アイアン・クラウン
子供部屋で一晩中吼えまくり、もういっそのこと虎にでもメガ進化してくれた方がむしろ楽なのでは、と田南福は思ったが、残念ながら、自分は自分、相変わらずのしがない田舎の個別指導塾の塾長だった。
というわけで今日も今日とて母親お手製の野菜たっぷりインスタント袋ラーメンを食べてから13時に着くように出社。実家の近くの校舎で、歩いても10分ほどで行けるが、いつも愛車のアティテュードブラックマイカのプリウスで通っている。助手席にはパチリスの人形が鎮座。
すると個別指導教室の玄関前に、年の頃は60、70くらいだろうか、ホームレスを彷彿とする襤褸をまとい、片目に黒い眼帯をつけた男の老人が佇んでいた。
「あの、すみませんが、ここは学習塾の敷地内でして」認知症による暴力老人の可能性を考慮して、事を荒立てないよう、やんわりと追い出しにかかった。田南福の父親は2年前にガンで亡くなったが、その前の一時期、まだ彼の体が活発に動く頃、認知症のせいかひどく家族に暴力を振るうことがあって、そのやっかいな体験を思い出していた。
「面会の約束をお忘れか。午後1時、五社校前のはずだが」老人は、しかし、見た目の割には意外と矍鑠とした発声と話しぶりだった。
面会? こんな小汚いじじいと面会の約束なんかしたおぼえはないが。
「塾講師の面接なのじゃが?」老人は眼帯をしてない方の左目でこちらを射すくめてくる。
ああ、そういえば先日電話でそんな問い合わせがあったような……? しかしこの点の記憶があいまいで、はっきりとは思い出せない、普段はこういう記憶は良い方なのだが。
「では、面接を希望されてました、たしか……斎藤さん、でしたか。これは失礼しました」
やっとのことでぼんやりと名前を思い出したが、まさかまさか、こんな老人が来るとはな!
「ふむ、かまわんよ」と老人。「しかし斎藤というのは世をしのぶ仮の名前でしてな、本名はアイアン・クラウンと申す」
「アイアン……クラウン? さんですか」
まさかの外国人? 外国人にしても、変な名前だし。
「こんなところで立ち話もなんだから、中で話さんかな? というのは、おまえさんの方がわしに言うセリフなのじゃろうが」と老人に指摘される。
ごもっとも、と田南福は思い、教室の鍵を開けて中に案内した。