「 影剣 」
「オルタナティブ・ブレイク」第1章
「影剣」
それはまだ「オルタナティブ・ブレイク」が稼動し始めて2~3ヶ月経過した時の事だった。とある1人のプレイヤーがゲーム内で噂となっており、当時の全てのギルドが捜していた。
中規模ギルドのホーム、男性プレイヤー2人がそのプレイヤーを話題に話をしていた。
「おい、聞いたか?また ″あいつ″ が出たらしいぜ」
「あいつって影剣の事か?」
「あぁ。今度は、ダンジョン内で罠に掛かってモンスターの群れから抜け出せなかった小パーティーが助けられたらしい」
「でも、その影剣が誰なのかは、まだ分かっていないんだろ?」
「≪小星の剣≫の剣崎と≪零度の狼≫の神坂が、それぞれ自分のギルドメンバーに影剣を捜し出させて、自分のギルドに勧誘するっていう噂だ」
「あの2つのギルドが奪い合いか……まぁ確かに奴は強いからな。どこのギルドも喉から手が出る程欲しい人材だ。確か、影剣はソロプレイヤーだよな?」
「あぁ。あらゆるギルドに所属しないソロプレイヤー。その中でも奴の存在感は全然違うからな。実力はあの2大ギルドのマスターと互角か、それ以上じゃないかって言われてる」
「他に手掛かりは何か無いのか?」
「他の手掛かりと言ってもなぁ……今までにも影剣についての調査は行われて来たが、奴が男だという事と使う武器はロングソードだという事以外は……」
「やっぱり誰が影剣なのかを特定するには手掛かりが少なすぎ―」
「そうだ。あと1つだけ分かっている事があった」
「なんだよ?そのあと1つ分かっている事ってのは?」
「影剣が使っている機体はセイバー、機体のカラーリングは夜空のような黒だという事だ」
この時、≪小星の剣≫、≪零度の狼≫、他のギルドのどこも影剣を見つけ出す事は出来なかった。そして現在。デスゲームと化した今のゲーム内では更に影剣の噂が広まり、その力を欲するギルドが増大した。だが、未だに影剣が誰なのか、何処にいるかは特定されていない……
□ □ □
最深部から出発した葵と零椰は森を出るべく来た道を戻り、街に帰ろうとしていた。
「ねぇ零椰、さっきの核防御壁の説明を聞いた時から思ったんだけど、ロングソードとかの接近戦用武器には付ける事は出来るけど、遠距離武器には付ける事は出来ないの?」
歩きながら、葵は先程から疑問に思っていた事を零椰に話した。
葵の隣を歩いていた零椰は、その疑問について少し考えてから答えてくれた。
「そうですね……この方法だと、どうしても核防御壁が2つ必要で接近武器なら取り付けは簡単なんですけど、遠距離武器だと核防御壁のエネルギーを弾丸1つずつに送らなければいけないので今の段階じゃまだ無理だと思います」
まだ試作段階、それは葵も聞いてはいるし予想はしていたが、やはり自らの武装は強化出来ないと言われると少し悲しくなる。
葵がしょんぼりしているのが隣で分かった零椰は慌てて申し訳なさそうに謝った。
「すみません……俺が接近武器だけじゃ無く遠距離武器の事も考えていれば良かったのに……」
俯き、悔しそうに歯を噛み締めそう言った零椰に葵は慰めるように優しく言葉を掛けた。
「零椰のせいなんかじゃないわ、自分の力をきちんと把握して何が足りないのかを分かって無かったあたしが悪いのよ……あんたは悪くないわ」
葵は零椰の手を握った。白くほっそりとした葵の手が握り締めていた零椰の手を優しく包み込む。
いきなり葵に手を握られて零椰はびっくりしたが、自分に向けられたその優しき顔を見て、零椰は顔を赤くして慌て始めた。
(こっ、こうゆう時は何て言えば良いんだ!?今まで女の子に手なんて握られた経験無いし!ありがとう?いや、違うような。あぁっとえぇっと……)
脳内で混乱しながら考えている零椰を見た葵はくすりと笑いながら面白そうにしていた。
「どうしたの?零椰。顔が赤いけど?」
「いや、その、えっと……」
(戦闘の時はこんな顔しないのに、それ以外の時はこんなに可愛いんだから)
まだ慌てている零椰を見ながら葵は内心で呟いた。
戦闘ではその強さを発揮する零椰だが、今までに経験の無い相手。恋する乙女にはどうしても勝てないらしい。
□ □ □
その後、2人は道を歩き続けてもう少しで森を出られる場所にいた。
あれから何とか冷静さを取り戻した零椰と葵は途中、モンスターに出会ったが難なく倒して先へと進んでいた時だった。
「ん……?」
またあの時と同じ視線だ。零椰はそう思った。素早く周囲の確認に入る。
「どうかしたの?」
いきなり周囲を確認し始めた零椰を見て葵は不思議そうに聞いてきた。
周囲を確認しながら零椰は葵に自分が感じた視線について伝えた。
「あの時……最深部でフレアガルーダとの戦闘が終わって、アイテムの整理し終わって最深部から出ようとしている時でした。俺は背後から視線を感じたって言いましたよね?その時は間違いと思っていたんですけど今、それと同じ視線を感じたんです」
それを聞いた葵は先程零椰がしたように周囲を確認した。だが零椰が感じたような視線は感じず、その視線の主も見つける事は出来なかった。
「あの時、あたしは何も感じなかったし、誰も見つけられなかった。今も何も感じなかった。零椰、あんたの言う視線はやっぱり何かの間違いじゃないの?」
「いえ、そんな筈は……」
あの時はすんなりと引き下がった零椰だが、今回はすぐには引き下がらなかった。
「その視線ってモンスターとかじゃないの?」
葵は視線の正体について考えた。このゲーム内で視線を感じるのはプレイヤーとモンスターのみ。真核装機には迷彩機能は付いておらず、真装服も同様だ。周囲をもう一度確認したが、今いる場所は一本道でプレイヤーが隠れられるよいな所は無い。だが小型モンスターが隠れるにはちょうど良いスペースがある。だから葵は視線はモンスターのものでは無いかと思ったのだ。
だが零椰は納得がいかない様子で
「いえ、モンスターの視線じゃないんです。モンスターは殺気が視線にこもっているんです。でも俺が感じた視線には殺気じゃ、なくてもっと別の何が……」
そこまで言った零椰が突然、黙った。隣では葵はいきなり零椰が黙ってしまったので何事かとそちらを見た。
零椰の方を見た葵は驚いた。零椰の顔が先程の穏やかな顔から戦闘の時のような険しい表情になった顔で前方を見ていたからだ。
その視線を追って先の方を見てみると、なんと1人の少女がいたのだ。葵は目を見開き驚いた。さっきまでは誰もいなかったのに
2人の目の前に現れた少女は外見は2人と同い年の様に見える。身長は零椰より低く葵と同じくらい。肩口で切り揃えた桜色の髪、太陽のように黄色い瞳、全体的に明るい印象が似合いそうな彼女だが今は零椰の方を向き、鋭く睨んでいる。
「あんたは一体……」
葵が呆然とした様子でそう呟くと、目の前の少女はぽつりと何かを言った。
「……瑠華」
「え……」
「それが君の名前?」
険しい表情を崩さずにそう聞いたのは零椰だ。聞き返した零椰に少女は返答した。
「そう、あたしの名前は優木瑠華。あなたに聞きたい事があって、ここまで来たの」
「それで、俺に聞きたい事ってのは?」
そう聞かれた瑠華は、零椰の方を向き直るとその質問を口にした。
「あなたが、あの噂の影剣なの?」
□ □ □
影剣……確かにそう瑠華は言った。だが葵は信じられないと、そう思った。あの零椰が影剣……?
「あんた何言ってるの?零椰があの影剣?そんな訳無いでしょ?そうよね零―」
零椰。そう言いながら零椰の方を向いた。絶対に違う、そう確信を葵は持っていた、だからこそ零椰も何ともない顔でいてくれる……
だが、零椰の顔は葵が思っていた表情と違い、その顔は俯きがちに下の方を向いており、表情は今までに見た事の無い冷たい表情だった。
まさか……本当に……葵は恐る恐る零椰に聞いた。
「ねぇ、零椰……あんたは本当に……」
2人の少女に聞かれた零椰は葵と瑠華を順に見た。そして目を閉じ、開いた。まるで何かの覚悟を決めているかのように
2人の少女は黙って待っていた。少しの間をおいて、やがて覚悟を決めた零椰が口を開いた。
「そうだ、俺が……影の剣……影剣だ」
零椰がそう言った瞬間、2人の少女はそれぞれ息を呑んだ。
瑠華は前から予想していたのだろう、やはりか、自分が追い求めて来た真実が確認出来て安心したのか、零椰の答えを聞いた直後目を閉じた。
葵は目を見開き、驚いた。信じられない、あの零椰が……影剣だなんて……その事実に未だに頭が混乱しているのか、呆然としていた。
だが零椰は、いたって冷静そのものだった。いつかこの時が来るのでは無いかと思っていたのだから。
瑠華は閉じていた目を開き、少し鋭さが緩んだ表情でいた。
「そう……やっぱりあなたが……」
「そうだ、これは事実だ」
「なら、あたしはあなたに決闘を申し込むわ。日時は明日の6月13日の午前11時、場所はレーガス。それで良い?」
零椰は瑠華の決闘申請を聞き、少し考えてから答えた
「分かった……それじゃあ明日、俺は君と決闘する」
「そう言ってくれると思った……じゃあ、明日レーガスで会いましょう」
零椰の返事を聞き、瑠華はその場を去った。
□ □ □
取り残された葵と零椰はしばらくその場から動かなかった。
「零椰……あんたが影剣っていうのは本当なの?」
まだ信じられない葵は零椰に聞いた。だが答えは先程と同じだ
「そうだ……俺が影剣なのは間違い無い」
表情を変えずに零椰は答える。
葵は悲しくなった。頬に一筋の涙が流れた。
「どうして……!どうして、そんな大切な事を今まで黙っていたの!?確かにあんたは使う武器はロングソードで、機体のカラーリングも黒だけど……でも……!」
涙を流しながらそう訴えた葵に零椰は驚いた。だが、零椰は哀しそうな、せんな表情をして拳を握り締めた。そして
「本当に、本当にごめん……でも俺が影剣だという事を言わなかったのにはちゃんと理由があるんだ。だから……聞いてくれないか……頼む……!」
勢いよく頭を下げながら零椰はそう言った。泣いていた葵だったがそんな零椰の必死の表情と敬語では無くなっている言葉に驚いた。
零椰がこんなに必死に……
「零椰……」
葵は目の前の少年を見つめた。最初出会った時はその能力に驚き、動けなかった。フレアガルーダとの戦闘の時も自分が思い付かないようなアイディアを見せてくれた。そして思った。零椰が自分を影剣だと言わなかったのは何かあるのだと
「頼む……」
まだ頭を下げ続けている零椰は必死に何かを訴えようとしているのだ。相棒である自分はそれを聞かなくてはならない葵はそう思った。
「零椰……何故、あんたが今まで自分の事……影剣だという事を隠して来たか、あたしはそれを知りたい。あたしはあんたの、零椰の相棒なんだから」
葵は本心からの思った事を言った。きっとこの言葉が零椰に届く、そう信じて
「葵……」
顔を上げた零椰は葵と同じく泣いていた。目は真っ赤に充血し、頬には涙が流れた後がはっきりと見える。
だが零椰を見る葵の表情は真剣さの中にも穏やかな感じも同時に見て取れた。
「だからあたしに……ちゃんと話してくれる?」
それは葵にとって最終確認だ。そう聞かれた零椰は流れていた涙を拭い、表情を引き締めると答えた。
「あぁ……きちんと話すよ。ここじゃ話せないから、街に戻って落ち着いたら……それで良いかな?」
「こんな場所じゃ落ち着いて話なんか出来ないもんね。そうね、じゃあ戻ってからね」
2人は頷き合い、また歩き始めた。それぞれが自らの覚悟を決めて
皆様どうも、作者です。今回は新ヒロイン、瑠華の登場です!このキャラはとあるノベルに出てくるキャラを参考に外見を決めました。何のノベルかは流石に言いませんが……
さて、今回の話では瑠華との出会い、そして、零椰についての重大な秘密が出ました。何故、零椰は自らの正体を隠していたのか……そして瑠華との決闘の行方は?次回をお楽しみに!