「影と狼」
「オルタナティブ・ブレイク」第1章
「影と狼」
ー6月18日午後3時27分
「私はあなたが欲しいの」
いきなり俺の背後に現れた《零度の狼》ギルドマスター、高坂美波はそう言った。俺はいきなりの出来事に戸惑ったが、高坂が言った言葉の意味を理解したつもりで答えた。
「あなたも俺を勧誘しに来たんですか?」
俺の言葉に高坂は口元に小さな笑みを浮かべ答える。
「そうね、確かに私もあなたの力が欲しくてこうしてあなたの所へとやって来た。でも私が欲しいのは力だけじゃないの」
そこで言葉を一旦切り、高坂は俺の顔を見直し、また口を開いた。
「あなた自身が欲しいの」
(何で同じ事をわざわざ言い直した?)
内心そう思ったのが顔に出てしまっていたのかそれを見抜いた高坂はこちらに近づいてきた。そしてすっと零椰の頬に手を触れさせる。
「!……?!」
いきなり自分の頬に高坂の手がかけられ零椰はビクッと身を震わせ、混乱した。
その混乱の隙をついて高坂はさらにもう片方の手も零椰の頬にかける。そして一気に零椰と高坂の距離が近くなる。高坂が零椰の顔を自分の方に引き寄せたからだ。互いの息が分かる程の距離。零椰の頭は完全に混乱し、パニックになっていた。
「な、ななななな何を?!」
一方で高坂は零椰が混乱しているこの状況を楽しんでいるように見えた。
「ふふ、あなたは本当にこうゆう事に弱いのね」
そう言いながら高坂は添えた手を動かし零椰の顔を撫でるように触った。
細く白い綺麗な手、さらさらと長い髪が零椰の頬にかかりふわりと良い匂いがする。
(流石にこれ以上はやばい……!)
このままでは自らの理性が持たない。そう思った零椰は自ら顔に添えられている高坂の両手から抜け出し、後ろに後退した。
「本当に……何を……あなたの目的は……?」
乱れた息を整えながら零椰は高坂に聞いた。高坂は乱れた髪を整え、零椰の質問に答えた。
「さっきから言っているでしょう。私はあなたが欲しいって」
「たがら、それが分からないんです。俺を戦力として欲してもいるが、他にも理由があるような言い方をあなたはしています。一体、あなたが俺に何を求めているのかが分かりません。あなたは何を考えているんですか?」
高坂に鋭い視線を向けながら零椰はそう言った。
慌てていた先程の状態から雰囲気が変わった零椰を見て高坂の表情は小さな笑みを浮かべた状態から変わらなかったが一瞬だけ真剣な表情に変わったのを零椰は見逃さなかった。零椰は身構えながら次の行動を考える。
(どうする……機体を展開される事は無いが、まだペースはあちらが握っている。建物内はあんなに騒いでいたのにここだけやけに静かだ……そうだ!葵と瑠樺は?隣の部屋にいるはず……でも何故こちらに来ない?声は隣に聞こえるはずなのに……まさか、2人に何かあったのか?!)
零椰は焦りを感じた。高坂が自分の部屋に侵入したのにも気づけなかったのだ。あちらには葵と瑠樺の2人がいるがあちらにも高坂の部下が何人かいっているのか。そう考えると零椰の中の焦りがどんどん大きくなっていく。零椰の焦りから考えている事を読み取ったのか高坂は口を開いた。
「あなたが今、考えている隣の部屋のあの2人なら私の部下が動けないようにしているだけ」
「……拘束して監視か?」
「拘束なんてしてないわよ。部下に2人と部屋の監視をさせているだけ。それに、こっちの部屋に私がいる事も説明してあるわ」
「……」
零椰は2人の状況を確認できたが、まだ高坂が本当に何もしてないという確証は無い。高坂との交渉(勧誘?)によってはあちらが強硬手段に出るかもしれないからだ。
「実際に会ってみて更にあなたが欲しくなったわ。でも」
その時新たな声が零椰と高坂の耳に届いた。
「でもこちらも零椰君をそちらに渡す訳にもいかない。高坂美波」
そう言いながら零椰の後ろから現れたのは《小星の剣》のギルドマスター剣崎朔夜だった。
□ □ □
(いつの間に?!)
零椰は後ろを振り向きながら驚いた。先程まで自分と高坂の2人しかこの部屋には居なかったはずなのだ。高坂がどのように部屋に侵入したのかも分からないが剣崎は零椰の後ろに現れたのだ。零椰と高坂の2人に気付かれずに。
驚いている零椰を横目に剣崎は高坂に目を向け、口を開く。
「どうやって《小星の剣》に零椰君がいると分かった?この事はまだ外部には伝えられていないはずだが」
「私も部下に影剣の情報を前から収集させていたわ。そしたらこの間、情報が私の元に入ってきたの。影剣と思われる人物が《レーガス》で決闘するっていうのをね」
「《レーガス》……瑠樺と決闘したあの場所か……」
零椰が呟くと高坂はこちらをちらりと見て話を再開する。
「私は連絡が入った偵察部隊に部下を数人送って合流させて《レーガス》に向かわせたわ。影剣が本物かどうか確かめさせる為にね」
「どうやって部下達に本物の影剣なのかを確かめさせた?」
高坂の話が始まってから黙っていた剣崎がここで高坂に質問した。
「このゲームのプレイヤーは誰だって1度は調べない?あの伝説とまで言われた影剣について」
「確かにそうだろう。だか、調べていた情報必ずしも確かな物では無い。そんな状態で特定の人物を探し出すというのは可能性の低い話では?」
「だったら私からもあなたに質問があるわ。あなたはどうやってあの子が影剣だと分かったの?」
確かにと零椰は思った。高坂の方は《レーガス》での決闘の時からこちらを監視し調べていたのだ。だが剣崎の方はどう調べたのか。剣崎は自身が零椰達を《レーガス》で待ち伏せして待っていた。影剣かどうか調べるだけでなく、行き先まで特定していた。今回のようにある場所に留まっていた訳ではなく移動して零椰達をずっと見ていたかのように。
視線を剣崎へと向ける。行き先までをもどうやって調べたのか零椰も気になっていたからだ。2人の視線を向けられた剣崎は質問に答え出した。
「俺の方も最初は部下からの報告だった。その時から零椰君が影剣だという確証はまだ持ててなかった。だが、君が決闘の時に展開した機体の報告をもらった時、確証が持てたという事だ。漆黒の如き色の機体を展開したとね」
「なるほどね……誰もが確認出来なかった顔じゃなくて機体の色。影から影へと移りながら戦うから機体の色も黒だろうと……タイプもセイバーでソロプレイヤー。今までに見た事の無い剣技。まだ推測の域を出てないものもあったけどそこで判断したのね」
高坂が自らの方でも調べていたのであろう情報と合わせながら言い、納得した様子だった。
「納得してもらったのならもう一つ質問に答えてもらいたい。高坂美波、お前が零椰君を欲する理由は何だ?戦力増加か?」
鋭い視線を高坂に向けながら剣崎はそう言った。零椰も先程、高坂に同じ質問をしたが結局分からなかった。剣崎は零椰を戦力強化として欲し、決闘を挑んで来た。
しかし高坂はいきなり現れたのだ。剣崎と同じように部下に零椰の事を尾行して調べさせたが、零椰達が他のギルド本部にいる時に来たのだ。何か考えているようにしか思えない。零椰も高坂に視線を向け、答えを待った。
2人に見られた高坂はそれぞれを見て口を開き、ついに真実を語る。
□ □ □
ずっと立っていた高坂はベッドの方に歩いていき腰を下ろした。
そんな高坂を前に立ったまま剣崎と零椰は黙っている。
ゆっくりと足を組んだ高坂は口を開いた。
「さっきも言ったけど私も最初から影剣だとは思っていた訳じゃないわ。最初の部隊に追加で人を送ってその時に影剣に関する情報が載った資料を持たせたわ。《レーガス》であなた達を見つけて剣崎に接触してからの事は部下から連絡をもらって私は尾行していた部隊に合流して剣崎とあなたの決闘を見させてもらったわ」
「……」
決闘、その言葉を聞いた瞬間、零椰の表情がわずかに曇った。高坂も演習場に忍び込み、剣崎と零椰の決闘を観戦した。最初は互角のように見えたが中盤、零椰が切り札と思われる二刀流を見せた。二刀流によるその剣技は高坂も魅了された。独学の剣技だと聞いていたが、舞うように攻撃するあの姿は何にも例えようの無いものだった。だが、やはり最古参のギルドマスターはそう甘くなかった。零椰の二刀流は確かに強力だったが剣崎にダメージは与えていたが受けるダメージを最小限に抑え、自らの切り札ランスをカウンターで繰り出した。その一撃は鋭く勝負を決める一撃であった。そしてそれが幻と言われたプレイヤーの存在の証明、ギルドへの加入など様々な出来事が一気に押し寄せてきたのだった。
「最古参のギルドマスター相手にあそこまで戦えたのはさすが幻のプレイヤー影剣って所かしら。あなたの二刀流は私も見事なものだと思ったわ。剣崎のランスも機体タイプがランサーの私としては色々言いたい事があるけど…まぁ良いわ。綿月零椰君、私はあなたを見たのが決闘の観戦の時が初めてだったんだけど……」
次の瞬間、剣崎も零椰すらも予想していなかった言葉が高坂の口から放たれる。
「私はあなたに惚れたわ。ギルドの戦力としても欲しいけど、彼氏としてもあなたが欲しいの。零椰」
………………え?
………………は?
零椰と剣崎は高坂のその言葉にそれぞれどう反応したら良いのか分からなくなり固まってしまっていた。
高坂はそんな事は気にせずに零椰に近寄る。零椰は高坂の頬がわずかに赤いのが分かった。
「どうかしら?いきなりこんな事言われたら混乱するのは普通よね。すぐにOKをもらえるとは思ってないからゆっくり考えてもらって良いわ。でも忘れないでね」
そう言って高坂は満面の笑みを零椰に向けてきた。その笑みはただでさえ綺麗なその顔での笑顔だ。零椰はその笑みを表現できる言葉が見つからなかった。ただただ美しいとしか上手く表現できる言葉が無かった。
「私は本気で零椰の事が好きなの。戦力の為だけじゃないのは信じてね」
零椰は言葉が出ず、ただ頷くのが精一杯だった。
零椰が頷いたのを確認して高坂は部屋の窓へと歩き窓を開けた。そして振り向き
「じゃあね、零椰。良い返事を待っているわ」
とどめのウィンクを炸裂させた高坂は窓から外へと去って行った。
零椰はただただ高坂に圧倒され、剣崎は固まったまま動かなかった。
この後、零椰はこの出来事を葵達に話し、2人を怒らせてしまい、質問攻めに合う事になる……。剣崎の方も何故かこの予想外の事態に対しての対策を考え始めるが……こんな事態は誰も予想できない為、対策会議も進まない状態となる。
そんな状況で零椰を狙うギルドがまた登場し、さらに事態は混乱する事となる……。
皆様、お久ぶりです。作者です。かなーり遅くなってしまいました……新しい生活となり、現状小説を書ける時間が朝の通学の時が主というあまり時間が取れなくなり貴重な朝の時間も電車の中で書いているので長く画面を見る事が出来ません。作者は酔いやすいので……。新生活となり書ける時間は限られますがこれからも頑張っていくのでよろしくお願いします。今回は零椰と高坂の初接触を中心に書いたつもりです。最後を書いている時は深夜で書き終わった時には気力が尽きましたw
さて、次回は3大勢力最後のギルド登場回を予定しております。気長にお待ち頂ければと。それではまた次回!お楽しみに!