大掃除(2)
「よかったです、ラインディアが下界で良くしてもらっているようで、本当によかったです」
進捗を確認しようと屋根裏に上がると、埃まみれで涙を拭っている天使がいた。
初めはホコリが目にでも入ったのかと思ったが、つぶやいていることを聞いている限りそうではないらしい。
「なんで泣いてるんだお前は。全然片付いてないな」
「私が下界に降りてきた理由は、もちろんラインディアと天界で遊びたいというのもありましたが、下界でしっかりと生活を送れているのかが心配だったのです」
「それがどうして、こんな埃まみれの屋根裏で泣いてる状況につながるんだ」
「先ほどの会話、聞いておりました。辰己さまは人間の中でも思慮深くお優しい方の様子。本来であれば、体と魂を誤認で切り離されたなど看過できず、お怒りになるのが当然でしょう」
確かにそうかもしれない。
それこそ、死んでいたかもしれないということを考えると、もう少し違う対応があるのかもしれないが、不思議とそこまで腹は立っていなかった。
ラインディアもこっちに留まることになったことで、痛み分けのような感じになっているのだろうか。改めて考えるとなぜ怒りを感じないのか不思議に思い首をひねっていると、考えを読んだかのようにアンジェが近づいてきて辰己の頭に手を置いた。
「他人の罪を許す心は、多くの者が持つことのできるものではありません。ましてや、己の命を脅かした者に慈愛を与えるなど、滅多にできるものではないのです。その優しさはなにか理由があるのかもしれませんが、現状のあなたの行いは、誇ってもよいものだと天使アンジェリカが保証しましょう」
天使の天啓のようなものを、埃まみれの屋根裏で受けているシュールな状況で、辰己はそこまで深く考えなくてもいいんだと、納得することにした。昨晩からドジなことしかしていなかったアンジェでも、天使らしい一面は新鮮だった。
「ありがとうな、初めてお前の天使っぽいところを見たわ」
「失礼な、堕天している最中とは言え心は清く、正しき天使であるつもりです」
確かに笑った表情などは、口角を上げて笑うラインディアとは対照的に、微笑むといった印象が合うようなアンジェである。この笑顔は確かに天使らしい。
話も落ち着いたところで天井裏の掃除を再開しようと立ち上がったとき、足元を一匹の黒い虫が走り抜けていった。
「あー、やっぱいるわな。薬局にでもいってバルサンでも買って……?」
ふと背後に怪しい気配を感じ、振り返るとそこには先ほどの微笑みが嘘のように無表情のアンジェがいた。なにかぶつぶつと言っているが、うまく聞き取れない。
「どうしたアンジェ、とりあえず俺はバルサン買ってこようと思うんだが」
「あれは……いけません、いけません。駆除せねば、聖罰を行わなければ……」
なにかブツブツつぶやいている内容が物騒に聞こえるが、俺の聞き間違いだろうか。
大丈夫かと声を掛けようとしたとき、急にアンジェの両手が光輝き宙に浮いた。
「天使アンジェの名のもとに、かの黒き生き物に対し聖罰を執行します!」
「何やってんのよこのバカ天使!」
騒動に気づいたラインディアがデスサイズの峰の部分で頭を打ち抜き、目を回したアンジェは目を回してその場に座り込むように倒れた。