切られた体と抜けた魂
もしこの依頼書のとおり、今回の標的が辰己ではなく辰巳だったとしたら、私は間違えて人間の魂を刈り取ったことになる。それがバレればおそらくはクビ、もしくは追放処分までありえる。
「それはまずい、非常にまずいわ」
とりあえず、手に持っていた魂を藤堂辰己の背中に押し込み、体を反転させ仰向けにさせる。そこらへんに落ちていたプリントを口元に持っていくが、プリントが揺れる様子はない。
こんな時は、どうすればいいのだろうか。
(そもそも、一度刈り取った魂って元の体に戻せるの?でも刈り取った瞬間意識があったってことは、繋がりが中途半端に戻ってた?それなら可能性はあるのかしら?)
未だに息を吹き返さない辰己の頬を叩いてみたり、心臓があるであろう場所を殴ってみたりしたものの、一向に動く気配がない。人間の緊急蘇生法は他にあったかと考えていると、とある手法に思い当たり、途端に頬が熱くなった。
「いやいや、それはないですよ。だって初対面ですよ?確かに私が止めを差してしまったかもですが、だからといって……」
普通に考えても人の命と人工呼吸など、比べるべくもなく人命の方が重い。
それは死神でも、そう思う。そう思うのは確かなのだ。
だからといって、簡単に実行に移せるほど人口呼吸という行為のハードルは低くない。
「これはあくまで救命措置であって、今後の私にどうこうなるものではないのだから……!」
そして意を決して辰己の口元に顔を寄せた瞬間、辰己の目が開かれ至近距離で互いの目がばっちりとあった。そのまま数秒間フリーズし、先に動いたのは少女の方だった。
「起きてんならさっさと起きなさいよ!危うく私の初めてを人間なんかに捧げるところだったじゃない!」
デスサイズを使わないただの拳で殴られた辰己は、妙なうめき声とともに床に沈み、再度動かなくなった。はっと口元に手を当てた死神少女は、慌てて辰己の胸ぐらを掴み前後に揺すった。
「ちょっ、また!?人間ってどうしてこうも脆弱なの!起きなさいってば!」
「あんまり人の体揺するんじゃねえよ、てか今お前思いっきり殴ったな?」
「起きなさいって…ん?」
辰己の体は未だに目覚めておらず、にも関わらず辰己の声は聞こえた。
声のした方に視線を向けると、そこには半透明になった辰己がこちらを見下ろしていた。
「辰己、あんた魂出てるわよ」
「そんなチャック空いてるよくらいの感じで言われても!」
本人にも魂が抜けている自覚はあったようで、慌てて自分の体に戻り直後に体のほうが目を開いた。自分の両手の感覚を確かめてから安堵の溜息を吐き、共に安堵の表情を浮かべていた死神少女の肩をがっちり掴んだ。
「なによ、私が可愛いからってこれだから男は」
「んなわけねーだろ、俺の体どうなっちまったんだ」
魂が抜ける感覚は確かにあった。
そして、自分の体を見下ろし、幽体離脱の体験もした。
この状況におそらく本物であろう死神の少女までいるのだ。
大方の予想はついてしまったが、それでも当人の口から状況説明が欲しかった。
「どうって、1回肉体と魂切り離したから繋がりがゆるくなってるんじゃない?」
「雑だな!?的確に今の状況を説明してるんだろうが雑だな!」
真顔でしれっと答える少女を思い切り怒鳴りつけるが、当人はこの人はなぜこんなに怒っているんだと言わんばかりにきょとんとしていた。あまりの温度差に自分が間違えているのではと思った辰己は、少し落ち着こうとその場に座り直した。
「あぁ、魂切り離されたから怒っていたんですね!」
「そこを分かってなかったのか!?」
落ち着けなかった辰己は再び立ち上がり、少女の頭を両手で挟み前後に揺さぶった。
さっきのきょとんとした表情から鬱陶しがるような表情に変わったが、なぜそこでそんな表情をされなければならないのか、辰己には理解できない。
「そんなに慌てなくても、魂の繋がりなら治せますから大丈夫ですよ」
「本当か?信用していいんだな?」
「うるさいわね、このライン・デア・トートを信用なさい」
そう言うやいなや、死神らしいフリルスカートからスマホのようなものを取り出し、なぜか横からアンテナを伸ばして通話を始めた。