イケメンライバルに実は女でしたと告白したらえらいことなった話~
過去と現在が入り混じってややこしいので、フィーリングで読んでください。
あまりにもつながらない部分があった場合、直します。
本編はあくまでダイジェストです。
「俺……いや……あたし、実は女なんだ」
苦楽を共にしてきた仲間たちが凍りついた。
瞬きすらせず、立ったまま死んだのかと危惧するほど動かない二人の前で、あたしは、どこから遡って、なんと説明すればいいのやら、必死に考えた。
「あのっえっとさ……これにはわけがあって。なんだ……その、前にギルドに入った理由ちょこっと言ったよな。あれ……言ってないか?」
あたしが、数あるギルドの中から、ここをホームにしたのは、とある誘拐事件のことを知りたかったからなんだけど。
「もうすぐ出かけなきゃいけないし。焦っててまとまんなくて……えっと」
みんな出はらってて静かなのが、逆にやりにくい。
継ぎはぎの床と壁。どこから拾い集めて来たのか、揃っていないテーブルや椅子が、乱雑に置かれたファングギルドの大広間。
受付嬢のメアリーに陶酔した男たちが、毎日のように花を持ってくるので、そこかしこに花瓶があるけれど、みんなよく割るから、これも揃いのモノはない。
数日バタバタしっぱなしで、水を入れ替えてないため、花が殆ど枯れている。
「ああ……そっか。ヴァイスのやつには言ったけどお前らには……」
ヴァイス……のやつに……。
萎れた花を見ていると、ようやく奮い立たせた気持ちまで萎んでいくような気がした。
こんな気分になったのは初めてだ。
いつなんどきでも、どこからか力が湧いてくる。元気だけが取り柄といっても過言じゃないあたしが、ひどく渇いている。
ピチョンっ……パタパタっザァーー
潤いを求めたせいか、湿った洞窟に響く雨音と共に―ー
『アレンサンドは、長きにわたり魔獣の侵入を許さず、他国に侵略されることなく、繁栄し続けている豊かな国だ』
よく通るヤツの声がした。
ああ。これはきっと走馬灯だ。
床に枯れ落ちた茶色い花びらが、激しい風に舞い上がった。
ゴォオオオーー
全身を覆う浮遊感。吹き荒れる風の音。
真上には遠ざかる青空。
横を見ると、ヤツ……眉間に皺を寄せたヴァイスと目が合った。
こいつと居るとろくなことがない。
魔獣退治の仕事に出向いたら鉢合わせ。なんかしらいちゃもん付けてきたから言い争い。横から突進してきた魔獣に気付くのが遅れ。二人して崖の上からフっ飛ばされて落下中。
最悪の滅多打ちだ。
あたしは、グルっと体の向きを変え、腰から剣を抜き、ほぼ垂直の岩肌に突き刺した。
『ぐっ!!』
腕がもぎ取れそうな衝撃に歯を食いしばり、岩肌を削りながら速度を落としていく。
ゴキンっ!!
折れた。
ダン!!
岩肌を蹴って、また体の向きを変えた。
両手を大の字に広げて風を受け、木の上に身を投げる。
バキバキバキっミシ!!
ズドっ!!
着地成功。
あたしは、ヴァイスの生存を確認せず、すぐにその場を離れた。
魔獣のうめき声が聞こえたからだ。
ヤバイ。巣があるのか?
四方八方から聞こえる。
気配を殺しつつ、走り回ってるうちに雨まで降り出した。
仕方なく、近場にあった洞窟へ、避難したら。
『他所へ行け』
またヴァイスに出会ってしまった。
ぺちゃんこになってればよかったのに。
『何が目的で毎度俺の邪魔をする。お前と居るとろくな目にあわん』
こっちのセリフだこの野郎。
を飲み込んだのは、暫く同じ場所に居なければならない、この苦行を乗り切るためだ。
居ないってことにしよう。
極力ヤツを視界に入れず洞窟の端に腰を降ろしたら、ヴァイスのやつ、あたしの気づかいを無視して、ここぞとばかりに日ごろの不平不満をぶつけてきた。
邪魔。鬱陶しい。社会不適合者。的な単語が盛りだくさんの。
『能天気にフラフラしてるわけじゃねーんだよっこっちも!』
あたしは、仕方なく故郷の女が攫われたって話をした。いろいろ端折って。
目的もなく動いてるわけじゃない。誘拐事件の情報を集めるためにギルドに居るんだ。邪魔なのはアンタだということを
『二重人格! 陰鬱! 粘着質!』
懇切丁寧に教えてやったというのに、ヤツめ、あたしの話なんて全然聞いてなかった。
『お前。アレとかコレとかたぶんが多い。自分の所属してるギルドのことすらわからんのか』
馬鹿の話を聞くのは辛い。情報集める前に常識身につけろ。無知は罪だ。
ヤツの口は悪口が湧き出る泉か。
『いいか? ヒョロチビ男。一回しか教えてやらんからよく聞け』
頑張って聞き流していたら、いつの間にか、お勉強会が始まっていた。
いや。こいつ、あたしを馬鹿にすることでストレス発散してる節があるから、勉強じゃなくて嫌がらせの知識自慢だな。
『数百年前。魔と神に脅かされ、追い詰められた人間は、敵わぬものに向かっていくより、身近から奪うことを選んだ。どういうことかわかるか?』
前ふりという優しさがないため、脳が追い付かない。
『えっ? あ……えっとあれだっ』
物理的に黙らせるという手ももちろんあるのだけれど、馬鹿にされてるときにそんなことしたら、馬鹿ですって認めたみたいだし。
『国という形はあれど、そこかしこで内戦が起きていた。
そのアホ面。もっと初歩的なところから話せって合図か?』
鎧を脱ぎ、上半身裸で服を絞る隙だらけのヴァイスを見てると余計腹立つ。
キラキラした短い金髪が雨に濡れて倍キラキラしてて、ものっそい腹立つ。
今そこに置いた高そうな籠手を彼方へ蹴っ飛ばしてやりたい。
『魔も神も、人を欲している。
魔は、人を食らい、神は人の心に憑こうとする』
どこまで初歩の初歩から話す気だ。さすがのあたしも、それくらい知ってる。
ドロドロしたのとか、棘棘しいのとか、妙に綺麗な感じのとか、魔獣とはしょっちゅう戦ってる。神に心を奪われた人だって何度か見たことがある。
でも、知ってるんじゃーいと言ったら馬鹿にされそうだったから。
『世界は神のモノ。すべてのモノは神の域にあるが、実体を持たない神は、直接そのモノに影響を与えることは出来ない。
魔は神を神たらんとするもの。人が神を欲するよう、世界が無意識に生み出した悪意』
小さい頃近所のばーさんに習った通り言ったら、ヴァイスが続いた。
『神は人に近づき、その心に憑き、奪う。人はそれを利用して、神法を使い、魔獣を倒さんとする。神法とは、己の肉体を乗っ取られないギリギリまで精神を神に明け渡し、神のモノである自然界の力を使うことだ。
神を利用するのが人の言い分で、人に隙を作らせるのが神の言い分というわけだ』
頭良い感じの会話が成立した。
嬉しくなって跳ねたあたしの心は
『猿並みの知恵しかないと思っていたが、かろうじて人だったんだな。野生の勘であのでたらめな神法を使ってるわけではなかったか』
速攻蹴り飛ばされた。
『おまっ猿も俺も馬鹿にすんなよ!』
暴言王ヴァイスは、誰にでも紳士的で、丁寧語を崩さない。秩序から生まれ、礼節に育てられたような男だというのに、あたしに対してだけはそうじゃなかった。
初対面では丁寧だったけど、何度か偶然顔突き合わせるうちに、こうなってた。
兎に角気が合わないんだ。
いつもいつも、例え同じ目的であっても、正反対のことを言うもんだから。
今では、買い物途中、道端でバッタリなんて平和な会い方をしても、脊髄反射で構えてしまうほどだ。
ヴァイスの部下には 『貴様と会うと団長は人が変わってしまわれる。冷静さを失くし、怪我をされることも多い。頼むからもう国内のどこにも現れないでくれ』 とか無理難題を押し付けられている。
そりゃまあ、はたから見れば、少しバカバカしいやり取りに見えるのかもしれないけれど、やられっぱなしは嫌なんだから仕方ない。
『やられる前にやるか。倍で返すかしなければ、夜も眠れないほどイライラするっ』 てガキみたいな台詞をはいたのはあたしじゃない。ヤツだ。
『初代アレンサンド国王は、内戦に参加している者たちに、ギルドを名乗れば、それぞれの志を尊重するという御触れを出した』
また前ふりなく話が飛んだ。
『謝れよ! なぁっおいっ無視すんなっ』
『名乗る条件はただ一つ。弱いものを守ること。あとはギルド同士争おうが、城に攻め込んでこようが自由だと……』
あたしは、ヤツが知らなくてあたしが知ってそうなことを、必死に思い出そうとして。
『ああっ』
そういえば。
自由とはぶつかることではなく、広げることだとかいう。
世界で最初にギルドとして名乗りをあげた、ファングギルド初代長のわかりやすいようでわかんないお言葉が、今でもホームの大広間に飾られていたような。
『余計なこと考えず聞け』
『ぐっ』
駄目だった。口では敵わない。
このまま、やつの独壇場に居るしかないのか。
ヴァイスの声が右耳から入り……
魔獣を倒すには神法が必要不可欠。神に乗っ取られることなく強力な神法を扱うには、心のゆとりがいる。
アレンサンド王は、塀で囲うのではなく、綺麗ごととも取れるような一つの願いを御旗に国を作った。
左耳から抜けていく。
っだめだ。諦めちゃだめだ。
『やがて、ギルドを名乗る者は、世界中に現れ、それぞれが守るべき真の国家を手に入れた……が、安定し始めた途端、国同士争うようになり、百年前の大戦が起きた……そこは追々でいいか』
ため息つかれた。
追々って。一生聞かなくてもいいし。何時間この洞窟に居る気だよこいつ。まさかここに住む気か?
団長の新居……洞窟。
うん。いいかもしれない。あたしは帰るけど。
『アレンサンド国は、何者にも侵略されることなく、繁栄し続けている豊かな国だ。
お前がどこでどういう情報を聞いて来たのか知らんが、他国から誘拐犯が逃げ込むのは難し……』
『自慢気にすんなばーかばーか! 別にお前だけの国じゃねーんだからな!』
つい、大きめの声を出して話の腰を折ってしまった。
『…………』
口をへの字に曲げて、目を細めるヴァイス。
『…………』
なんか、いたたまれない沈黙が生まれた。
『…………』
あたしは……スクっと立ち上がって、ヤツの傍に置いてある籠手を思いっきり
ドガスっ!!
蹴とばした。
籠手は、くるくると回転しながら、あっという間に森の奥へ消えていった。雨で視界も悪いし、捜索不可だな。
『よしっ』
定位置へ戻り、腰を降ろす。
『…………よし?』
ヴァイスは笑顔だった。ものすごく口角が上がっているのに、目だけ鋭い。アンバランスな表情をしていた。
結局この後、あたしたちは手近にあった石を投げ合うことに全力を使い、力尽きた。
仲間が来てくれなきゃ本気で永住するところだった。助かって良かった。
ヤツの投石で肩と足の親指を骨折してたけどな。
急所は外してるようで、何気に歩けなくなる個所を狙ってくるとは、嫌なヤツだ。
ヴァイスは肋骨がイってたとか、後々ヤツの部下数人があたしの家にわざわざ怒鳴り込んで来た。
いけ好かない顔面を狙ったら全部避けやがるから、フェイントで胴体狙った一発が入ってたんだな。ラッキー。
『貴様っ何を笑っている!!』
怪我したのはお互いさまなのに。
最年少騎士団長様とあたしじゃ、背負うものの重さが違うんだとか。
騎士団員たちがワイワイ騒ぎ立てた。
借家だからやめて欲しい。
『ヴァイスのやつ性格歪んでるから、ちょっとくらい重圧に押しつぶされたって変わらねーよ。安心しろ』
穏便に納めようと、助言したつもりが
『っ……野蛮な猿共めっ!!』
副団長とかいうチビ青年が怒り狂って暴走。あたしんは半壊した。
おかげで、壊れた家の弁償をするために借金して、仲間の家と飲み屋の二階とギルドの大広間で寝泊りする、家なし子になりました。
人に迷惑かけまくってまで主張する、騎士団長が背負うものの重さって一体何? 国の平和とか?
それならあたしだって、いや、ギルドだって魔獣退治とか賊を追い払ったりしている。依頼されれば。
あ……でもあれか。
人を裁く権利を持つのが騎士で、もたないのがギルドってのが問題とか。
これもヴァイスから聞い……た――
『ゼル……』
呼ばれた。低い声で。
走馬灯が終わらない。
あたし……死ぬのか。今まで何度もピンチを乗り越えて来たけど、今回のことは乗り越えられないのか?
『お前。これが何かわかってるんだろうな』
沈んでいく心に、陰鬱なヤツの声が追い打ちをかけてきた。
重い。押しつぶされそうだ。
重力に逆らおうと腕を上げたら、ジャラっと音がした。
手錠で繋がれている。
閉鎖的な灰色の部屋で、ヤツと二人きり……ここは……城の地下牢だ。
『薬だけど何か?』
違法な薬物を運んだ罪とかいうので、騎士団にとっ捕まったあたしは、手足に錘を付けられ、げんなりと椅子に座っていた。
散々抵抗して、疲れた。
『前にも言ったが、無知なのも罪だぞ』
向かい合ったヴァイスのほうが疲れた顔をしていたけど。
あたしは、机に片頬をべったりひっつけて、同じことを繰り返した。
あたしが運んでたのはただの薬だ。
煎じられた正規のものは高すぎて手が出ないって、病が蔓延した孤児院に依頼されて、ちょこっと裏ルートで手に入れただけだ。
なんも悪いことしてないのにとっ捕まえるなんて、職権乱用だ。
『昔、同じようなことがあったんだ』
こんなときでも話を聞いてくれない。
あたしは灰色の壁を見つめた。
二十年前、とあるギルドの長が、麻薬の密売に手を貸していた。
その麻薬は、使いようによっては薬にもなりえるものだった。
貧しい民を救う目的で動いたギルドの長は、騎士団によって捉えられ、処刑された。
後に、違法な使い方をする者にも売っていたことが判明するも。
ギルドと騎士団。
決別するには、十分な出来事だった。
ギルドは、国の命で動くのをやめ、騎士団の介入を拒むようになり、己の正義も罪も己で決めると主張し始めた。
ヴァイスの話は、要約するとこんな感じ。
疲れてて最後までちゃんと聞いてしまった。
『平行線ではあったが、弱きを守るという同じ目的を持って動いていた騎士団とギルドが、お前の軽率な行動を引き金に、正面からぶつかることになるかもしれん』
騎士団とギルドがあたしのせいで……衝突。
『わかった』
『わかったってお前……本当にわかってるのか?』
あたしは、顔をあげ、眉間に深い皺を刻んだヴァイスと向き合うため、心持背筋を正した。
『いや。正直その屁理屈みたいなのはわかんないけど。どういう状況かってのはわかった』
『……お前』
『俺も、今一番大事なのはそれじゃないってことをわかってほしい』
あたしは、真面目な口調で、まっすぐヴァイスを見て言った。
『子供たちを助けたい。俺がしたことが罪だっていうなら、最後までその罪を犯させてほしい』
ヴァイスの口がパクっと動いた。けれど声は……聞こえなかった。
『…………』
見開かれたエメラルド色の瞳に、いつもの刺し殺すような殺意がない。
代わりに、無防備で無垢な光が宿って……なんというか、ちょっとだけ泣きそうに見えた。
幻だと思うけど。
『っ……お前はそれでいいのか? 故郷の女を攫ったやつらを見つけなきゃならないんだろ』
ヴァイスは俯いて、眉間の皺を揉みながらえらく不機嫌な声を出した。
『だからっ俺は今の話してんの! 今大事なのは子供たち!! 今後の心配してる暇ないっつーの!! 馬鹿なの? お前もしかして馬鹿なの!?』
知り得る限りの暴言を吐きまくったのに、ヴァイスのやつ珍しく何んも言い返して来なかった。
ドゴスっ!!
『ふぎゃっ!?』『ぐっ!?』
張り合いないから、頭突きくらわしてやった。
気絶させてあわよくば逃げようとしたけど、アイツの頭めっちゃ固くて、あたしの視界はブラックアウトした。
頭痛で目が覚めたら、変らぬ光景。ヴァイスが目の前に座ってたもんで。
数秒意識失ってたのかと思いきや、丸一日取り調べ室の机に突っ伏して寝てたらしい。
『えっ!? 一日経った!? えっ……じゃあ処刑は!? もう決まった!? っそれ……あ……』
頭に包帯を巻いているヴァイスを見て笑おうとしたら、自分の頭にも包帯が巻かれてたからやめた。
『先延ばしになった。というかなくなった』
『そっ……そりゃそうだ。俺なんも悪くないもん』
あたしはほっと胸をなでおろした。
『俺に頭突きかました罪で、今すぐ処刑してもいいんだがな』
ヴァイスは、珍しく団服を着崩し、金色の髪もグシャグシャ。
貧乏ゆすりしながら、あたしが口を挟む隙もないくらい早口で、なぜあたしが処刑されないのかを、説明し出した。
『車椅子の狼が来た』
『えっ誰?』
『お前んとこの長だっ』
ファングギルド長。眼鏡のおっさんとあたしは呼んでいるけれど。
車椅子の……? 長は手足が不自由なため、現場には出ない。狼……? 先の先を読んで人員を配置し、ジワジワ獲物を追い詰めて捕まえるのが得意なのだと、誰かから聞いた気もする。
それが狼? 狼ってそんな頭脳派じゃないよな。カッコイイからか?
『車椅子の狼が、国中のギルドに呼びかけ、賛同した各ギルドの長たちと共に、城へ直談判に来た』
『おお~~さすがっ!』
『武器を持ってないことを証明するため、褌とかいう布一枚で乗り込んできた。
地獄絵図に特攻させられた俺の気持ちを考えて発言しろ。殺すぞ』
『っ……ぷ』
あたしは、口と腹を押さえて机に突っ伏した。
ゴっ!!
上からモグラ叩きよろしく鉄拳を食らったけど、笑い続けた。
痛みと笑いに悶絶してる間も、ヴァイスの説明は続いた。
褌祭り……じゃなくて、戦を望まず、話し合いで解決しようとしたギルドのやり方に共感した街の人たちまでもが城の前に集まったため、解散させるのに苦労した。
ファングギルドのゼルという青年が、過去の事件を恐れることなく、孤児院を救うために動いたとかなんとか、馬鹿の名前が飛び交ってた。
『えっ。俺有名人かぁ……へへっ…………っていうか俺いつ出れる? 子供たちまだ間に合うよな』
『そんな簡単に出られるわけないだろ。少しはここで反省してろ』
『はぁっ!?』
少しって言ったのに。
目の下に隈を作ったヴァイスが、お前のこと忘れてたわ、とでも言わんばかりの遠い目で、牢を開けに来たのは、二週間後だった。
途中から食事を忘れられ、餓死っていう処刑ではないかと疑った。水道があったから生きてるけど、へとへとで、怒る気力もなかった。
『二度と来るなよ。少年っ』
格好つける門番は無視。
あたしは、釈放されたその足で、孤児院目指して走った。
道中、変な男に絡まれて殴り飛ばし。ふらついてる女性を助け起こして病院へ連れて行き、爆発音を二度聞いた。
街がおかしい。
不安で一杯になりながら、孤児院のドアをガンガン叩いた。すっかり夜になってしまった。
『どちら様?』
『俺だ! 今牢から出て走ってきた! 子供たちは?』
ガチャっと鍵の外れる音がして、ドアが開いた。
あたしは、隙間から体を滑り込ませて、子供部屋へ直行した。
『っ……』
病気で苦しんでいた子供たちは、すやすや健やかな寝息をたてて、眠っていた。
全員、無事だ。
『ゼル。とっくに釈放されてると思ってたわ。町中走って来て大丈夫だった?』
背中にかけられた小声に振り返り、そーっと子供部屋を出たあたしは、カクっと首を傾げた。
『病気は? 薬は? 街……変だったけどなんで?』
『えっと。もしかして何も知らないの?』
『牢の中で放置されてた。ギルド長が城に乗り込んだってこと以外知らないんだ』
シスターは、心底驚いた顔をした。
『そう……なの……えっと……薬はね。キラキラした金色の爽やかな短髪で、エメラルドより透き通った瞳を持つ、世にも美しい顔立ちの、背が高い騎士様が、家にあまってたからって持ってきてくださったわ』
ほおを染めるシスター。
あの野郎。
ありがたいけどなんか悔しくて、適当な相槌を打ったら、慰められた。
『貴方も、とってもかわ……カッコイイわよ。ピョンピョン跳ねた黒髪も、猫みたいな灰色の瞳も。背はちょっと低いし細っこいけど。そうっギャップよ! 可愛らしいのに男らしい! 大丈夫! もう何年かしたらグンと背が伸びて、男前になるわ! そうだ! 髭でも生やせばいいのよ! その長い三つ編みも切るか、丸坊主にしてみたら?』
『やだし』
シスターは、大丈夫を連呼したあと、あなたのおかげで助かったわっ……と言いながら、泣き出した。
絶対嬉し泣きじゃない。
しくしく泣くシスターの肩に手を置いて、どうしたのか聞こうとしたら、お腹が鳴った。
『あまりでいいかしら?』
切り替えの早いシスターは涙を拭きもせず、台所へと姿を消し。
ユラユラ蝋燭が揺れる薄暗いテーブルに、固いパンとお湯に近いスープを用意してくれた。
『ありがとうシスターっ』
本来なら遠慮するところだけど、死ぬほどお腹がすいていた。
あたしは、固いパンをスープに浸しながらもぐもぐ齧った。薄味がじんわりと全身に染みわたっていく。
久しぶりの食事に感動していたら、向かいの席に、シスターがゆっくりと腰をおろした。
『食べながら聞いてねゼル。
街が変なのはね。
王様が、集まった民とギルドの抗議を受け入れて、いともあっさり薬物に関する法律を変えたせいなの』
『えっ』
ポロっとパンが手から滑り、スープに落ちた。
一番肝心なところをヴァイスは教えてくれてなかった。説明した時点では正式なものではなかったのだろうか。
あたしが釈放されたのは、法律が変わったからか。罰じゃなくて罪がなくなっていたとは。
『対策もなくやったから、やばいものを密売する組織が数日のうちにわんさか押し寄せてね……』
たったの二週間で、薬物中毒者が増えた。
シスターは口を閉ざし、あたしが食事を終えるのを待ってから、再び話し出した。
『精神が錯乱すると神に乗っ取られやすくなるでしょ。街で聞こえる爆発音は、神法の暴走だと思うわ。
昨日、近くで暴走した人が居てね、ギルドの人がすぐに来てくれたけど。
少し怖かったの。泣いちゃってごめんなさいね』
神が、一度憑いた人間から離れることは、殆どない。
神に憑かれた人は、神法を暴走させ、その力に耐えられずやがて死を迎える。
神を凌駕する現世への執着を持てば追い出せると言われてはいるが、そもそも心が弱ってる人間に憑くのだから、そんな気力があるはずない。
神に憑かれた人はただただ憐れだ。
『あなたの顔を見たら少し安心したわ。来てくれてありがとうね』
あたしがきっかけで、町中大変なことになってるのに、誰もあたしを責めたりしなかった。誰もってのは、あたしの知ってる人はってこと。
知らない人には、結構いろいろ言われたりした。
勇気ある青年が、数日後には、余計なことをしたヤツ呼ばわりだった。
あたしは、ちょびっと落ち込んだ。でもずっとそうしてるわけにもいかなくて。それから毎日、町中を走り回っ――。
「はっ……? っははっお前っ何言ってんだよ~~マジ笑えるわっ」
仲間の声がグルグル回る思考の海にフェードインした。
ぼわっとしていた焦点を正面に合わせると。
真っ青な長髪を一つ括りにした、三白眼の青年、ディーラの渇いた笑いが、胸に刺さった。
そうだ。今めちゃくちゃ大事な話してるんだった。
「あの……だから本当なんだって。あたしはその理由を話そうと」
「あた……あた……あたしって……あたしっ」
銀髪ショートヘアの小柄で可愛らしい女性、メイランが、おしとやかな普段とは打って変わって、喉を詰まらせた鳩みたいな、妙な動きをしている。
混乱はわかる。わかるけど、落ち着くのを待つ時間も、余裕も、あたしにはないんだ。
「あたしの故郷、アレンサンドのずっと東、トウオウ国っていう小さな国の山奥にあったんだけどな」
あたしは、ヴァイスみたいに無理やり話を進めることにした。
二人の反応を確かめるのが怖くて、窓の外を見ながら。
ああ……今日は晴れてるな。
青い空。嫌いじゃないけど。
「イルルン族の村っていうんだけど知ってるか? 知らないよな」
あたしが好きだったのは、白んだ空。薄いオレンジ……赤……。
森に囲まれた小さな村での暮らしを思い出すと、どうにも感慨深くなってしまう。
「結構綺麗なところだったんだけどな……」
誰よりも早く起きて、見晴らしのいい丘で、朝日を見ながらごはんを食べるのが日課だった。
あの日もそうだ。
いつも通り、朝焼けに染まる丘の上で、ハムのサンドイッチに齧り付こうとして……。
焦げ臭い匂いがした。
嫌な予感。
慌てて村へ帰ったら、一部の隙もなく、すべてが燃えていた。
道に踏み入ることすら出来なかった。
村がまるごと業火になった……って感じだった。
「神法で消そうとしたけどダメで、一番近い村に助けを呼びに行った。
村の外に出たのはそれが初めてだった。
あっ……そういやあたし、村の外に出るまで、攻撃神法は男しか使えないなんて知らなかったんだ」
イルルン族は、女が攻撃神法を使い、なんなら回復神法も少し使えて、その上、ものすごく深く神を受け入れても、己を保つことが出来た。
男は、攻撃神法が普通に使える程度。
男がないがしろにされることはなかったが、女が中心の村だった。
「人を連れて戻ったら、森は無事で、村だけが黒い炭になってた」
相当強力な神法を使い、意図的にやった跡だ。
犯人を捜そうと聞き込みして回ったら、イルルン族の森方面から、たくさんの女性を乗せた馬車が走り去って行くのを見たと言う人が居た。
村の女たちは、攫われたのかもしれない。男たちは……逃げたかもしれない。
みんな生きてるかもしれない。
当時のあたしは、そうやって無理やり希望を持って、旅立った。
黒こげの村に入って、生きてる人を探したり……供養したり……ちゃんとしなかった。出来なかった。
「攻撃神法が使える女が居るって噂が立つと、犯人に逃げられるかもしれないし。攫われた女たちが何されるかわかんないだろ。それで、神法で声が低く聞こえるようにしたり、男のフリしたんだ」
ファングギルドの長が、人さらいについて調べてるって噂を聞いて、自分が女であることを隠し、飛び込みで所属させてもらい、今に至るというわけだ。
大体説明し終えた。
あたしは、深呼吸してから二人の様子をうかがった。
「し……」
メイランが、口を開いた。
「神法で空気いじって女性っぽくしてるんですわね? 可愛らしい声ですわ。女装パーティにでも参加するんですの?」
殆ど白目剥いてる。
時々鋭いことを言うけれど、目が合うと頬を染めて微笑む。そんな可愛らしい彼女にこんな顔芸させてしまうとは。
「そこまで言うなら、メイラン……むっ……胸触ってみてくれ。体は神法では変えらんねーだろ。ディーラはこっちくんなよ」
二人とも動かない。
仕方なくあたしから、メイランに寄って行き、彼女の小さな手を持ち上げて、自分の胸に乗せた。
「ないですわよ」
「いやっあるよ!」
「胸筋が」
「やらかいだろ!」
「なっななないですもの!」
二人でわたわたしてたら、横から伸びて来た大きな手が、ボフっとあたしの股を……。
「こっちもねぇぇぇぇ!!」
ガっ!! ドゴォ!!
あたしは、ディーラの顔面に右踵をめり込ませた。
出会った頃は同じぐらいの背丈だったが、今やあたしよりだいぶでかいディーラの体が吹っ飛んで、掲示板に突っ込んだ。
手加減出来なかった。
一瞬の間に、神法で風操って威力をあげてしまった。
「マジなのかっ」
あ。生きてた。
打たれ強いディーラは、鼻血を垂らしながら掲示板をぶち壊して脱出した。全然痛くなさそう……というか痛みに気付いていないようだ。
なぜかメイランのほうが、痛みをこらえるように両手で顔を覆い、打ち震えている。
「……きだったのに」
何やらブツブツと呟くメイラン。
「マジなのかっ!」
ディーラは同じ言葉しか言わない。
あたしが女だってようやく理解してもらえた……かな。
これで一歩前進……したのだろうか。
いやでも、まさかここまでばれないとは思わないじゃん?
ディーラと出会ったのは五年前。あたしは十六で、ディーラは十三だった。メイランとの付き合いだって三年になる。
そりゃ、動物を狩るときのクセで、あたしは気配に敏感だよ。
着替え中に誰かが入って来てばれるってことはなかったし。怪我したときは、脱がなくてもメイランが神法で応急処置してくれた。病院に運び込まれたとき、女医にだけバレたけど、理由を話したら言わないでいてくれた。
そもそも、攻撃神法使えるって時点で、微塵も疑われなかった。
今更ってのはわかってるんだ。でもなんかこう、切羽詰まってなけりゃ言えなかったんだ。
「すっ……のに」
「マジなのか……」
ごめんなさい。絶対言うタイミング他にもありました。
薬物騒ぎで町中混乱してる最中とか、ものすごく切羽詰まってました。
あたしは頭を抱えて、天井を仰いだ。
半分壊れたシャンデリアに、埃が積もっている。
あれ掃除したのいつだっけ。
ここに寝泊りさせてもらう条件に掃除ってのがあって、梁の上に登って埃を落としたの……だいぶ前だ。
花は枯れるし、シャンデリアに埃はたまるし。だってずっと忙しかったんだもん。そうだよ。ずっと忙しかったんだ!
切羽詰まってても告白する暇なかった!!
誰が悪いって、それはあたしじゃない。
あれだ。王様と騎士団が悪いっ!
あたしの脳内弁護士がキリっと立ち上がった。
王様は、民の自業自得だと言って、騎士団に、薬物関係のごたごたには一切手を出すなと命令を出しました!
ギルドだけじゃ手が足りず、騒ぎはひどくなる一方! 国民は武器を持って城へ乗り込もうなどと言いだす始末!
騎士団は、国民を守らず、うだうだしておりました!!
一方的に被害を被っておりました!!
意義あり!
一方的というのは間違いです! なぜならゼル君、あのとき君、騎士団の訓練所に乗り込みましたよね!
脳内検事が、裁判長の許可なく手を上げ、身を乗り出した。
覚えてる騎士の名前片っ端から呼んで、国じゃなくて自分の意志に従えと説教しまくり!
一般人として手伝えばいいからと、騎士の甲冑を無理やり脱がしましたね!!
よーーしっ! 騎士団ギリギリ許してやろう!
あたしは、おかしくなり始めた己の頭を、両手でギリギリ絞めつけた。
でもヴァイスは許さん!
アイツは、自主的に甲冑脱いで街に出ようとした騎士の一人、あたしの家を壊したチビ青年を、容赦なく斬りました! 最低です! 最低っ…………。
『抜けるなら殺す』
黙れ被告人!
駄目だ。
脳内で響くヤツの声なんて無視しなければ……しなければ――。
あたしは、チビ青年の応急処置をしながら、ヴァイスを睨んだ。
視線を感じる。
息を飲む騎士たちの視線だ。
広々とした訓練所が、息も詰まる空間と化している。
『町を守るやつは俺が守る』
ヴァイスに向かって宣言したら、間髪いれず刃が降って来た。
ゴウっ!!
チビ青年を抱えて床を転がり、立ち上がったあたしは
『っ……』
構える暇なく迫る横薙ぎの斬撃に背中を逸らし、天を仰ぐ無理な体制で抜剣。
そのまま切り上げた。
ギンっ!!
意表を突いたはずが、いとも簡単に受け止められた。
片手で地面を押し、バク転して距離を取ろうとしたが、一足飛びで詰められ、重い一撃を見舞われる。
ガギギ!!
言葉を交わす気がないらしい。
『なんだよっ!! もうっ!!』
数撃打ち合っただけで、お互いの剣にヒビが入った。ヤツの馬鹿力に対抗して神法で威力を上げすぎた。
カランっ!!
使い物にならない剣を投げ捨て、殴りかかって来たアイツの拳は、めちゃくちゃ痛かった。
それなのに、いつものような苛立ちが伝わってこず。
『こっち見ろ馬鹿!!』
なんでそう言ったのかは自分でもわからない。
フっとヤツの動きが止まった。
『とぉっ!』
その隙に強烈な蹴りをヤツのみぞおちにくらわせた。
『ぐっ……』
追い打ちをかけようとしたけど。
膝をついたまま項垂れ、立ち上がる様子がないので、やめた。
これじゃ勝った気がしない。
あたしは折れた奥歯をペっと吐いて、何も言わずにその場を去った。
腸が煮えくり返ったけど、結果的には、これで良かった。
多くの騎士が、ヴァイスの暴挙に呆れ、ギルドを手伝うとついてきてくれたからだ。
しかしその後、何度ヤツと剣を合わせたことか。
ヴァイスと共に城に残った騎士たちが、如何なる集団も認めないという謎の王命により、ギルドのみならず民衆を攻撃したせいで、警備が手薄になって魔獣は入ってくるわ。不安が広がって、神に憑かれる人は倍増するわ。
来る日も来る日も、神に憑かれた人と戦い。魔獣と戦い。ヴァイスと戦い。
どれが大変ってヴァイスが一番だった。
いつからかギルド最強と呼ばれるようになったあたしが、アイツにだけはすっきり勝てたことがないなんて、誰にも知られたくない。
ヴァイスのやつ、厭味ったらしくタイミングずらして動くから、ほんっとやりにくいんだ。
単純に神法だけならあたしの方がすごいんだよ。本当だよ。
「…………じゃなくて!!」
あたしは、あたしの現実逃避に突っ込みを入れた。
どこからが走馬灯で、どこからが妄想なのかわからな……。
「ゼルのこと好きだったのにーーーー!!」
メイランの叫び声に、上向いてた首が、ガクっと落ちた。
首痛い。これは現実だ。
「っえ? すっ……好きって……」
メイランが号泣している。
助けを求めて、ディーラを見たら
「マジなのか……」
それしか言えんのか。
「ううっううううっ」
「マジ……なの……か」
二人とも、あたし同様、いろいろな狭間を彷徨っているようだ。
どうしよう。
大きな柱時計を見たら、もうすぐ正午だった。
カッチコッチ……。
なんか、針の音が急に大きくなったような。
カッチコッチカッチコッチ。
話は全然進んでないのに、時は進んでいく。
こうなったら、いい感じの言い訳でもなんでもして、一先ず二人に許して貰うか。
言い訳っていうかほら。
二人共が気にしてるあの話を出せば、怒りも治まるんじゃないか?
大混乱の国を治めるため、ついに城に乗り込んだときのあれ。
「あの……さ」
なんて切り出せばいいんだ。
全然思考がまとまらない。
あれは不意打ちだったから、未だに気持ちの整理がついてないというか。
カッチコッチカッチコッチ
無常なまでに規則正しい針の音と違って、鼓動がどんどん早くなっていく。焦りで激しく胸を打ち鳴らし……。
ゴーンっ
十二時を知らせる音に、おもわずギュっと目を閉じた。
『大丈夫よ』
これぞ真の走馬灯だ。
なにせ母の顔がよぎった。
死を前にしてようやく、向き合うときが来たのかもしれない――。
目を開けると、周囲の柱や壁が崩れ落ち、舞い上がる土埃で目の前が真っ白だった。
城に入った途端、強力な神法で攻撃されたのだ。
『かあ……さ……?』
反射的に張った神法障壁。その歪みの向こうに、懐かしい姿が見えた。
探し続けた人。
イルルン族の女たちと……母さんが……神に憑かれ、正気を失った状態で、目の前に立っていた。
『なんで……ここに……』
わけがわからなくて混乱した。
目の前の光景が、受け入れられず、障壁を解いて、立ち尽くした。
爆音に耳がやられたのか、音が濁って、聞こえずらい。
『てっ……避けてゼル!!』
メイランに手を引かれた。
ゴゥっ!!
竜巻がギルドの仲間たちと騎士を薙ぎ払い、逃げ遅れたメイランを高く高く飛ばした。
『メイランっ!?』
助けようと走り出したら、無数の氷の刃に足を止められた。
母さんだった。母さんがあたしを攻撃した。
『うぐっ!!』
メイランが床に落下して、ディーラが叫びながら、村の女たちに斬りかかっていく。
『駄目っディーラ……やめて母さん!!』
あたしがいくら呼びかけても、母さんや女たちが正気を取り戻すことはなかった。
誰一人として止めることが出来ない。
痛かった。体も。気持ちも。何もかも。
それなのに、何もない。
ヴァイスと同じだ。
近頃のヴァイスの剣と同じ。
目の前に立ちはだかる他人じゃない。自分と戦ってる。苦しみながら……戦い続けてる。
『うあああああああああっ!!』
あたしは、仲間と一緒に、村の女たちを……母さんを……力づくで止めた。
手加減なんて出来なかった。
死が……その苦しみから解き放つ唯一の方法であるから、神に憑かれた人は憐れなんだ。
振るった剣が裂いたのは、苦しみか、愛する人か。
あたしは、床に伏した細い体を抱き起した。
『だい……じょうぶ』
母さんは、最後の最後、あたしの腕の中で少しの間、意識を取り戻した。
『大丈夫。あたしたちはとっくに死んだも同然だった。気にすることないよ。痛みもないしね』
どうしても話したいことがあるから一時的に神を抑え込んだ。神の執着から逃れたわけじゃない。
時間がないから話を聞くようにと、念押された。
あたしは、唇を噛んで涙を堪え、頷いた。
城に乗り込んだ目的。王の真意を問いただすという仕事が残っているのに、泣いてなんていられない。
『よし。ちゃんと考えながら聞くんだよ』
母さんは、拍子抜けするほど淡々とした口調だった。
『アレンサンド城の地下には、堕ちた女神が封じられている。
神が具現出来る唯一の場所、天界を壊し、すべての神を地上へ堕とした女神だ』
『…………ん?』
てっきり別れの言葉だと思ってたもんで、よくわからないおとぎ話の冒頭に、首を傾げてしまった。
『いいから聞きな』
怒られた。
『堕ちた女神は、次々と人に憑りつき、地上をも破壊し始めた。
堕とされた神々も、対抗するために人に憑りついて女神と戦い、彼女の半分を、城に集まる人々の関心を利用して、その地下へ封じ、もう半分を分け合って、己の中に封じた。
しかし時がたつと、神の大半が正気を失った。このままでは、地下の封印もいずれ解けてしまう。
女神を地上で破壊するには、女神の肉体が必要……』
『ややこし』
思わずそう言ったあたしに、母さんが噴出した。
暗い後悔の中に、ほんの少しだけ懐かしい風が吹いた。
『イルルン族は、堕ちた女神に憑かれた身重の女が、命と引き換えに生んだ憐れな赤子の子孫さ。あたしたちは女神と人の子。自然だけじゃなく、己のうちにあるすべてを操ることが出来る。
ゆえに、女神を受け入れて己の命と繋げ、精神を乗っ取られる前に、女神に死を与えられる。
あたしたちは使命をまっとうするために……死ぬために……生きてきた。
王様もイルルン族なんだ。同志だから……恨むんじゃないよ……』
結局、こんだけやって、使命はたせなかったけどね……憑かれるまではやれたんだけど……燃えた村のことが気になって命と繋げ……る前に乗っ取られちゃ……て……でも…………アンタが代わりにやって……くれ…………か……ら……。
これが最後の言葉だった。
母さんは、まだしゃべってるつもりなのか、口を動かしながら静かに目を閉じた。
堕ちた女神って。
唐突に世界規模な脅威の存在を知らされても、ついていけなかった。
母と村の女たちに憑いていたのがそれだったのだとしたら、命と繋げるとかなんとか、よくわからないけれど、あたしたちがトドメを刺したことになるのだろうか――。
カッ……チ……カッ…………コッ
なった。あたしは母さんたちの使命を果たした。
今は知ってる。
だってこれはもう、終わったことだ。
あたしや、車椅子の狼が集めていた誘拐事件の情報は、すべて王様の仕業だった。
堕ちた女神に女を捧げ、仮の肉体を与えることで満足させ、封印が解けないよう、時間を稼いでいた。
その間、イルルン族は、堕ちた女神を受け入れられる数の器が揃うまで、身を潜めていた。
やがて、計画を実行することになったが
これ以上人命を失うことなく女神を留まらせたい一心で。
堕ちた女神に、力を最大限引き出しても壊れない肉体があると、計画の初期段階で教えてしまい。
イルルン族の女たちを迎えに行く馬車が、女神につけられ、村は、女神の操る使い捨ての女たちに燃やされた。
ショックを受けたイルルン族の女たちは、隙を憑かれ、体を乗っ取られた。
少し順番を違えたことで、長年の計画は失敗した。
しかし、イルルン族の女たちは、微かに残った意識を細く長く保ち、ジワジワ、女神と己の命を繋げ、体を自由に使わせまいと抵抗し続け……諦めることなく、トドメを刺してくれる誰かを待っていた。
あたしたちは、意図せずして、堕ちた女神に死を与えた。
知ってるから。ヴァイスみたいに、説明出来る。
あれは正しいことだったって今はわかってる……わかってるけど――。
『みんな大丈夫か!!』
ボロボロの大広間に声を掛けると、いくつか返事が返って来た。
メイランは、ひどい怪我をしながらも、みんなを治療し続けて倒れ、ディーラも前線で戦い続けたためボロボロだった。
でも生きてる。みんなも無事だ。
母さんをそっと横たえて、立ち上がろうとしたら
ドガガッゴっ!!
城の奥、謁見の間から爆発音がした。地面が揺れ、瓦礫が落ちてくる。
『まだ居るのかっ』
『待って! わたくしもっ』『ゼルっ! 一人で行くなっ待て!!』
メイランもディーラも起き上がれそうになかったので、あたし一人で向かった。
階段を駆け上がり、重いドアを開ける。
ゴウっ……
熱風に顔を顰めた。
腕で顔を覆いながら前を見ると。
若草色の長い髪を持つ美女が、長い脚を組んで玉座に座っていた。
『王様……?』
美女の真っ白な細腕がスーっと上がった途端、周囲が燃えた。
己すら焼き尽くすのではないかという業火。ただの神法じゃないのは一目瞭然だった。
憑いてる。神……いや……堕ちた女神?
まだ残ってたってことか。
王様が女性だというのは聞いたことあったけど、イルルン族ってのも、その使命もさっき知ったばかり。
これが好都合なことなのか、そうでないのか、すぐに判断出来なくて。
『熱っ』
氷の槍に炎の渦。次々繰り出される神法を弾き返し、激しい攻防を繰り広げているのは、散々あたしの邪魔をし続けていたヴァイスだった。
『マジかっ!』
『マジだ馬鹿!』
交わした会話はこんだけ。
あたしは、右に左に走って攻撃を避けながら、どうすべきか、悩んだ。
イルルン族の女ってことは、王様を殺せば堕ちた女神は死ぬかもしれない。でも王様って殺したらまずくない?
母さんたちを殺すのが良くて、王様はダメとか、そういうんじゃない。
民のために、話し合いをしようと乗り込んだギルドが、王様を殺すなんて、きっと……いや絶対よくない。
それに、母さんたちが果たそうとした使命のやり残しなら、あたしがなんとかするべきだ。
『考え事は後にしろ!!』
『うわっ』
蹴られてずっこけた。
ゴワっと熱風に煽られ、居た場所が消し炭になった。
床石が沸騰して波打っている。
憑いているものは同じはずなのに、母さんたちと何かが違う。
暴れ方がむちゃくちゃというか、破壊力はすさまじいけれど、知性が感じられない。
ズガガっ!!
『おうっふ!?』
あたしは、いろいろ決めかねたまま、一先ずヴァイスに加勢した。
延々敵対してきた相手に手を貸すなんて、不思議な感覚だったけれど、このままでは何をなすこともなく負けてしまう。
『ヴァイスっ!!』
『ああ』
あたしが上に飛べば、ヴァイスが下へ。あたしがまわり込めば、ヴァイスが正面へ。
今までになく戦いやすかった。
アイツがどう動くのか考えなくてもわかるから、次々連携が決まる。
炎を消して道を作り、攪乱しながら、王様ではなく玉座を攻撃した。
よろめいた王様を、羽交い絞めにするヴァイス。
『お気をしっかり!! 必ず助けます!!』
『ヴァイス……助け』
ヴァイスの呼びかけに反応した。
今がチャンスだ。
あたしは、自分に憑りつかせなければと、王様の元へ走り寄ったものの、あと一歩のところで立ち止まってしまった。
『陛下っ正気に戻ってください!!』
暴れる王様と、必死に呼びかけるヴァイスの声が、謁見の間に響いた。
今……王様の胸に剣を突きたてれば……あたしは……これからも生きていける。
知らず知らずのうちに逆手に持ち替えた剣が、王様の上で震えた。
『ゼルっ待て!』
王様を守ろうと前に出したヴァイスの手が、あたしの持つ剣の切っ先に触れた。
パタっと血が流れ、床に落ちた。
震えが止まった。
生きていける……けれど……生きていけない。
可能性があるのに、無視して消すなんて……出来ない。
あたしは、剣を鞘に納め、王様に手を伸ばした。
刹那
ヒュっ
何かが頬を掠めた。
一矢
『っ……っあう』
『王様っ!?』『陛下っ!』
王様の胸に矢が一本突き刺さっていた。
振り返ると、車椅子の狼……ギルド長が壁に背を預け、ボーガンを持って立っていた。
『娘の敵……』
車椅子の狼は、そう言ってすぐ、神法で生みだした氷で己の胸を貫いた。
『……っ!?』『なっ……』
あたしもヴァイスも、動けなかった。
娘の……敵。
ファングギルドが誘拐事件について調べていたのは、居なくなった長の娘さんを見つけるためだと聞いた。
あたしが噂を聞きつけてファングギルドへ来た頃、長はもう誘拐事件のことを調べてはいなかったけれど。
胸に矢を生やし、ズルズルと白い柱に血の跡を付けながら沈んでいく長の姿は、目に痛くて、あたしは思わず叫びそうになった。
ハっと息を吸い込んで喉に力が入り
『うっ……離れろ』
ドガっ!
ヴァイスに蹴られた。
悲鳴を飲み込み、転がりながら起き上がって前を向くと。
抱いていた王様を乱雑に床に投げて、ノロっと立ち上がったヴァイスが、フっと笑った。
それはもう寒気がするほどの笑顔で。
『えっ……』
堕ちた女神ったら、殺される寸前、すぐそばにいたヴァイスに移ったのね。
村の女たちや母さんが死ぬとき、女神が離れて他所に憑くことはなかったのに。
己の命と繋げるとかそういうのが関係してる?
『なんでだよもぉおおおお!! 王様死に損じゃん!!』
あたしは、ものすごく不敬なことを叫びながら、切りかかって来たヴァイスの剣を受けた。
ギギギュイン!!
重すぎて潰れるかと思った。
何度か受け流して、神法使って弾き返したけど。
体力的に限界で、避けるのも、障壁張るのも間に合わなくなり、あっという間に首を締め上げられた。
ヴァイスのエメラルド色の瞳が、あたしの向こうを見ている。
なぜ、憑かれてるのに神法ではなく絞殺……。
苦しい。
今あたしが倒れたら……こいつ……さっき母さんが言ってた昔話みたいに、次々人に憑りついては、世界を壊していくかもしれない。
それはダメだ。絶対ダメ。
でも苦しいっ。死ぬ。
『ぐっうううっ馬鹿ヴァイスっお前が死ねっ……』
意識を失う寸前、取りあえず文句を言っておいた。
すると、どういう精神力か、一瞬自我を取り戻したヴァイスが、あたしの首が折れる前に、己の首を斬りさいた。
舞い上がる鮮血。
『ぐえっ!! っゲホっなにやってっんだよ!? 真に受けんな馬鹿!!』
あたしは、糸の切れた人形みたいに床に崩れ落ちたヴァイスの首を押さえ、回復神法かけながら、呼んだ。
『ヴァイス馬鹿っ!! こっちこい女神!! 目覚ませっ!! 死ぬな!! 馬鹿野郎!! 女神こっちこい馬鹿!! あっ違うっ女神じゃなくてヴァイスにっ……』
行き場を失くした女神があたしに飛び込んで来たのがわかった。
急に目の前が暗くなったから、見えたわけじゃないけど。
冷たい氷のようなものに全身包まれた。
あれ……あれ? 暗い……?
あたしは、真っ暗な中をほわほわ漂っていた。
一寸先すら見えない。真の暗闇がどこまでも続いている。
出口もなく、風もない。
何もない空間にただ一人。
なにこれ。なにしてたんだっけ。
よくわからない。わからないけれどとにかく……ここがどこだか……。
あたしは、思い出そうとした。
ここに来る前のことを……けれど。
頭の中をぐるぐるまわりだしたのは、ただの思い出たち。
空腹で倒れてたディーラに、なけなしの材料で飯を作ってやったこと。
仲間殺しって呼ばれてたメイランと、難しい任務をやり遂げたこと。
仲間たちと駆け抜けた日々を一番に、家族のことは……少ししか……浮かんでこなかった。
ほんとのところ、覚悟はしていたんだ。
もう村には戻れない。村のみんなには会えないんだって。
車椅子の狼もわかってたんだろ?
娘さんはもうどこにも居ないと……知って……それで……。
カッチ……コッ……。
微かに現実から時計の音が聞こえる。
車椅子の狼は、神法ではなく、傀儡法という禁忌の法を使い、王の意識を乗っ取って、国を崩壊へ導くような命令を出していた。
己の意識と、他人の意識を繋げ、他者の体を操るその法は、使用するたび、自身の体の動かし方を忘れていく。
車椅子の狼は、堕ちた女神の生贄として攫われ、殺された娘の復讐を果たすためだけに、生きていた。
今のあたしは知ってる。
あのときは知らなかったことを。
村のみんな、王様、車椅子の狼、みんな堕ちた女神に振り回されて……それで。
『俺は正気に戻れたのに。お前は出来ないのか?』
なんか聞こえた。
ムムっと胸の奥で苛立ちを覚えた。
何今の。
どういうことだ?
今……そうだ……今あたし何してるんだ?
っていうかなんでそんなこと言われなきゃいけないんだ。
出来るし。アンタに出来るなら出来るし。出来るわ。
『っ負っけてたまるかあっぁぁぁぁぁ!!』
グワっと目を開けたら、ヴァイスの首を治す神法を使い続けていた。
頭の中で、堕ちろ堕ちろって声がガンガンなって、頭が痛い。
女神はまだ中にいる。
けれどあたしも居る、ちゃんとここに。あたしのまま存在していた。
それなら、やるべきことは一つだ。
女神と自分の命を繋げて、死ぬ。もしくはヴァイスにトドメを頼む。
こいつにそんな体力残ってるかどうか怪しいけど。
『っ……』
ふとヴァイスの瞼が開いた。エメラルド色の瞳がゆらりと動いて。
涙の膜で艶を持った瞳が、あたしのことだけを映した。
『女神……様……?』
ヴァイスが、ほどけたあたしの黒髪に触れ、戯言を言った。朦朧としているらしい。
ブチっ
そのまま黒髪を何本か引きちぎられた。
『いったいわ!!』
あたしの中で痛みを感じたのか。女神が、堕ちろ攻撃をやめた。
死んでたまるか。
そうだ。このときあたしは、そう思った。
あたしにはまだやることがある。
ディーラにまたご飯作ってやる。メイランを守る。
ヴァイスに勝つ。絶対に勝つ。
後悔してるけど、でも……そう決めた。生きていこうって決めたんだ。
神経を研ぎ澄ませた。
イルルン族の女は、己のすべてを操れる。
己の中にあるすべてを操る術を持っていると母さんが言った。
あたしは、あたしの中で女神を呼んだ。
ヴァイスとのやりとりで鍛えた暴言の限りを尽くし、女神を左腕に呼び寄せ……
遮断した。
脳からの信号とでもいうのか、あたし自身へ通じるものを切って、左腕を孤立させた。
女神を繋ぎとめるため、あたしの中に感じる命を少しばかり与えて。
『ううっ!?』
何かを失った。
喪失感に付け込んで脱出しようとしているのか、女神が暴れだした。
あたしは、歯をくいしば……近場にあったヴァイスの肩に噛みついて堪えた。
『うっ……』
耳元で呻く低い声。ジワっと口内に広がる血の味。
『うえっまずっ』
喪失感に耐え続けていると、女神の声が徐々に小さくなっていった。
存在は感じるけれど、声は完全に消え去った。まさかの逆転勝利だ。
『っ………』
ヴァイスも意識を取り戻したみたいだし、一石二鳥だな。
『お前……』
文句言われるかと思ったけれど、ヴァイスは特に何も言わなかった。
気力がないだけかもしれない。
あたしは、女神の残りを、左腕に封じるという、自分でもよくわからないことに成功した。
その代償に、左腕が、動かなくなって、ちょっと失敗して左目の視力も光が見える程度になってしまったけど。
神法を工夫して使えば、日常生活や戦いは、思いのほか問題なく……以前とまったく同じというわけにはいかないが、なんとかなっている。
それより、左腕を固定して吊ってるせいで、怪我人っぽく見えてしまうのが問題だった。
なにせ、ヴァイスが週一で医者を送りつけてくるからな。
自分のせいであたしの左腕が駄目んなったって気にしてるらしい。
『お前のためなわけあるかーーっ』
と勢い込んで騎士団の訓練所に乗り込むパートツーをやったら。
今まであたしを見るだけで吐きそうな顔をしていた騎士団の面々が、手のひら返したように態度が違って、気持ち悪かった。
『ゼルさんこんにちはーー! 今日は団長留守なんですよ。近頃忙しくて』
『えっ……あっうん。こんにちは……』
結果的に痛手を負ったのは、ギルドだけだったからかな。
車椅子の狼は自害したし。あたしは後遺症が残った。
イルルン族の女たちと戦って負傷した騎士は何人もいたけど、死人は出なかった。
それに王様も生きていた。
ボーガンの矢は、王様の胸ポケットの鉄板に刺さっていた。
なんで胸ポケットに都合よく鉄板? と思ったが。
王様は、ここ数年の記憶が曖昧で、恐らく、車椅子の狼が仕込んだのだろうとのことだ。
あの人の復讐は……フリでよかったのか……それとも何かほかに考えがあったのか。
わからない。
『団長の気持ちを汲んでやってください。
ギルドやゼルさんが、騎士団長は、堕ちた女神を殺すため、あえて悪役をかって出たのだと広めてくださったおかげで、罪に問われるどころか、英雄扱いされ、戸惑っておられるのです』
『いいことなのに、なんで戸惑うんだよ。お前らの団長は馬鹿なの?』
あえて暴言を吐いたのに、あの副団長のチビ青年ですら、またまた~とか適当に流して、家まで送るとか、いい薬湯があるからとか、あたしを病人扱いしてきた。
いたたまれなくて即脱出した。
感謝される覚えはない。あたしが世間に広めたのは真実だ。
ヤツは、王様の裏に居る何かにいち早く気づき、その存在にバレないよう振る舞いながら、一人で何とかしようとしていた。
「あ…………」
ヴァイスや騎士の連中に気にされたら腹立つとか言っといて、仲間に、あんたたちがへばって付いてこなかったから、あたしの左腕こんなになっちゃったんだからね、的なこと、嘘でも言えないこと発見。
二人共、あたしの腕や左目は自分のせいなんだとか、意味わかんないこと言って、暫くふさぎ込んでた。
そうじゃないからね。
いや。今ちょっと許して欲しくて、その案件利用しようとかチラっと考えたけど。
でもやっぱりそうじゃないもん。
一周して遠回りして現実に戻ったあたしに
「っマジ……だとして……なんで今更その衝撃の事実を俺らに言ったんだ? なんか理由でもあんのかゼル……さん」
さすが相棒。
ディーラも現実に戻って来ていた。
鼻血を拭け。
「さん付けいらねーから。あとあたし……エリーゼって名前なんだ。ゼルはその……飼ってた犬の名前」
「…………」
「お……怒ったよな」
「まあちょっと。でも理由が理由みたいだし……その左腕に女神を封じたってのも、説明いろいろぶっ飛んでて、嘘ついてんじゃねーかと思ってたから。今ようやく理解出来たわ」
ディーラは、眉間に皺をよせ、ガシガシと頭を掻いた。
口は悪いし、顔つきは凶悪だが、ものすごく優しいやつなんだよコイツって。
元盗賊団リーダだけあって、度量が広い。
「女性でも……女性だからって、別に……」
メイランが、祈りをささげるようなポーズで、あたしを見た。
伏せた銀色の睫が、キラキラ光っている。
「そうです。いいのですわ。女性だったら、男と女のように別れることはありませんもの。一緒に買い物だって出来ますし。厳密に言えば、一番傍に居られますもの」
こっちを見てはいるが、己に言い聞かせている。
どことなく神々しい風景がバックに見えるのは、神の子とまで言わしめるほどの回復神法を扱える、元教会トップの肩書が成せるわざだろうか。
「メイラン……あの。ごめんな。あたし……騙すつもりなかったとか、実際騙してたわけだからあれなんだけど……」
「いいのです。いいのですよゼ……エリーゼ。これからは私と同じベッドで眠りましょうね」
まるでプロポーズするみたいに、片膝をついて、あたしに手を伸ばしてくるメイラン。
うん。なんだろう。メイランの言いたい事がよくわからない。
一緒に暮らそうってことか?
だとしたら
「あの。悪いメイラン。それが……できねーんだ」
メイランは、スクっと立ち上がり、上目遣いであたしを見た。
丸い大きな瞳にそうされると、小動物みたいに可愛らしくて、つい絆されそうになる。
でも無理なものは無理なんだ。
「その……あの……さ。あたし……嫁に行くんだ」
激震が走った。
せっかく受け入れてくれそうだった二人が、生まれたての小鹿みたいに、よろけて崩れ落ちた。
「しょーがねぇんだ! なんていうかさっあたしの意志じゃないっていうか! いや了承したのあたしだけどっ」
堕ちた女神事件の後、あたしはすぐに、自分のことを打ち明けようとして、それならまず、急遽ギルド長に復帰することになった、元ギルド長の髭じーさんに伝えるべきだと、二十一歳の社会人として、上司に話をつけにいった。
『ほーー』
髭じーさんは、仲間たちみたいに驚いたりせず、ふんふんと黙ってあたしの話を聞いた後。
『ちょうどよかったわい。今国がこんなじゃからてんで、とある話が進んどってな。適任がおらんかったから助かったわい』
『適任? 俺……じゃなくてあたしに丁度いい仕事があるんですか?』
髭じーさんは、ほっほっほっとだいぶ長いこと笑ってから。いやもう殆ど爆笑してから。
騎士団とギルドにかつての絆を取り戻すため、騎士団の若者とギルドの女性を結婚させようという、いわゆる政略結婚の話をしてきた。
それならば、あの混乱で一番活躍したファングギルドからがいいだろうということになっているとか。
ちなみに、車椅子の狼がやったことは、世間では伏せられ、あの戦いで死んだことになっている。あたしの左腕のことも同じく、仲間とヴァイスと少しの騎士団員しか知らない。
『ファングギルドに独身の女性と言えば、メイラン含め何人かおるがのう。その……みな男がおってのう。夜遊びしてる者もおるし。メイランはそういうのはないが、絶対嫌じゃと断られてもうてな』
『あたしには無理だよじーさん』
もちろん即答した。
はずが……そのあと勢いで、引き受けることになった。
「勢いってなんだよ!」
ディーラがよろけながら言った。
「そのあれだ。騎士団のその……代表っつーのか。もうあっちは了承しててさ。
相手もきまってねーのに。国のためだとか言って引き受けてたんだ。
んで、髭じーさんに煽られたっつーか。ヤツはお前さんより男気あるやつじゃとかなんとかいうもんだから。あたしの方がーってな感じで……結婚くらいやってやるぜ! って返事しちゃった」
二人共が、こけた。その場でツルっとすべって盛大に。
「おおおおおお断りしてこい馬鹿娘!! お父さん許しません!!」
「おっおおお母さんもですわ!!」
「それが……その。それももう出来ないんだ」
つっこんでる余裕はなかった。
時間もなかった。
時計の針はガンガン進んで、もう取返しのつかないことになっている。
「もうあと数時間で結婚式だから」
「は? いやいや。今日って確か、あのいけすかねえ騎士団長の結婚式があるから出席しろっつって」
「さっき、ディーラがご祝儀袋に泥付きのお金を入れておりましたので、私も連盟に……」
二人は顔を見合わせ、顎が外れそうなほど口を開けた。
あたしは、顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、なんとか逃げずに耐え抜いた。
「相手……ヴァイスなのか!?」
「ヴァヴァっヴァイスっ!?」
あたしは、首を無理やり動かして、頷いた。
今からがようやく本題なんだ。
心折れちゃだめだ。
「で……さ。問題があるんだ」
二人が回遊魚みたいにギルド内をうろうろしだした。
ガンガン椅子やテーブルや花瓶にぶつかってるが、止まらない。
「アイツ。相手があたしって知らねーんだわ」
「どういうことですの?」
メイランが、ぶつかってきたディーラを弾き飛ばしながら言った。
「エリーゼって女が来ると思ってるってこと」
ディーラがすくっと起き上がり、首を傾げた。
でかい男には似合わない愛らしい動作だ。
「え……ん? えええっ!?」
なんということでしょう。
あたしってば、結婚式当日まで、髭じーさん以外の誰にも自分が女だということを打ち明けられなかったのです。女だってことだけを打ち明けるならまだなんとか出来たかもしれないけれど、結婚まで決まってしまい、余計言えなかったのです。
そりゃ一度は、ヴァイスに言っておかなきゃと思って騎士団に行ったよ。
でもさ。居なかったし。
今度でいいよなって思ったら、こんなことに。
断ろうとも思ったよ。
断ろう。真実言おう。って思い続けたよ。
それがいつの間にか当日になっちゃったんだよ。
「あたしどうすればいい? あとちょっとでウェディングドレス着て式場へ行かなきゃなんねーんだ。切羽詰まってお前らに打ち明けたんだっ。いやもう本当はもっと前に打ち明けようとしてたけど出来なくてっ! どうしようっ! 助けてくれ!!」
二人は、吐きそうな顔であたしを見た。
こんな顔されたのは初めてで、ちょっぴりショックだった。
駄目なの? ダメなのか? もう今回ばかりはダメ?
「俺……ご祝儀袋の中身入れ替えてくる。騎士団長に悪いし」
「私も。自分で用意しますわ」
「っちょっ! ちょっと待ってくれ!!」
駄目だった!!
「待って!! 二人共待ってよ!!」
つい、村に居た頃のような口調で呼び止めてしまった。告白したとたん気が緩んだのかもしれない。
ディーラもメイランも振り向いて、深いため息をついた。
「女の声でそんなふうに言われっと……調子狂う」
「本当にエリーゼなんですわね」
諦め顔の二人に、あたしは、頭を下げた。
「あたしが悪かった。自業自得だった。今回のことは自分でなんとかする」
なんとも出来る気がしないのに、そう言っていた。
「一生かけて謝るから。これからもあたしと……」
一緒に……。
長年二人のことを騙してきた報いを受けろと言われれば、そうするべきなのかもしれない。
ディーラのこともメイランのことも傷つけた。
離れて行っても仕方ない……けれど、それだけは嫌だ。
助けて欲しいほどピンチだけど、助けてくれなくてもいいから、縁を切らないでほしい。
「別に見限ったりはしねーよ」
「そうですわ』
地獄に仏。
さっきまで死にそうだった心に、ほんの少し灯がともった。
そうだ。何があろうと、仲間が居ればやっていける。生きていけるよ。母さん。
「あなたがしてくれたように、これからは私たちが、あなたを支えようって思っていたんですもの。性別が違ってたくらいで……くらいで…………」
「驚いて死にそうだけどな。ついでに結婚て……しかもあの野郎と……っはは。うん。大丈夫大丈夫。今までのごたごたに比べれば……比べれば……」
混乱再び。
二人が回遊し続けたためファングギルドホームはむちゃくちゃになり。
決死の告白むなしく、三人揃って頭を抱え、無為に時間を消費した。
「うううっ……」
「泣かないでくださいゼ……エリーゼ」
二人と冷静に話が出来るようになったのは、ウェディングドレスを着せられ、化粧されて、馬車に詰め込まれた頃だった。
もう完全に手遅れだ。
あたし死んだ。
「いいか? とりあえず今日の式だけは大人しくしてろ。化粧もしてるし、女にしか見えねえ。別人のフリで乗り切れ。意外と可愛い。大丈夫だ」
三つも年下のディーラに言い聞かされ、あたしは小さい子供のようにコクコク頷いた。
「落ち着いてからヴァイスに説明すればいいのです。そのときは私も一緒におりますわ。
離縁は……正直難しいでしょうけれど。同意を得れば、仮面夫婦という形で、私のところへ来ればよろしいのです。幸せにしてさしあげますわ」
「メイラン。ややこしいこと言うなって。こいつ女だぞっ。女を幸せにすんのは男の役目だ。
ヴァイスが嫌なら俺が何とかしてやる。今までは兄貴みたいに思ってたけど、今日からお前は俺の妹分……うう……違和感しかねぇけど、そういうことにするんだ俺っ」
やっぱり二人共あんまり冷静じゃないかもしれない。
ヒラヒラした純白のドレスで、体を拘束されたあたしは、緊張しすぎて、馬車の揺れに負けないくらい震えていた。
何せ、今日の結婚式は、国を上げての盛大なもの。式場は、復興中の城だ。
復活した王様はもちろんのこと、各地からえらいさんが来ているという。具体的には知らない。
ギルドと国を繋げる偉大なる第一歩。
それが、あたしと……ヴァイスの……結婚。
『お前は俺の好敵手だ』
事件が解決した後。あいつはそう言ってあたしに握手を求めて来た。
あたしはそれを握り返して。
『いつか絶対俺が勝つ』
とか。ノリノリで返した。
これはこれで裏切りだよな。
あいつに謝るなんて、考えるだけで血反吐が出そうだけど、今回ばかりは……。
ガタっ
馬車が止まった。
ラッパの音が聞こえる。
メイランが、あたしのベールに手をかけ、チュっと頬にキスした。
「あなたの行く手を阻むものは私が潰します。今までちゃんと言えませんでしたが……愛してますわ」
少し悲しそうな微笑みで、先陣きって馬車を降りていくメイラン。
いつもはあたしの役目なのに。
彼女を守るのはあたしなのに……。
「メイランっ」
呼び止めようとしたら、後ろから頭をワシワシ撫でられた。
「びっくりしたし、悲しかったけどさ……後悔の方が強かったんだ。こんな細っこい体に無理させちまってたんだってよ。俺、頼れる男になっから。後ろは気にせず、まっすぐ前みて歩け」
ディーラにドンっと押され、こけそうになりながら馬車を降りた途端。
歓声が上がった。
見渡せないけれど、城下町中の人が押し寄せてるんじゃないかと思うほどの大歓声だった。
目の前に赤いじゅうたん。
その先に、大きく開いた城門があって、一人、凛と立つ……騎士の後ろ姿。
すらっと背の高い、いけ好かない背中が見えた。
建物の中はまだ崩れかけたりしていて危ないから、外でやるようだ。城の広場に神父様が立っている。
「エスコートはわしが」
髭じーさんに腕を取られ、あたしは、何の覚悟も出来ないまま、前へ進みだした。
一歩。一歩。最初は引っ張られて歩いた。
だれかに引っ張られるなんて……なんだかしっくりこない。
愛してます。まっすぐ前みて歩け。
二人の言葉が頭の中でぐるぐる回った。
これはもう走馬灯じゃない。
死にそうだけど……生きてるんだから。これからだって生きていくんだから。
大混乱だった町の人々が、笑っている。祝福してくれている。
あたしが進むだけで……嬉しそうにしてくれる。
そうだ。
進む。前に進めばいいんだ。
あたしは、半ば髭じいさんを引きずる形で、歩き始めた。
左目が殆ど見えない上に、ドレスの裾が長いせいで、何度かこけかけたが、無事、ヴァイスの横に立つことが出来た。
髭じーさんが、あたしの腕から離れるとき、助言してくれた。
「とりあえず誓いのキスさえしちまえば式は成功じゃから。他は適当で大丈夫じゃよ」
キスか。したことないけど。口にあれすればいいだけだろ。うん。大丈夫。やれる。
ヴァイスの腕を掴み、また歩き出そうとしたら、引き留められた。
「ゆっくり。お嬢さん」
妙に優しく声を掛けられ、思わず周りを見渡した。
「緊張してらっしゃるのでしたら。私も同じです」
どうやら、ヴァイスが話しかけてきてるようだ。
「顔合わせのお時間すら取れず、申し訳ございませんでした。見ず知らずの男との婚姻に戸惑いはあるかもしれませんが、そう固くならず、私に身を預けてください」
寒気がした。
叫びながら走り去りたい衝動で、いっぱいになった。
右足、左足。
あとは任せた。
あたしはもうだめだ。
言われた通りヴァイスの腕にその身の進行を預けると、ヴァイスがほっと一息ついた。
こいつのぶりっ子……猫かぶり? は何度かみたことがあるけれど、まさか自分に向けられる日がくるとは思わなんだ。
やっぱ無理無理駄目だ! 助けてーー! 誰か助けてーー!
ガクっと足が止まった。
何やら神父がいろいろ言い始めた。
あたしは全然聞いてなかった。
途中、しつこく誓いますか? って聞かれたから、誓いますって慌てて言ったけど。
さっさとこの場を去りたい一心だった。
指輪の交換についてはちょっと問題が起きた。
左腕が動かないから、右手で持ち上げて差し出したら、ヴァイスが、ちょっとばかし変な顔して、あたしの左手の薬指に指輪嵌めたあと、妙に丁寧に定位置に戻してくれた。
あたしの方は問題なかった。ヴァイスの左手薬指に、輪投げかってくらいの勢いで、ズバンっと嵌めてやった。
そして、いよいよ。
誓いのキス的な状況なのか。
もう緊張しすぎて周りの音とかまったく聞こえないからわかんないんだけど。
ヴァイスがあたしのベールに手を伸ばした。
ディーラが大丈夫って言ってたし。大丈夫なはずだ。
今日のあたしはそこそこ可愛い女のはずだ。
いや。そこそこじゃない。超可愛いはずだ! 大丈夫だ! 信じろ! あたしじゃない……あたしを化粧した女性を信じるんだ! 花嫁ってのはすべからく可愛いはずだ! みんなの努力の結晶が今日のあたしだ!
ファっと顔に風を感じた。
息苦しさがなくなり、目の前が開けた。
あたしはそっと顔をあげた。
金色の艶やかな短髪をオールバックにした、いつもと少し違うヴァイスの顔が、ずいぶん至近距離にあった。
こう見ると、シスターのいってた通り、綺麗な顔立ちかもしれない。
凛々しい眉が顰められ、エメラルドの瞳が見開かれ、薄っすら唇が開いて……。
ああ。これ相当驚いてるな。
うん。驚いてる。絶対驚いてる。
バレて―ら。
「おまっ……」
「あたし。女なんだ。言ってなかったけどっ。つーか男だとも言ってないよな」
ヴァイスが叫び声でも上げそうな勢いだったため、あたしは小声で捲し立てた。
「おんっ……おっおんっ!?……っ」
先制攻撃。
あたしは、ヴァイスの胸倉をつかみ上げて引っ張り、唇に唇でペっと触れてペっと離した。
不快感とかはなかった。顔突き合わせてるほうが不快だもん。
「よし。やってやった」
目的は達成した。
というのに……。
あまりのスピードキスに付いてこれなかったのか、神父も見に来ている人たちも、シーンとしたままだった。
ヴァイスは……ヴァイスは動かない。
これはまさか。もう一回したほうがいいのか?
ドギマギしていると、咳払いした神父がなにやら、声高らかに宣言した。
ワーっと歓声が起きた。
途端。
バーン!!
ヴァイスが……あのヴァイスが、受け身も取らず後ろにぶっ倒れた。
「だっ団長――――!!」
前の方に居た人達が立ち上がり、騎士団側の関係者が騒然とした。
ギルド側から笑いをかみ殺す気配が……。
あたしは、決してわざとではなく。ごく自然にガッツポーズを取っていた。
なんかわからんけど勝った。
口角を持ち上げて、見下ろすと、速攻意識を取り戻したヴァイスが、戦いの最中かと思われる俊敏な動きで起き上がって、おもむろにあたしの腰を掴んで引き寄せた。
「むううっ!!」
塞がれた。
こいつっあたしの唇にひどい仕返しを……!?
完全に倍返し。
さっきよりもすごい歓声が沸き起こったけど息が出来なくて、体から力が抜けた。
キャーイヤーヴァイス様ーー! 的な黄色い悲鳴と。何するんですの! てめぇこの野郎! というメイランとディーラの声が、遠く近く聞こえた気がした。
「っふは」
ようやく解放され、よろめきながらもなんとかヴァイスを睨み上げると。
いつも通り、あたしに出会って、心底面倒だという顔をしていた。
ギルドでいちゃついている男女は、キスした後、こんな顔していなかった。
この野郎やりやがった……。
今すぐにでも殴り飛ばしてやりたかったが
「あ……」「ぐ……」
拍手喝采で二人して青ざめた。
完全にやらかした。いつも通り周りに呆れられる喧嘩じゃなくて……人前であんな……。
恥ずかしすぎて死ぬ。
顔が熱い。
ぐらぐら茹る頭で、足元をふらつかせたら。
ガシっと腕を掴まれた。
「まだ倒れるな。笑顔でここを歩けば終わりだ」
「っ……わかってる。手ぇ離せ」
負けない。
あたしは負けないぞ。
これからこの赤い絨毯を祝福されながら二人で歩く地獄のあと、用意された馬車に乗って、新居によってから、国内を一周するという煉獄の新婚旅行がある。
道中が勝負だ。
謝らなければならないと思っていたけれど。
さっき言った通り、あたしは男の恰好をして、声色変えてただけで、こいつに自己紹介とかした覚えはない。男ですって言ってない。
勝ってに向こうが男だと思い込んでただけだ。
それを貫き通して逆に謝ってもらい、今後の主導権を奪おう。
チラっとヴァイスを見上げると、同じようなことでも考えているのか、挑発的な瞳で睨まれた。
「おまえ。覚悟は出来てるんだろうな」
殺意しかないその視線が、なんだか妙に懐かしく、あたしはフっと笑った。
「でなきゃお前の嫁になんかこねえよ」
真の戦いはこれからのようだ。
お疲れ様です!!
ありがとうございました!!