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子供部屋おじさん、爆誕!

 西暦2019年2月○日、その日その時まで、田南福(たみなみふく)は、まああれこれ不満を言いだしたらきりはないにしろ、そこそこの水準で生きている、人生を謳歌しているとは言えないまでも、他人にあれこれケチつけられるような境遇ではない、と思っていた。


 稼ぎが多いとは決していえないが、地方都市にあるフランチャイズ個別学習塾の、雇われ塾長ながら、一応の一国一城の主だ。暇なくせに予習の一つもしてこない怠惰なバイト大学生の差配をしつつ、努力というものを一切放棄したなろう系主人公の転生前みたいな学生達を相手に、現実把握能力の完全欠如したモンペに配慮しつつ、値段相応の授業カリキュラムを組み、粛々と遂行していく。そしてその様子を閲覧数一日一桁の「五社校 塾長ふくちゃんブログ」という塾ブログに報告する。これはこれでなかなかに骨の折れる仕事なのだ。


「塾長ふくちゃんブログ」の他に、川東災(かわひがしさい)、という名前で個人のtwitterアカウントももっている。6・3・3で12年、さらに4年で16年、そこからさらに10年以上使い込んでアンティークの味わいが付与された歴戦の学習机の上にSurface Pro 6を据え、そこから主に保守系の政治的主張を全世界に発信している。政治的主張というか、その内実は、声高にリベラルな虚妄を喧伝する不逞な輩を誅する、「NO!と言えるクリニック」というCMでおなじみ低須クリニック院長とか、現代の古事記とも称される『日本国記』という壮大な歴史物語で国民的ベストセラーを出したばかりの作家十田先生といった文化英雄の舌鋒鋭き批評、それを後追いする形で左派の悪口を書いているだけではある。それでもフォロワーは塾ブログよりは格段に多いし、低須院長を心から尊敬する川東災こと田南福は、なんだか自分が実際の自分より大きくなれるような、大いなる何かと一体化できるような気がして、すっかりtwitter政治言論活動にはまっていた。


 年齢は35歳。結婚はまだしていない。まだ、というか、彼女もいない。というか、正確には、いたことがない。30歳を過ぎて童貞ならジョブチェンジできるときいていたのに。もともとは医学部に行きたかったのだが経済的学力的事情により地方国立大学の教育学部に入った後、大卒のタイミングで数学教師になりそびれ、大学時代にやっていたバイト講師の延長上からとりあえずのつもりで就職した塾業界に、あいも変わらずいる。


 住まいは実家。生まれてこの方ずっと子供部屋に暮らしている。おかげで子供の頃の図工作品やら卒アルをすぐ引っ張り出していつでも観賞できる。あれこれ嫌味を言うやつもいるだろうが、それでも毎月実家にはお金を入れているし、賃貸みたいな無駄金払わないで貯金をできる。去年、貯めたお金で念願のプリウスを買った。嬉しすぎて、いまだに座席シートの新品カバーをとっていないくらいだ。


 一番の趣味はゲームで、中でも子供のころからシリーズコンプしているポケモンは特別。つい先日、ニンテンドー・ダイレクトで新作ポケモンの発表がされたばかり。2019年冬発売予定。田南福は、フルリスペクトするしょこたんと共に、ポケモン発売までがんばって生きるぞ! と誓ったばかりだった。


 実家最強! お家が一番! 田南福は、ずっとそう思っていたし、だれ憚ることなくそう周りに主張してもきた。

 それで何の問題もないはずだった。


 そう、その日までは。

 あの、忌まわしい「子供部屋おじさん」というパワーワードがネットの世界に爆誕するまでは。


「実家の子供部屋で暮らす未婚中年男性」とかいうふざけたセクシスト的定義のこの言葉、どこのどいつが言い出したのか知らないが、岡崎体育という個人的にはきいたことないがどうやらそこそこメジャーらしいアーティストがtwitterで言及したのがきっかけで、まとめサイトでも取り上げられ、バズってしまったらしい。田南福のような子供部屋の次にツイッタランドをねぐらにする人間にこれは効いた。効きまくった。なかでも、子供部屋おじさん、ランドセルのある子供部屋から政治的主張発信とかイキってんの草生えるwww、みたいなのが骨身に染みた。それ、子供部屋から書き込んでんの?


 ちくしょー! ぢぐしょーー!! ぢぐじょーーー!!! おまえになにがわかる、おまえなんぞになにがわかる、え、おまえごときに俺の何がわかんだよーーーー!!!!

 ランドセルはな、ランドセルはな、え? いまは物置部屋にあるんだよ、残念、子供部屋には置いてませーーーーーん!!!!!


 田南福は深夜に、やはり子供部屋から、同居の母親にも不審がられるほどの咆哮をあげた。


 しかし母親は母親で、数年前からどっぷりはまっている新興宗教のお経だかなんだかをぶつぶつ唱えだし、そうすることでかろうじて母息子お互いにあやうい心のバランスを保ちつつ、田南家の夜は更けていった。

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