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街の中を冒険します。

 よろしくお願いします。

 『服?寒くない』


 ・・・言われてみれば腰以外ほぼ全裸だ。

 けど寒くないし、腰巻だって昨日、水でジャブジャブした。

 この格好にも、違和感は感じない。

 まぁ、背負子はあまり背負いなれてないからか、空でも多少、違和感は覚えるけど、重いとは思わなかった。

 そういえば、森や街で小石とか踏んでも痛くなかったな。

 そう思って足の裏を触ってみると、ゴツゴツしてて硬かった。


 「コブン、ヒュムはね。何かと外見で判断する事が多いんだ。相手の服装や身嗜みだしなみ、立ち居振る舞いで、優劣や能力を判断して対応を変えるのさ、ラティキエだってゴブリンって理由でブチブチ小言、言って来たろ?だから、変に足元あしもとを見られないように、それっぽい格好しといた方がいいの」


 レティが僕と目線を合わせて、そう説明してくれた。

 そっか、そうした方がいいなら、そうしようって思った。


 「ワガ・ダ」


 「おや?どうしたの急に、チコリに何か言われた?」


 僕が喉を抑えながら、何とか聞き取りやすい様に発音すると、レティが驚いた顔をした。


 『レティが恥ずかしくない様にする。発音も治そうと思って』


 「なるほど、ありがと」


 レティが、ニッと笑ってそう言った。

 それから少し歩いたとき唐突に、レティが振り向いて人差し指を口に当てた。


 『そういえば、コブン。街中では合成禁止ね。あれが見つかると、きっと良い事にはならないから』


 そう言って周囲をサッサッと見回す。

 どうやら、周りに居る猫とかを、気にしてるみたいだ。

 

 『わかった』


 「じゃあ、いこう」


 レティは歩き出し、また人通りの多い道に入っていく。


 『そういえば、街の建物は木の柱が多いね?』


 僕は、歩きながら少し気になった事を、聞いてみた。


 「あぁ、森が近いからね、木材が手に入りやすい。それに、白い壁は湖の貝殻から作るらしいよ?アタイも詳しくは無いけどね」


 だからなのか、さっき、白い貝殻をかごいっぱいに入れて、背負った人を見かけた。

 通りには、他にも棒を肩に担いで、その両端に荷物をぶら下げた人や、革の鎧を着た人まで歩いている。

 と言っても、トゲトゲした感じはなくて、商店の人と話したり、笑いながら歩いてる人が多い。


 『みんな、笑ってるね?』


 「ん?あぁ、そうかもね。なんか良いことでもあったんじゃない?」


 『そっか、そうかも』


 チラッと笑ってる人達の方を見てそう言った。

 レティはあまり、他の人には関心が無いのかもしれない。


 そんな事思っていると、天井てんじょうのある道に入った。

 どうやら、道の両端の建物の、2階の天井あたりから、お互いを繋ぐ屋根が渡されていて、道の上に天井を作ってるみたいだ。

 屋根と屋根の隙間には雨どいが付けられていて、道に雨が当たらない様になっている。

 そんな道の両側には、色とりどりのお店が並んでいる。

 露店と違って売ってるモノはキラッキラしたモノが多い。

 また一定の間隔で建てられた、1階までしか無い建物。その上に空いた空間から、光が射し込んでいて、意外と明るい。


 『レティ?ここは?凄いキラッキラッだね?』


 「ここはバザ・・・まぁ、簡単に言うなら、金持ちのため店が多い場所だね。宝飾品や嗜好品の店」


 『そうなんだ?』


 うーん、よく分からなかったけど、レティもそうなんだろうか?


 「ってここだ」


 そこは、服が沢山飾ってあるお店だ。

 ゴーレムさんみたいな人が、沢山並んでて、服を着てジッと立ってる。

 それに、床は光沢のある石が敷き詰められていて、とても綺麗だ。

 レティは、それらを見向きもしないで奥へ入っていく。

 途中で、綺麗な格好の女の人が出て来た。


 「いらっしゃいませ。どの様な、ご用件でしょうか?」


 その人は一度頭を下げてから、笑顔で聞いてきた。

 そっか、お店に着いたから、見える様になったのか。


 「アージに会いに来た」


 レティは特にその人を見もしないで、それだけ伝える。


 「え?アージですか?って、なっなに?この子ども・・・!?おっお客様、当店内に、けも・・・」


 レティに言われて、女の人は少し考えて、何か言おうとした。

 その時、後から入った僕に初めて気付いて、指さしながら何か言っている。


 「私が対応します。あなたは、あちらのお客様をお願いします」


 けど、店の奥から出て来た人に止められる。

 その人は、どことなくピリッとした感じの人だ。


 「申し訳ございません。彼女はまだ日が浅く・・・」


 「いいさ。それよりアージは?」


 ピリッとした人は、深く頭を下げて、何か言おうとしていたけど、レティが遮った。


 「ありがとうございます。こちらでございます」


 ピリッとした人の案内で、お店の奥の階段を降りていく、地下にも商品があり色々な服が並べられてる。

 その奥に、扉があって、ピリッとした人がカギを開け、その中へ案内される。


 「それでは、失礼いたします。ごゆっくり」


 ピリッとした人は入ってこないみたいだ。

 でも案内された部屋は、レティの全身が見えるくらいの大きな鏡が、一つ置いてあるだけの、狭い部屋だった。

 レティは、コンコンコンっと鏡を叩く。

 すると叩いた場所の鏡面が、波紋が広がる様に波打つ。

 そしてレティは、まるで水の中に入るみたいに、鏡の中に入って行く。

 僕が戸惑っていると手だけ出てきて引っ張り込まれた。


 鏡の中は普通の部屋だった。

 後ろを振り返ると、丸い穴が空いていて、その奥に先ほどの部屋が見えている。

 周り暗いけど、広めの部屋に開けっ放しのドアがあり、その廊下の片側から光が差し込んでいる。

 部屋の中には色々な道具や、上で見た動かないゴーレムさんなんかが置いてある。


 「壁の穴を、魔法で誤魔化してるだけだよ。鏡の中って訳じゃ無い」


 レティはそう言うと光の方へどんどん進む、僕は小走りにそれを追いかけた。


 「あぁら、あら?レティシアちゃんじゃないの!どうしたの?正装で?まさか私に依頼?っても、服作り以外、出来る事なんてないし、やる気も無いわよ?」


 光の漏れていた部屋に入ると、男の人が高い声で話しかけてきた。

 部屋の中には、作業台や、様々な布、作りかけの服を着た動かないゴーレムさん達が沢山ある。

 声の高い男の人の格好は、簡単な作業着だ。

 下は動きやすそうなズボンに、上にはえりと腕の部分が無いピッチリした服を着ている。

 見た感じはスラリと筋肉質だ。


 「これは、ラティキエの依頼の帰りだからだよ。普通に服を作って欲しいだけ」


 レティがそう言って自分の服の袖をヒラヒラさせる。


 「あら、そうなの?でも、悪いわね。今、貴族どもの依頼が立て込んでるから、時間がかかるわ。ほんと、作りたくもない服を作るのって、欲求も満たされないし辛いだけね!外に居たでしょ?あのメガネ女!依頼の服が出来るまで、作業場から出してくれないのよ。酷いと思わない?はぁ、レティシアちゃんの服なら、優先して作りたいけど・・・」


 スラリと筋肉質な人は、殆どレティを見ないで作業に集中している。レティの方を見たのは最後だけだ。

 分かるでしょって感じだった。


 「・・・あの女、黙らせればいいのか?」


 それに対してレティは、特に何でも無いという風に、そう尋ねる。


 「・・・はぁ。やめて、レティシアちゃん、魅力的過ぎて笑えないわ。でも、あれで有能な子なの。私が服だけ作ってればいいのは、あの子のお陰。だから勘弁してあげて」


 レティは肩を竦める。


 「まぁ、出来ないならしょうがない。じゃあ、アージのお勧め、誰か紹介してくれ。急がないけど、いつできるか、わからないのも困る」


 「ま!レティシアちゃんは、すぐそうやって本名を呼ぶ!アンジュリーナよ!間違えないでね!!・・・でも、紹介ってもねぇ、どんな服が必要なの?私の手作りじゃなくていいなら、ウチの子たちにやらせましょうか?多少は優先的にやらせる事もできるはずよ?もちろん、細部まで指示通り作るわ」


 「前にそれで、着心地が悪かったからな。アタイの魔法で燃えた事もあったし」


 「レティシアちゃんが要求する品質は、私以外は無理よ。ほら!私って天才だから・・・」


 「アージも認める服屋とか居ないのか?ライバルみたいなさ?」


 「お洒落しゃれって意味ならいくらでも居るわよ?でも、レティシアちゃんは実用性しか見てないもの、そう言うのは意外と難しいのよ!たとえば・・・」



 「そういう、うんちくはいいや。欲しいのは、服一式を3着。1つはアタイの冒険用。前の時と同じ動きやすいの、付与も前と同じでいい。残りは、コブンの外出用だ。アージが無理なら誰でも良いけど、燃えるようなのは無しな」


 レティがそう言って、部屋の端っこに居た僕の方を見る。

 その視線を追うように、アージと言われたスラリと筋肉質な人がこっちを見た。

 次の瞬間、アージと言われた人の目が、キラーンって感じに光った気がした。なぜか、森の中で土鳥つちとりと出会った様な緊張がはしる。


 「まぁ!?もう!どうしたの?この可愛い子は!?もっと早く言ってよぉ!!レティシアちゃんと一緒に来たの?そんなとこに居ないで、こっち、いらっしゃい!」


 背筋に悪寒が走り、慌てて部屋の隅から、レティの後ろに隠れる。

 生まれて初めて感じる恐怖だ。


 「なんで、そんなに目ギラギラさせてんだよ。彼はコブン、アタイの相棒だ」


 ペコリと頭を下げてレティの後ろにまた隠れる。


 「まぁ!初々しいのね!ウフッ」


 何故か片目をつぶった。

 ゾゾゾッと全身に鳥肌が立つ。


 「コブン、これはアージ・シャンシャール。当然、男だが魔女だ。例外的にな」


 「もう!レティシアちゃんは言い方に棘があるわ。アンジュリーナよ、よろしくね!コブンちゃん!」


 そう言ってにっこりと微笑む、それだけ見たら、とても優しそうだ。

 悪寒が消えたので前に出て握手する。


 『はじめまして、コブンです。アンジュリーナさん』


 「まぁ!思念が使えるのね!って何で裸なの!?ほぼ全裸じゃない!!しかも、背中の装飾が、素朴な感じで良いわ!!


 『ぜっ全裸じゃないよ。腰に巻いてるもの』


 「何ナノ!?それは!?取ってって言ってるのかしら!!誘われてるのかしら!!」


 「誘ってないだろ、急に壊れたな。どうした?」 


 「ってだめだ。誘惑したコブンちゃんが悪いのよ!!」


 ゾゾゾゾッと再び全身が緊張する。


 「落ち着け」


 ドゴッて音がしてレティの拳がアージの頬に当たって吹っ飛ぶ。

 部屋の端に飛んでいきながら倒れる。


 「注文の続きな。ローブもアタイと、コブンのな。両方とも目立たない色合い。あとは・・・何かある?」


 『合成用に、色々な布が欲しいかも』


 「じゃあ、魔力布と絹、綿、魔獣布もな。代金は・・・」


 いつの間にかユラリと立ち上がっていたアージが。


 「お代はいらないわ、ただし!勝負よ。私が勝ったらコブンちゃんを一晩預か!ブベッ」


 いつの間にかレティがアージの後ろにいて、頭を掴んで床に叩きつけてる。痛そうだ。

 さらに踏み付けながら。


 「遠慮すんなよ、払うさ。ま、こんなもんかな?足りなかったら受け取りの時に、場所はアタイの家な」


 そう言ってレティは袋から何かを取り出し、残りを袋ごと近くのテーブルに置く。

 ジャラララっと何かがぶつかる音がした。


 「ま、待ってコブンちゃんの寸法を・・・」


 「あんだけ視姦すりゃ、わかるだろ」


 ガクッと地面にすアージ、さすがにかわいそうな気がしたので、テーブルへ駆け寄り、袋から取り出した小リンゴ1個を、レティの置いた袋の横に添えておく。

 怖いので急いで離れる。


 レティは、入ってきた場所とは違う扉を開ける。

 すると、小さい部屋があって、正面の壁に大きな穴が開いている。

 穴の向こうは、さっき道具屋に行ったときと同じ様な、地下道が左右に続いていた。

 穴から出て後ろを振り返ると、鏡になっていた。


 「鏡の入り口はアージの趣味だよ、理由までは聞いたこと無いけどね」


 レティが、そう教えてくれた。

 そしてまた歩き出す。


 『レティ?次はどこへいくの』 


 「ちょっと、皮革ひかく工房へ行こうかな」


 レティは立ち止まり、振り返ってそう言った。


 「ワガッタ」


 「フフッ、だいぶ上手くなってきたじゃない」


 地下の道をしばらく進むと、上から、トンテンカンっと金属のぶつかる音が聞こえてくる。


 『ここは?』


 「工房区画の地下道だね。たぶん、この上は鍛冶屋関係かな」


 『・・・そうなんだ?』


 トンテンカンの小気味いい音が聞こえなくなると、目の前が壁で行き止まりになる。

 レティは気にせず進み、壁を突き抜けて行ってしまう。

 僕は壁に触ってみると、普通の壁の感触がある、どうやってレティは中に入ったんだろう?


 「コブン、壁があると思うから、触ってるように錯覚するんだよ。目瞑って何もないと思えば通り抜けれるよ」


 僕はレティに言われたようにする。

 すると、どこまで進んでも、壁に触れなかった。

 そして、ポフッとレティにぶつかる。

 目を開けると、大きな階段のある部屋に居た。


 そこは、今までの通路とは雰囲気が違っていて、奥が真っ暗だ。

 通路の横に無理やり空けたような穴があり、そこから下へ続くらせんの階段になっている。

 今までは緩やかに曲がった通路だったし、壁や床は、平らになっていた。

 けど、その階段は足場以外は、平らになっていないし、壁がゴツゴツと岩がむき出しな感じだ。

 レティがパチンっと指を鳴らすと、その周りを取り巻く様に、いくつもの光の球がフヨフヨと漂い始める。


 「そういえば、ゴブリンは暗い所でも見えるんだっけ?」


 『色はわからないけど、何となく形がわかる。でもあまり遠くまでは見えない』


 「そっか、それでも便利だね。いくつか脇道があるけどアタイについてきて」


 「ワカ、タ」


 しばらく階段を降りると真っ直ぐな通路に出た。

 そこは天井から薄っすらと光がさしている。

 左右の壁に5枚ずつ閉じた扉がある。

 その全部で10枚の扉を、レティはドアを開けたり、開けなかったりして進んでいく。開けたドアを覗くと狭い横穴が続いている。

 そして全部の扉を過ぎて、正面の行き止まりの壁の足元を、グッと押し込む。

 すると壁が二つに分かれて開いていき、後ろのドアが一斉にバンって閉じた。


 「これはドワーフの仕掛け、彼らはこういうのを、作るのが好きなのよね」


 『難しい仕掛けだね』


 「ドワーフは仕掛けを作るのは好きだけど、忘れっぽいから簡単な解き方があるの。今のはドアの取っ手が左は開ける、右は閉じたままってね。しかもご丁寧に、最初のドアの下の方にドワーフ語で書いてある、光を消すと見える文字でね」


 『そうなんだ。面白いね』


 「最初はね。毎回やると面倒になるわ」


 壁の通路の先は暗い通路が続いていた。

 何度か通路を曲がると、急に開けた


 そこは、地下の大きな空間だった。

 真ん中に、地底湖なのか、大きな水溜まりの様な場所があり、その周囲を囲む様に、壁伝いに道が続いている。

 その道は上中下と沢山の段差に別れ、ところどころに、扉があり、看板やプレートがかかっている。


 空間を照らしているのは、壁のあちこちに埋め込まれた光る石だ。

 それは、真ん中の湖の中も例外ではなく、湖の水を青く染めている。


 『ここは?』


 「知る人ぞ知る、ドワーフの街さ。様々な工芸品なんかを、上のハルシュレックと取引してるの」


 レティはそう言って、壁伝いの道を歩いていく。

 下を覗き込めば、湖の中に魚を見つけた。

 地下なのに魚なんて居るんだなと思った。


 「コラ!バカモンが!危ないじゃろが!!落ちたらどうするんじゃ!」


 僕はいきなり怒鳴られて、ビクッとなる。

 壁沿いの道の向かい側、回り込んだ辺りから、誰かが棒のようなモノを振り回している。


 「ゴッゴベガ・・・」 


 「爺さん、久しぶり」


 僕のごめんなさいと言い終わる前に、レティが声をかける。

 今までと打って変わって、にこやかな表情で片手を上げる。


 「なんじゃ?・・・フィーレの嬢ちゃんか?おぉ!久しぶりじゃな!?元気にしておったか?」


 レティは、お爺さんの方へ歩いていく。


 「元気さ。爺さんこそ、まだ生きてたなんて驚いたよ?」


 僕はレティの後について行く。

 今までの町の人を見る感じとは全然違って、嬉しそうだ。


 「はっはっは、まだまだ、くたばらんわ!」


 お爺さんはヒゲだらけの顔で豪快に笑う。


 「・・・そうか、そいつは良かった」


 なんとなくだけど、レティの顔は少し寂しそうだった。


 「フィーレなら工房じゃ、きっと喜ぶぞ!お前さんを追い出した後、だいぶ気落ちしておったしな。っと、これはナイショじゃ。あれで意地っ張りなとこがあるかの」


 お爺さんは太い指を口の前で立てる


 「フフッ、分かってる」


 「おぉ!そうじゃ、フィーレなんぞ気にせず。今度、土産に酒でも持ってきてくれ」


 そう言ってお爺さんはお酒を飲む仕草をする。


 「わかったよ。ありがとう」


 レティは嬉しそうに苦笑した。


 「なぁに、じゃあまたな」


 そう言って、片手を上げて、杖を突きながら歩いて行く。

 お爺さんの片足は義足だった。


 「あぁ、また」


 レティもそう言って、手を上げて後ろ姿をみていた。


 お爺さんと別れた後、さらにもう少し進むと、レティは木の扉を開けて、中に入って行く。

 僕も後を追って入ると、扉の向こうはそこそこの広さの部屋だった。


 部屋には受付の机があり、その奥に3人の人達が作業している。

 明かりは水晶のような光る石で、部屋全体は床、壁、天井すべてが木造だ。

 窓がない事と天井が少し低い事を除けば、自分が地下にいるとは思えないかもしれない。


 「いらっしゃい」


 声をかけてきたのは、一番手前で作業していた人で、レティのお腹ぐらいの高さの人だ。

 でも体はみっちりと筋肉質で、顔中ヒゲだらけだ。


 「親方に少し話がある」


 「あいよ、名前は?」


 レティに声をかけてくれた人は、手縫い作業の手を止めず、そう言った。


 「レティシアと言えばわかる」


 「今作業中だ、時間がかかるかもしれん。そこに座ってな」


 そう言って男の人は初めて手を止め、僕たちの後ろの方を顎で示し、立ち上がって奥の部屋に行く。

 後ろには足の低い革張りの長椅子があった。

 僕は背負子を置いて椅子に座る。

 驚いた、革にしっとりとした柔らかさとやんわりと押し返すような弾力がある。

 しかも、革椅子独特のバリバリッとした音もせず、後ろから誰かに抱きしめられるような感覚だ。


 「驚いた?魔獣革の一種だね。これはハルシュ湖の大ダコかな?」


 『湖にタコ?』


 なぜか、違和感を感じたけど理由まではわからなかった。


 「ん?どうしたの?」


 「レティシアさんよ、親方が会うってさ」


 そして、レティが座る前に、さっきの人に呼ばれた。

 背負子を背負って二人の後を追う。

 隣の部屋はさっきより大きくて、沢山の人が様々な色の革を切ったり、縫ったりしている。

 床だけは木造で、壁は岩壁が見える。

 作っている物は、靴や鞄など、様々だ。

 案内されたのは更にその奥の作業場で、5人がそれぞれの作業台に向かって、出来上がった製品を検品しているみたいだ。

 ここも、床だけは木造で、作業台なども全て木から作られているみたい。

 一番奥の机で、図面とにらめっこしていた人が、レティをチラッと見みる。


 「レティシアか。・・・おいで、奥で話そう」


 そう言って、作業場のさらに奥に通された。

 その部屋の中も床、壁、天井と全て木造で、真ん中に入り口にあったのより豪華な、長椅子が2つ向かい合わせに置いてあり、その間に凄い手の込んだ作りの机が置いてる。


 「フィーレおばさん、紹介するわ、彼はコブンよ。ゴブリンだけど、アタイの相棒なの」


 レティは椅子を勧められる前に、少し改まってそう僕を紹介してくれた。


 「ほぉ、まさか男連れてくるとは思わなかった。それにおばさんはやめとくれ、もうレティシアのおばさんじゃない。そう前に言ったろ?」


 フィーレおばさんと言われた、ドワーフの女の人は、ニカッと豪快に笑った後、チラッと鋭くレティを見た。


 「・・・えぇ、そうだったね。コブン、フィーレお・・さんよ。アタイの育ての親みたいな人なの」


 「フィーレ・リーンドだ。よろしくなコブン」


 レティがそう言うと、グッと太い手を前に出してくる。


 「ヨッヨロ・シク」


 フィーレさんと握手をした。ガシッと握ってくれた手は、とても力強く温かかった。


 「彼は、あまり言葉が・・・」


 「いいさ。それで?なんかあったんだろ?そうでなきゃ、ここには来ないはずだ」


 フィーレさんのそっけない返事が、レティが服屋でしていた仕草に似ていた。


 『コブン、さっき禁止って言ったけど、フィーレおばさんはこの街で一番信頼できるわ、合成の事話していい?』


 フィーレさんに促されて、レティがチラッと僕の方を見る。


 『わかった、いいよ』


 「フィーレさんは確か、合成の異能ラオベンが使えたよね?」


 「改まってどうした?・・・まぁ使えるけど、大した力じゃないよ。ちょっと物を早く作れる程度の能力さ。急ぎの修理の仕事とかは便利だった事もあったけど・・・」


 フィーレさんは肩を竦めて大したこと無いと苦笑する。


 「詳しく聞いてもいい?」


 「物を作る時に道具を揃えて、材料を用意する。そして作業工程を思い浮かべながら力を使えば、作業時間をかけずに、完成品が出来てる。でも所詮はずるみたいなもんさ。職人が技術を磨いて、 一つ一つ丁寧に作った手仕事には勝てない、たいていはな」


 「作業台や道具が無くてもできるの?例えば外とかで」


 レティは、思っていた事と少し違ったようで、そう質問した。


 「無理だね。合成すれば、作業に使った様に道具が傷む。刃物を使う工程が必要な合成を続けていけば道具の刃物も鈍ってくる。すると合成した完成品も雑な仕上がりになる。なにより不足な物が多いほど普通に作業するより疲れるしね。時間を短縮する以外の利点が無い能力なのさ」


 うーん?僕の合成と同じ能力の事を話してくれていると思うんだけど、言ってる内容がほとんどわからない。

 ・・・えっと?どういう事なんだろう?


 「・・・そうなの。実はコブンも合成の異能ラオベンが使えるみたいなの」


 「ほぉ、それで?」


 フィーレさんはここまでの話で、だいたい察していたみたいで、大した驚いていない。

 先を促すための、合いの手みたいなものだと思う。


 「見てもらった方が早いわ、コブンなんか作ってもらえる?」


 僕は腰の袋から、昨日採れた小リンゴを取り出し、合成する。

 パァッと光って、できたのは、木皿に乗った焼きリンゴだ。

 真ん中の芯の部分が切り抜かれた、皮付きの輪っかのリンゴが、横から切られ、断面に黒い焦げ色がついている。

 たぶん、砂糖と牛酪バターと一緒に切ったリンゴを熱してあめ色にしたんだと思う。

 それが断面が分かる様に盛り付けられている。

 そして、たぶん最後に桂皮ケイヒの粉をかけてあるんだと思う。

 できた途端に甘いに香りが広がって行く。


 「なっ!光った!?いきなり上質品なのか!?」


 「凄い事なの?コブンがやる時は毎回光るけど?」


 そう言いながら、木皿の上のリンゴと摘まんで口へ持っていくレティ。

 あぁ、自分で食べるんだ。


 「毎回!?・・・少し見せておくれ」


 僕はフィーレさんに焼きリンゴを木皿ごと渡す。

 レティが、その途中でもう一枚摘まんだ。


 「・・・この子は、相変わらず食べる事が好きだね」


 フィーレさんはやれやれと言った感じで、レティをひと睨みする。


 「すごいな。まさか道具も無しに素材一つでここまでとは、しかも消費していない素材まで追加されている。・・・味も素晴らしい。この口の中に広がる芳醇な甘み!それを・・・」


 フィーレさんがレティみたく、難しい事を言い始めた。

 なるほど、確かに親子なのかもしれない。


 「・・・コブン、他にも何か作れるかい?」


 ひとしきり、焼きリンゴを語った後、真剣な顔でそう聞かれた。

 うーん、僕がゴソゴソと袋の中を覗く。


 「あ、いや。そうだな・・・例えば、皮をなめしたりとかは?」


 もしかすると、フィーレさんは自分の合成との違いを知りたいのかもしれない。

 僕はレティにやったこと無いけど、たぶん出来ると伝えた。

 レティはそれをフィーレさんに伝える。


 「そうか。ちょっと待ってくれ、適当な皮を取ってくる」


 小走りに部屋から出て行くフィーレさん


 『フィーレさん、楽しそうだね?』


 『あぁ、モノ作りの事になると、他の事は気にしなくなるんだ』


 レティはやれやれって感じで笑いながらも、チラッと僕の方を見る。


 『・・・コブン。その、異能ラオベンの事・・・すま』


 『いいよ、レティ。何か理由が無いと、ここに来れなかったんでしょ?』


 『あぁ・・・』


 その時、レティがどう思っていたかは、わからない。

 レティは他の人と話すとき、あまり表情を変えたりしない。

 でも、ここではどことなく楽しそうだ。

 そんな場所に、長い間帰れないのは・・・。


 「すまない、待たせたね」


 フィーレさんがそう言って、部屋に戻ってくる。

 その後ろから二人のドワーフさんついて来て。

 二人で持っていた、何枚かの大きな皮を机の上に置いて、出て行く。


 皮は全部で4枚あるみたいだ。

 一番上になっていた皮は、黒くて、触るとひんやりとしている。

 たぶん、入り口の長椅子に使っていたタコの皮かな?

 僕の手の中でその皮がパァッと光る。

 出来上がった革は、黒いままだけど、艶っぽい光沢がある。

 触ればとても柔らかく、しっとりと手に吸い付くようだ。

 そしてとてもよく伸びる。


 「・・・驚いた。これは元の素材から変わっているのか?それとも加工の方法を工夫すれば、ここまでの革を作り出せるという事なのかい!?」


 フィーレさんが出来上がった革に触れながら、怖いくらい真剣な顔で聞いてくるけど、僕にはわからないので首を横に振る事しかできない。

 僕はなんとなく、こんなのが出来るっていう事と、出来たモノの使い方はわかるけど、光った後には違うモノになってる事もよくあるし、ましてや、それの再現方法なんて見当もつかない。


 「・・・そうか」


 フィーレさんが僕の答えに、少し肩を落とした。

 けどすぐに、頭をガシガシッと掻いて僕に向き直る。


 「コブン、悪いけど他の3枚もお願いできるかい?レティもいいかい?」


 「えっ!?えぇ」


 レティは、フィーレさんの言葉に一瞬驚いて、その勢いに呑まれる様に頷く。

 もちろん、僕にも異論はない。

 どうやって作るか、説明は出来ないけど、その専門家なら、いくつかヒントがあれば分かるかも知れないもんね。


 「じゃあ、少し休みなが・・・」


 僕は、残り3枚の皮も次々合成していく。

 パァッパァッパアァッと最後だけ少し、光が強かった。


 「コブン!大丈夫なのかい?」


 フィーレさんが驚いた様な声で聞こえた。

 僕は頷いて、出来た革をフィーレさんに見せる。


 「・・・ならいいんだけどね。にしても凄いね。これ調べてみたいから、借りてもいいかい?」


 言っている意味が分からず、僕はレティを見る。

 元々フィーレさんの物だ、借りるって意味がわかない。


 「いや、加工したのはコブンだろ?」


 僕はレティに、僕はいらないから、あげるよって伝える。

 その後、レティとフィーレさんが何か話してたみたいだけど、急に頭の中にかすみがかかる。

 なんとなく、倒れている気がするけど、誰かに名前を呼ばれて受け止められた。・・・気がする。


 「大丈夫、あんだけ続けて合成すれば疲れちまうよ。ドワーフでも・・・」


 誰かの手がひたいに当てられたかも。

 でも、もうまぶたを開ける事も出来なくて、何も聞こえなくなる。




 気付いたら、僕はレティのベットの上だった。

 下の階から、良い匂いが登ってきている。

 僕は階段を降りながら窓の外を見る。

 すっかり暗くなってる。


 「お!気がついた?」


 明かりの灯った部屋には、ちょうど、レティが机の上にお皿を持って行くところだった。

 家の中のゴーレムさんは木製だからなのか、昼間しか動かない。

 ちなみに、明かりはレティの魔法だ。


 『おはよう、レティ。もう夜中だけど』


 「おはよう、色々連れ回してごめんね。フィーレおばさんがお礼言ってたよ。あの革は、おばさんに買ってもらう、って事にしたけどよかった?」


 『うん、大丈夫。ホントは、あげてもよかったんだけど。あ!あと、僕も途中で倒れてごめんなさい』


 きっと、レティが運んでくれたんだと思う。


 「いいよ、コブンは軽いしね。それより、これ!お礼とお詫びに晩ご飯作ったんだ。食べよ」


 『ありがとう、レティ』

 「アギガドウ、れ・でぃ」


 僕はそう言って、椅子によじ登る。

 残念ながら、ここに座ると足がプラプラしてしまう。

 今度、座りやすい様に踏み台でも作ろうかな。


 「うん、ほらパスタだよ。アタイの得意料理」


 机の上のお皿には、赤いパスタが湯気を立てている。

 僕は、肉叉にくさにクルクルとパスタを絡めて食べる。


 『すごく美味しい』


 「・・・そういえば、コブンって最初から食器の使い方、上手だよね」


 レティが真面目な顔して僕の手元を見て、そう言った。


 『え!?・・・うん、なんとなくわかる』


 言われてみれば、考えた事無かったけど、使い方は分かる。


 『レティも、料理上手だったんだね』


 「・・・以外だって事かな?生憎とパスタだけは得意なのさ」


 レティが、フフンって感じで言う。


 『そっか・・・だけ、なんだ?』


 「・・・えぇ、まぁね」


 そう言って、目を逸らした。


 『・・・レティ、台所大惨事だけど?』


 そして、その視線の反対側には見たくないモノが見えてしまう。

 ・・・そっか、台所もゴーレムさんが片付けてくれてたのか。


 「・・・料理に集中してたからね!」


 そう言って、パスタを口へ放り込むレティの手に、新しい切り傷を見つける。


 『今日は色々、楽しかった』「アリガトウ、れてぃ」


 僕は、思念の後、ゆっくりとそう言った。

 それから僕たちは美味しい食事の後に眠った。

 ・・・明日、あの台所を一緒に片付けてくれる、ゴーレムさんにも感謝しながら。

 読んで頂きありがとうございます。


 2017年8月27日20時半ごろに修正しました。

 9話だった、コブンが目覚めた部分も追加しています。

 その代わり、9話の部分に簡単な登場人物紹介を入れます。

 主な修正内容は、アージの店でのやり取り、墓地シーンの削除、ドワーフの街の描写も追加しています。

 よろしくお願いします。

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