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街へ行きます。

 よろしくお願いします。

 少し長めです。

 「コブン、街へ行くよ」


 ターラと別れた次の日の朝。

 1階の大きな部屋に居る時に、2階のレティからそう声をかけられた。

 この部屋には暖炉がある。

 僕は、暖炉の横に積まれたまきに用があった。

 家の裏にも、薪小屋があるらしいけど、今は季節が巡ったばかりだから、ここにしか無いんだって。


 でも、まちって、なんだったけ?

 うーん、もうちょっとで、わかりそうな気もするんだけど、・・・まぁいいか。


 ちなみに、返事はしてない。

 別にケンカしたわけじゃ無い。

 レティの声は聞こえるけど、僕の思念は2階まで届かないからだ。

 夜に試したので、間違いないみたい。


 「昨日寝るとき使った、黒と黄色の縞模様しまもようの毛皮、あったでしょ?あれ荷物の中に入れといてね」


 暖炉用のまきと綱を使って背負子しょいこを合成する。

 パァッと、光った後には軽くて丈夫な背負子が出来上がっていた。

 背負子は、木枠で作った背負せおう道具で、荷物を沢山持ち歩くためのものだ。

 背嚢はいのうとの違いは、袋になっていないので、枝などの長いモノでも、沢山持ち運べる事かな。

 ちなみに、この背負子は縦の木枠が長くなっているので、背負うと僕の頭の上まで来る。

 頭の上まで荷物を沢山積むためだ。


 取りあえず出来た背負子を階段の横に立てかけて、2階へ上がる。

 実は僕には少し段差が高い。

 レティの足が、長いからなのかも知れないけど。

 オイショッオイショッて登っていく。


 『レティ、毛皮は何処どこ置いたの?』


 「あーれ?アタイ、ゴーレムになんて指示したかな?・・・って有った。この部屋の中だった。ごめん」


 レティが周りを見回してからそう言った。

 ゴーレムというのは、家事全般など色々やってくれる人で、レティが魔法で作ったって言ってた。

 2階は寝る部屋や、作業部屋などがある。

 今レティが居るのは、服が沢山ある部屋だ。

 鏡の前でなんか色々してる。


 僕は部屋に入って、綺麗に汚れを落としてある毛皮を、毛の方を内側にしてクルクルと巻いて縛る。


 『これ、レティが倒したの?』


 僕は何枚かある毛皮を、クルクルしながら聞いてみた。

 ちなみに綺麗にしてくれたのはゴーレムさんだ。


 「ん?まさか、この国では虎は聖獣扱いだからね。魔物だろうと狩猟が見つかれば犯罪だよ」


 レティは鏡越しにチラッと僕を見た後、鏡に視線を戻してそう言った。


 『そうなの?どこかに捨てるのこれ?』


 なんとなく、しょうこいんめつ?って言葉が頭に浮かぶ。


 「まさか、捨てないよ。聖獣は力の象徴なんだ!って欲しがるお偉いさんがいるの」


 レティはピッチリした黒い皮っぽい服を着て、クルッと回って汚れが無いか確認してる。


 『ふーん?でも持ってて良いの?』


 最後の毛皮を巻き終えた。


 「国外から持ち込む分には問題ないよ、ただし高い税金がかかる。だから誰からもばれないように狩る。アタイはその密猟者からもらったの」


 レティは部屋の奥へ行って上着を選んでる。


 『・・・ふーん?』


 丸めた毛皮を纏めて肩に担ぐ。

 すると、寝室の方からゴーレムさんが出て来た。

 両手で何か持って、レティの居る服の部屋に入っていく。


 「まぁ、小難しい話はいいよ。今回は魔女関係の仕事だからね。裏道から入るよ。荷物は最小限でね」


 そう言うと、ゴーレムさんから黒い何かを受け取る。

 薄らと透けた外套だったみたいだ。

 パリッとしてるからアイロンでもかけてたのかな?


 『わかった』


 僕はそう告げて、毛皮を担いで階段を降りる。

 ・・・つもりだったんだけど、足の短い僕を心配してくれたのか、ゴーレムさんが持ってくれた。

 ゴーレムさんは一見すらっとしてるけど、とても力持ちだ。

 木から出来てるってレティが言っていた。


 階段を降りて、廊下を進めば玄関だ。

 毛皮は背負子の所まで、運んでもらった。


 「ガギガドグ」


 僕はお礼を言って受け取った。

 ゴーレムさんは話せないので、何も言わず、また2階に戻っていった。

 でも、お礼を言ったとき少しお辞儀してくれた・・・様な気がした。


 背負子に毛皮を積んで、紐で固定する。


 「おや?いつの間にそんなの作ったの?あ、それ背負うのか。いいね。あと、これ」


 そう言ってレティが、腕輪をはめてくれる。

 ジッと見ると『認識阻害の腕輪』と言うらしい。


 「これで人には見つかりにくいから、いきなり街中にゴブリンが来たら揉めるかもしれないしね」 


 『ありがとうレティ』


 これで僕の格好は腰巻きに袋を下げて、腕輪をしたゴブリンだ。あと毛皮を積んだ背負子しょいこも背負ってる。


 レティは体の線が形がわかる、黒のぴっちり皮っぽい服で、その上から黒の薄らと透けたローブを着て、フードを被ってる。


 『なんか、黒いね』


 「ん?あぁ、なんか黒いしょ?色々と魔女にも事情があってね。今日はこの格好じゃ無いといけないの」


 レティはそう言って肩をすくめた。


 「じゃあ、飛ぶよ」


 レティが、背負子の頭より上にくる部分をガシッと掴む。

 決してそこは、引っ張ったり持ち上げたり、するためにあるわけじゃ無いから!


 『まっ待って!飛ぶの!?』


 僕は昨日、飛んだとき気を失ったのに。


 「そっか、じゃあおいで」


 レティが背負子から手を離し、屈み込んで僕に視線を合わせ、両手を広げる。

 なんとなく、ジッと見つめてくる目が、さぁ来いって言ってる気がした。

 僕が前に行くと、抱きし・・・。


 「よし、コブン目つぶってて」


 ガシッと背負子ごと手を回され、拘束される。

 そう思ったとたん頭上に急激な押さえつけられるような感覚。


 『うひぃー』

 「ブゲェ」


 「大丈夫大丈夫、アタイだけ見てれば怖くないって」 


 頭上に叩きつける強風と耳に届くごう音、背負子が肩に食い込む感覚、あとレティの柔らかな体温。

 それらを感じながら意識が遠くなって・・・。


 「ほら着いた、大丈夫だったろ?」


 闇に飲まれる寸前で上からの圧力は感じなくなった。


 「コブンここはアタイのお気に入りの場所だよ。ほらほら、目を開けて、見てみなって!」


 レティに促されて目を開けた。

 そこに飛び込んできた景色は、温かな空と眼下に広がる街並みだった。


 『レティここ空!?』


 「アハハッ、落ち着きなって、ちゃんと足に感覚あるだろ?ここはハルシュレックの時告げの塔。その屋根の上だよ」


 言われてみれば、赤い屋根の上に立っていた。

 ・・・スーハーッと深呼吸する。

 確かに、足が着いていると思えば少し落ち着けた。


 「コブン近くの、下ばっかりみるから怖いのさ、遠くを見てみな。あっちの西側が大きな森になってる。アタイ達の家もその中だよ、ここからじゃ見えないけどね」


 そう言ってレティが、指さした方には、大きな壁があって、その奥には新緑の木々が何処までも続いている。

 壁にある門からは、森の中へ道が続いている。

 もしかしたら、道の奥にはここと同じ様な街でも、あるのかも知れない。


 「ん?どうした?」


 『あの道の奥には、ここみたいな街があるの?』


 僕は指さしてたずねる。


 「あー、どうだったかな?たしか、小さい村はいくつかあったとは思ったけど。でもこの街が、この辺りでは、一番大きかったんじゃ無いかな?」


 そうなのか、確かにもう一つの門から見ると、人の出入りが少ないみたいだ。


 「森の隣にあるのは北の丘、その更に奥には、切り立った山脈に続いてる。嘘かホントかドラゴンが住んでるって言われてるね」


 「ターラみたいな?」


 あの黒くて大きな姿を思い出す。


 「あーっと、コブンはドラゴンと友達なんだもんな。たぶん、もっと凶暴なヤツじゃないかな?良い噂は聞かないしね。っというか、そもそも人が行くことは殆どない。門も無いだろ?」


 たしかに、丘の方の高い壁には門が無い。

 壁の向こうにはなだらかな傾斜の森と、その奥に丘がある。


 『そういえば、随分壁が高いね?』


 「あー、昔にあの丘を越えて、魔物が襲ってきたことがあったみたいだな」


 そうなんだ。


 「それで、丘をグーっと右に行くと見えてくる大きな湖が、ハルシュ湖。うまい魚が捕れるところさ、方角的には東になるのかな」


 レティが、丘を指した指を、横にずらしながら湖で止める。

 湖とは言うけど、対岸が見えない程広い。

 広いからか小波さざなみも立っていて、海みたいだ。・・・うみ?ってなんだっけ?

 まぁいいか。


 街の湖側はとても活気がある。

 湖には沢山の船が、行きかっている。

 もっとも、ほとんどは手漕ぎの小さい舟で、帆船は少ない。

 あっても帆は一本だ。

 でも、港はとても賑わっている。

 次々と帰ってくる船から、様々な魚が街に運び込まれ、人々はせわしなく行きかっている。

 ここまで届くはずのない声が聞こえてきそうな程だ。

 なぜか、イソの香りを感じた気がして、懐かしさを感じる。


 「どうした?湖より、港の方が珍しいかい?」


 『・・・うん、なんとなく・・・でもあんなに沢山の魚、この街、総出でも食べきれないんじゃない?』


 「あぁ、ハルシュレックは魔法具の産地でもあるからね。ここの魚は王都まで届くのさ」


 『生で食べるの?』


 「生?はっはっは、さすがにそれは無理だよ。っというか、生でなんて聞いた事ないよ?魚人達じゃないんだから」


 『そうなんだ』


 「あぁ、まぁ王都までは塩に漬けたり、干したりして運ぶのさ。魔道具を使えば、早く運んだり、風を作って温度を保ったりとか色々便利でね。あぁ王都だけじゃない、さっきの森の方の村まで運ぶこともあるしね」


 『そっか、すごいね。湖』


 「ん?うん、そうだね。それで、この湖の隣の平原を進めば、さっき言ってた、この国の王都さ」


 そう言って、レティは楽しそうに少し笑って、教えてくれた。

 草原の広がる、南の門は大きくて、人の出入りも多い。

 レティが言った通り、港から草原へ出て行く馬車も沢山あるみたいだ。

 その草原はどこまでも広がっていて、草に覆われた大地が風にそよいでいた。


 そんな涼し気な景色を見ていると、草原の彼方に大きな鳥の様な生き物を見つける。

 といっても、鳥がこの距離で見えるとは思えない。


 『レティあれは?』


 「ん?あぁ、ワイバーンだね。草原を飛び回ってるんだよ。襲ってくることは滅多にないけど、草原へ出る時は護衛を雇うのが基本だね」


 僕が指さすと、レティは額に手を当ててそう教えてくれた。

 ・・・ワイバーン、なんとなく強そうだ。


 「どう?そろそろ高い場所も慣れた?」


 レティが僕の顔を覗き込みながら聞く。


 『うん、レティありがとう』 


 「いいってことさ。いい眺めでしょ?ここからの景色が好きでね」


 そう言って、レティは遠くを眺めて言った。

 ちょうど、日も登ってきて、少し暖かくなって来たころだ。


 『うん、ここにいたら、空も怖くなくなるかも』


 僕は、街の人達が行き交う通りを見ながら、そう思った。


 「そっかじゃ行くよ」


 『ぇえぇー』


 レティが僕の手を引っ張って飛び降りた。

 何の前触れもなく、突然だ。

 この塔は真下を覗けば足が竦むほどの高さがあるのにだ。

 一瞬、洞窟の景色が頭をよぎった。


 でも着地の瞬間に、柔らかい床に全身を包まれたかの様にフワッと降りたけど、そんなの知らないこっちはただただ恐怖しかない。


 『レティ・・・ヒドいよ』


 胸がバクバクなって、まともに文句が出てこない。


 『クックックック、空を怖がるコブンが面白いからしばらくは慣れたらダメ』


 珍しくレティが思念で話しかけてきた。

 普段、僕はレティに思念で話しかけているけど、相手から話しかけられると、ビクッてなる。


 『どうして、思念で話すの?』


 『ここからは人が多いからね。声出しちゃうと認識阻害も効果が薄れるからさ、あと思念で会話することは念話って言うよ。ターラッサともこれで話してたんでしょ?』


 レティは、上着のシワを直しながらそう言った。


 『うん、念じて声かける。思念って教えてくれた』


 ターラの思念は優しげだった。

 レティのは力強い感じだ。



 僕は周囲を見回してみる。

 生まれて初めて、降り立った街の中だ。

 そこは、地面に石畳が敷き詰められ、建物は白い壁に黒い柱で作られている。

 時告げの塔の下は、行き止まりになっていて、あまり人の出入りは無さそうだ。

 でも、道を1度曲がれば、そこは人の通りのある通路なのか、足音や声も聞こえてくる。


 『ここは、塔の入り口とは反対側でね。両脇に建物が建ったから薄暗くて、人も滅多に来ないから、空から街に入るには、うってつけな場所ってわけ』


 レティは、そう言って歩き出し、少し行って振り返った。

 

 『じゃあ、行くよ。人にぶつからないように、気をつけて着いてきてね』


 『わかった』


 少し進むと、右に曲がる。

 曲がった先には明るい通りが見えている。

 こちらの薄暗さが嘘のように、光が差し込み人が行き交っている。

 レティはスタスタ行ってしまうので、小走りに追いかける。

 なんか、昨日よりレティの足が速い気がする。

 でも、考えてみると足の長さが全然違うから、レティと同じ様に歩いていたら離される一方だ。


 明るい通りに出ると、色々な露店が立ち並び、様々な服装の人が歩いている。

 野菜を地面に置いて売ってる人や、食器か何かを売ってる人、ぱっと見何かわからないモノを売ってる人までいる。

 みんな威勢よく呼び込みをして、自分の商品がいかに素晴らしいか教えてくれている。

 ついつい露店に目が行って、レティを見失いそうになる。

 人通りはそれほどでもないし、かわして歩けない程ではないけど、僕は足も短ければ背も低い。

 人の陰になってレティの背中を見失いそうだ。


 あぁ、とうとう見失っちゃった。

 周囲に黒い服の人が居ない。

 キョロキョロと見回すけど、わからない。

 でも、このまま道なりに進んだ方がいいのかな?


 そう迷ったよきに、グイっと肩を引っ張られ、狭くて薄暗い路地へ引っ張り込まれる。


 『こっちだよ』


 レティは、僕が見失った事を、どうこう言ったりしないで、僕の手を握って、またスタスタと歩き出した。

 人一人が通れるくらいの、狭い路地を抜ける。

 思ったより狭くて、僕は何回か背負子で壁を擦ってしまった。

 すると、先ほどまでの賑やかだった街並みが嘘のように、静かな薄暗い通りに出た。

 そこは人が誰もいなくて、猫が何匹かグデッと、くつろいでいるだけだ。


 レティはその通りにある壁へ歩み寄る。

 不思議とその壁の一部だけ光が差し込んで、少し明るくなっている。

 レティはその壁のあちこちを、コンコンコンッコンコンコンッと何度か叩いていく。


 「我を隠せ、我に示せ、我をいざなえ、我を導け、『魔女小道マギサステノス』」


 レティが何か喋ったけど、特に変わった様子はない。

 僕は周囲をキョロキョロと見回してみた。

 うーん、さっき欠伸あくびしそうなほどだらけてた猫と目があった。

 手を振ってみる。


 「行こっか」


 『わかった』


 レティは手を離して、入って来たところとは別の通路へ歩いていく。

 また人通りのある所に出ると、街の人達が薄ら透けて見える。


 『・・・あれ?これは?』


 「驚いた?」


 レティがそう言っていたずらっぽく笑う。


 「この街にある仕掛けでね。・・・まぁ、アタイも説明できるほど詳しくは知らないけど、昔からあるみたいね。アタイはみつけただけ、他の魔女達は『魔女の小道』って言ってるね」


 レティはさっきまでと違い、人を避けて歩かない。


 『レティ、避けなくていいの?』


 レティが、前から来た人の前で、突然止まって振り返る。

 あ、ぶつかるって思ったけど、そうはならなかった。

 前から来た人はまるでそこに壁でもあるかのように、レティを避けて歩いていく。

 

 「こんな感じなの。小道の中の認識阻害は今までのとは別物。彼らは無意識でアタイ達を避けるし・・・」


 そこまで言って、レティは隣を歩いていた人の腰を、自分の腰で軽く押す。

 押された女の人は、少し横に動いたけど、特に反応せずそのまま通り過ぎて行く。


 「何かあっても、その事を記憶に留めることすら出来ない。ホント昔の人は手の込んだことするわ」


 『そうなんだ?でも、猫はこっち見てるね?』


 言ってから気付く、僕たちの周囲に3匹ぐらい猫が居て、そのどれもがこちらをジッと見ている。

 そしてその猫たちは透けてない。

 今通り過ぎた犬は透けていて、こちらに気付かなかったのに。


 「あれは監視。どこかの魔女の使い魔か、獣僕じゅうぼくね。この中なら盗みでも何でも、し放題だから、お互いに見張ってるの」


 『ふーん?』


 よくわからなかったけど、猫に手を振ってみた、尻尾を振り替えしてくれた。

 どうやら、猫たちは交代しながら、僕たちについてくるみたいだ。


 そういえば、この中だと周りの人達の声や、露店に並んでる野菜や食べ物の匂いが感じにくい気がした。


 「あー、そういえば、そうかもね。気付かなかったけど、なんか術と関係があるのかもね」


 その事をレティに聞いてみると、そんな返事が返ってきた。

 それでも、露店に並ぶ商品にはついつい、目を奪われる。

 あ、今なにか焼き菓子を売ってるお店があった。

 鈍くなった鼻でも感じられるほど、甘い香りが漂っている。

 あぁ、あっちは飴細工だ。

 子供たちの前で、飴の魚を作っている。

 あ、どこかでパンを焼いてるのかな?

 小麦の焼けるいい匂いが漂っている。

 あ、あっちに・・・。


 「コブン!そこは馬車通りだから、こっちだよ。ひかれたくないでしょ?」


 レティに呼び止められて、初めて気づいた。

 いつの間にか、大きな通りに出そうになっていた。

 その通りには、道の内側にいくつも溝が出来てる。

 そして、露店じゃなくて、左右の建物の中にお店が入っているみたいだ。

 この通りを歩く人は、真ん中を広く開けて、両側を歩いている。

 でもそっか、さすがに馬車は避けてくれないよね。


 大通りから、露店の並ぶ道に戻ると、レティが軽く手を振って、近くの家に布を掻き分け入って行く。

 僕も後を追って、家に入る。

 家の中はベットや家具が置かれていて、誰かの住んでるところみたいだ。


 『いいの?勝手に入って』


 「幻よ」


 レティが指をパチンっと鳴らすと部屋の中の物がすべてなくなる。

 レティは、驚いている僕を見て少し笑った後、唯一残っている、壁に飾られた絵に近づく。

 その絵は、夕日の沈む湖の絵だ。

 それを傾けると、床の一部がガラガラと開いて、地下道への階段が現れる。


 「凝ってるでしょ?この街の魔女はこんなのが好きなのが多いの」


 『なんか面白いね』


 「ふふん、そうかもね。コブンの驚いた顔も見れたしね」


 そう言って、レティは階段を降りて行く。

 地下の道は大通りの下へ続いているみたいだ。

 地面も壁も天井も石畳で覆われていて、一定の間隔で壁が光ってる。

 意外と幅も広くて、人がすれ違えるぐらいはある。

 でもなんか、外の建物よりずっと古そうだ。

 ・・・地下に道作ってから、家建てるんだから当たり前か。


 『レティ?なんで光ってるの?』


 僕は光っている壁を指さして聞いてみる。


 「なんでかずっと光ってるね。そういう鉱石をドワーフが加工できるらしいよ」


 そうなんだ?

 そして、その地下道はいくつも枝分かれして続いているみたいだ。

 もしかすると、そのドワーフって人の所へも続いてるのかもしれない。

 そうして、地下の道をしばらく歩く。

 立札がある訳じゃないのに、レティは迷いなく進んでいく。


 そして、しばらく進むと、いくつか上に登る階段が並んだ道に来た。

 階段の上には絵の描いた扉があったり、のれん?がかかってたりする。

 どうやら、お店か何かの、裏に出るみたいだ。

 たぶん、いくつものお店が地下でつながってるんだ。

 そして、レティがいくつかの階段を通り過ぎた後に立ち止まった。


 「・・・ここの店だよ。道具屋なんだ」


 そう言って、少し幅の広い階段を上って行く。

 その扉には、満月に黒猫の絵が書いてある。


 「・・・邪魔するよ」


 レティが扉を開けながらそう声をかけると、カランカランっと鐘の音が鳴った。


 「あ、はーい。いらっげっ!?れっレティシア、様」


 僕も階段を上り、扉を潜る。


 「げぇ?チコリ、随分な挨拶じゃないのさ?」


 チコリと言われた人は、背も低いし、どことなく幼い感じの、そう!子供だ。

 と言っても、僕も子供だし、僕よりは大きい。

 楽そうな服を着て、黒い綺麗な髪を左右でまとめて垂らしている。

 顔立ちは・・・人の顔の違いはよくわからない。

 今は震えていて、顔色はよくなさそうだ。


 「あっ!?こっこれは違いまして!そそ、その、けっ決してケンカを売ったなどではなく!あ、ご不快でしたら、しゃ、しゃざ・・・」


 「いいよそんなの、それよりラティキエは?」


 でも、レティは全然気にしてないみたいだ。


 「はっはい、いっ今、はっは母は出てまして!あ、あの・・・」


 チコリは何か助けを求める様に、周囲に目を走らせ、僕と目が合って一瞬、いぶかしむように、小首を傾げる。


 「・・・チコリ、別に取って食いやしない。落ち着きなよ」


 レティは、特に挙動不審すぎる、チコリに文句を言うでもなく、そう告げる。


 「はっはい、すっすみません。お見苦しい所を・・・」


 「あらぁ?こんな小さい子に、こんなに荷物なんて持たせてぇ。って、あら?ゴブリン?」


 僕の後ろから、甘ったるい感じの声がかけられる。

 地下の階段から黒い髪の女の人がカツンカツンッと上がってくる。


 「よぉ、ラティキエ、邪魔してるよ。あ、コブン荷物そこに置いといて」


 レティが階段の下を覗き込み、声をかける。

 ラティキエと言う人の邪魔にならない様に、店の中へ移動して背中の背負子を下ろす。


 「あらぁ、レティシアじゃない。ずいぶん遅いから心配したのよ?」


 そう言って入ってきたのは、肩の大きく開いた服を着た女の人だ。

 なんとなく、体のおうとつがはっきりしてる感じだ。

 レティもそうだけど、この人の方が・・・。


 「もしかしてこのゴブリン、貴女あなた獣僕じゅうぼく?」


 ラティキエは、畳んであるおうぎで僕を指す。


 「いや、使い魔にした相棒だ」


 レティは何でもない様に答え、ラティキエは目を見開いて驚く。


 「まさか!?貴女ほどの魔女が、ゴブリンを使い魔に?」 


 「いいんだよ。どうせアタイは使い魔、持つつもりも無かったからな」


 レティは肩をすくめる。


 「・・・えっ!?どういう意味?まさ・・・」


 ラティキエがキッと、こちらを睨んだ様な気がしたが、その前にレティがラティキエの肩に手を回し、建物の奥にある階段の方を向かせる。

 登りの階段だ。


 「そんなことより、仕事の話をしよう」


 レティはそう言うと、僕が置いた背負子を持って、ラティキエの背中を押して、2階へ登って行く。

 ・・・僕は特にすることが無くなっちゃったので、頬を掻いて少し考えた後、お店の中を見せてもらう事にした。


 僕たちは店の裏から入ったので、商品の置いてある、店の入り口の方へ移動する。

 先ほどレティと話していた、チコリがいつの間に外に出たのか、チリンチリンと店の中へ戻ってくる。

 どうやら、店の外の看板を変えて来たみたいだ。

 文字は読めないけど、三日月に黒い猫の絵が書かれた看板を持っている。


 「少し閉めたのよ。ゴブリンが居るのに客が来たら・・・って通じないか」


 なんか、僕の為に気を遣ってくれたみたいだ。


 「ガギガドグ」


 僕はありがとうって言って頭を下げる。

 すると、どこか懐かしい様な匂いで顔を上げる。

 スンッと鼻を動かすと、まだ干して間もないのか、ニンニク香りが少しする。

 匂いの方を見ると、乾燥させたハーブやニンニク、トウガラシっぽい物から、イモリやカエル、魚等の乾物が天井からぶら下げられている。

 もしかすると、薬の材料なのかな?


 「あなた、言葉わかるの?」


 振り返ると、チコリが近くまで来て、僕を見ていた。


 「ガガグゴ」


 わかるよって、何度も頷く。


 「・・・肯定してるっぽいけど、なんか唸られてるみたいで、イラっと来る」


 ・・・通じてない、みたいだ。


「あなた、ほんとにレティシア様の使い魔なの?使い魔って魔女にとっては、とっても大事なモノなのよ?私はまだ持ってないけど・・・」


 『相棒だよ』


 僕はチコリをジッと見つめて思念を送ってみる。

 もしかしたら、ターラやレティみたく伝わるかも・・・。


 「・・・何?睨んでるの?イラっとするって言ったから怒ったの?」


 あぁ、伝わってないみたいだ。


 「ダイヴォウダゴ」


 「だいぼう・・らく?なにそれ?」


 ・・・伝わらない、僕は発声練習のような事をした方がいいのかもしれない。

 頭で考えてる言葉と、実際出てくる音が違うんだ。

 しょうがないので、身振り手振りで意思伝達を試みる。


 「なに?苦しいの?バタバタして。あなた喋れすらしないのね。なによ!?頭に手当てて、ため息なんてついて!私が悪いみたいな感じは!なんか、すごい馬鹿にされたのは分かったわ」 


 僕は難しい表現はあきらめた。

 文字は分からないしな。

 でもせっかく話しかけてきてくれたので、気になる商品を指さして聞いてみることにした。


 「ゴデ、コディ、ゴリ、ゴレ、コレ、コレ、コレ・・・ダニ、タニ、カジィ、ナシ、ナニ」


 僕は何度も声を出して、言いたい音を探す。


 「なに?大丈夫?ちょっと恐いわよ?」


 「コレ、ナニ?」

 

 僕はやっとうまく発音できた短い言葉で、商品を指さして聞いてみる。

 それは、星形のコロンとした小石みたいなのだ。


 「え?あぁ!それは湖で取れるオニデ草よ。そのままだと毒があるけど、そうやって乾燥させてすり潰せば薬の材料になるの」


 ヒトデだった。

 でもやっぱり、薬の材料なんかが多いみたいだ。


 「コレ、ガ?」


 「が?・・・あぁ、それは乾した森の小リンゴよ。そのままだと、渋くて不味いけど、火を通せば、甘くなるの。主に体力などを回復させる薬に使うわ。西の森の奥でしか取れない、珍しい木の実よ」


 僕はそうやって次々商品を聞いていく、このチコリって子は面倒見がいいのか、聞けばなんでも丁寧に答えてくれた。


「コブン、待たせて悪かったね。チコリ、コブンの相手してくれて、ありがとな」


 「そっ!そんな!とんでもありません!レティシア様に、おっお礼を言っていただだ、いただくほどの事では!」


 チコリの背筋がピンっと伸び、敬礼しそうな勢いだ。


 「コブン?なんか欲しい物あった?」


 レティは、僕を見て訪ねる。


 『大丈夫、ない』


 「そっか、チコリ、ラティキエによろしく」


 レティは上を見ながら言った。


 「え!?あ!はっはい!お任せください」


 チコリもそれだけで、意味が分かったみたい。


 「いくよ」


 僕はレティを追って、チリンチリンって音を聞きながら、店の入り口から出る。

 そこは薄暗い路地になっていて、また壁が薄っすら光が当たっている。

 レティはその壁をコンコン叩きながら呪文を唱える。


 「・・・・・・魔女小道マギサステノス」 


 すると、隣の通りから聞こえて来た音が、少し遠くなる。


 『魔女の小道切れたの?』


 「道だからね。魔女の店に入ると効果が無くなるんだ。だからまたかけ直すの」


 『・・・そっか、次はどこ行くの?』


 「少し買い物をしようか、コブンの服とかも揃えたいしね」


 レティが僕の腰巻を見ながらそう言った。

 読んで頂きありがとうございます。


 2017年8月21日20時半ごろ修正しました。

 主な修正箇所は、街の描写とラティキエ・チコリとのやり取りです。

 特に、チコリのセリフはかなり変わってます。


 映画で言う所の、世界観を表現するために、モブ(群衆)が動き回る場面だと思い。

 細かく書こうと意識したら、長くなりました。

 そのくせ、モブらしい場面が少ないです。

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