漁村
スッキリ目が覚めた。
今日も港を目指して森の中を進むことにしよう。
部屋を出た。
よかった、まだ朝の時間帯のようだ。
道中、またモンスターと遭遇するんだろうな。
幸いなことに、今の俺の戦闘力で敵わない強敵には、遭遇していない。
ゲームなら、修行とか弱い敵を倒しつつ徐々に成長するとか、小説なら初めから最強系主人公が能力を出し惜しみしつつドヤッていくのがオーソドックスな展開だけど、現実は当然そんなことはお構いなしだからな。
いきなりヤバい奴が来たら、ルームに即避難だ。
そして、未だに俺のお得意様となるハズのアンデッド系が出てこない。
いや、お得意様というのは、普通のスケルトンとか、動きの遅いゾンビ限定でね。
バンパイヤとかリッチーとかは、ダメだからね。
あと、悪魔系も特効だけど、どう考えてもヤバそうだからパス。
んー、どうしようかなぁ、弱っちいアンデッド探すにしても、夜に森の中をウロウロするのは怖いんだよな。
そんでゲームじゃ、視野の端にミニマップが表示されていて、ざっくり周囲の地形や、敵がどっちの方向にいるか俯瞰で見えていたんだけど、当然ながら現在は何も表示がない。
えっと、右上の……この辺、この辺り、ここ?
何もない空間に人差し指を滑らすと……
キター!!直径15センチぐらいの円マップ出た!!!
自分を中心に、上が向いている方向、東西南北のマーク、地形の上空からの俯瞰、小動物以上の配置が白点で表示され、マップ円の下にHPとMPバーの表示、最高かよ!
えっと、どれぐらいのスケールだ?
石とか木とかを参考に推測すると、半径20メートルだな。
残念ながらスケールの変更ができないようだが、大変助かる。
他にも何かできないかといろいろ試したら、スロットが見えないんだけど、意識するだけで8個のショートカットに登録した分は自由に出し入れとか使用ができるようだ。
さて、気分一新、漁村への旅だ。
今日も、実験しつつ進もう。
お、数時間歩いたら親密度が上がって、ルナがゲートのアンカーになってくれるようになった。
早速、足場の良さそうな場所まで飛んでもらって転移だ。
親密度がグレー表記じゃなくて助かった。
それを繰り返しで行ければ楽チンなのだ。
さあ、どこまで離れて飛べるか検証だ。
目測100メートル……転移!
よし、行けた。
が、まだそれほど長距離が飛べないみたいだ。
とりあえず、高低差と行く手を阻む岩や谷等の障害は問題なくなったので転移で進んでみる。
高い場所から、跳躍場所を選定するか。
あの太い木が良さそうだ。
せり出している枝ぶりの良いところなら。
ルナ~あそこ、行って。
よし転移!
うお!
バランス崩して落ちるかと思った。
あぶねえ。
転移後、急に視界と感覚が回復するのに慣れないとな。
その後、現状転移は200m以上、行けることが分かった。
なかなかの高性能で、まあ許す。
遠くの山、とか無理かな?
ルナとの親密度次第か。
あとは、転移中の消費時間と、再転移に必要な時間がどれぐらいかかな。
時計はないが、ざっくりとした目安が欲しい。
何か代用できないかな。
丁度小川を発見。
あれを利用するか。
川で流される葉っぱの速度を見てみよう。
端の大きな石に流れてきて近寄った枯れ葉を目印に。
俺自身は、川の反対側5メートルぐらい離れたところに、転移。
流されている落ち葉を見る。
約一秒、必要ということかな?
感覚だけども。
再使用時間は、60秒みたいだった。
この辺、ゲーム内の仕様が基準のようでわかりやすい。
では、ルナを利用してのジャンプで進むとしよう。
そして、小一時間で目的地である漁村の近く来れた。
めっちゃ楽だった。
昨日の苦労は何だったのか。
さて、まずは漁村の様子見だ。
見渡せる丘の大木を発見。
中ほどに丁度座りやすそうな太い枝がある。
あそこにするか。
転移。
コツがわかり、今度は危なげなく腰掛ける。
ヒエンは、俺本体の周辺で警戒を。
先ずはルナで様子を見に行こう。
今の時点で300メートルほど離れても、ルナの制御は切れなくなった。
どんどん距離が伸びている模様。
順調順調。
さて、確認すべきは、住人がどんな属性か、言葉が通じるのか。
戦闘民族の村だったら困るので、確認もせずに入るわけにはいかない。
手の中で撫ででから、ルナを掲げる。
さあ、行け!
ヒエンは、俺の周りで小遣い稼ぎだ。
んー鳥の視点って気持ちいいな。
VRで飛行物のゲームをやった時も、開放感が最高だったけど。
おお、普通に人の集落だ。
100軒ほどある建物は、五軒に一軒の割合で空き家か。
この漁村、結構過疎ってるな。
木造の古い家が並ぶ。
村を反対側から見てみるか。
ルナを海の方へ向かわせる。
漁村の入口から200メートルほどで、海に出る。
透明度はそこまで高くないが、きれいな海だ。
が、まだ海上までは行けないので、旋回。
上から見ると左から抱え込むような天然の湾になっていて、小型の漁船が3艘、係留されている。
付近の海上に、船影はない。
釣りができそうなポイントが、湾内にいくつもある。
右側には、小さな砂浜がある。
漁村をもっとよく見てみよう。
パッと見、繁盛している店らしい建物はない。
ていうか、人がほどんど歩いていない。
俺が漁村に近づいた方向とは反対の方向に、道が続いている。
さて、村民の会話を聞きたいところだが。
丁度、漁師と思われる男二人が、陸に上げられた船の横で、網の修繕をしている。
彼らの会話を聞いてみるとしよう。
ルナを船の端に留まらせる。
~~~~~~~~~~~~
「……とこの娘さん、王都の学園に行くんだってな。またおなごがこの村から出ていくのかぁ」
「しょうがねえだろ、この村じゃ夢がないからな」
「だな。あーあ、俺も冒険者になって別の町に行くかなぁ。どうも人生の刺激が足りないんだよなあ」
「無理無理、おめえ、何の戦闘スキルもねえし、武器もろくに扱えねえだろ。町に着く前にゴブリンにやられちまうぞ。村を出たら、3日であの世だ。そんなこと考えないで、おとなしくここで生きていこうぜ」
「だよなぁ。誰か俺んとこ嫁に来てくんないかなあ。そうすりゃ生き甲斐も持てるんだけどなあ」
「ジョージんとこの娘さんとか狙ってみな」
「先月生まれたばっかじゃねえか!ジョージに殺されるわ!」
~~~~~~~~~~~~
なるほど、言語は大丈夫なようだ。
そういえば、現在の俺の思考は、日本語ではないことに今気が付いた。
日本語は、意識をすれば使うことができる。
が、母国語はここの言葉に置き換わっているのか。
んー不思議な感じだ。
ついでに字が読めるといいのだが。
で、結構、情報が得られた。
服装は、今のこの格好でも特に違和感はなさそうだ。
ここらは王国制か。
あっちの道が、王都方向かな。
王都って言葉の時に、そっちを向いていた。
王都には、子供が通う学園がある。
そして、ライトノベル定番の冒険者という職業がある。
そっちの道を歩けば、3日以内にゴブリンに襲われる。
危険なゴブリンが森をうろついているのに、漁村を守る塀とか無くていいの?
さて、大体わかった。
旅人のふりをすれば、いけるっしょ。
漁村に入ってこの世界に馴染むとしよう。
そうと決まればルナとヒエンを戻してっと。
一旦、ルームに入る。
このまま手ぶらで村に入っても、金がなければ宿泊はおろか飯も食えない。
マイナーヒールポーションをコンソールを通じて3本購入し、買取してくれるところで売ろう。
3本くらいなら怪しまれないだろう。
金を作って、さらなる情報収集だ。
あ、入れ物が無い。
こんな僻地に来る旅人なのに、バック一つ背負っていないって不自然だよな。
ストレージ収納は便利なんだけど、それが当たり前の世界観なのか確認できてない。
漁師は、網を手作業で修繕してるから、魔法を使って漁をしていないようだし。
結構貴重なのかな、魔法とかスキルとか。
兎に角、トラブルを引き寄せかねないので、先ずは目立ちたくない。
状況を確認するまで、こちらの手の内を秘匿しよう。
魔法が一般的なら、ここでも多少は栄えているだろうしなあ。
仕方ない、ストレージではなく懐に入れて。
この※ショートソード一本でなんとかやってきたって設定で。
村に歩いて入る。
何の障害もなく、すんなり入れました。
初異世界文化接触に、ちょっと感動。
さて先ずは、どこかでポーションの買取をしてくれないかな。
やっぱ道具屋とか、冒険者ギルド?
そもそも、あるのかな?
対面から歩いてくる人の良さそうなおばあちゃんに聞いてみよう。
「すいません~」
「おや、見かけないお人だね」
「こんにちは。旅をしていて立ち寄ったんですけど、ここは長閑でいいですね。村に宿ってありますか。あと、ポーションの買取をしてくれるところを探しているのですが」
「あー、なら、このままこっちに真っすぐ行った先、左手の、剣と盾の看板が冒険者ギルドだよ。そこで相談しなされ」
「そうですか。ありがとうございます」
軽く会釈して歩く。
今のやり取り中、相手に不審に思われているような気配はなかった。
文化が違うと、チップを求めてきたり、ハンドサインとか、決まりのジェスチャーとかあるかもしれないので、異質さを感じさせてしまうことが怖かったが、今のところ大丈夫そうだ。
うんうん、楽しくなってきた。
細かいけど、やっぱデザインの感性が違うんだよね。
建物とか、その辺にある小物とか。
あ、あの建物か。
一階は腰高まで石造り、それ以上の部分は木造で二階建て。
初めて見る建築様式だけど、これが標準なのかな。
へー、おもしろいなぁ、なんか理由あるんだろうな。
冒険者ギルドの建物の前で立ち止まる。
そういや冒険者ギルドに加入するか否か、決めてなかった。
俺は、弱い。
ものすごく、弱い。
現状、俺は旅人なので、特にアクティブの防御や攻撃スキルが無い。
攻撃面は、ダーツだけだし、悪魔とアンデッドには特効だが、純粋に戦闘となると利き手じゃない方に持った※ショートソードだけじゃ心許ない。
ゲーム的は、防御力が設定されていたけど、現実世界なんだから攻撃を受ければ、相当痛いと思うんだよな。
実際、痛覚は普通だし。
そして、死んだらシステム的な生き返りはできないだろう。
一か八かで確かめたくはない。
あと、俺のリアルのプレイヤースキルは、全く期待できない。
武道といえば、40年以上前に高校の体育でほんの少し齧った剣道と、受け身しか練習しなかった柔道のみ。
他の武術の知識は、ネットで眺めたうろ覚えの動画だけ。
喧嘩は、一度もしたことがない。
そしてラノベで定番の、火薬や石鹸等の便利アイテム作成方法や科学、農業、軍略・部隊指揮知識なぞ、さっぱりである。
高校以上で学ぶ知識は、あっちの世界で生きていく上で早々役に立たないからな。
教育委員会には怒られるかもしれんが、微積分も化学式も世界史も、その知識を必要とする仕事をしてなきゃ、どんどん忘れるのさ。
それが凡人、大人ってもんだ。
で、俺、元60歳の凡人の大人。
結論。
冒険者ギルドに入会するのは、とりあえず止めよう。
クエストとかで、危険な仕事を請け負いたくない。
とてもやっていける気がしないよ。
こんな俺でも、他の生きる道があればいいのだが。
内政も知識無いしなあ。
取り敢えず、ポーション売って飯代と宿代が作れるかな。
買い取ってくれなきゃ、諦めて出ていこう。
扉を押して入る。
中は、窓からの採光でそれほど暗くはない。
お、所々にあるランタンの明かりは、どうも炎に見えないので魔法の光かな。
もしかして魔道具?だけ普及しているとか。
そういえば、さっきのおばあちゃんは、ポーションという名詞が出ても違和感なく受け答えしていたからな。
正面の受付の初老のオヤジが一人、俺を出迎えてくれた。
この場合、若い姉ちゃんがデフォルトだと思っていたが。
現実とはそんなものだ。
ド田舎だしな。
「いらっしゃい。飯か? 宿泊か?」
ああ、俺がひ弱そうで冒険者に見えないからか。
「いや、ポーションを買い取ってもらおうと思って。この三本なんだけど」
そう言って、俺は懐からマイナーヒールポーションを3本取り出し、カウンターの上に置いた。
「ああ、そっちかい。アイテムショップ・コルへようこそ。どれどれ品質はどうかな」
普通に買い取ってくれるようだ。
冒険者じゃなくても買い取ってくれるのはありがたい。
「マイナーヒールポーションだな。3本で銀貨3枚だが、どうする?」
「わかりました。それでお願いします」
オヤジはうなずくと銀貨3枚をカウンターの上に置いた。
銀貨3枚ゲット。
さて、この銀貨、いかほどの価値なのか。
「すいません、宿泊施設を探しているのですが、ありますかね」
オヤジはニヤリと笑い「憩いの宿・コルにようこそ」とのたまった。
「宿帳に名前を書いてくれ。一泊夕飯付きで銀貨1枚だ」