「動き出す世界」
「オルタナティブ・ブレイク」第1章
「動き出す世界」
―6月14日 午前11時35分
≪レーガス≫の街で瑠華と零椰の決闘が行われてから少し時間が経過した頃、ゲーム内で最大の大都市≪スカイレイ≫の街に本部を設置しているギルド≪小星の剣≫のギルドマスター剣崎朔夜の元にある1枚の報告書が提出された。
短く切りそろえられた髪、鍛え上げられた身体、刃の如く鋭い瞳、歳は20代後半で、男が発するオーラには最古参のギルドマスターに相応しい歴戦の戦士のようなオーラが漂っている。
その報告書が提出される前、剣崎は別の資料に目を通していた。そんな彼の耳に廊下の方から慌ただしく走ってくる足音が聞こえてきた。足音は次第に大きくなり、剣崎がいる部屋の前で止まったと思ったら、勢いよく部屋の扉が開け放たれた。
入って来たのは剣崎に様々な報告書や資料を届ける男だった。足音から分かっていたが、かなり急いで来たようだ。まさか、他の2つのギルドの内、どちらかが動いたか?そう思ったが、今は動き出すような事は起きていないし、未だに1体目のボスも見つかっていない。ならば何かと剣崎は思った。
「どうした。何かあったか?」
剣崎が聞くと、男は肩を上下にさせながら手にした報告書をこちらに差し出しながら
「も、申し訳ありません……!しかし、この事についてはすぐにお伝えしなければならないと思いまして……!」
そう言いながら男は剣崎に報告書を渡した。報告書を受け取った剣崎は渡された報告書を読み始めた。
報告書は≪レーガス≫方面に行った部隊からだ。書いた人間は部隊長とある。内容は≪レーガス≫にプレイヤー反応があり、行ってみた所プレイヤーが3人いた。女が2人、男が1人。その内、女と男の2人が少し距離を開け、向かい合って立っている。2人の間に「1:00」という表示がある事から決闘だと分かった。残る1人の女は男の背後、少し離れた場所から決闘を見守る様だった。
≪レーガス≫の街は決闘が行われる事が多く、強者プレイヤーが決闘する場所として有名だった。なので普段はプレイヤーがいない≪レーガス≫で決闘するプレイヤーがいれば、どのようなプレイヤーか、そして強いのかを見極め、マスターに報告書を書く。それが今回、報告書を出した部隊の仕事の1つである。だが、報告書を書く間でもない時が多いので滅多に報告書が提出される事は無い。
だがこうして報告書が提出されたという事はその3人のプレイヤーの中に強者プレイヤーがいたという事になる。誰だ?そう思いながら剣崎は更に報告書の続きを読んで行く。すると3人それぞれの機体が何かが書かれていた。まず、1人目。決闘をしようとしている女、機体はセイバー。次に男を見守る女、機体はスナイパー。これは待機状態の真核装機を調べて判明した。そして最後に俺の機体はセイバー、何故か男の機体についてのみ機体のカラーリングが記載されている。カラーリングなんて書く必要は無いだろう。剣崎はそのまま男の機体のカラーリングについて書かれた部分を読み―
カラーリングの部分を読んだ瞬間、剣崎は驚きのあまりガタリと座っていた椅子から立ち上がってしまった。報告書を持つ手が震える。最古参のギルドマスターの剣崎さえ驚きを隠せないといった様子だった。
剣崎は一度、報告書から顔を上げて部下の男に確認した。
「……この報告書に書かれている事は本当なんだな?」
すると未だに疲れている部下の男は
「はい……≪レーガス≫方面に行った部隊から先程送られてきた物ですし、本当だと思います」
「そうか……分かった。下がって良いぞ」
剣崎は確認を取ると部下の男を下がらせた。
「はい……では」
そう言って部下の男は部屋から出て行った。
「…………」
部下の男が部屋を出て行った後、剣崎は椅子に座り直し、もう一度報告書のカラーリングの部分を読み直した。だが、やはり書かれている機体の色はあの色だ。
剣崎は椅子から立ち上がり、窓際へと足を運んだ。窓からは≪スカイレイ≫の街を一望出来る。街を行き交うプレイヤーを見て、剣崎は空へと目を向けた。その瞳は報告書にあった″あの色の機体のプレイヤー″を見ている様に見えた。
―同刻、≪ザイチク≫と≪カラスナ≫の街にて
昔は、鉱石が掘り出されていた鉱山地帯の跡地に出来た街≪ザイチク≫
その街に本部を構えているのがギルド≪零度の狼≫である。ギルドマスターの名は神坂美波という名前の女性だ。歳は20代中盤であり、背中に流れる黒髪が目を引く。
神坂もまた、同じように報告を受けていた。
コンコン、神坂のいる部屋の扉がノックされる。神坂はテーブルに置いてある機械の画面をチラリと確認した。その機械に映し出されているのは部屋の前の映像だ。神坂は扉に向って声を掛けた。
「どうぞ、入って来て良いわ」
神坂の部屋には、部屋の前に誰がいるのかが分かるよう識別システムが設置してある。これは奇襲等の対策として設置してある物だ。だが、この機械がどのように設置してあるかはマスターの神坂以外は知らない。
入室を許可されて部屋に入って来たのは、神坂より少し若い女性だ。≪零度の狼≫は他のギルドに比べると女性の割合が少し高い。勿論、男性だってギルドにはいるのだが、神坂は男性と女性を差別している訳では無い。男女平等である。
その女性は神坂が座っているテーブルに近づき、報告を始めた。
「報告します。団長、先程≪レーガス≫にプレイヤー反応がありましたので偵察に行った所、プレイヤーが3人いました。2人が女で1人が男です」
神坂は部下の報告を聞きながら決闘していたプレイヤーはどのような感じなのかを考えていた。神坂も≪レーガス≫で決闘するプレイヤーには強者プレイヤーがいる事を知っている。
「それで、≪レーガス≫にいたプレイヤーはどんな感じだったのかしら?」
「プレイヤーの詳しい情報はこちらに」
そう言って部下は報告書を取り出し、神坂に手渡して来た。
報告書を受け取った神坂は早速読み始めた。報告書に書かれているのは、≪レーガス≫にいたプレイヤーの詳細だった。とは言ってもプレイヤーの性別、身長等の事を偵察した部隊の人間が大体の感じで書いているだけだ。その他には機体について書かれていた。
「団長。今回の報告で上がった3人のプレイヤーの内、男のプレイヤーが我々がずっと探している″あのプレイヤー″であると報告されています」
落ち着いていた神坂の雰囲気が少し乱れた様に見えた。普段なら些細な事では動揺しない神坂だが、この時ばかりはそんな神坂でも驚きを隠せずにいた。
「すぐに部隊を編成して。それと≪レーガス≫にいたプレイヤー達は今は何処にいるかしら?」
だがすぐに落ち着きを取り戻すと部下に指令と質問をして来た。
「はい。″あのプレイヤー″を見つけてから、移動しても見失わないように追跡中です」
そう言うと神坂は満足そうに
「そう、なら良いわ。追跡中の部隊はそのまま見失わないように追跡を続行して。編成し終えた部隊は準備が整い次第すぐに出発して、追跡中の部隊と合流するように」
神坂はそう指令を部下に言い渡すと、艶やかな黒髪を整え薄く笑った。
更に場所は変わり≪カラスナ≫になる。
「オルタナティブ・ブレイク」のフィールド設定は元々、フィールド全域で3つの勢力が戦争をしていた。という設定があり、今のフィールドにもその名残が残っている場所がある。≪カラスナ≫もそんな名残の残っている街の1つだ。
昔設置したであろう砲台や掘り出された地雷が道の端に残っていたりする。だが、それはただの設定なので実際に砲台や地雷は使用する事は出来ない。つまり破壊や使用不可能なオブジェクトという事だ。
そんな≪カラスナ≫に本部を設置しているのがギルド≪太陽の光子≫である。
≪太陽の光子≫は3大勢力の内の1つだが、ギルドとして立ち上がってまだあまり経っておらず、不十分な部分もあるがそれでも3大勢力の1つと言われるだけあって、ギルドの成長スピードは凄まじい物である。
今日も≪太陽の光子≫のギルドマスター朝比奈桃華はまだ整理が終わってないアイテムや武装などのリスト確認をしていた。最初はどうやれば良いかが分からず、慌てていたが、今では慣れた作業である。
肩口まで伸ばされた髪、歳は20歳であり、活発そうな大きな瞳。≪零度の狼≫の神坂が大人の女性ならば、朝比奈は明るく元気な女性と言った所だ。
どんなに忙しくても朝比奈は笑顔を忘れない。自分が明るく振る舞う事で周りを明るく出来る。それが朝比奈の信条である。
そんな作業中、開けっ放しにしていた部屋の扉の前に誰かがいる事に気がついた。そこにいたのは、連絡班の男だった。
「失礼します、朝比奈さん!緊急連絡です!」
走って来たのか、息が整っていない様だった。朝比奈は彼の息が整うまで待ち、何があったのかを聞いた。
「どうしたんですか?何かありましたか?」
緊急連絡と聞いていたので朝比奈は、第1のボスの場所が判明したと思った。だが、連絡班の男が言った報告の内容は朝比奈にボス発見以上の衝撃を与えた。
「…………影剣が見つかりました……!」
―影剣
そのプレイヤーは漆黒のセイバーを身に纏い、ピンチに陥っている他のプレイヤーを助けてそのまま何処かへ去って行く謎の存在。
今までどれだけ目撃情報があっても絶対に見つけられなかったプレイヤー。そのプレイヤーがついに発見された。
発見した3大勢力はそれぞれ追跡を始めた。先に発見し追跡していた部隊と合流させ、影剣を追わせた。それぞれが自らのギルドに加入させる為に。
やがて影剣の正体判明の情報は広まり、他のギルドも捜索を始めた。
果たしてどのギルドが影剣の力を手に入れるのか?
そしてまだ自分達が追跡されている事を知らない零椰達の運命は?
世界が音を立ててゆっくりと動き出す―
皆様お久しぶりです。テストが無事終わり、やっと最新話を書き終えて更新が出来ます。10日までにはと思っていたので何とかなりました……。
今回のお話は主人公達以外のキャラ、3大勢力それぞれのギルドマスターに焦点を当てたお話となりました。果たして零椰達の運命は?次回をお楽しみに!それでは