へぇ〜
日直が休み時間中に綺麗にした黒板を、決して上手とは言えない文字で埋め尽くしていく教師。
黒板を引っ掻くチョークの音だけが、狭い教室内で反響していた午後一番の授業中。
僕は、後頭部が残念なくらいに哀愁を漂わせている教師の頭を、無心に眺めていた。
まるで闇夜に浮かんでいる月の様に、存在感のあるはっきりとした円が眩しい位に際立っているから。
教師は白いチョークでなく、黒色のに変えて自分の後頭部を黒く埋め尽くして行った方が、有意義な気がするのは自分だけの思い込みだろうか?
そのくらい気になって仕方なく、この授業の時は何も手に付かず手元に置いてあるノートは、何で買ったのか分からない位に清潔さを保っている。
そんな下らない事を考えていたら、情けないくらいに気の抜けた音が聞こえてきた。
『 ぷぅ〜 』
僕は見慣れたハゲ頭の教師から、ダークホースの如く現れた音の出所が気になってしまい、周りをちらちらと確認していた。
そしたら、左隣の茜ちゃんの頬が秒数を重ねるごとに赤く染まっていってるではないか!
昼食後の気の緩みが、常に城門を閉ざしている筈の門の開閉を許してしまったんだろう。
門兵は戦犯の罪で殺されるに違いない。
気づくと黒板とチョークが戯れる音は途切れていて、クラスメイトの音の出処を探す好奇な視線とひそひそ声が教室内を支配していってる。それに合わせて茜ちゃんの顔はボイルされて真っ赤になった蟹のように赤く染まっていく。
思春期真っ只中の女の子がこんな衆人環視の中、晒され続けてしまったらもう生きていく事は難しいだろう。
正直僕は、羞恥に晒され身悶えている茜ちゃんを好きになってしまった。
ここは、恥を掻き捨ててでも守るしかない!!
僕はおもむろに立ち上がって、ざわめくクラスメイトと教師の視線を浴びながら一発放った。
イヤホンメーカーのモンスターも唸る重低音のある短い音を。
女子の軽蔑するような声や、男子の馬鹿笑いが響き渡り教室内は騒然としている。
でも、僕にはそんなものは気にならなかった。
一人のか弱気女の子を救えたと思ったら、なんにも怖くないと思えたから。
フランクな外人もビックリするくらい和かな笑顔でゆっくりサムズアップして、左隣の茜ちゃんの顔を見下ろしたら、顔は引きつり凍てつくような視線が僕を捉えていた。
あれだけバカにしていた教師の哀愁漂う姿は、今の僕が身に纏ってしまったようだ。