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捨てられ白魔法使いの紅茶生活  作者: 瀬尾優梨
第1部 秋から冬
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1  役立たずの末期

 耳元で、ごうごうと熱風がうなり声を上げている。

 立っているだけでも汗ばむ熱気の中だというのに、アマリアを見下ろす青年の目はどこまでも冷え切っていた。


「ここまでご苦労だった、アマリア」

「アルフォンス……」

「悪いが、おまえを担いで下山する余裕はない。……竜の餌食にならないことを祈っている」


 そう言うなり、アルフォンスはマントを翻して背を向け、座り込むアマリアを置いて駆けていった。余裕がない、なんて言っておきながら、仲間に指示を出して下山を急ぐ彼の足取りは軽やかだ。


 それもそうだろう。

 彼らは回復魔法をしっかり受けたため、体力が戻っているのだから。


「アマリア」


 か細い声に呼ばれ、振り返る。そこに立っていたのは、美しいプラチナブロンドを背中に流した美しい少女。

 アマリアとよく似た白いローブ姿の彼女はアマリアを見ると、悲しそうに目を伏せた。


「ここまで、本当にありがとう。あなたがいてくれなかったら、こうして竜から逃げ切ることはできなかったでしょう」

「エスメラルダ様……」


 アマリアは疲労困憊の体に鞭打ち、いたわしげな眼差しを向けてくるエスメラルダを見上げた。


 ――冒険者であるアマリアたちは、竜の討伐のためにこの熱気沸き上がる山に赴いた。だがそこに現れた黄金の竜はとてつもなく強くて、まともに攻撃することもできず、パーティーは壊滅しかけてしまう。

 なんとか竜から逃げ、リーダーであるアルフォンスの命令でアマリアはまず、同じ白魔法使いのエスメラルダの治療を行った。


 中級白魔法使いのアマリアと違い、エスメラルダはありとあらゆる回復魔法を使いこなす上級白魔法使いだ。だからアマリアが全ての力をエスメラルダの回復に注ぎ、復活したエスメラルダが他の仲間たちの治療を行うのが一番効率いいのだ。


 そのため、皆立ち上がることができた。アマリアは疲労のあまりその場に座り込み動けなくなってしまったが、仲間の誰かが担いでくれると思っていた。


 それなのに。

 皆、アマリアを置いてさっさと逃げてしまった。

 仲間には体力自慢の男もいるから、アマリア一人を担いで走るくらい苦でもないはずなのに。


 疲労困憊で言葉すら発せないアマリアは、助けを求めてエスメラルダを見上げる。


「ありがとう、アマリア」


 エスメラルダは水色の目をアマリアに向けると、しっかりと頷いた。

 そして、持っていた錫杖を振り上げ――


 ドォン! と凄まじい爆音が響き、石のつぶてがあたりに飛び散った。

 いきなりエスメラルダが地属性の黒魔法を地面に向かって発動させるとは思っていなかったアマリアがなすすべもなくその場に倒れるのを横目に、遠くを見やっていたエスメラルダは「……ああ、こっちに来たわ」と呟いて背を向ける。


「それじゃあ、わたくしたちが下山するまで、もうちょっと時間を稼いでね。……さようなら、役立たずの年増さん」


 歌うように囁いたエスメラルダが、振り返る。


 誰もが認める美貌の彼女は今、宗教画で見たことのある悪魔のように、醜く歪んだ笑みを浮かべていた。










 深窓の姫君だというのに、驚くべき俊敏さで去っていったエスメラルダ。

 彼女の背中を呆然と見ていたアマリアだが、やがて凄まじい地響きと共に、金色の光が視界に入った。咆哮が鼓膜を震わせ、迫り来る死を感じた体が情けなく震える。


 捨てられた。

 アマリアは、捨てられたのだ。


 なけなしの魔力は空っぽになっていて、誰もアマリアの腕を引っ張って立たせてくれなかった。さらにエスメラルダにおいては、自分たちが逃げる時間を稼ぐためにわざわざ竜をおびき寄せ、アマリアを囮にした。


 のろのろと顔を上げると、金色に輝く鱗が見えた。虚弱な人間ごとき一瞬で引き裂けそうな爪が、ひと噛みで骨まで砕かれそうな牙が、らんらんと輝くは虫類と同じ目が、アマリアに迫る。


 先ほどはまともに見る余裕もなかったが、こうしてまじまじと見ていると思いがけず美しく、壮麗な竜の姿に、アマリアは掠れた笑い声を上げた。


 ――ぽたり、と落ちた涙はすぐに、頬の下の砂塵に吸い込まれてしまう。


(ここで、死ぬのかな)


 人生二十一年。あまりにもあっけない最期だ。

 ギルドに加入して冒険者になったからには、危険な目に遭うことも負傷することも、覚悟していた。


 でも、こんな形で仲間に利用され、捨てられ、惨めな思いをするなんて。


 殺されるのなら、せめてひと噛みで殺してほしい。痛いのも惨めなのも嫌だから、苦しまないようにアマリアを殺した後、すぐにアルフォンスたちを追って同じように噛み殺してしまえばいい。


 ……でも。


(……約束、守れなくてごめんね)


 アマリアは目を閉じた。


 意識を失う直前にアマリアの脳裏に浮かんだのは、一年間共に旅をした仲間ではなく、アマリアと「約束」を交わした、ある少年の笑顔だった。

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