「狼の訪問」
「オルタナティブ・ブレイク」第1章
「狼の訪問」
―6月18日 午後12時47分
―負けた。
零椰は今、それだけしか考えられなかった。己の全てを出し切り戦った。だが、負けた。
≪真核服≫のまま着替えもせずに控え室の椅子に座り込み俯いていた。葵と瑠華の2人は別の部屋にいる。組んでいた両腕をほどき、右手首に視線を移す。そこに装着されているのは白い腕輪待機状態の≪真核装機≫だ。
このデスゲームが始まって以来、プレイヤー全員の右手首に装着されているこの機械。
どのようなことをしても取れることのない物。戦うことから逃れられない運命。零椰もこのゲームから脱出するために戦って来た。だが、その時は自らが戦う理由というものは生き残る事しかなかった。だが、零椰にも守りたいものができた。それは出会った2人の仲間だ。
仲間のために、自らのために零椰は剣崎と戦った。戦闘記録で出来る限り剣崎の機体や武装について調べ、準備し、切り札として二刀流も用意した。これらの準備は無駄ではなかった。あの時の状況で考えうる限り最高のタイミングで二刀流に切り替えたはずだった。確かに剣崎は零椰の二刀流を見て、驚愕の表情になっていた。その表情を見た零椰はいけると思い、二刀流による連続斬撃を剣崎に向かって放ったのだが最後の連撃をかわされ、それまでの攻防で減少していた残りの耐久値をランスによる一撃で減らされてしまった。いくら攻防で減っていたとはいえ残りの耐久値を減らし半減させたのかしかもソードではなく、ランスでだ。ソード、ランス、ライフルは機体のタイプが異なっても装備することができるが零椰が戦闘記録を見た限りでは剣崎がランスを使用した記録はなかったのだ。だから零椰は決闘の決着がついた時、驚いたのだ。あの時のランスの出し方を見る限り剣崎がランスを使ったのはあの時が初めてではないだろう。そうでなければこちらが連撃を繰り出している時に回避し、ランスを装備してからこちらに一撃与えることは難しいはずだからだ。そうあの時、剣崎がランスで攻撃した部分は―
□ □ □
「なんで…」
零椰はそう言いながら攻撃された機体の右肩を凝視した。右肩には剣崎が繰り出したランスが深く刺さっていた。しかし機体の右肩はほぼ大破しており火花が散っている。その間から≪真核服≫を着た肩が見えていた。幸いにも生身の肩の方には当たっていなかった。
ランスを突き出した体制のまま剣崎が零椰に向かって言葉を掛けた。
「俺がランスを使用するとは思ってなかっただろう?その顔を見る限りこの賭けは成功したようだな」
そう言いつつ剣崎はランスを引き戻した。
零椰は右肩にかかっていた重みが消え、改めて右肩を見る。やはり右肩のパーツは大破しておりこの決闘に敗北したのだと頭の中でそう思った。
ランスをしまい観客に応えている剣崎を見た。その姿は輝いて見えた。これが最強と言われるプレイヤーの姿なのかと。観客に応えた剣崎は装着していた機体を解除し、演習場を後にしていく。その去り際に剣崎は零椰に向かって口を開いた。
「零椰君。この後、団長室に来てくれたまえ。場所は私の部下に君を案内させるようにする。時間は1時間後だ。ゆっくり休みたまえ」
そう言って剣崎は演習場を去って行った。
剣崎が演習場から出て行った後、少しずつ観客は少しずつ出て行き残されたのはグラウンドの零椰と見守っていた葵と瑠華だけになった。
観客席から戦いを見守っていた葵と瑠華はグラウンドでうなだれている零椰を見て、迷っていた零椰の所に行きどのように声を掛けるべきなのかと。
2人は彼にこう言っていたのだ「もし負けたとしても私たちは後悔しない」とだから心配しなくても良いと。そうは伝えていたがまさか本当に負けてしまうとは思ってもいなかったのだから。だが零椰も全力を尽くして戦っていたのは2人にも伝わっていた。彼が剣崎に押され始めた時に彼が言っていた「秘策」が二刀流であることは2人も決闘中に初めて知った。二刀流を解放し華麗に舞い2本の剣で乱舞する姿は今までに見たことのない美しさを持っており葵と瑠華を魅了した。
だが剣崎はそれすらも越えてきたのだ。零椰が時間をかけて準備したものを自らの実力で。
2人とも力の限りを尽くした決闘だったのだ。ならば掛けるべき言葉はこれだろう。
2人は観客席からグラウンドへと降り零椰の元へと移動する。
うなだれる零椰に声を掛ける。
「零椰。決闘の前にも言ったけど負けても私たちはあなたの事を責めたりしない。この選択をしたことを後悔はしてない」
葵の言葉を瑠華が受け継ぎ言葉を続ける。
「零椰が全力で剣崎と戦っていた事は私達にも十分に伝わってきたわ。私たちが知らなかった切り札の二刀流っていうのも見せてもらえただけでも良かったですよ」
瑠華も明るく零椰に話し掛け、零椰に向かって手を差し伸べる。
その差しのべられた手を見た零椰は、はっとした。
零椰は顔に悲しむような表情を浮かべていた。2人の期待を裏切ってしまったと。だが2人とも怒ってなんかなかった。むしろこちらが励まされてしまった。差しのべられたその手を零椰はしっかりと自らの手で2人の手を取った。そして立ち上がる。まだ表情は完全には晴れていないが、零椰はまた少しずつ歩き出す覚悟を決める。
□ □ □
そのことを思い出したら零椰は気分が少し良くなった。右腕の待機状態の≪真核装機≫から視線を戻した。天井を見ながら
「本当に俺はあの2人に助けられてばっかりだな…」
そんな呟きが無意識に口からこぼれた。
ずっと負けたことを考えていても仕方がない。零椰は椅子から立ち上がり≪真核服≫から洋服に着替えた。しばらく座り込んで考え事をしていたからか、剣崎との約束の時間までもう少しだった為、零椰は控え室から廊下へと出た。部下に案内させると言っていたがその部下が見当たらない。
「そういえば部下がどこにいるか知らされてないな…」
零椰は歩き始めながら
「さてと…どこにいるんだ?」
零椰、葵・瑠華がそれぞれ案内された控え室は、決闘した演習場からほど近い場所にあり演習場は中庭部分にあたる場所にある。最初来た時はそのまま演習場に案内された為、ほかの場所がどのようになっているのかは分からない。建物のつくりは石造りの城だという事が入る前に見た全体像で想像できた。
廊下を歩いていると葵と瑠華がいる控え室の近くに来ていた。
「葵と瑠華も一緒に連れてくるように言われていたな…」
そう思った零椰は葵と瑠華がいる控え室へと足を向けた。
葵と瑠華に事情を説明し一緒に部下を探す事にした。3人は廊下を歩き演習場近くの控え室がある建物から本館と思われる建物を目指す。
「あっちが部下に案内させるって言ったのになんで零椰の近くに待機させてないのよ」
一緒に歩いている葵がブツブツと言った。零椰も自らがいた控え室の近くを探したが部下がいなかったのだ。
「剣崎さんはその部下の事について他には?」
瑠華が零椰に質問する。
「案内させるっては言ってたけど他には特に何も」
少し考えてから零椰は言った。そんな事を話していると前方からこちらに向かって走ってくる人影が見えた。その人影を最初に捉えたのは瑠華だった。
「零椰さん、葵、誰かがこっちに向かって走ってきてます!」
その言葉につられて零椰と葵は瑠華が見ている方向へと視線を向けた。
その人影は3人の前まで走ってくると立ち止まり、顔をこちらに向けた。
「はぁ…はぁ…ま、まさかこんな所にいるとは思わなかったもので…あなたが綿月様ですね?」
走って来た人影は女性だった。長い髪が汗のせいで顔や首に張り付いておりかなり走って来たものと思われた。
「そうですが…それで、あなたは…?」
息が整うのを待ち、零椰は女性に声を掛けた。
「すみません、申し遅れました。私、剣崎様にあなた方をご案内するように命じられております杏橋由美と申します」
そう名乗り零椰達に挨拶したこの女性が剣崎の部下の一人、杏橋由美だった。
□ □ □
杏橋に案内され3人は城の最上階にある団長室へとやって来た。扉の前まで来ると杏橋は立ち止まり、団長室の扉をノックした。
「失礼します、団長。綿月様達をお連れしました」
杏橋がそう言うと部屋の中から返事が聞こえてきた。
「よし、通せ」
剣崎が入室を許可すると杏橋は団長室の扉を開け、零椰達を中に通した。
零椰達が団長室の中に入ると両壁にある本棚や奥に置かれている執務などを行う為の机などが目に入ってきた。
3人は剣崎が座っている執務机の前へと歩き横一列に並んだ。
椅子に座り机の上で手を組んでいる剣崎は3人を見て口を開いた。
「きちんと3人揃って来てくれたな。それでは今からギルド加入についての説明を始める」
剣崎はギルド加入についての説明、≪小星の剣≫に加入するにあたっての注意事項を話した。
「以上がギルド加入にあたってと≪小星の剣≫のギルドルールの説明だが何か質問はあるか?」
一通りの説明を終えた剣崎が3人にそう言った。
零椰達は少し考えていたが、誰も何も言わないので質問は無いようだ。
「質問は無いようだな。ではまた後で他の団員にも自己紹介をして欲しいと思う。また後から部下に時間になったら呼びに来させるようにしておく。それまではまた部屋で休憩していてくれたまえ。今度は零椰君達がいる部屋が分からないような事は無いようにしておく」
剣崎のその言葉と共に零椰達の後ろで控えていた由美の顔を見た。剣崎と一緒につられて振り向いた零椰達に顔を見られた由美は顔を真っ赤にして俯いた。
団長室から退室し、零椰は葵達と別れ自分の控え室へと戻った。
「ふぅ…ギルドかぁ…」
椅子に座り零椰は自分がついにギルドに加入するのだと実感していた。ずっとソロで様々なダンジョンに潜ってきた。そんな自分が誰かの下につくなんて思ってもみなかった事だ。
「でも、そろそろ良かったのかな……?」
どんなゲームでもソロでの攻略には限界がある。デスゲームになる前ならば考えなくてよかった自らの本当の命が懸かっている事。この事によりソロでの多少の無茶ですら死亡になる可能性がかなり高くなった。今は葵と瑠華、2人の仲間がいるがそれでもこれから先、強力なボスに出会ったりするだろう。3人での攻略にもそう遅くない内に難しくなってくるはずだ。それを考えるとギルドに加入するという判断は正しかったのかもしれないと零椰は思った。
ふと壁に掛けてある時計を見たらまだ次の呼び出しまでには時間があった。特にやることが無かったのでゆっくりと休むことにした零椰は椅子からベッドに移り、仰向けに寝ころんだ。
手を頭の後ろに組み、零椰はぼんやりと部屋の天井を眺めていた。ゆっくりと時間が経つのを感じながら時計の秒針の音だけが部屋の中に響いていた。
「……うん…」
どのぐらい経った頃か零椰はいつの間にか眠っていたらしく目を覚ました。時間を見るとそこまで時間は経っていないようだった。
「寝ちゃってたか…」
目を擦りながら零椰は上体を起こした。眠気が少しずつ覚めてきた零椰は廊下の方が騒がしくなっている事に気がついた。
「何だ…?何が起きている?」
何が起きているのかと零椰はベッドから立ち上がり、廊下に出ようとした時―
「それは私が此処にいるからかしらね?」
零椰の背後から女性の声が聞こえた。
「なっ――?!」
零椰は振り向き、背後を見た。
背中に流れる黒髪、細身の長身の身体、意志の強い両目。
零椰の背後に立っていたのは≪零度の狼≫のギルドマスター神坂美波だった。
零椰は完全に眠気が覚め、驚愕の表情になり言葉が出なかった。
そんな零椰の様子を見て美波は満足したような表情になり、零椰に向かって口を開いた。
「私はあなたが欲しいの」
皆様、こんばんちわ。作者です。また遅くなってしまいました。すみません。今は車校中心で生活が回っていてどうしても書く時間がバラバラになり、ちょっとずつしか書いていく事が出来ませんでした……。車校大変だ……。4月からは学校、バイトと今までで一番忙しくなります。という風になるのでこれからは不定期連載になります。本当は出来るだけ早く書きたいのですが、4月からの生活がどうなるかが分からない状態なので不定期連載という形となりました。リアルの生活が大変ですがこれからも頑張っていきますのでゆるーくお待ちください。長々と書いてしまいました。ここからは今回のお話についてです!今回は零椰と剣崎の決闘の後です。剣崎の部下は以外とドジというwそして最後、またぶっ込んでしまいました…。どうしても登場させたかったんや……。次回は2人目のマスター登場回となります!最後のセリフの意味は?それではまた次回。お楽しみに!