「遭遇」
「オルタナティブ・ブレイク」第1章 「遭遇」
――6月12日 午前9時23分
宿屋で準備をして、クエストを進める為にフィールドにいる俺は、また昨日と同じように、資材と資金集めをしていた。
今回、選んだクエストは配達系クエストで、頼まれた品物を目的の町や村に運ぶクエストだ。
運ぶ品物はメニューウィンドウのアイテム欄に収納されているので、戦闘があっても大丈夫なようになっている。
俺は今、そんなクエストの品物を目的の街に運んでいる途中だ。運ぶ先は≪ツヴァイ≫という街であり、主に3大勢力以外のギルドの多くがこの街に拠点を構えている。
チヤの村からツヴァイに行く為には森を抜け、細い道を行き、西方向へ行く様になっている。
森と細い道は、チヤの村の道のりを戻る形になるので、2日目のこの時間帯ならまだ、誰も来てないはずだから安全に――
そう思った時だった。
俺が歩いている道の少し先に、ヘリオトローズが1体出現した。
距離的に見つかるので、戦闘の準備をしようとしたその瞬間。
(……何!?)
攻撃しようとして、俺は驚いた。ヘリオトローズが俺の目の前で吹っ飛んだのだ。こちらはまだ攻撃して無いし、周りにも誰もいないはずなのに。
吹っ飛んだヘリオトローズが消滅したのを見てから、やっと俺は我に返り、周辺を見渡す。
俺とヘリオトローズの間の距離は、4メートル程だった。
もし、PKプレイヤーなら、ヘリオトローズが倒されるのを、最後まで見ていた俺を、攻撃していたはずだ。
まだ分からないが、俺に攻撃してこなかったのを考えると、少なくともPKプレイヤーでは無いなずだ。
周辺を確認しても誰もいない。少なくとも、セイバーやランサーならば近くにいるはずなので分かる。そうなると残された可能性は一つ。
誰かが、スナイパーを纏い、ヘリオトローズを狙撃した。
遠距離攻撃なら、セイバーやランサーにも、エネルギーキャノンなどを装備すれば可能だが、さっきの攻撃は弾丸がヘリオトローズに当たるまで分からなかったし、キャノン系ならば、攻撃範囲が広く、俺も巻き込まれていたかもしれないからだ。
周辺はまだ森なので、スナイパーにとっては狙撃しやすい地形だ。
俺は、さっきの弾丸が飛んできた方向を思い出しつつ、そちらに向かって、移動を開始した。
□ □ □
―彼女は1人、森の中の茂みに身を隠し、息を潜めて狙撃銃を構え、伏射姿勢を取り、モンスターを狙撃していた。
頬をくっつけ、スコープに右眼を当て、モンスターを探している。
フィールドの中で、スナイパーが1人で行動するのは、デメリットが多い。
このゲームの、スナイパーは主武装はライフルだが、タイプがボルトアクションとオートマチックの2種類があり、大概のスナイパータイプのプレイヤーはオートマチックを選ぶ。
ボルトアクションの方は、ギルドに所属しており、前衛のアタッカーがいない限り、あまり選ばれる事は無い。
ボルトアクションは、1発撃つ事に、新しく弾丸を装填しなければならないので、ソロプレイヤーが選ぶような銃では無かった。
だが、彼女はオートマチックでは無くボルトアクションの方を選んだ。
何故か、それは彼女が昔からFPS等の銃を扱うゲームをよくプレイしており、その時から狙撃銃を愛用していたからだ。
とはいえ、狙撃が得意な彼女は接近戦が苦手だ。副武装にオートマチックのライフルを装備しているが、剣や槍の間合いに入られたら、かなり危なくなる。これが、彼女の欠点であった。
故に、彼女は狙撃を開始する前にあらかた周りのモンスターを倒して安全を確保し、狙撃に入るようにしていた。
この森ならばモンスター以外に、プレイヤーの姿は見えないし、身を隠せる場所は幾つかあるので狙撃しやすい。
そう結論づけ、彼女はここで身を隠し、狙撃をしていた。
先程ヘリオトローズが出現したので狙撃したが、近くに誰かがいたような……そう思いつつ彼女は、また他のモンスターを探しにかかった。
□ □ □
俺は機体を一旦解除して、さっきいた場所から弾丸が飛んできたと思われる方向に歩いていた。
流石にそのまま進むと、相手の正面に出る恐れがあるので、少し迂回しながらである。
そして、少し離れた位置にその後ろ姿を見た時、零椰は驚き息を呑んだ。
女性だったのだ。確かに、このゲームにも女性プレイヤーは存在するので珍しくは無いのだが、彼女の髪がとても綺麗だった。
ライフルを構えているためうつ伏せになっており、その鮮やかな水色の長髪が彼女の背に流れている。かなり集中している事が後ろ姿からも分かる。
気付けば、俺はその姿をしばらく見続けていたその時だった。
彼女の背後に1体モンスターが現れた。その事に気付き、攻撃しようとするが遅かった。モンスターが彼女に攻撃しようと―
「危ない!」
俺はそう言って、自分が身を潜めていた草むらから飛び出し、機体を纏うと彼女に攻撃しようとしたモンスターをロングソードで斬り付ける。
敵が増えて劣勢と見たのかモンスターは、それ以上襲うことなく逃げていった。
「……良かった。大丈―」
そう言いながら、背後に振り向いた瞬間俺に向かってライフルが構えられる。
「あんた、誰?」
ライフルを俺に構えながら、彼女は鋭くこちらを睨みながらそう言った。
□ □ □
(いったい何者?)
私はそう思いながら、目の前に突然現れた少年を見る。
彼女の翡翠色の瞳が、彼の黒い瞳を貫く。その力強さに彼は怯み、何も言えなかった。
「なんでいきなり、私がいた場所の後ろの草むらから突然飛び出して来たの?まさか、私を奇襲するつもりだったの?」
ライフルを彼の体に押し当てたまま、彼女は言った
「い、いや。そうゆうつもりは無くて、ただ俺が歩いていて目の前にヘリオトローズが出現したから倒そうと思って、そしたらいきなり、ヘリオトローズが吹っ飛んだからさ誰かがライフルか何かで狙撃したのかなって……」
彼は、怯えながら私にそう言った。
「PKじゃないなら、さっきあんたが草むらから飛び出して来たのはなんで?」
彼の瞳はまだ怯えていたが、説明し始める。
「え、えっと……そのヘリオトローズを倒した弾丸が飛んで来た方向に歩いて、正面からじゃマズイかなって思って少し迂回しながらここまで来ました」
「それで?」
「そしたらあなたがここにいて狙撃してて、背後からいきなりモンスターが現れて、あなたが攻撃しようとしたけど、タイミング的に間に合わなくて危ないって思ったら勝手に身体が動いて……」
「……」
彼はここまでの経緯を彼女に説明した。なるほど、本当にPKではないらしい。彼女は今までも他のゲーム内でこのように相手を警戒しながら質問をしていたが、ここまで怯えた様子の相手は初めてだった。
私は彼に構えていたライフルを下ろした。彼の瞳から怯えた感じは薄まり、ほっと胸を撫で下ろした。
「じ、じゃあ俺は、これで……」
そう言って彼は立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっとあんた」
まだ聞きたい事があるので慌てて私が彼を呼び止めようとした時。
先程、彼が追い払ったモンスターがいきなり彼の背後に現れ襲おうと飛びかかってきた。
「危な―」
そう言いながら私は、現れたモンスターにライフルを構えて攻撃しようと―
その時だった。飛びかかってきたモンスターの胴体に横一閃の剣閃が走ったのは。
「……え?」
斬撃を受けたモンスターは後ろに飛び、体制を立て直す。私は驚き、攻撃しようとしていたその手が止まっていた。
さっきまで、あんなにオドオドしていた彼がいつの間にか機体≪セイバー≫を纏い、振り向きざまの抜剣と同時に背後に現れたモンスターを斬ったのだから。
彼が纏っていた雰囲気も変わっていた。黒い瞳には鋭い光が宿り、さっきのオドオドした感じから、今は別人のように素早く動き、的確にモンスターに斬撃を浴びせてダメージを与えていき、相手の攻撃を読んで回避している。
しかも、モンスターの注意がこちらに向かないようにだ。自分が加勢したら邪魔になってしまうのではないかと思ってしまい、周りを警戒しながら彼の戦闘を見守った。
(彼は本当に何者なの?)
彼がモンスターと戦闘を繰り広げているのを見守りながら私は、先程の彼を発見した時と同じ思いが頭に浮かび上がる。
話をするとオドオドしているわ、モンスターが奇襲してきたと思ったらいきなり戦闘態勢に入って別人みたいになるわで彼が一体何者なのか謎は深まるばかりだった。
□ □ □
「はあっ!」
彼は、上段斬りから手をバネのように返し斬り上げをつなげるように繰り出し、モンスターにとどめを刺した。
あれから最後まで私の方にモンスターの注意が引かれる事は無く、戦闘は終わった。
モンスターが消滅したのを確認して、彼は機体を解除して私の方に歩いて来ると彼は頭を下げた。雰囲気はさっきのオドオドした感じに戻っていた。
「すみませんでした。俺のせいでモンスターを呼び寄せてしまって。あなたの機体は機動性はありますが、装甲値がちょっと低いみたいなのであのスタイルで行くならもう少しあげておいた方が良いと思います。それじゃあ失礼します……」
何故かこの時だけ彼は、先程の雰囲気ではないのにすらすらと謝罪の言葉とアドバイスを述べ立ち去ろうとする。
彼女の翡翠色の瞳が見開かれる。たった数分、彼女の機体を見ただけで彼は強化傾向をずばり言い当てられたのだから。
彼が何者なのか私は、それを知りたい。
「ちょっと待って!」
私は、大きな声で遠ざかる彼の背中に呼び掛けた。
すると彼の背中がびくっと震えた。恐る恐るといった感じでこちらを振り向く。
「な、なんでしょう……?」
私は、彼の黒い瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「ねぇ、あんたについて行っても良い?」
彼は一瞬目を見開いたがすぐにオドオドして。
「お、俺なんかについて来ても何の得もありませんよ?それに―」
「私はあんたの戦闘技術とその観察眼に興味が湧いたの。それにソロよりコンビの方が危険性が下がるでしょ?」
彼の声を遮り私は言って彼の反応を待った。
「……俺は」
彼は俯いて語り出した。
「…俺はこのゲームに閉じ込められる前から、あっちの世界でも誰からも必要とされませんでした。だから俺も誰も頼らずに生きて行こうと思いました」
彼の両手がきつく握られる。私は黙って話の続きを促す。
「……そう思った日から俺は1人で色々な事をこなして解決してきました。このゲームでも1人で行動しようって考えました。もし……」
歯を食いしばり、身体を震わせながらも彼は言った
「……もし、誰かを頼ったりしたら迷惑を掛けてしまうんじゃないかって。最悪、俺が原因でこのゲームで他の人が死んでしまうんじゃないかって……だから―」
「ばっかじゃないの!!!」
私は彼を睨みながら叫んだ。いきなり怒鳴られて呆然としている彼に向かって私は自分の思いをぶつけた。
「あんた何?迷惑を掛ける?自分が原因で誰かが死ぬってそれが怖いから誰も頼れないって言うの!?あんたは本当に馬鹿ね!人は誰だって誰かを頼ると迷惑を掛けてしまうものなのよ!そうして学んで行くのが人間じゃない!誰かを頼らずに迷惑を掛けずに何も学ばずにどうやって成長していくの?生きていくの?」
思った事を一気に言ったので疲れて肩を上下させながら彼女は続けた。
「誰かを頼る事はいけない事じゃない。むしろ良い事よ。だって困った時に助けてあげるのが仲間じゃない。そうでしょ?」
怒りに満ちていた顔から穏やかな顔になって彼女がそう言った。
俺は驚いていた。いきなり怒鳴られて説教をされたと思ったら最後に彼女は俺に向かって"仲間"と言ってくれた。ずっと誰かを頼る事を恐れていた俺に
そして思った。人間は自分1人の力で生きている訳ではないのだと、誰かの助けを借りて生きている事を……。
「……零椰」
彼の口からぽつりと零れた言葉が何なのか、私は一瞬分からなかった。続けて彼は。
「俺の名前は綿月零椰です。どうかあなたの力を貸して貰えませんか?この世界で生き残ってあっちの世界に帰る為に」
彼は表情を引き締めて私にこう言ったのだ。あなたの力を貸して貰えませんかと。
彼に頼られたのなら断る理由など無い。私は笑いながら。
「えぇ勿論。あたしの名前は神崎葵。あたしの機体はもう知ってると思うけどスナイパーよ。背中の守りはあたしに任せなさい」
あたしの名前を聞いて零椰はようやく微笑んだ。そして2人は握手を交わした。
歩きながら、葵は零椰に聞いた。
「そう言えばあんた、あたしの所に来る前に何かやってたの?」
質問された零椰は思い出したように
「あっ、そうだった。今は配達クエストを受けてて荷物をツヴァイに運んでる途中だったんだ。」
「そうなんだ。じゃあまずはツヴァイに荷物を運ばないとね」
零椰はツヴァイまでの道のりをマップを開いて確認すると
「そうだね。ツヴァイに荷物を運んだらチヤの村に戻ろうと思う。あそこが今の拠点だからそれで良いですか?」
葵に確認すると
「良いわよ。チヤの村に戻ったらあんたの事について聞かせてよ」
「分かった。じゃあそうゆう事で行きましょう」
2人はツヴァイに向けて歩き出した。
ついに1人目のヒロイン、葵が登場しました!ヒロインはこの後あと2人登場します!話的にはもう少し先ですが。
次回は葵と零椰が初めてコンビでクエストに挑む話です!
4月に入って少し経ちました。投稿の方はかなり遅くなってしまいます。5月くらいから1度、休載となりますのでそれまでは頑張ります。また落ち着いたら投稿を再開しようと思っております。