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【サモナー】危急の予感

 能天気で、自分のことしか考えられない馬鹿ばかりが集まる国。

 浅野琢磨あさのたくまは常にそう感じている。


 この国は終わってる。

 誰かが呟いたそれに、浅野琢磨は賛同する。



『先日行われた人気アイドル、のライヴの映像です』

 大画面に流れ出したそれに、道行く人々の幾人かが急ぐ足を止めて立ち止まり、目を輝かして見上げる。全国で事件も事故も、何かしらのこんなアイドルごときのライヴ映像よりも国民に伝えるべきことなどたくさん有る筈なのに、視聴率を稼ぐ為と不必要な情報を流すニュース番組。

 暗闇の中に色とりどりの光が舞い、耳をつんざくような興味の無い人間からすると騒音でしかない曲と呼びたくもない音がビルの中程に掲げられている大画面から地面を行き交う人々の上に降り注ぐ。

 大人数が集まってアイドルを名乗っていた中から【サモナー】に罹患したことを糧に独立、召喚したモンスタ―を利用して芸能界で確固とした地位を築いたという少女がステージの上で笑顔を振りまく。その左右には彼女のマスコットのように扱われているグリフォンが翼を震わせて、まるで踊っているかのような動きを見せている。観客の頭上にも、何体かの翼を持つモンスター達が造花などを振りまきながら飛び交っている。

 生中継でレベル上げに挑戦、などという【サモナー】罹患者であることを見世物にする形で成り上がるアイドル。


 この日本という国の能天気さをまさに示している存在ではないか。

 込み上げてくる嫌悪感を抑えようと、浅野は唾を路面に向かって吐き捨てた。


 平和だ。

 何気なく、多分この国に生きている多くの国民がそう思っていることだろう。時折、【サモナー】がその力を使って暴れ、事件や事故を起こしはする。だが、そんなもの大半の国民達にとってはニュース番組やネット上で画面越しに触れるだけの、まるでドラマや小説を観ているだけの感覚でしかない、遠い何処かでの話にしか感じていない。

 【サモナー】とは不可思議な力を手に入れた、羨ましい、憧れの存在。

 ほぼ大半の人間はそう思い、そう思うからこそ【サモナー】罹患者に自ら近づき感染させて貰おうと強請りもする。

 老若男女、ゲームに浅くや深く造詣を持っているこの国の国民にとって、誰それはあの携帯ゲーム機を持っていた、彼は携帯ゲームに嵌っている、なんて【サモナー】はその程度の認識だと表現する者まで居る。


「平和ボケ共が」


 浅野は小さく、自分にだけ聞こえる声で吐き捨てた。


『【取締局】による発表によると、レベル九十に達する【サモナー】罹患者が先日一人増え、』


 アイドルのライヴ映像が終わったと思えば、少しは堅苦しい話題を提供しようというのだろうか、真剣な面持ちをしたアナウンサーが【取締局】の建物の前から中継するという形で話を始めている。


 だから駄目なのだ、この国は。


 浅野は画面を通り越して、そこに映り込んでいる【取締局】を憎々しげに、呪うように睨みあげた。


 【サモナー】罹患者を先達しているトップランカー達。特に、噂では創造主レベルの神を召喚出来るようになるとも囁かれているそれに誰よりも近いレベル九十を超えた罹患者達の情報など、普通ならばこのような形で公にするべきではない。

 少なくとも、こんな事をしている愚かな国はこの国くらいだ。

 他国でこのような情報がニュースとして発信されなどすれば、大きな、抑えきれないような騒ぎになる。



 【サモナー】は、別に日本だけで起こっているものではない。世界各国で、先進国、発展途上国、貧しさに喘ぎ他国の援助無くしては成り立たないような小国にでも、それは余すことなく五年前から確認されている。感染率は0.001%、身分や権力も何もかもが一切関係なく突然に降りかかった現象はじわじわと広がっていっている。地球上に置いて、寒暖の差も標高、環境などからの影響もなく等しく【サモナー】は出現した。

 ただ、現在でいえばレベル八十、九十に到達した、いわゆるトップランカーと呼ばれている存在だけは大きな偏りを見せている。

 その主だった大半が、世界中でも三十を超える事が無い人数の多くが、日本人だと言う事実が確認されいる。

 この事実が、この事態を引き起こしたのは日本ではないのか!という疑惑を近隣の国々から向けられる事態を引き起こしはしたが、日本の文化などに理解のある諸外国から日本に根付いている文化や気質によるものが強いのだろうという結論が出ている。

 そう浅野が平和ボケと評する日本だからこそ、【サモナー】罹患者が世界に先んじて力をつけていく土壌を元から持っていたのだ。


 五年前、突如として確認され始めた【サモナー】。夢物語の上にしか存在しなかった化け物を召喚し、科学としては馬鹿げているとしか言い様の無い不可思議な力、現象を自在に操る罹患者達に世界が向けた目はまず恐怖、そして召喚された化け物を見るのと同じ、醜悪な人ではない何かを見るようなそれだった。

 まず初めの一手で、日本は世界から一歩前を行った。

 罹患者を恐れ徹底的に調べ上げねばと拘束、隔離した諸外国。日本でも確かにその動きはあったのだが、それよりも早くに一般人オタク達が狂喜乱舞して、自分達でその仕組みや何が出来るのかなどを調べあげ、そしてネットにそれを上げて不特定多数で共有していく。

 未知なるものへの恐怖よりも、未知なるものへの好奇心が勝ったのだ。


 また、そもそもにして国の、対応を決定する政治家の動きからして大きな違いがあったことも、今となっては興味深い違いとなって表れている。


 日本の政治家のお得意なことだった。

 只今、審議中ひきのばし

 自身の政治家生命をかけねばならないかも知れない。そんな事態に彼等は尻込みをしたのだ。諸外国のように罹患者達の身柄を拘束し監禁、徹底的な調査を行う。そうなって人権団体とやらが騒ぎ出したら?それによって罹患者達の反感を買って、仕返しを受ける事になったら?全員がそうだったとは言わないまでも、多くの政治家達が自身の身を護ることを横に置いておくということが出来なかった。

 対策について審議に審議を重ねて、有識者の意見を幾つも揃え、この国にとって最善の方法を導き出して

いる最中であるのだと、その対策は好奇心を爆発させている一般人オタク達やその力を利用出来ないかと企む企業から一歩も二歩も後手に回ることになった。面目ないことだと渋面を作りながらも、結果を出さないことを彼等は選択したのだ。

 審議中それは今でも続いている。事態の収拾という名の現状維持を【取締局】に命じながら、他の案件なども彼等があまり重要に思わないことから後に後にと後回しに回し、それだけ自分達は真剣に【サモナー】という事態に向き合っているのだと言い訳をしているのだ。決定間際だった無戸籍の子供達への対処についてのそれさえも、今では埃をかぶっている始末。その事を国民達もいつも通り声に出すことなく不平不満だけを胸に抱いて知っているのだから、この国の政治とやらは五年前を境としてもあまり変わり映えは無い。


 もう一つ、日本が他の国に比べて【サモナー】罹患者に寛容な理由があった。

 宗教だ。


 世界一である大国のアメリカ合衆国でさえも、全ての州では無いにしろ、子供への教育に対して進化論ではなく創造論をまるで常識のように、それが真実であるかのように用いている。それ程までに多くの諸外国にとっては宗教とは重要で、信じられているものだった。最近では自身を無宗教であるという若者も増えてきたと言われてはいるが、それでも多くの人間がキリスト教、イスラム教、仏教という宗教を信じ、その教えに則った暮らしを送っている。その名前を海外の事を伝えているニュースで聞かない日はなく、宗教観の価値観の違いや確執による戦いが終わりを見せない。

 欧米、南米、アフリカなど、そんな宗教を生活の一部として生まれてすぐから教え込まれてきた人々にとって、悪魔を召喚して使役する【サモナー】罹患者達がどう映るのか。

 

 勿論、初手で一歩先を行けたからといって慢心出来ることではない。


 浅野が平和ボケという日本とは違って、諸外国は常に自国の権威、軍事力ちからを高めることを重要視している。

 それが脅威テロなどに晒され続けてきたアメリカ合衆国や、緊張感が張り詰めているイスラム圏の国々、共産国の各々ならば特に。

 初めは恐れもあったのだろうが、彼等はすぐに考えただろう。

 これは使えるへいきになる、と。

 そして、そんな国々は日本のように馬鹿みたいに得た情報を曝け出す事態など起こす訳もなく、レベルを上げていく【サモナー】罹患者をしっかりと囲い込み、情報を完璧に隠匿し、いざという時に曝け出す攻撃手段にして防衛手段として研ぎ澄ませていることだろう。


 人々は真に理解してはいない、現在の世界の状況。


 国や組織によって囲い込まれることを逃れることが出来た、または感染したばかりの、レベルの低い【サモナー】罹患者達は、畏怖による差別や偏見、宗教を信じる者達からの一方的な迫害の中に身を置かれる。理解のある家族や友人などが周囲に居たとしても、人権を声高に主張し、差別を声高に問題視しなければいけない程に、差別や迫害が重大な問題となっている諸国では生き辛い事この上無い。一般人が武器を持つことを許されている国々では、一日に一人二人では済まない程の【サモナー】罹患者が命を散らしている。

 それらを潜り抜けてレベルを上げることが出来たとしても、偏見と差別は収まることはなく、それらを受けてきたことによる苦しみや憎しみ、悲しみによって疲弊した罹患者達はその力を自分を守る為、家族を守る為に躊躇うことなく人へと向ける。

 そして、五年前以前から頻発し大きな問題、大きな脅威となっていたテロリスト達にもまた、【サモナー】の感染は等しく降り注いだことが、何よりも現在の世界で大きな危機をもたらしている。

 ただでさえ多くの被害を齎していたテロに召喚されたモンスターの力が加わる。

 テロリスト達だって自分達が兵器として有している【サモナー】罹患者達を、各国の警戒と捜索の目を掻い潜って育て上げていた。高レベルに達して二つ名を与えられて各国で警戒されている【サモナー】罹患者。彼等にとっては異教の神、自分達の神の敵である悪魔でしかないモンスターを召喚してまでも繰り出す攻撃に、各国は自国で育て上げている【サモナー】罹患者を使う。

 モンスターだけを排除するだけに留まらない、敵味方の罹患者を削り合う戦争。大切に囲い込まれている互いの【サモナー】を探り当てて、早々に目を潰してしまう事も全くない事態ではない。どれだけ厳重に隠していたとしても、高レベルの罹患者が召喚することが出来る神格を有するモンスターなどの中には、万物を見通してしまう権能や、嘘偽りを見抜く権能を持つ存在が居るのだ。

 現在、どの国がどのレベル、どんな【サモナー】罹患者を有しているのか。詳細にとはいかないまでも、その殆どが赤裸々に晒されている。

 高レベルの罹患者がなかなか育っていかない、数を揃えることも大変な状況が、各国を取り巻いていた。


 そんな中で、日本も別にのほほんと対岸の火事を決め込んでいる訳ではない。

 確かにテロリストや、高レベルの罹患者を確保しようという各国の手が伸びてきている状況に置かれている。垂れ流しにされている情報を得ようという目や耳も、とうの昔に日本国内に潜り込んでもいる。

 ただ、【サモナー】罹患者を自分達の指揮下に組み込んで、その力を利用している外国との違いが、それらを上手く抑え込む、または反らす事を成功させていた。


 国の機関ではあるが、独自の裁量が任されている組織。


 【サモナー】罹患者に関わる全てを一任され、事態の収拾を図る為に設立された、【サモナー】罹患者ばかりが主に配属されている国の機関、【取締局】。

 【サモナー】達がやっていることだから、という日本の政治家がその責任を逃れる為に作り出した組織は、しっかりとその役目を果たしているのだ。

 【サモナー】罹患者が【サモナー】罹患者の視点で、罹患者から一般人を守るだけでなく、罹患者達さえも脅威から守る。【サモナー】罹患者を人扱いしているとは言い難い国や組織などと比べれば、これ程実働部隊である【サモナー】が動きやすく、対処しやすい組織は無いだろう。

 自分達の自由気まま、好奇心に任せて、レベルを順調に伸ばし続け、また情報を共有することでモンスターの力の利用方法や新しい技、最近では合体技までも編み出していく、子供心を忘れずに【サモナー】罹患者であり続けている一般の罹患者達も、その多くが【取締局】から協力を頼まれれば承諾を示すのだ。

 訓練された精鋭には及ぶものではないが、数と多様性いう戦力においては日本に敵う国や組織は無いのではないのかと言われている。




「浅野琢磨さん、ですよね?」


「…【学徒の猟犬】か」


 人が行き交う街頭からビルとビルの間に薄暗く伸びる路地裏へと足を踏み入れると、先程から浅野に対して分かりやすい視線を送ってきていたそれが姿を見せ、人が二人の並べはギリギリな狭い路地裏の浅野の向かおうとしている先を塞ぐ。

 近所の人間に挨拶するような気安げな様子でひょっこりと現れたのは、罹患者でなくとも見知っている人間は多いだろう、【取締局】の顔とも言えるトップランカーの局員。

 【学徒の猟犬】と呼ばれているレベル九十を超える、古澤博昭という名前の少年。


「俺も居ますんで、逃げれねぇからな」


 古澤博昭を目の前にした浅野の背後からも一人の男の声。

 【学徒の猟犬】への警戒を絶やすことなく、チラリと僅かな動きで背後に立っている声の持ち主を確認すると、そこには古澤博昭とそう変わらない程の知名度を持っている局員が居た。

「【小判鮫】」

「何度聞いてもヒデェ呼び名」

 それが自分を指してつけられた二つ名の一つであると知っている【取締局】局員の一人である、博昭の先輩としてよく行動を共にしている、久木辰馬が苦笑を漏らしている。


 自身のレベルを上げることはそこそこに留め、レベルの高い後輩や協力者にくっついて任務に赴き、ただ自分が満足するまでに暴れることを目的としている局員として有名な久木に与えられたその名前は、久木辰馬と共に行動したことのある罹患者達からすると納得のものだった。


「…なんの用だ」


「一ギルドを率いているトップランカーの一人、【幻影の怨嗟】である貴方に一つ尋ねたいことがありまして…」


 それは浅野琢磨の二つ名だった。

 浅野琢磨は今のこの国の現状に不満を抱いている。その不満を解消する為、そしてその現状を何とか打破して自身が理想としているそれに近づける為に活動している。

 それは世間では犯罪行為と呼ばれ、【取締局】の取り締まりの対象に確実に含まれているものだ。

 だが、その尻尾を掴ませてはいない。いくら【サモナー】に関する全権を一任されている【取締局】とはいえ、レベル八十九であるトップランカーの一人とやり合うのは苦しいものがある。そうかも知れない、という憶測はあっても証拠は無い状態では、多くの【サモナー】罹患者で占める信望者ギルドを率いている彼を、ただ過激派として有名だからというだけでしかない現状では拘束するには至れない。

 危険思想を持つ過激派である要警戒対象。

 それが【幻影の怨嗟】浅野琢磨だった。


「聞きたい事じゃねえのか?」


 なんだ。

 俺は暇じゃないんだからさっさとしろ、と浅野は逃げる様子を一切見せず、逆に余裕を見せつけるように懐から取り出した煙草一本に火をつけて、煙を立ち上らせる。


「まぁ、聞きたいことっていうか、尋ねたいことっていうか…。先日、うちの局員の不手際で収容施設から【三笠ビル倒壊事件】の主犯、観月圭介が逃亡しちゃったんです」


「…馬鹿か」


 おずおずと、浅野のあまりにも堂々とした様に圧倒されている様子の【学徒の猟犬】の口から飛び出たそれに、浅野は敵に向ける嘲笑だけではなく感じた呆れを吐き捨てた。


「顔と名前を世間様に公表して有名人にして差し上げた実行犯達の方はしっかりと収容中なんだけどよ、計画して馬鹿な大人を先導してくれた癖に未成年様だったガキんちょが悪知恵働かせて逃げて下さったのよ」


 かの事件は五年前の当時、世間を大いに賑わせた。まだ【取締局】は設立前で、ことに当たったのは警察、自衛隊などに元から所属していた【サモナー】罹患者達。その中には現在の【取締局】局員も多く含まれていた為、その詳細はそれは詳しく【取締局】に記録されている。あまりにも大きな騒動、大きな被害範囲であった事件を解決に導いた最大の要因が、現在【戦慄の狐姫】と呼ばれている【特殊罹患者】の暴走の恩恵であることも、彼女が実は被害者であり加害者にもなってしまったという事実も、そして実行犯の背後にそれを操る人間が居た事、しかもそれが未成年であった事も、その多くを人々は知らされてはいない。

 特に未成年であった主犯については、関係者となってしまった【サモナー】罹患者でもある【戦慄の狐姫】にも顔も名前も、そんな存在があったことさえも一切明かされていない。彼女は自分の召喚した狐達が噛み殺そうとした男達が犯人、主犯なのだと信じている。


 軽い口調で説明を付け加えた久木にも、浅野は目を鋭く細め、睨みつけた。


 この国の現状に不満はある。だが、それでも関係の無い人間を無暗に傷つけてもいいなどと思う程、浅野は自分が落ちぶれてはいないと自負していた。

 そんな彼にとって、多くの関係の無い人々を巻き込んで死傷者を出した事件と、それを起こした人間には嫌悪感しか抱いていない。


「今、うちも誠心誠意、休日返上して頑張って探してはいるんだよ。だけど、暗闇の中は俺達よりも得意な奴が目を届くだろ?」


「…俺が協力するとでも?」


「あんな屑とお前らじゃ、慣れ合いも出来ないし、したくないだろ?」


 お前らの美学ってやつを俺は信じてる!

 その爽やかな物言いとは裏腹に、久木の口元にはニタァという不気味な笑みが生み出された。

「久木先輩…スミマセン。怖い…気持ち悪いです…」

 仲間である筈の後輩からも、その笑みは不評を期した。


「本当、困ってんだよ。あれを止める一手を担った【狐姫】っとこに奴の兄貴がウロウロして、だってぇのに奴と連絡を取り合ってる様子も無し。音沙汰が一切不明過ぎて、何を仕出かす気だって俺らの通常業務にも関わってくるんだよ」


 兄貴の方は【サモナー】罹患者でもないからまずは放置、状況を静観してる最中だ、と久木はあっさりと敵である筈の浅野に状況を教えていく。


「で、えっと、すぐにお返事の方が…」


「いいだろう。ただし、そっちに大人しく引き渡すとは限らない」


「了解、了解。大丈夫。こっちとしては生きてさえいれば、まぁ体面は保てるし」


 浅野は【取締局てき】の要請に了承した。そして、それを自分の部下であるというギルドの面々へと周知することを約束する。

 あの事件は多くの一般人に被害を出した。

 浅野が率いるギルドには、それの被害にあって身体に一生残ってしまう損傷を受けた者、近しい人間を失ってしまったという、それによって歪んで浅野に共感するようになったメンバーも存在していた。

 もしも浅野が【取締局】よりも早くに観月圭介という逃亡者を捕獲した場合。それを目の前にした者達が何を仕出かすのか止めるつもりは一切無かった。


「えっと…いいのかなぁ…。まぁ、しょうがないか」


 公務員として犯罪を分かっていて止めない行為はいかがなものかとも思った博昭だったが、自身もあの事件とは良くも悪くも因縁ある身だ。しょうがないという言葉と共に、聞かなかったことにする。

「貴方の他のトップランカー達や、ギルドを率いている人達にも要請を回しているんで。あの…極力…出来れば、衝突だけは避けて頂けたらなぁ…と」

 どうせ無理だろうと分かっていながらも、一応は、と博昭は浅野に頼んでおく。

「お前も出るんだろうな」

「えっ、あっ、はい。仕事ですから」

 同じトップランカーに数えられている、自身よりも僅かではあるがレベルが上である【学徒の猟犬】に、深い意味は無いが浅野は確認ととった。

「要請した奴らの中で明らかに拒否ったのは、いっつも通りに【隠遁の仙女】くらいだな。あいつが動きゃ色々と楽だってぇのに。まぁ、あいつのテリトリーの【仙境】に奴が踏み込めば、どうにかしておいてくれるってぇのは確定だ」


「【隠遁の仙女】か」


 姿形を誰も見た事のないと有名な【サモナー】罹患者、浅野も少なからず興味があった。彼のギルドの下っ端の下っ端、血気盛んな子供が仙境に攻め込んで簡単に返り討ちにあったという報告も耳にしていた。



「まぁ、なにはともあれ。トップランカー達が快く協力してくれるとは心強いもんだ。うちもこれで、通常業務にもしっかりと身を入れていけるってもんだ」


 悪い【サモナー】の取り締まりと更生とか?

 外国からの不埒な手を叩き落とすとか?


 どっかの誰かが可愛らしく尻尾を見せてくれたら、もう少し楽になれるんだけど?


 ケッケッケと背後から聞こえてくる、久木の年相応とはとても思えない、悪ガキのような笑い声。

 目の前の【学徒の猟犬】が「申し訳ありません、どうか御協力お願いします」と、どっちが年上、どっちが先輩なのかとお互いの関係などを一切忘れて苦言を呈したくなるような姿をさらして、深々と頭を下げてくる。

 お前も大変だな、と敵ながらに憐憫を少年に向けてた浅野はそのまま、「話は終わったな」と足を進めて古澤博昭の横をするりと通り抜けて、その場を離れた。




 観月圭介。五年前の当時、法に守って貰えたという未成年であったという事から、現在は長じても二十四歳であろう若い愚か者に少しだけ、浅野は憤りの中に憐みを覚える。

 どの程度のレベルであるのかも不明だが、それでも浅野を始めとするトップランカー達や、個性が爆発していると評されてるギルドのトップ達に追われる事態に、どこまで耐える事が出来るのか。

 それは憐みでもあり、浅野の嗜虐心を煽りに煽る悦楽だった。


「名のある【サモナー】罹患者共の力量を図るいい機会か」


 浅野の口端が大きく持ち上がる。


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