調理器具も十分に揃っていないこの家に、紅茶用のポットがあるとは思えない。鍋や湯沸かし用のポットはあるので水を沸騰させることはできるだろうが、おいしい紅茶を淹れるにはやはり専用の道具がほしいところだ。
(旅の間は野外用のものを持っていたのだけれど、竜の山に登る前にギルドに預けてしまったんだよね……)
アマリアの淹れる茶はアルフォンスたちにも好評だったので、最初の半年くらいは宿などで積極的に淹れていた。だがアマリアの立ち位置が悪くなると、趣味の紅茶作りをするゆとりもなくなった。
そして黄金の竜討伐の依頼を受けた際、登山の邪魔になるからということで、アマリアが普段リュックに入れていた道具一式を全て預けていたのだ。
五年前にアマリアの登録は解除されたはずだから、当然預けていた茶器も廃棄されたはず。あまり上質ではなかったが、見た目のわりに軽くて丈夫だったので旅のお供に最適だったのが惜しまれる。
「ユーゴにもおいしいお茶を淹れてあげたいけれど、道具がないからね……それでもよければこの後、あるものを使って淹れてみようか?」
「うん! ママの淹れたおちゃ、飲んでみたい!」
純粋に喜ぶユーゴを見ていたら、この金髪の少年があの巨大な竜だったというのが疑わしくなってくる。
茶器はないが、雑貨屋に茶葉は売っていた。アマリアはユーゴと一緒に家の掃除や荷物の整理を行った後、「ちょっと眠いかも……」とうとうとし始めたユーゴを家に残し、単身雑貨屋に向かった。
「ああ、アマリアか。家はどうだった?」
「とてもきれいですし、ユーゴと二人で暮らすには十分すぎるくらいです」
ブルーノは既に店番に戻っていたので、早速アマリアは茶葉のことを切り出した。
アマリアの趣味が紅茶作りだと聞いた彼は目を丸くし、「茶器なぁ……」と呟く。
「うちでは確かに茶葉も売っているが、あんたは既製の茶葉を使うだけじゃなくて自分でハーブを蒸らしたりしたいんだろう?」
「ええ、でもそれには専用のポットがほしいので、おいおい購入できたらと思っています」
「そうだな。今度行商人が来るはずだから、ちょっと聞いてみる。そういうわけだから、行商人が来るまではうちに置いているもので勘弁してくれよな」
「滅相もありません。ありがとうございます、ブルーノさん」
行商人と掛け合ってくれるのなら、非常にありがたい。やはりアマリアにもこだわりがあるので茶は素材から淹れたいのだが、道具が揃うまでは既製品の茶葉を使うしかないだろう。
ブルーノは、紅茶缶を三つ持ってきてくれた。どれもレアンドラ王国の一般市民が愛用する安価な茶葉で、アマリアも何度も飲んだことがある。
「ひとまずうちで常備しているのはこの三種類だ。それぞれの特徴――は、言わなくても分かるよな」
「はい、子どもの頃からよく飲んでいましたので」
念のため缶を手にとってラベルをしっかり見てみたが、一応きちんとした正規品だった。保存状態もいいようで、中の茶葉も湿気ていないようだ。




