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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

代官と子供3 〜代官の娘と子供〜

作者: カスミ楓


「貴方、私の下僕となりなさい」

「お断りします」


 代官の息子さんと試合して、いつの間にか気絶させられてました。

 後から聞いた事ですけど、どうやら互いにやり過ぎたようで、やっぱり獣化はだめだったかと反省してたら、娘さんのほうがいきなり下僕とか言い出してきました。

 何を言ってるんだこいつは?


 ちなみに息子さんのほうはここに居ません。外で護衛の騎士全員と何やら試合してるっぽいです。

 何でも僕との試合で血がたぎってしまって、収まらないから仕方ないんですって。

 何しにきたんだこいつは?

 というか護衛も仕事しろよ、娘さん一人ここに置いていいのか? よくないでしょう。


 さて、代官の娘さんは、布をたっぷり使った服を着ていて、更に外套を羽織って、おまけに耳まで隠れる帽子まで被って完全防御態勢です。あれだけもこもこなら、随分と暖かそうですね。

 居丈高ですけど、正直十才くらいの子供じゃ迫力がついてきてません。元社会人だった僕からすると親戚の姪っ子とかが偉そうにしながら、お小遣いをせびりにきてる感じです。

 いやまあ姪っ子に比べ顔立ちはかなり可愛いですけどね。

 でも僕の母親はハーフエルフですし、連合王国に居た頃何度もエルフを見たことがありますが、あの人間離れした顔立ち(人間じゃないですが)に比べると、どうしても人間は見劣りしてしまいます。

 芸術品と比べるようなものですし、仕方ありません。


 で、その娘さんですが僕が断ったら、何故か驚愕されました。

 拒否られるのが信じられない、とでも思っているんでしょうかね。

 でも初対面の人に向かっていきなり下僕になれなんて、その手の趣味がある人以外普通は拒否しますよ。

 しかしこれだけで分かりました。随分と甘やかされてるみたいですね。


「貴方、私が気に入るなんて滅多にないことですよ、感涙にむせび泣きながら受けるのが当然でしょう?」

「何でそれが当然なのかは理解できませんが……僕は代官様からこのスラムで仕事をしろと命じられています。つまり僕の上司は代官様になりますから、配下に、というのならば代官様を通してください」

「配下、ではなく下僕なのですけれど……」


 下僕ってまさか奴隷とか言わないですよね。

 確かに帝国には奴隷制度もありますが、犯罪者、戦争の捕虜、或いは借金のカタ以外は存在していなく、更に言えば無理矢理奴隷にすることは禁じられてたはずです。


「同じことです、僕が仕事できなくなれば代官様が困ります」

「それは残念ですわ」


 うん、この子は我が儘姫って感じですね。

 こういう輩に権力を持たせると困るんですけどねぇ。いや逆か、権力を持ってるから我が儘になりやすいのかな。周りの環境って大切ですね。

 でも幸い僕は代官、つまりこの町で一番偉い人の命令で動いているので、代官の名を出せば拒否することは楽そうです。でも裏を返せば代官の庇護下から外れたらどうなることやら。

 そうなったらこの町から逃げますけどね。

 僕自身この町に思い入れなんて皆無ですし、旅費のお金が出来たら故郷の連合王国に帰るつもりですし。

 子供の一人旅はさすがに途中で止められそうなので、ある程度年齢を重ねるまで長旅は無理だと思いますが、隣町くらいなら何とかいけると思います。

 よく考えたら僕の母はハーフエルフ、ということは祖父、祖母のどちらかがエルフです。エルフは長命種族ですし、生きてると思うんですよね。というか僕よりも長生きすると思います。

 それを尋ねに行けば邪険には扱われないはずです、希望的観測ですけど。


 そのためにもお金を貯めなければなりません。

 この仕事が終わったら僕、代官にたっぷり請求するんだ。


「ところでカティエラ様、代官様からどのようにお聞きになったのですか?」

「お父様ではなくお兄様から、将来他家に嫁いだ時夫の仕事内容を把握するための練習だと伺いましたわ」


 へぇ……ま、確かに僕がやるスラムの改革は町の開発の一つだし代官の仕事といえば仕事だからね。

 娘さんが代官なり領主なりに嫁げるかどうかは知りませんけど、仕事の一つの例として一度経験しておくのも悪くないと思います。


「それに内容を把握すれば弱みも握りやすいですわ」


 ……え?

 弱みって何だよ。


「貴族でない平民の孤児には分からないと思いますが、夫とはいえ、いいえ、夫だからこそ相手の弱みを握る必要がありますのよ? 私のお母様もそうですわ」

「あ、はい」


 僕は代官に酷く同情していまいました。


「しかしそれで互いに足の引っ張り合いをしていれば、領地の発展が疎かになると思いますけど」

「あら、当家はこれ以上発展する必要はありませんもの」

「それはどういう意味ですか?」

「元々この町はアルデバラン山脈の資源を採りつつ、魔物を押さえるためにありますのよ? 今でも十分機能していますわ。ですから私、これ以上力をつけないよう引っ張るのですよ」

「その話は代官様に伝えてあるのでしょうか?」

「なぜ敵に教えなければならないのですか? 貴方も近い将来私の下僕になるのですから、口は慎みなさい」


 あ、この子馬鹿だ。

 貴族は平民に対し絶対権を持っています。ですが、僕は孤児でもっと言えばまだこの国の国民ではありません。だってねぇ、両親と僕は出稼ぎに来ただけなので、正式な登録や報告なんて一切していませんから、僕は連合王国民なのです。

 他国の民を殺めたら、それはちょっとばかりまずいと思いますよ。こういうのは口に出してはいけないのです。

 ……ま、他国の民とはいえ僕は単なる平民ですから、帝国貴族と争ってまで連合王国が庇ってくれる可能性は低いですけどね。


 それはそれとして、先ほど気になるキーワードがありましたね。

 これ以上力をつけないよう引っ張る、と。

 おそらくこれは娘さんの母親、つまり寄親である辺境伯家の意向だと思います。

 力が付きすぎるのを恐れているのかな?

 そういえば、ギルドでポーションを売るときにこっそり噂を集めてましたが、その中にこういう話がありました。

 帝国の騎士たちは弱いのが多いが、この町だけは別格で、更に代官がもし冒険者になったら最高ランクを与えても不思議じゃないほど強いとか。

 ま、大きな戦争もここ五十年ほど起こってないらしいし、平和になれば騎士の力が落ちるのは当たり前なので、騎士が弱いというのは理解できます。

 それにこの町は魔物という明確な敵がいるので、この町の騎士が強いというのも分かります。

 そんな強い代官や騎士を抱えているこの町は、帝国から危険視されている、ということですかね。

 そう考えると何となくしっくりきます。

 反乱を起こす、戦争を仕掛けるなど何をするにしても先立つもの、つまりお金が必要です。

 その資金を出来るだけ吸い上げたら、反乱は起こりません。

 この前のギルドの不正ですが、あれももしかして国の手口で、なるべくお金を吸い取るよう仕掛けていたとか、あり得そうですよね。

 いくら何でもあれはあからさますぎます。資料読めばちょっと知ってる人ならすぐ見つけられると思います。

 でも代官や騎士は脳筋だとしても、それ以外の文官たちがあまりにお粗末すぎないですか?

 しかしそれは辺境伯や国から押さえられていたとしたら?


 ……もしかしてそれを邪魔した僕って、まずい立場に居る気がします。


 一応僕は代官の庇護下にあるので、表だって狙われる事はないと思いますが、裏からならいくらでも打つ手はあります。具体的には暗殺とか毒殺とか監禁とか。

 まさかこの娘さんがこの事を口に出したのも、警告って意味なのかな? 余計な事をせず、素直に手下になれって言われてる?

 さて、どうしよう。

 ま、逃げるのが一番手っ取り早いです。

 でもねぇ、孤児たちを放っておくのも嫌ですし、それに代官は脳筋でがさつで不躾だけど、それでも愛嬌があります。ぶっちゃけ嫌いじゃない。なんて言うのか、これがカリスマって奴なんでしょうかね。

 見捨てる事はしたくない、じゃあどうするのか?


 まず帝国に取って危険だと思われているから、こんな事が起こっていると考えれば、それを取り除けば万事解決です。

 でも、それが簡単にできたら苦労しません。

 平和パレードでもしてみる? まさか、そんな事したら軍事パレードと勘違いされるでしょう。

 うん、僕に皇族や貴族の思考なんて分かるはずがありません。相手を知らないのですから、どうしようもないです。

 しかし……幸いな事に目の前には貴族のサンプルがいます。ちょっと小さいですけど、辺境伯家から送り込まれた女性に育てられているサラブレッドです。

 思考は似てるはずですし、僕が言うのも何ですけどまだ子供ですから、大人の貴族に比べれば扱いやすいと思います。


 じゃ、まず最初の一手はこの子の陥落から始めましょう。


♪ ♪ ♪


「儲け話……ですか?」

「はい、カティエラ様にとっても、カティエラ様のお母様に取っても、お金は大切でしょう? ですから、まずこのスラムを大々的に売り出し、儲けるのですよ」


 黒髪黒目で端正な顔立ちをしている私より少しだけ年下の孤児の男の子、ミールという名らしいですけど、その子はうすら笑みを浮かべながら、私にそう提案してきました。




 私の名前はカティエラ=ノイゼンハルク、由緒正しい帝国貴族であるカイゼンシュルト辺境伯家の血を引く長女ですわ。

 お母様はお父様の正妻で、この町で私より上の立場にいるものは代官であるお父様、その正妻のお母様、そして同腹であり次期代官のお兄様だけですの。

 先代代官のお爺さまもいらっしゃいますけど、既に隠居されて、貴族のくせに何をとち狂ったか冒険者になると言ってどこかへ旅立ったと聞いています。

 お母様は常々ノイゼンハルク家の男は馬鹿ばっかり、とおっしゃっていますけど、私もそう思います。

 お兄様なんて、毎日騎士たちと剣の訓練ばかりしていますし、少しはお勉強したほうが良いですよ、と忠告しても軽くいなされます。でもお母様は、その方が扱いは楽だから良い、とおっしゃっています。


 さて、私の夢は代官になることです。今のままでも十分上の立場ですけど、やはり生まれたからには一国とは言わないですが、町の一番程度にはなりたいと思っております。

 この町でなくとも、他の町でも構いません。

 お母様は裏で手を引いて、この町の半分以上取り仕切っていますが、やはり正妻という立場である以上、代官であるお父様の命には従わなければなりません。

 ですから、私は名実ともに代官として町を支配したいのです。このようなこと誰にも言う事は出来ませんし私は将来、辺境伯である叔父様の寄子のどこかに嫁ぐ事が決定しています。

 叔父様は伯爵家の正妻辺りが妥当だろう、とおっしゃっていますが、私は正妻ではなくその伯爵家そのものが欲しいのです。女性が代官になる、というのは前例はありますが、相当難しいですし運も必要です。

 はぁ……男爵でも構いませんのでどこかに爵位を譲って頂ける貴族はいないものかしら。


 そんなある日、お兄様がいきなり私を訪ねてきました。

 珍しい。

 お兄様が私の部屋を尋ねるなんて、この数年無かった事です。

 そして口にしてきたのは、驚きを隠せないものでした。

 孤児にお勉強を教わりに行く?

 まず、口を開けば剣しか出てこないお兄様からお勉強という単語が出てきた事が何よりも驚きました。お兄様でもお勉強という言葉の意味を知っていらしたのですね。

 そして次に孤児が先生ということです。

 孤児というのは両親が不慮の事故などで亡くなり、残された子供たちの事を言います。当然親が居ませんので、余程裕福な家庭でないとお勉強も中途半端でしょう。

 そんな彼らに教わる事がありますの?

 当然お兄様の頭を疑いましたが、更に驚いたのは、孤児にお勉強を教わりに行くのはお父様のご命令、だったからです。ああ、お父様も馬鹿でしたね。

 もしかしてお勉強というのは、その孤児が強いから、相手をしに行くという意味ではないでしょうか。

 それならお兄様が喜んで行くのも分かりますし、気が合えば小姓にでも取り立てるつもりなのでしょう。

 ノイゼンハルク家は昔から剣の強い人を取り立てる事がありますからね。

 

「いや違う妹よ。父上がおっしゃるには、非常に頭の回る孤児だそうだ。何でもつい先日、ギルドの不正を発見したとか聞いたぞ。お前も同じ家庭教師からでなく、市井のものの意見も聞いてみると思考の幅が増えるのではないか?」


 ご自分の小姓を取り立てに行くのなら、私が行っても何の役に立たないです、と断ろうとしたところ、お兄様から反論されました。

 あら、それは一理ありますの。

 お母様からは様々な人と会話し、それを自分の利点となるように誘導しながら会話をしなさい、と言われております。

 しかし孤児ですわ。そんな卑しい身分な輩から本当に学ぶ事がありますの?


「これは父上の受け売りだが、我々は考えるだけでこの帝国を実際に回しているのは市井のものたちだ。彼らから学ぶ事も多いはず、だそうだ」

「そうですけど、孤児ですわよお兄様。教育されている裕福な商人ならまだしも孤児に教わるなど、いくらお父様のご命令とはいえ到底受け入れかねますわ」

「うむ、私もそう思う。だから、本当に父上がおっしゃる通り、頭の回るものか試験を行うつもりだ」

「試験……ですの?」

「ああ、剣を交わせば分かるだろう? 頭が回るなら戦い方も賢いはずだ」


 ……本当にノイゼンハルク家の男って馬鹿ばかりですわ。

 なぜ私がそれに付き合わなければならないですの? 時間の無駄ですわ。


「私は行きませんわ」

「いや妹よ、お前も付き合って貰う。父上はその孤児にスラムの改革という事業を一任したそうだ。町の予算を使って事業を行うのに、孤児だけでは問題がある。だから我々もそれに加わるのだ。それにその事業が成功すれば、まだ成年していない我々にも実績が出来るのだぞ? それにお前は将来他家に嫁ぐのだ、先に事業を学べば役に立つはずだ」


 それは利点が大きいですわね。

 まだ子供の私が町の事業に携わり、成功すれば十分に箔が付きますの。他の町で子供が事業に携わるなどあり得ませんからね。

 もしかして、お父様が、私たちに箔をつけようと思っての温情かしら?

 でも……。


「孤児が事業なんて、もし失敗すればどうなさるおつもりですか?」

「それはその孤児の責任だろう? 孤児が上司らしいからな」

「孤児が私の上司ですのっ!?」

「勉強を教わりにいくのだ。我々は孤児のやることを逐一見て、覚え、勉強するのが仕事だ。それには我々が部下でないとおかしいだろう?」

「……確かにそうですわね。もし失敗しても上司である孤児の責任ですし、成功すれば私たちにも大きな利点があります」

「よし、納得したな? 三日後、共にいくぞ」

「畏まりましたわ」


 こうして私はお兄様と共に孤児が行う事業に参加することになりましたの。

 それをお母様にお伝えすると、その孤児を監視し、可能ならお金を渡して手込めにして手先に加えろとおっしゃいました。

 手先にしろなどと、お母様もその孤児を重要視しているようですわね。

 これは何かしらあるかも知れません。


 そして当日、私はその孤児と体面しました。

 以前本でエルフという美しい種族の絵を見たことがありますが、それに近い顔立ちの男の子でした。

 孤児と聞いていたのでがさつな子供かと思いきや、言葉使いはそこそこ丁寧ですし、立ち振る舞いもまあ許容できる範囲内です。

 へぇ……顔立ちが良いですし、立ち振る舞いもこれから学べば十分私の近習に加えても見劣りしないでしょう。

 私は少しだけその少年を思い直すことにしました。


 そんな私の思いなど吹き飛ばすように、早速お兄様は孤児と試合をいたしました。

 ただ線の細いあの身体では、毎日騎士たちと訓練をしている剣馬鹿のお兄様に勝てるはずがないでしょう。

 そう思っていましたが、意外にも互角の戦いを繰り広げております。

 線が細いと思っていましたが、なかなかに野性味ある戦い方もしています。

 最後はお兄様の先生の騎士が彼を気絶させて終了となりましたが、これだけ強いのでしたら、私の護衛に十分適しています。

 だって私の護衛はみな強い事は強いですけど、見た目が全く好みではありませんの。一人くらい私好みの護衛を入れても問題はないと思いますわ。

 ただ孤児ですと代理人の親がいらっしゃいませんので、下僕として雇う事にしました。下僕とは奴隷を言い換えた言葉で借金奴隷と同様、一定期間主に絶対服従する契約を結ぶものです。これならお母様の、手先にしろ、という指示もこなすことができます。

 しかし驚いた事に、私の提案を彼が断ったのです、平民の孤児が、下僕とはいえ貴族に直接仕えるなんて滅多にないことですのに。

 ですが、お父様の命令でスラムの事業を行うから私に仕える事はできないそうです。なるほど、確かにそれはお父様が優先されますわね。

 こういう時こそ私が代官であれば良かったのに、と思います。

 しかしそれは、この事業が終われば私の好きなようにして構わない、と受け取れます。どの程度時間がかかるのかは分かりませんが、半年くらいであれば待っても良いでしょう。

 どうせ手先になるのですから、お母様の指示を先に伝えておくのも良いかもしれません。


 そう伝えたところ、何を思ったのか突然儲け話が出てきました。

 そもそもこの町を発展させるのはお母様に禁止されていますのに、どういう意味ですの?


「スラムで行う事業とは、簡単に言えばスラムに住む孤児たちが自活できるよう仕事を与える事です。当然お金を儲けなければなりません。現状孤児とはいわば税金を納めていないものたちです。ところがお金が手に入るようになれば税金も納める必要がありますよね。つまり今まで無かった税金が入る事になります。これは大きいことですよ」

「そうですわね」

「その事業に携わったカティエラ様にとって、恵まれない孤児に仕事を与え、自活させ、さらにこの町の発展に尽くしたその実績は大きいのではないでしょうか。更に今後発展していけば、スラムでの儲けの一部を融通することも可能です」


 それが事業の成功ですの。私はその実績が欲しいがために、わざわざこんなところまで足を伸ばしたのですわ。

 ただ実績を作るということは、ある程度町に還元され発展するのは仕方ありませんが、もしかして先ほどの融通とはそれを阻害するためのものでしょうか。

 町の利益とせず、出来るだけ懐に入れるのなら、お母様も許して下さるかもしれません。

 ですが……。


「たかがスラムにそこまでお金が手に入ると思っているのかしら?」

「思っております。この町の人口は五万人、うち二割程度が冒険者です。彼らは商人ほどではありませんが、裕福なものは多いのですよ」


 それは理解できます。

 アルデバラン山脈の資源を直接採ってきているのですから、商人に売るだけでも一財産になるでしょう。


「彼らは宵越しの金は持たない性格の人が多く、武具などの購入費、修繕費を除けば殆どが食事に費やされます。つまり食事を安く提供出来れば、一万人もの顧客がいるということになるのですよ。例え一人鉄貨五枚しか使わなくとも、一万人が毎日鉄貨五枚支払ってくれるのなら、一日の売り上げは金貨五枚にもなります。これは非常に大きいお金だと思いませんか?」


 一日金貨五枚ですの!?

 私が頂いているお金は月に金貨二枚ですが、それを軽く超える金額を一日で?

 それがもし現実になるのなら、私の実績としては十分でしょう。


「もちろん最初から金貨五枚になる訳ではありませんし、どのような事業でも最初から好調な事など滅多にあるものではないと思います。今の孤児の人数だと、一日頑張ってもせいぜい百食から二百食が限界でしょう。全て売れたとしても銀貨一枚ですし、食材を買わなければなりませんし、火を熾す材料も必要ですから、利益としては大銅貨二枚もあれば良い方かと思います。ですが、これは最初だけです。冒険者は噂話しが好きですし、それに乗ればすぐさま売れるようになります。実際、私が低価格のポーションを売りにだした時も、僅か半月で十倍以上の売り上げになりました。冒険者たちの胃袋を掴めば、それくらい伸びると思います」


 鉄貨五枚だなんて、どのような貧相な食事でしょうか。

 そこまで安いものなど、本当に売れるのですの?


「鉄貨五枚の食事とはどのようなものです?」

「まずは乾麺です」

「……?」

「簡単に言えば小麦粉と塩水を混ぜこねて、乾燥させたものです。これはお湯につければ元に戻ります。正直に言えば美味しいとは言いがたいですが、非常に楽に食事が可能です。冒険者は毎日町に帰る訳で無く、山脈で寝泊まりする事も多いのですよ。ですからその間の食事は、出来るだけ重くなく、嵩張らなく、簡単に作れて、日持ちするものが選ばれます。今は主に燻製肉と堅パンが主流ですが、乾麺が出来れば堅パンの代わりになりますし、乾麺と一緒にお湯へ燻製肉を入れればかなりマシになるでしょう」


 よく分かりませんの。

 料理をするなんて今まで行った事がありませんので、全く想像できませんわ。

 しかし彼は熱弁するように私へ説明してきました。


「それ以外にもスープの素も考えていますし、ドライフルーツも挑戦してみたいですし、いくつか案はあります。更に言えば他の町へ売りに出すことも可能です。嵩張らないし重くないですから運ぶのも楽ですからね。そうすれば顧客層が広がりますしもっと儲けは出ると思いますよ。そこまで行けばあとは……」

「そこまでで良いですの。貴方の言う事は理解出来ませんが、それだけ自信を持っているのなら良いでしょう」


 私が遮ると、彼は若干残念そうにしていました。

 お兄様と対等に戦えるというのに、そのしょんぼりした格好がおかしくて、意外と可愛いですわね。

 しかしお兄様、お父様は頭の回る孤児とおっしゃっていましたが、確かにこれだけ舌が回るのでしたら、確かに頷けます。

 それに……もしかすると、私を代官にするような案を出してくれるかも知れません。

 これは是非とも手に入れなくてはなりませんね。ふふっ、これは良い人材を見つけましたの。


 っと、いけません、つい顔が綻んでしまいました。淑女たるもの内面を外に出さないようにしなければなりませんの。

 

♪ ♪ ♪


 口八丁手八丁で何とか娘さんの説得に成功しました。説得途中、最後は嫌そうに遮られてしまいましたけどね。

 他の町だけでなく果ては他国まで輸出して、一大商会として成り上がりギルドと提携して冒険者の必需品として売る、更に飢饉が起こった時の非常食として国にたくさん売る、まで想像してたんですけどねぇ。

 確かにお嬢様が料理の仕方など知ってるわけないですよねー。

 ま、乾燥させる手段は以前代官に服と交換した、暖かくする魔方陣を使えば楽に出来ますし、幸いスラムには空いてる家屋はたくさんありますから、場所も大丈夫です。いっそのこと窓とかを三重窓くらいにして、壁に断熱材を挟んであげれば効率よさそうですけど、断熱材なんてどうやって作るのか分かりませんし、手軽に断熱材代わりにできそうな羊毛も高そうですからね。

 この世界、パンが主食ですから小麦粉も大量に買う事だって出来ます。資金だってたっぷりありますし、何とかなるでしょう。


 しかし説得が終わった後、やけに娘さんの機嫌がよさそうでしたけど、どうしたのでしょうか。

 特に最後、一瞬でしたけど目を細めて笑っていましたが、正直背筋がぞっとしました。

 何この子、怖いですよ。


 話が終わった頃、息子さんがやっと満足したのか、戻ってきました。


「妹よ、随分と機嫌がよさそうだが内緒話は終わったのか?」

「内緒話などしておりませんの」

 

 いやいや、あなた代官が敵だの町を発展させる気はないだの、しっかり内緒話してましたよね?

 息子さんのほうは、本当か、という目で僕を見てきました。

 さすがにお家騒動に繋がりそうな発言はしたくないですし、これから娘さんには色々と貴族のサンプルとして動いて貰う必要がありますからね。


「カティエラ様には、今後の事業の方針を説明させて頂きました。ロベルナルト様にもご説明しましょうか?」

「いや、それについては一任する。私は貴様のやっている事を覚えるだけだ」


 丸投げかよ。さすが代官の息子さんですね、似てるわー。

 さて、一応方針は娘さんのほうから許可がおりましたので、次は実際に動かなくてはいけません。

 あ、でも僕が上司なんでしたっけ。じゃ許可なんて不要だったのか。

 しかし情報共有は重要だと思えば、説明も無駄じゃないですよね。


「ところで、ロベルナルト様、カティエラ様はどの程度、ここへ通うおつもりでしょうか?」

「そうだな、私は午後の剣の訓練が終わり、走り込みがてらここへ寄らせて貰おう」


 午後の訓練が終わったあとって何時だよ。

 まあ夕方くらいと考えていればいいですよね。


「私は午前中はお勉強がありますので、午後から夕食の前までにいたしますわ」  


 あれ、娘さんのほうはかなり通う気なんですね。

 でもどちらも午後からということは、午前中は色々と仕込みできそうです。

 ま、最初は乾麺の研究と実験からですし、味見とかさせて意見を聞くのもいいかも知れません。

 貴族だから舌は肥えてるでしょうし、孤児だと食えれば文句ないって人ばかりですからね。


 よし、これからやることです。


 まずは風呂とか洗い場を作る。

 今は雪を溶かしてお湯にして、盥で身体を拭いてますけど、きちんと石けんとかも用意した風呂を作りたいです。食料品を扱うのですから衛生面はきちんとしなければなりませんからね。

 それと同時に乾燥室を作って乾麺の製作です。

 それ以外にはポーションの作り方を教える、料理のレシピの開発でしょうか。

 あとは上記の合間に本部を作る。この本部に風呂を用意しても良いでしょう。どうせこれは僕がやることなんて、建築の職人にお願いするだけですからね。あ、貴族が来るんですから、それなりの客間は必要ですね。

 それと同時に孤児たちの住むアパートみたいな家を建てる、こちらにも風呂は用意したほうがいいですね。

 この地域は寒いですから、熱いお湯に浸かれば疲れも吹き飛ぶでしょう。ああ、男女別に分けなければ……。


 意外とたくさんありますね。

 ま、一つずつこなしていきましょう。




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