掃除の合間に
「俺はこいつのことは、おとなしくて安全なやつだと思ってたんだがな」
「アンジェの琴線に触れることさえしなければ、人畜無害ののほほんとした天使よ」
ということは、今回琴線に触れたのは例の黒い昆虫だろうか。
確かに人類共通で嫌われているとは思うし、発見した瞬間発狂する人も少なくないだろう。だからといって、この見るからに温厚な天使が即座に消しにかかるとは思わなかった。
「さっきの両手が光ってたのはなんだ。あれは天使の技かなんかか」
「あれはあの光が当たった生き物と同種族の生き物が、半径100メートル以内から消滅する聖罰の光よ。まさか、いきなりあんなん打とうとするとは思わなかったけど」
なんという強制ニフ○ムだろうか。
その効果が本当ならば、もしあの光を人間が受けたら半径100メートル以内の人間は消滅するということだ。
「この子は昔からそういうところがあるのよ。興奮するとそのことしか見えなくなるというか、一度こうと決めたら曲げない頑固さというか」
「暴走しやすいのか」
「まあ、端的に言ってしまえばそんな感じね」
それは天使としてどうなのだろう。
だが、悪人ではないのは確かなのだし、暴走しやすいからといって過度に警戒するのも可愛そうだ。聖罰の光とやらを下界で使うのは禁止するが、それ以外に特に制限を加えるつもりはない。
「……聖罰の光以外にやばい技持ってないだろうな」
「私が知ってるのは聖罰の光と、あと選別の歌声があるけど天使としての才能は図抜けてたし、それ以外にもあるんじゃないかしら」
「その選別の歌声ってのは?」
「アンジェの歌声を聞いた人間が、もしアンジェに害を及ぼす人間であれば、その場で魂が天界送りになる歌声よ」
もしアンジェが何かを歌うことがあれば、それを聞くのは大変危険なようだ。
死神のイメージもかなり違ったが、天使もここまで攻撃的な技をいくつも覚えているとは思わなかった。しかし、それ以上に意外なのは、気絶したあとのアンジェをラインディアが介抱していたことだ。
「なによその目は。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「うーん、お前ってけっこう面倒見いいんだなって」
「んなっ、……んんっ、そんなわけないでしょ。私は死神よ?冷酷な魂の運び手なのよ」
「その割には、俺が天井裏にいる間に洗い物もしてくれたし、アンジェの介抱も手馴れてるじゃないか」
「それは……料理を作ってもらってるばっかりじゃ悪いし、状況が状況だったとはいえアンジェを殴ったのは私だし」
随分と義理堅い死神だ。
これ以上突っつくと怒られそうだったので適当に同意し、2人はそのままに掃除を再開する。
なし崩し的に共に暮らすことになった2人の天界人だが、仲良くやっていけそうな気がした。