天使の堕天条件
この天使、今なんて言った?
こちらの反応を見て理解できていないと思ったのか、もう少し噛み砕いて天使が説明をしてくれる。
「ですから、辰己さんの魂を天国に持ち帰ってしまえば、ラインディアも天界に帰れるんですよ。なので、辰己さんの魂をささっと切り離してしまおうかと」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ!これは私がミスを犯したからであって、本来ならまだ辰己は死んでないの。私たちが介入して、人の寿命を勝手にいじるなんて……あんたの魂の話してるんだから、のんきにパスタ食ってんじゃないわよ!」
「いやあ、そう言われてもな。アンジェさんは、どうして俺に止めを刺そうと?」
正直なところ、辰己にはアンジェが悪意から自分の魂をどうこうしようと思っているとは思えなかった。ならば、理由を聞いてからでもいいだろうと、辰己はマイペースに考えていた。
「辰己さんの魂が定着するのには、1年の月日を要すると伺いました。それは、ラインディアが1年間下界にて、暮らさなければならないということ」
「なるほどな、下界にラインディアが縛られるのがかわいそうだから、俺の魂の管理をしなくていいように、俺に止めを刺そうと」
「いえ、そうなったら私は1年間ラインディアと天界で遊べないではないですか」
少しでもいい子だと思った、俺の気持ちを返して欲しい。
とりあえずラインディアの反応を伺うと、目に手を当てあきれて物も言えないといった様子だった。その姿勢のままラインディアはアンジェと目を合わせ、取り出した手帳を開いて手渡す。
「アンジェ、あなたここの条文覚えてる?」
「これは、天界及び下界への往来についてですか。もちろん覚えていますよ」
「ならここの条文を読んでみなさい」
「はい、天界出立条項第3条。私情及び任務外の下界への出立は、特別出立許可証を得ない限り、堕天扱いとし一定期間の帰還を禁ずる……ですか?」
そこで何かに気づいたように、口元に手を当て表情を帰るアンジェ。
ラインディアも嫌な予感が当たったと言わんばかりに、手帳を何ページかめくってみせて、ある一文に指を這わせる。
「堕天扱いを受けた際の罰則期間は、1年間とし堕天扱いを受けた時点での地域で過ごすことを……これは」
「あんた、特別出立許可証もらってるわけ?」
「……少しお待ちくださいね」
そう言ってアンジェは部屋の隅へと移動し、昨晩に見たアンテナを伸ばすタイプのスマートフォンに向かって話し始めた。
「……はい、アンジェです。現在の私の扱いなのですが……はい……え、堕天扱いですか」
予想は見事に的中し、話を聞いていた通りならとりあえず俺の魂は助かったのだろう。
部屋の隅でアンジェが通話をしているうちに、2人はパスタを食べ終え皿を軽く水に流す。
そして、ラインディアはテレビのチャンネルを変え、辰己はずっと気になっていたアンジェの頭部に浮かんでいる光の輪に手を触れてみる。
「今からでも特別出立許可証の申請は……はい……え、現地滞在許可証?いえ、私が申請したいのは出立許可証で……いえ、私に滞在許可証は必要ないのです」
長引きそうなので天使の輪を持ち上げてみると、意外にも簡単に頭の上から移動させることができ、自分の頭の上に置いてみると体が少し浮いた。
「現在地ですか、今は日本の藤堂辰己さんの家にて食事を頂いて……え、食事をとってしまうとダメなのですか……はい……では私は1年間天界には戻れないと……」
体の浮く感覚は自分で制御できるらしく、ラインディアの前を真顔で通過すると、水を飲んでいたラインディアは噴き出し、笑い転げるのを必死で我慢している。
「はい……わかりました。では、1年後にまた天界に……はい、了承いたしました。失礼いたします」
通話が終わったらしいアンジェは、目をつぶり深呼吸をしてからこちらに向くよう座り直した。
「長々と失礼いたしました。この度は私の不手際につき、この下界にて私の天使の輪が!」