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【学徒な猟犬】贅沢な選択 上

 街頭の大きなモニターに映った、アイドルや俳優などの芸能人さえ霞んで見える美青年が蕩けるような笑みを浮かべ、自分が口にするそれが何よりも誇り高い事であると歌うように言葉を紡ぐ。

召還主マスターはこの町が大好きなのです。大好きなこの町と、この町に住む人々の為に、彼らの少しでも手助けになればと私達に命じます。そして、この町の人々もとても良い方ばかりで、召還主マスターにとても良くして下さいます。ですから私達も、喜んでお手伝いさせて頂くのです。ですが、召還主マスターがこの町に住んでいるというだけで町を訪れ、騒ぎを起こす【サモナー】も少なくありません。自身がいなければ起こらなかった筈のその危険から町と住人の方々を守る為、召還主マスターは我々に町の治安、平穏を守るようにという命令も下されているのです』


『ご覧頂いたのは、つい先日、【隠遁の仙女】と呼ばれている【サモナー】罹患者へのインタビューを…』



「うわぁ、またやってるよ。使いまわしとかするなよな、新しい画取ってこいよマスコミ」


「なぁ知ってる。この町ってさ、いや何処にあるかなんて知らないし、【仙女】様怖いから行こうとも思わないけど、【仙女】が護ってる町だから【仙境】って呼ぼうぜって【白溺の先駆者】が動画で提案しててさぁ」


 テレビ局の枠を超えて、その映像はこの数日の間、見ない日は無い程に全国をお茶の間に届けられている。この映像さえ映し、それに関する意見を著名人、または街頭で求めた映像と共に流せば、視聴者からの反応がある程度は取れるという理由があっての事だった。まともでは無い理由としては、吸血鬼だという青年ディックのその笑顔が老若を超えて女性達の熱い支持を得ているというものもあった。


「また、やってますよ。いい加減にしないと、生駒茜さん、怒り出しませんかね?」

バンッバンバンッ

 古澤博昭ふるさわひろあきは、この日の遅い昼食を街頭のビルを真正面に観ることのできるファーストフード店でとっていた。ガラス越しに見える画面に映し出されたそれが、一緒に食事をしていた連れが深く関係した話だった為、何気なしに話題として口にしたのだが、返事の声は何時まで経っても返ってこなかった。

 ただ、バンバンッと店や周囲の客達の迷惑も顧みずにテーブルを叩く音が聞こえ、博昭の飲みかけのジュースが今にも倒れそうに揺れてしまっている様子が、画面から顔を戻した博昭の目に映った。

「ちょ、何やってるんですか、久木先輩!迷惑ですよ、俺にも、他の人達にも!」

 ファーストフード店の、言っては悪いが安っぽい小さなテーブルに顔を伏せ、肩を大きく震わせ、手で頭の横のプラスチック製の天板を叩く。

 ぐふっ

「ぐっ?久木先輩…」

 テーブルに頭をつけた状態の職場の先輩、久木辰馬ひさきたつまの肩を揺すって止めさせようとした博昭の耳に、久木の伏せられている頭の下から引き攣るような、不穏な音が届いた。


 くっ、くっくっ、あっはははははは!!!


 博昭の訴えに従って、テーブルを叩くことも、頭をテーブルへと沈める体勢も止めてくれはしたものの、今度は体を反り返してお腹に手を当てて笑い出した久木。先程のテーブルを叩く音よりも、よっぽど大きく、店内に反響し続けてきこえるそれに、博昭は周囲の客達、そして店員達の視線を感じて顔を真っ赤に染め上げた。

「ちょ、久木先輩!?」

 

 ぶぶぶぶぶぶ

 仰け反り、呼吸困難に陥ってせき込みながらも笑い続けている久木を何とかしようと、博昭が手を伸ばした丁度その時、博昭がスーツの内ポケットに押し込んでおいたスマートフォンがバイブで着信を知らせてきた。

「えっ、今ぁ!?」

あっはははははは!!!

 死にそうなまでの久木の笑い声を背にして戸惑うが、表示された着信の相手を確認すると、そうも言っていられない。職場の上司からの、仕事の指示の可能性が大きいそれを、無視して出ない訳にはいかない。


「はいっ!古澤です!」


『...今、大丈夫か?』

「はいっ、大丈夫です…たぶん…」

『なんだ、その多分というのは。…いや、いい。お前の声の後ろに聞こえてくる久木の馬鹿笑いから何となく予想がつく。それよりも、今日こそは昼食を抜くなんてことはしていないだろうな。俺たちの仕事は体力が資本なんだからな』

 一癖も二癖も、普通ではない部下達を纏め上げているこの上司は、その中でも一番若い、十七歳という年齢の博昭の事を一番心配し、何かと気にかけてくれる。

それが古澤博昭にはとても嬉しい事だった。

 社会人として、というか初めて仕事する博昭の服装から基本的なマナー、十七歳という年齢―それにしても同じ年頃の少年少女達と比べても圧倒的に一般常識に欠けている博昭に、根気よく付き合ってくれる大人の男性。別に変な意味は無い。無いのだが、博昭はこの上司の事が好きだった。

「はい、ちゃんと食べました。それで、何かあったんですか?」

『そうか。ならいい。つい一時間前、【サモナー】罹患者による強盗事件が発生した。お前達の居る場所からが一番近い。すぐに向かってくれるか』

「分かりました。俺と久木先輩で調査してきます」

『頼む。くれぐれもやり過ぎるなと、久木に伝えておいてくれ』

「はい」


 スマートフォンをまた真新しいスーツの内ポケットへと仕舞い、博昭はまだ笑い続けていた久木をどうにかしようと向き合った。


「久木先輩、事件ですって。行きましょう」

「ぐっ、ははっ…あぁ~。よし、分かった。あぁ腹痛ぇ」

 肩で息をする程までに体力を使って笑い続けていた久木だったが、事件という博昭の言葉に顔色を変え、お腹を押さえたままではあるものの席を立つ。

「えっと、大丈夫なんですか?」

「げほっ、あぁ大丈夫だ。仕事はちゃんとするさ、なんたって俺らは…」





     *******************


『…で起きた強盗事件。ミノタウロスなどのモンスターによって店舗の破壊、商品とレジそのものを持ち去られました。近隣の監視カメラに残されていた映像によって、この事件の犯人と思われる【サモナー】罹患者達を完全に把握、現在逮捕に向けて【対サモナー罹患者特別取締局】が…』


「おいっ、どうするんだよ!【取締局】が・・・」

「うるせぇよ、来たってどうってことねぇよ。あっちもこっちも同じ【サモナー】じゃねぇか。だったら、俺達が全員でいけば負けることは無い。取締局ってぇ、局員が少なくって手が足りてねぇって前にテレビでやってただろ」

 普段は人気の一切ない廃ビルの中、この日だけは多くの人影で満ちていた。その人影の多くは、【サモ並ー】罹患者によって召喚された、ミノタウロスを始めとした屈強で力強い肉体を持った、破壊を行うには適しているモンスター達。十を満たずとも召喚出来るモンスターばかりではあるが、それでも今この場にだけでも二十体は超えた数がそろっている。廃ビルの、仕切りなどが全て失ったコンクリートがむき出しのそのフロアに、人間は小さなポータブルテレビを囲み、数時間前に起こった事件を伝えているニュース番組に耳を傾け、表情を渋めている男達五人だけ。

 この五人の男達は全員、【サモナー】罹患者だった。そして、この五人が周囲に蠢いているモンスター達の召喚主マスターでもある。


 【サモナー】罹患者となった人々は徒党を組む事が多かった。

 高レベルに至った罹患者を中心に、時には元から著名人であった罹患者をレベルの上下関係なく中心に抱き、【サモナー】罹患者達は自然と集まり、集団としての意識を強めた。

 集団であることを選んだ理由は様々だろう。だが、それは大きな問題になった。

 人は集団になると、悪く言えば、つけあがるものだった。ただでさえ、【サモナー】となり、人外の存在を実際に召喚してしまうという力を手に入れ、高揚感から羽目を外しやすくなっている中で、仲間が一緒にいる、賛同者が居る、という状況にその暴走が激しさを増していった。

 

 この男達もそれと同じだった。

 力があり、仲間がいる。自分達を止められる者など誰一人としていないのだと、興奮状態による万能感に包まれた。その勢いのままの召喚モンスターを利用して犯罪を犯したのだった。

 警察さえもモンスターを前にして一切手出しが出来なかった事件をやり遂げたという充実感、それを名残惜しく胸に抱いたまま、ニュースが伝えた内容への不安感も完全に消し去れていないまま、それでも男達は戦利品を分け合おうとしていた。

 まずは、と男達の中でリーダー格のアツシと呼ばれている男が、店から奪い取ってきたレジスターに手を伸ばした。現金がたっぶりと詰まっている筈のそれを開けようと、ニヤニヤと悦楽に満ちた笑みの浮かぶ唇を舌で舐めて、さぁ、と目を輝かせた。


「あ~すみません。そのまま、動かないで下さいね?」


 折角の空気を崩し去る、若い、少年といってもいいような声を、アツシは自分の耳のすぐ近くに聞いた。

 驚いたアツシが振り返ろうとすると、またその声が聞こえてきた。

「あっ、駄目ですよ。それ以上は、ちょっと危険です」

 呑気な、強盗という犯罪を犯した【サモナー】罹患者達と多数のモンスターが跋扈している部屋の中に居る部外者とは思えない、緊張も何もしていない少年の声に、アツシの背筋に震えが走った。

 その震えによってアツシの喉仏に、冷たい鉄の感触が当たる。

「こんにちは。【対サモナ罹患者特別取締局】局員、古澤博昭です。強盗事件について、ちょっと話をお聞かせ下さい」

 背後に、その存在感だけを感じる、古澤博昭と名乗った少年。

 【サモナー】罹患者達にとって警察などよりも注意すべき【取締局】の局員だと、その声は名乗った。 


【対サモナー罹患者特別取締局】。

 それは三年前。政府によって設立された、正式な国の機関だ。そこの所属している人間は国家公務員、元から公務員として働いていて感染、罹患者となった職員達や、スカウトを受けて就職または転職してきた【サモナー】罹患者達が、この取締局の局員を務めている。その仕事内容は、【サモナー】に関わる事全て、と国が運営する機関だというのに非常に大雑把なものだった。だが、それが一番適格な表し方ともいえる。【サモナー】が関わる全てを、【サモナー】に対応させよう。そういう、はっきりと言えば丸投げの為に作られた機関なのだ。その為に、国は本来ならば国家公務員になどなり得ない人物にまで、【サモナー】罹患者であるというだけで性別、年齢、前歴、全てを無視して、スカウトが全国へと走った。


 【サモナー】罹患者に関する世間の扱いは悪い、だが一方でいいとも言える。

 五年前を発端として年々増え続け、激化してもいっている【サモナー】が関わる事件・事故などがマスコミによって報道されればされる程、【サモナー】罹患者への印象は悪くなる。今だ多くの謎に包まれ解明される事も、【サモナー】が消える方法が見つかる様子もない。得体の知れない、五年前以前には空想上のものでしかなかった在り得ない力を自在に操る罹患者達への恐怖は、憧れよりも確実に大きかった。自分もなれるかも、なりたいという思いも、【サモナー】罹患者になれていない状況では、恐怖に打ち勝つことは出来ない。

 その一方で、【サモナー】罹患者の召還は、利用しようと思えば何よりも素晴らしい力だった。人間などよりも遥かに強いモンスターに土木工事をさせたらどうなるだろう。土木工事だけではない、世の中に溢れる仕事のあれやこれやをモンスターに任せたら?人件費は色を付けたとしても一人分+αで済むことになるのだ。百人で行っていた工事を、【サモナー】一人とその召還モンスター達だけで終えることが出来る。それはなんと魅力的な事だろうか。

 今、世間には【サモナー】罹患者に対する就職口は、クジラの口のように大きく開いている。ただ、それに集まる罹患者達が少ないという問題があった。何故か。折角の力があるというのに、どうして会社の為だけに使う、動画の投稿などの言葉を借りれば「社畜にならないといけないのか」「社畜脱却!」そう思う罹患者が多いからだと言われている。

 大手企業などの民間でも集まりが悪かったそれは、少しだけマシだったとはいえ、国の機関でも集まりが悪かった。だが、それでも三十人程度の【サモナー】罹患者が確保され、【取締局】は運営を開始されたのだった。

 【取締局】に所属しているこの三十人。

 局としては隠そうという動きを見せていたが、動画投稿を自分の使命と考えている地獄耳な一部【サモナー】罹患者達はその上を行ってしまう。

 その名前やレベルなどは別として、その顔などはすぐに動画サイトで流出する事態が起こった。


 アツシは考える。

 古澤博昭。声からして若い男である、古澤博昭は動画で見た写真のどれなのだろう、と。

 そう考えながら、アツシは目で、自分に向けて、いや驚きと恐怖の目を自分の背後に居る少年に向けている仲間達、そして自分が召喚したモンスタ―達に「助けろ」と指示を出すが、誰一人として動かない。召喚され、召喚主マスターに忠実なモンスター達は動きを見せようとしたが、それはただ一歩だけの足踏みで終わってしまった。


 グガッ

 ガァァアグガァ

 ギャアァァァぁ


「よっわっ!」


 確かに、ミノタウロスなんて低レベルの【サモナー】でも召喚出来る、雑魚モンスターの内の一体だ。それが何体も集まり、【サモナー】罹患者が適格な指示さえ与えてやれば、それなりの動きを見せるし、戦力にもなる。

 だが、圧倒的にレベルの差があるモンスターが相手となっては、何体集まろうと意味など為さない。ただの蹂躙の光景が生まれるだけだった。

 その光景を、動けないままアツシは目撃することになった。


 黒いスーツをかっちりと、ボタン一つも外すことなく堅苦しく着込んだ三十代に届くか届かないかくらいの男。その服装はしっかりとしているのに、表情や態度、動きがその男を非常に不真面目に見せている。

「牛肉パーティだ、食い散らかせ、ケルベロス!」

 ぎゃはははっと悪ガキのような笑い声を上げながら、彼が召喚したモンスタ―に命令を下す。その様子は非常にガラが悪いとしかいいようがない。その男が召喚したのは、男の背丈よりも巨大な、天井を高く作られているとはいえ、ビルのフロアの中という状況は狭苦しそうにも見える大きさの三つ首の犬が、その三つある大きな口からよだれを垂らし、ミノタウロス達を噛み砕いていく。

人間にはない屈強な肉体のミノタウロス達が、まるで赤子のように無防備に、三つ首を持つ犬―ケルベロスに傷一つ、反撃を繰り出す動作も出来ずに消えていく。

 アツシは絶望した。

 男に見えたレベルは、四十六。

 レベル二十三のアツシが一番上である自分達が、敵う相手ではないと。

 だが、アツシの頭の中で、プツリッという糸の切れる音がした。


     *******************


 

 【サモナー】罹患者達の召喚する、モンスター。古今東西の神から意味不明な存在まであらゆる伝説、伝承、架空の、つまり一括りにファンタジーな存在を召喚し使役出来るのだが、このシステムは未だに解明どころか、その糸口を見つけるにも至っていないという現在。

 力尽き倒れた召喚モンスターは淡い光に包まれて、光の粒子となって消えたいく。彼等が何処から呼び出され、何処に消えていくのか。また、モンスターに名前を与え、それぞれの個性というものを見出だしたという一部罹患者達の報告によれば、人間でなくとも確実に死んだと分かる状況で消えたモンスターであっても、次に召喚した際には傷一つない状態で現れる。勿論、別の個体という訳ではなく、罹患者が与えた名前を自分のものと確かに認識し、変わらない個性を持っている。そういった点で考え、モンスター達は死という概念を持っていないのでは、という意見が大きく叫ばれている。

 また、その召喚方法についても何一つ判明していない。

 罹患者達の意見を集約すると、頭の中に一冊の本があるのだという意見が殆どだった。

 リストのように名前と召喚レベル、召喚可能か不可能かが羅列されている本だという人。某ゲームのようにドット絵の図鑑だ、という人もいた。その形態は本当に様々で、罹患者の個々にそれぞれが見やすいよう対応しているようだが、本があり、その中から召喚するモンスターを選ぶ、これはほぼ共通しているといえる。

 召喚自体に関しては簡単だった。

 その本から召喚するモンスターを選び、その名前を呼ぶだけでいい。個人の趣味として、召喚モーションを付け加えたり、詠唱してみたり、そういった個性を求めた【サモナー】罹患者達も存在してはいるが、本来の方法は名前を呼ぶという事だけだった。

 どんなに小さくても、それが心の中であろうと、【サモナー】罹患者がモンスターを召喚しようという意志をもって名前を呼べば、罹患者の体から燐光‐光の粒子が立ち上り、その粒子が集まり形を成すことでモンスターはこの世界に現れる。



「暴れないで下さいね?俺達は、貴方達が暴れるようならどんな手を使ってでも黙らせていいって認められてますから」


 自分が召喚したモンスタ―の鎌が首に回ったまま動かない、アツシと呼ばれている男。アツシに心配する目を向ける仲間達が、ケルベロスの攻撃から逃げる、という事とは違う動きを僅かに見せた。それを博昭は見逃さなかった。

 だから忠告した。

 その言葉の通り、博昭達には抵抗した【サモナー】罹患者達への反撃が認められている。普通の一般常識を考えればとんでもない許可を、使わせてくれるなと男達を見まわしながら強く忠告する。同僚の中で一部を除きはするが、博昭達は局員は良識をちゃんと持っている。持っているから、その特例中の特例である許可を使いたいとは思わない。

 だが、使わなければならない場面が来てしまえば、博昭達は迷いなく許可の下にどんな手を使ってでも対峙する相手達を黙らせるだろう。

 それが彼らの仕事なのだ。

 その覚悟を秘めた目で彼等の動きを見逃さないよう、博昭は集中した。


「なんだよ、なんなんだよ!国家の犬共が!!」


 博昭が召喚した『大鎌を構えた死神』に鎌を突き付けさせて任せていた、アツシが叫んでくる。

 その罵りの言葉は別に珍しいものではないので、博昭にとって何も驚いたり、傷つくことはない。

 ただ、その「国家の犬」という【取締局】員を揶揄している、厨二病とネット上で囃し立てられているその言葉を聞く度に、いつも博昭はある事を考えるのだ。

「よく恥ずかしくないよなぁ…」

 うっかりと口に声として出てしまっていたことも気づかず、博昭は感心していた。「国家の犬」という言葉を恥ずかし気もなく叫べることや、有名な【サモナー】罹患者に素面では言葉に出来ないような二つ名を与え、それをテレビのニュース番組で取り上げてしまえること。厨二病というのなら、その言葉達だけでなく、それを考え付いた人達だけでもなく、それを普通に受け入れて口にしているこの国の殆どの人間がそうなのでは、と思ってしまう。

 【取締局】の局員、つまり博昭にも、久木にも、二つ名がつけられている。

 博昭に関していえば的確に博昭の事を表現しているそれに感心してはいるものの、それを面と向かって言われる時など未だに恥ずかしくて仕方がない。


「バカにしてんのかぁ!!!!」


「えっ、あっ、もしかして・・・」

 アツシの怒号をあがる。

「バリバリに口に出てたってっ」

 クックッとケルベロスの足元で顔を手で覆い肩を震わせた久木が、アツシの怒号にハッと焦りの表情を浮かべた博昭に、彼のした失態を指摘した。


「死ねよ!死ね、死んじまえ!国家の犬だからって偉そうに!俺らとお前ら、同じじゃねぇか!」


 プツン、という音がもしかしたら聞こえたかも知れない。


 アツシはキレたのだ。

「みんな、しんじまえよぉ!」

 決して敵うことがない敵というものに直面してしまったアツシの、今まで感じていた高揚感は瞬時にして覚め、彼に罹患者となる前に感じていた劣等感、絶望を蘇らせた。弱い自分を自覚させられ、アツシは自棄を起こしたのだ。

 アツシの体から光の粒子が沸き起こる。

「こいつらをころせ、ヒュドラ!」

 アツシの叫びを受けて、粒子が集まり巨大な怪物の形を造り上げていく。

 その完成を見る事なく、アツシは深く瞼を閉じて、地面に受け身一つとることなく倒れたのだった。


「レベル足りないのに無茶したなぁ」


 自分のレベル以上のモンスターを召喚する、それは別に出来ない事ではない。それを試みた【サモナー】罹患者も一人や二人ではない。

 だが、その危険性が広まった後には、そんな無茶に挑戦する者は減った。

 召喚の度に削られる罹患者の体力。一度の大量召喚、レベルぎりぎりの召喚、これは削るのでは無く、奪うという表現が適当な事態を引き起こした。自分のレベル以上の召喚は、それと似ているようで、違う事態を引き起こす。命を奪う、これにはそちらの表現があう、危険性に溢れた無謀だった。


 ヒュドラはレベル三十から召喚が出来るモンスターだった。アツシには少し足りない。


「まぁ、この程度の差なら死ぬことは無いだろうな」


「ほ、本当てすか、久木先輩!信じますからね!」


 光の粒子は、召喚主が倒れても、頭が九つの巨大な怪物を造り出すことを止めそうにない。

「俺もう疲れたから、そっちは任せるわ。頑張れよ、『学徒の猟犬』」

「えっ、ちょ、先輩!?」

 博昭の了承を取ること無く、久木はさっさとアツシの体をケルベロスの背中の上に乗せ、アツシの仲間達を他に召喚したモンスター達で逃がす動きを始めていた。


「が、『学徒の猟犬』って」

 ケルベロスの一つの首に咥えられ持ち上げられた一人が、久木が博昭にかけた言葉に大きな反応をあげた。他の仲間達も、ほぼ同時にその二つ名に驚きの目を博昭に注ぐ。

「【取締局】で最高レベルの…」

「トップランカーの一人の…」


 スーツに着られている感が大きい、どう見ても十代にしか見えない博昭を目を見開いて凝視した彼等は、自分を捕らえている【取締局】の人間であるということも忘れて、久木に「嘘だぁ」という希望を含んだ視線を送った。

 信じられなかったのだろう。

 その気持ちは、そう思われた博昭自身もよく分かる。

 博昭もそう思っているからだ、自分がここまで高レベルに上がり、十本の指とされるトップランカーの一人になるとは思ってもみなかった。そもそも、特殊事項スカウトによるものとはいえ【取締局こっかこうむいん】になる事自体、考えてもいなかったのだから、彼等を始めとする二つ名を知り局員であると知った際の人々の視線の意味もよく分かる。


 その目を向けられる度に、思うのだ。


 随分の遠くにまで来てしまったな、と。

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