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25 母の墓前で

 修道院と孤児院は、同じ敷地内に建っている。二つの建物の間は渡り廊下で繋がれており、いつでも行き来できるようになっていた。

 そこからしばらく歩いた丘の上に、墓地があった。麓町の人間ではなく、修道院や孤児院で暮らしていた者が亡くなった場合、たいていはここに葬られる。


 アマリアの母の墓は、春の風吹き抜ける墓地の隅にひっそりと建っていた。この墓地では故人の立場によって墓石の形が微妙に違い、母のそれは修道院のシスターを表す形をしていた。


「ここに、ママのママが眠っているの?」


 日除けの帽子を被ったユーゴが、興味深そうに墓石を見つめている。アマリアは頷き、墓前に淡い黄色の花をまとめた花束を置いた。


 この花は、母が生前好きだったものだ。レアンドラでは、墓前に供える花の種類は特に決まっておらず、たいてい故人の好きな花や好きな色のものが使われる。母は、黄色や薄いピネリ色が好きだったのだ。


「そうよ。ママのママは、私が十歳の頃に病気で死んでしまったの。……レオナルドも、母に会ったことはなかったわよね?」

「はい。僕が孤児院に入れられたのは八歳のとき――十五年前なので、ルフィナさんの名前も伺ったことがなかったです」


 レオナルドも言い、墓の前で片膝をついた。


 母の墓参りに来てくれないか、と誘うと、レオナルドもユーゴも快諾してくれた。レオナルドは「ご母堂にご挨拶せねばなりませんからね」とのことで、ユーゴは「ママのママに会いに行く」と言っていた。


 花を供え、その場にしゃがんだアマリアは修道院から持ってきたロザリオを首に掛け、目を閉じた。


(……お母さんは、シスターでありながら私を生んだ。そして、難しい立場だけれど私を育ててくれた)


 シスターでも結婚はできるが、その場合神に仕える身分を返上し、普通の女性になる必要がある。母の場合、アマリアを生んだ後もシスターの身分だったので、おそらく結婚はしていない。どういう経緯なのかは分からないが、母はシスターの身で父と出会い、アマリアを身ごもったのだろう。


(お母さんは、お父さんのことを自分からは一度も口にしなかった。私が聞いても、「素敵な人だった」と答えるだけで……でも死ぬときに会いたがっていたのは、きっとお父さんだ)


 アマリアの父のことは、ほとんどのシスターは知らないようだ。唯一知っている様子の院長先生に尋ねたことはあったが、「知る必要はありません」といつになく厳しい口調で言っていたので、子どもながらにアマリアも父のことは禁句だと察したのだ。


 だが、母は最期のときになって父に会いたがっていた。


(……お母さんの願いなら、なんでも叶えたかった。それで少しでも長生きしてくれるなら、なんでもするつもりだった。でも……お父さんが誰なのか分からないし、連れてくることもできなかった)


 父を知らないまま母を失ったアマリアだが、周りのシスターたちのおかげで立ち直れた。それにそもそも、孤児院にはもっと辛い境遇の子がたくさんいた。


 アマリアのように片親ながらたくさんの愛情を与えられたというのは非常に幸運な方で、レオナルドのように親の手で捨てられた子や目の前で魔物に両親を殺された子、親に売られた子など、枚挙にいとまがないくらいだ。


(お母さんは、香水作りの才能があった。たぶん、私が同じような才能を開花させることも予想していた。……お母さんはこの能力のことを、どう思っていたんだろう)


 アマリアが紅茶の才能を発揮するよりも前に、母は死んだ。院長先生も香水や紅茶の才能については詳しく知らないようなので、あの力について完全に知ることは難しいだろう。


(この力があるから、変な人に目を付けられることもあった。でも、たくさんの人を幸せにすることもできたし、大切な人を守ることもできた)


 母は、力を正しく使えと言っていた。どんな力でも、悪用すれば人を傷つけ、正しく使えば人を助けられると。


(よく分からないことや迷うこともたくさんあるけど、私は頑張る。お母さんだってきっとたくさん迷っただろうから、私も迷いながら模索する。……レオナルドとユーゴがいてくれるから、きっと大丈夫)


 目を開けてふと隣を見ると、レオナルドも真剣な顔で目を閉じ、祈りを捧げていた。ユーゴもよく分からないながら目をぎゅっと瞑り、なにやらお祈りをしているようだ。


(お母さんに挨拶してくれているのかな?)


 目を細めて二人を見つめていると、やがてほぼ同時に彼らは目を開け、アマリアを見てきた。


「母君に挨拶をしました。……ユーゴ、君は?」

「おれも挨拶したよ。おばあちゃん、はじめましてこんにちは、ユーゴです。ママと一緒に楽しく暮らしています、って」


 ユーゴもきりっとして言い、もう一度墓石に向き直った。


「ママのママなら、きっとママみたいにきれいな人だったんだよね。これで、おれのことを知っておいてくれるかな?」

「ええ、きっと。母も子どもが大好きだったから、挨拶するユーゴを見てきっととても喜んでくれるわ」

「そう? よかった。……おばあちゃん、おれ、ママを守るからね!」


 墓石に向かって元気よく宣言するユーゴ。アマリアはレオナルドと顔を見合わせ、そしてほぼ同時にふっと微笑んだ。


 きっと神の御許で、母も笑っているはずだ。

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