「美しき太陽」
「オルタナティブ・ブレイク」第1章
「美しき太陽」
-太陽のような女性、彼女はそんな表現がとても似合う人物だった。明るく様々な事に自ら進んで挑戦し、成功し時に失敗する。彼女はこの閉じ込められたこの世界でも絶望せずに前へ前へと進もうとする。そんな彼女が次に気になったものは-
「影剣かぁ、一体どんな人だろ?」
空に見える太陽を見つめながら彼女はそう呟いた。
□ □ □
-6月19日午前8時28分
「……うぅん」
朝の心地よい風と日差しが窓から今日も入ってくる。スカイレイ、《小星の剣》本部、演習場方面に位置する場所にある部屋の一角、影剣こと綿月零椰はベッドで惰眠を貪っていた。
昨日はかなり衝撃的な日だった。影剣として綿月零椰としても言われたことの無い言葉を零椰は聞いたのだ。そんな発言をしたのは零度の狼のギルドマスターこと高坂美波だ。彼の前(正確には背後)にいきなり現れたのだ高坂は零椰に自分のギルドに入らないかと勧誘してきた。分かりきっていた行動をとられ内心嫌々ながら対処しようとした零椰に高坂は剣崎は言わなかった言葉を口にした。 ”戦力強化以外にも零椰を勧誘する理由がある”と。そう言われ零椰は疑問に思った。生き残るために自らの力を高めてきたのだ。そんな自分がそれ以外の理由で求められるはずが無いと。だが、高坂は口元に小さく笑みを浮かべ零椰を見た。この時はまだその笑みの意味を零椰は理解出来ていなかった。
「……もう少し寝よ……」
完全に目覚めていない意識の中、ぼやけた視界で彼はそう呟くとまた目を閉じた。
□ □ □
零椰が二度寝を決め込んでいる時、団長室では。
《小星の剣》ギルドマスター剣崎朔夜は朝からマスターとしての業務をこなしながら昨日の出来事について考えていた。
昨日、零椰を《小星の剣》に加入の準備が終わり、他の団員へ紹介を今日するので挨拶を考えておくように伝えるよう部下を向かわせる時だった。呼び出した部下からの報告があり、ギルド敷地内に何者かが忍び込んでいるとの事だった。剣崎はまだ他のギルドへ零椰が自らのギルドにいるとは言っていない。加入が完全に完了してから噂になるのは良いと思っていた。だが、ある程度予測は出来ていた事だ。既に前から各ギルドを中心に影剣の噂は広まっておりどこからも調査隊を編成し送り出している。モタモタしているといけないと思った剣崎だったが影剣と思われる人物が現在他2名の仲間と共に行動している事を掴んだ。移動先の場所を調査隊から確認し剣崎自らが零椰達を勧誘し、更に決闘にも勝利し、どこよりも早く動き獲得したと考えていた。ここに来て敵に潜入を許し、零椰と話させてしまった。零椰の気持ちを《零度の狼》に変わらせてはいけない。ここまでの努力が全てダメになってしまう。部下のためにもそれは避けなければならない事態だ。高坂が出てきてしまった以上、対策が必要となる。だが、剣崎は高坂のみを対策対象としてはいなかった。もう1人存在する厄介な人物の存在に。
「やはり避けられないか……3大勢力がぶつかるのは」
剣崎は険しい顔をしてそう呟いた。
□ □ □
-夢を見ていた。いや、これは夢なのか。周りには何も無くただ虚空のみが広がる。空間に立っているのか、浮かんでいるかも分からずに、暗い。感じるものも無い。自分は一体、どこにいるのだろう-
「……うん」
二度寝から目覚めた零椰は目を開けようとして、窓から入ってくる光が朝より強くなっており目を細めた。強い日差しのお陰である程度目は覚めた。零椰はベッドから身を起こし、立ち上がり、軽く体を伸ばしながら壁の時計を見る。時刻は午前11時36分を指していた。薄着から洋服に着替え、顔を洗う。完全に目が覚めた零椰は朝食兼昼食を食べに食堂へと足を向ける。今日は剣崎に自由行動する事が許されている。昨日のあの騒動があったため紹介は数日後にやることとなったからだ。いきなり言われた休日な為、やる事を思い付かなかったので疲れていた零椰はとりあえず寝る事にしていた。食堂で朝食兼昼食を食べ終えた零椰はこの後の行動を考えながら自室へと戻っていた。
「さて、どうしようかな……」
零椰の呟きは食堂の喧騒に消えていった。
その頃、葵と瑠樺の2人はというと自室で昨日の出来事についてそれぞれ考えていた。
《小星の剣》に続いて《零度の狼》に勧誘された零椰。しかもどちらもギルドマスター直々に零椰の所に来たのだ。零椰だけでなく自分達2人も一緒にだ。だが、自分が一緒に勧誘される理由は零椰への交渉での手札にすぎないと葵は考えている。勧誘が完了すれば零椰の強さであればすぐにギルドの幹部クラスになれるだろう。しかし、自分達2人はどうだろう?別に弱い訳では無い。しかし零椰と比べられたら?彼の強さはこれまで見てきた通り自分達とは別次元の強さだ。ギルドマスター達もそれは分かっているはずだが、零椰と一緒に行動している以上比べられてもおかしくはないのだから。
《小星の剣》の剣崎は葵と瑠樺の2人の安全を保証していた。仮に加入したとしても零椰はもちろん自分達も待遇は他よりも良いはずだ。剣崎も勧誘と決闘の時などは裏があるのではと思っていたが、そこまで悪い人間では無く、噂通りの面倒見の良いマスターだという風に葵は感じていた。瑠樺にはまだ聞いていないが、似たような答えが返ってくるだろう。問題は昨日、突然現れ零椰を勧誘していった《零度の狼》の高坂美波だ。零椰が別次元の強さを誇り、戦力としてギルドに加入して欲しいと思うのは別に変ではない。誰もが彼を欲しがるだろう。それは葵と瑠樺も分かる事だ。だが、2人は高坂に不満を募らせていた。それは何故か?その理由は昨日の夜、高坂が去った後の事-
「零椰!大丈夫!?何か変な事とかされてない!?」勢いよく扉が開くとともに葵がそう言いながら入り、瑠樺が葵に続いて零椰がいる部屋に入ってきた。
零椰は2人が来る事を予想していたのか勢いよく扉が開いてもさほど驚きはしておらずベッドに腰掛けて2人の方を見ていた。その表情にはやや複雑な物が混ざっているように葵には見えた。2人は零椰の方に近づき近くの椅子に腰掛けた。零椰はまだ整理が出来ていないのか自ら口は開かなかった。そんな零椰を見て葵が口を開いた。
「零椰、さっき突然来たあの集団って-」
「《零度の狼》ですね」と、ここで零椰が葵の質問に答えた。
「《零度の狼》のギルドマスターってどんな人なんですか?」と瑠樺が零椰に言う。
「プレイヤー間ではギルド名の通りどんな時も慌てる事のない冷静なマスターと言われてますね」
「そんなギルドマスターが奇襲みたいにして零椰の所に来たって訳ね」少しイラついた様子で葵がそう言った。
「それで、どんな事を零椰は言われたんですか?」瑠樺が尋ねる。零椰自身、言いづらい部分はあるもののきちんと話さなければいけないと思い、状況を思い出し整理しながら零椰は2人に先程の状況を説明するために口を開いた。
「……という事があって」
零椰は2人に先程の状況を1通り説明した。その説明を聞いた2人の表情は険しいものであった。
「この状況で動いてくるなんて俺も考えていませんでした。今のこの状況を何とか打開しないといけませんからね……」
少し暗い表情で零椰はそう言った。打開策を考えてなければ……改めてそう思い、2人に何かアイディアがないか聞いてみようと零椰が口を開きかけて-
「……気に入らないわ!」
零椰の言葉を遮って大きな声を出したのは葵だった。その表情はかなり怒っている。
「零椰が強いから自分のギルドに入れたいっていうのは分かる。でも、一目惚れしたからって……その……か、彼氏にしたいからっていうのはおかしいと思うわ!」
少し顔を赤くしながら葵はそう言った。
「私も零椰の強さはこの身で体験しているので分かりますが……彼氏にしたいからというのはギルドマスターとしてでなく、それは完全に個人としての考えなのでおかしいと私も思いますね」
瑠樺も葵に続いて自らの考えを述べる。
まずは2人とも考えている事を言ってくれた。零椰も自分が感じた事を2人に伝える事にする。
「俺も最初はかなり驚きましたよ。いきなり背後に現れるんですから……でも、まだ俺達が《小星の剣》のギルドに来た事は他のギルドには分からないはずなのに《零度の狼》のマスターはどこからかこの情報を入手して俺達の元に来た。しかも今日来たばかりだというのに」
前に見た情報では一番最初に影剣の正体-すなわち自分、綿月零椰の情報を入手していたのは《小星の剣》と記されていた。
《零度の狼》ギルドマスター高坂美波……情報収集ならば3大勢力の中でトップクラスなのではと零椰は考えている。では、何故そんな情報収集のプロは零椰達が《小星の剣》へと行く前に現れなかったのか、その答えは未だに出ていない。
□ □ □
剣崎や零椰達が頭を悩ませている頃、戦争後の地にある街〈カラスナ〉に本部を置くギルド《太陽の光子》団長室ではギルドマスター朝比奈が部下からの報告を聞いていた。
「なるほど、高坂さんが動き出しましたか。では、やはり《小星の剣》に今現在いるのは影剣で間違いありませんね」
肩口で切りそろえられた橙色の髪、活発そうな大きな薄赤色の瞳。明るい印象が特徴的なマスターだ。そんな普段は明るく部下とも接している朝比奈だが今は真剣な表情で話を聞いている。
椅子に座り直し、組んでいた両手を解き机に置いてあったペンを取り、クルクルと回しながら朝比奈は考えた。
朝比奈が影剣の情報を入手したのは前に出回った情報-《小星の剣》が入手し公開された情報だった。最初はデマの情報が出回ったと朝比奈は思い、特に気にしていなかった。だが、昨日剣崎と決闘するプレイヤーがいるという情報を掴み、朝比奈は直感的に部下を数名送り込んだ。決闘を観戦した部下に剣崎と戦った相手がどのようなプレイヤーだったかを質問した。朝比奈から質問を受け、部下が返した答えは漆黒のセイバータイプの真核装機を纏った少年だったという。それを聞いた朝比奈はその少年を影剣と断定し、《小星の剣》、《零度の狼》それぞれの動きを部下に探らせ自らが動き出すタイミングを伺っていた。
剣崎と高坂についての報告を部下から聞いた朝比奈は何かを決めたように頷き、部下に新たなる指示を出す。
「《小星の剣》、《零度の狼》、そして私達《太陽の光子》の3つの大規模ギルドは、このデスゲームから脱出するためにダンジョン攻略やボス戦ではお互いに攻略の邪魔はせず協力していくという協定を組んでいます。だから強いプレイヤーは最初に勧誘したギルドが加入権を獲得する事が出来るという風に決められていますね」
朝比奈は部下に協力協定について少し説明した。部下にはまだ朝比奈の真意が分かっていないようだった。それを察したのか朝比奈はさらに説明を続けた。
「守らなければならないルールはあるけど、破った場合の処罰は記されていないの分かる?」
「守るルールはあるけど破った場合は記されていない……?」
その言葉に朝比奈は頷く。
「破った場合の処罰が記されていないのは、今の状況に理由があるわ。私が考えたのは、この死と隣り合わせの状況で奪い合いなんてしてる余裕は無い。一刻も早くこの状況を打破したいと思うはずよ。だから協力協定さえ作って同盟的な感じさえ作れれば死なたくないから、”誰も破らないだろう”と考えてしまった……ってね。」
「ですが……高坂は剣崎の所にいる影剣を勧誘しようとしましたよね?だから朝比奈さんは影剣という確信を持てたのでは?」
部下は既に高坂が協定のルールを破っているという点を指摘した。
「そうね。高坂はルールを破っている。でも高坂でも破っていない事があるの」
「え……?」
部下は何を言っているのか分からないと言いたそうな顔で朝比奈を見ている。その疑問に朝比奈は答えた。
「誰1人として高坂の部下は剣崎の部下と、高坂は剣崎と戦闘していない。つまり”誰も殺そうとしていない”」
その言葉を聞いても部下はもっともな事を言った。
「それは、仮に戦闘したとしても圏内だから耐久値は減らないし、そもそも真核装機も展開出来ないし武器も使えない。だからそれは当たり前なのでは?」
「でも素手で取っ組み合いは可能だわ。それだけでも部下を足止めする事は出来るわ。マスター同士は剣崎が有利だから高坂は今回は剣崎への圧力をかける事で影剣に迷いを持たせるのが目的だったのよ」
今回の奇襲で影剣を奪うためでは無く、様子見で《小星の剣》に圧力をかけ、影剣に迷いを持たせる……そこまで考えていたとは……部下は感心してしまった。
「でも私はそんな事はしない。《太陽の光子》はまだ新しいギルド。他のギルドに負けないためにも私は自分のギルドに強いプレイヤーが欲しいの。だから」
そこで言葉を切り、朝比奈は部下に自らの考えを明かした。
「私達《太陽の光子》は《小星の剣》と《零度の狼》に喧嘩を吹っかけるわ。影剣は《太陽の光子》が獲得するわよ」
その言葉に部下の目は見開かれ固まり、朝比奈は今まで見せたことの無い不敵な笑みを浮かべてみせた。
皆様、おはようございます。作者です。最近車校が終わり、バイトを始めました。お金が無くてですね……。学校もあるためあまり入れてはいないのですが、疲れますね……バイト行きたくないって人の気持ちがよく分かるようになりましたw
さて、今回のお話は前回の高坂の衝撃的な勧誘の翌日です。剣崎、高坂の動きを伺い、ついに3大勢力最後のギルドが本格的に動き出します。果たして、3大勢力はどうなるのか?そして零椰達は?
また次回をお楽しみに!それでは。
眠い……