【隠遁の仙女】その正体 下
プルルル
「「マスター、お電話です」」
「本当、電話線引っこ抜こうか?」
家の中の家事の一切を任せているシルキー、茜が召還し『絹』という名前を与えた妖精が耳で聞こえている筈なのに頭の中に直接響いてくるような感覚も同時に味わえる声で、鳴り響き止みそうにない固定電話をマスターに教える。
茜は携帯を持っていない。彼女に対しての連絡手段は自宅に置かれた固定電話へとかけるか、パソコンへと繋がるメールアドレスに送るかしか無い。引きこもりで自宅から出る気など一切無い茜にとって、それで十分過ぎるのだから、持っていなくてもおかしいと言われることもない。だから、パソコンはメール機能を開かなければいいのだし、電話は電話線を引っこ抜いてしまえばそれで終わり。どうして今までしなかったのかと思いながら、さっそくそれを実行しようとした茜に、二重音声に聞こえるシルキーの絹からの指摘が飛んだ。
「「マスター、これは鈴木様からです」」
「えっ?鈴木って…、」
絹に言われてナンバープレートを覗けば、そこには近所に住む老人、鈴木の自宅の番号が示されていた。
「・・・そうだ。こういう電話があるから電話線引っこ抜けないんだった」
近所に住むのだから直接家に訪ねてくればいいと思わなくもないのだが、相手は足腰の強い高齢者ばかりではない。この鈴木という老人はぴんしゃんと畑仕事をしているから、電話が通じなければ押し掛けてはきそうだが。そんな事を考えながら、茜は受話器を取る。
「ハイハイ?あっ、鈴木のおじさん、どうしたの?えっ、コボルト?また貸して欲しい?いいよいいよ、そんなかしこまらないでよ。鈴木のおじさんのお願いなら喜んで受けるからさ」
受話器をとって用件を聞いた茜は一切嫌がる様子もなく、その内容に了解したと返し、受話器に耳を当てながら手を動かして召還を始める。
茜が片手間に召還したのは、コボルトというモンスター。爬虫類のような鱗のある体に頭の上に角がはえた小人を十を超える数、召還する。無駄にレベルだけは高い茜にとって、それはなんという事のない召還だった。
「ちょっと、前にも行った鈴木のおじさんの所で、畑仕事と家事、手伝ってきなさい。お礼にたっぷり、ミルクと米を用意してあるってさ」
ギャーギャーグギャー
主人マスターである茜の指示と共に告げられた言葉に、コボルト達は人には理解できない声で絶叫を上げる。茜にはそれが悲鳴を上げているかのようにも聞こえるが、人の言葉を介するモンスター達の通訳や、その小躍りしている様子をみる限りでは、大喜びしているのだという。
「そういえば、小田さんが山の手入れしたいから手伝いが欲しいって言ってたっけ。あと、みっちゃん家のおばさんは草刈りだっけ?天狗とカマイタチでいいかな?」
朝からの過剰な電話などに苛立ち、すっかりと忘れていた頼まれごとを思い出し、茜はそれを果たす為の召還も行っていく。
召還は、【サモナー】罹患者の体力を奪う。それがきっと、ゲームなどでいうところのMPに当たるのだろう。だが、無駄にレベルが高く、その上で家で寝ころんでいるばかりの茜には、体力を奪われて怠さに襲われても、別に生活に支障が出る訳ではない。
召還されるモンスター達も、絹や一部のように常時召還状態にない者たちまで、茜のやり方をよく知っていて、何より喜んで向かっていく。
今も召還した、コボルト達も天狗もカマイタチも、茜に命じられると同時にウキウキ気分を背中に醸し出し、茜の家から飛び出していった。
茜の引きこもりを成功させることが出来たのは、まず自宅周辺の環境がものを言ったのだと、茜は考えている。
茜が生まれる前から、祖父の祖父の代から生駒家はこの田舎町に住んでいる。出ていく人達はあっても、入ってくる人など滅多にいない、閑散とした田んぼや畑も多い田舎の、町というよりは村の方があっているような町では、血の繋がりは無くとも全員が親戚のように付き合いがあった。
そんな中で茜が、「私、今話題の【サモナー】になっちゃったから。何か手伝いが要る時は言ってね、モンスターに手伝わせるから」と唐突に宣言して、「家から出てこなくても心配しないで、多分ゴロゴロして生きてるから」とまで宣言しても、まぁ茜ちゃんなら悪さはしないだろうし・・・、いや怠け者にそんなもんを与えたら…と簡単とは言わないが受け入れられ、手伝ってくれた代わりに便宜を図ってくれることも多かった。その都度に生存確認をされてしまうのも、それが近所の人達が心配してくれているからだと、昔からの田舎での付き合い方に慣れている茜は気にもしない。
今では放送にあった通り、茜が召還した人型の、非人型を問わず、人の言葉を話しもするモンスターが八百屋や魚屋へ買い物に来ても、誰も驚いたりせず、平然と受け入れ、客同士でのお買い得品の話に加えさせたりもしている。家事の一切を任せている絹に至っては、彼女名義のポイントカードまで作っている始末だった。
茜は家から一歩も出ていない。
五年間ずっと。
だが、茜の家を中心とする町では、畑仕事をコボルトが手伝い、草刈りはカマイタチ、ピクシーが足の悪い老人の家の家事をこなし、狼男が肉屋、エルフが八百屋、吸血鬼が夜コンビニに買い物へ訪れる光景が普通に目撃されている。
何もしない内にあがっていくレベルを無駄に駆使して、自身の生活と近所付き合いを良好にこなす為に、彼女はその【サモナー】という力を全力で利用していた。
ただ、それだけのことであって、別にディックが口にしたような事を思っている訳ではない。
だというのに、『その町に引っ越したら、私達にも召還モンスターを貸して貰えるんですよね』なんてバカみたいな質問をされても、馬鹿じゃないの?としか答えようがないし、どうして助けなくてはならないのかと疑問に思う。
それが茜が、至福の引きこもり人生を円滑に行う為に、その生活を支えてくれる近所の、幼い頃からの知り合い達と付き合いの延長で行っていることに過ぎないのだ。慈愛深い?思慮深い?勝手に茜はきっとこうしてくれるだなんて言われても、苛立ち、呆れかえるだけで、それをしてやろうなんて思う訳がない。
プルルル
「次はだれ?町の人じゃないんなら」
「「久木様です」」
「?この前の猟したばっかりだから、しばらくは休憩だって言ってなかったっけ?」
絹がナンバープレートを覗き込んで伝えたのは、今度も町の住人の一人で、定年して十年以上の、それでも現役で山道を仲間たちと駆け巡って猟師をしている久木の名前。彼らの猟のサポートと、彼らの家族から頼まれていざという時の助けとして、ケンタウロスの佐助をいつも貸していた。また佐助についての連絡かと思い、茜は受話器を持ち上げる。
「おっ、出た出た。茜ちゃんはあんまり電話に出ない子だったらか、出てくれないかと思ったよ。よかった、よかった。本当、昔っから…」
「そういった話はいいから、久木オジさん用件言って」
茜が電話に出た事自体に驚き、そして感動し、昔話までし始めようとした久木を留め、用件を言って欲しいと伝える。いつもの流れである為、茜の対応は手慣れたものがあった。
「あぁ、そうだった。あんな、茜ちゃん。ほら、あの、でっかいトカゲ!」
「トカゲ?」
「そうそう、ほら、えっと…ドラゴンってやつか。あれって、猟銃効くかな?」
茜は思った。
ボケた?と。
いや、そんな兆候は無かった筈と持ち直し、茜はその問いかけに答えようと思考する。
「さすがにドラゴンに猟銃は効かないと…。いや、目に当てることが出来れば…でも、下から撃って目に当てるのは無理よね、いくらなんでも…」
「やっぱり無理かな?」
「…一体全体、どうしてそんな話になったのよ」
茜はドラゴンを召還した事はない。それは、あんな巨体を召還しても自分の生活にも、町の役にも立たないからだ。
では、どうしてドラゴンの話題が出たのか、しかも倒そうとまで考えるに至ったのか。
「いや、…実はな、若いのが【隠遁の仙女】と戦わせろって今、ドラゴン引き連れて山で暴れててな。家とかには被害は無いんだが、こりゃいかんということで丁度来てた猟仲間達とどうにかせにゃと」
「そういう時は普通に呼んでくれればいいじゃない!」
久木はあまりにも呑気な口調で、何事も無かったかのように話してくるが、それはよくよく考えなくとも一大事に部類される事だと、茜は叫んだ。
「どうして、そういう無茶をしようとするのよ!そりゃ、オバさん達が毎回毎回、佐助を貸して欲しいってお願いにくる訳よ!いい、今から戦えそうなのそっちに向かわせるから、動かないで待機しててよ!ぎっくり腰再発して泣きを見ても、もう治してあげないからね!」
「そりゃ、いかん!そんな事されたら、わし、孫と遊べなくなっちまう!」
「じゃあ、大人しくしてて!」
投げつけるようにして受話器を下した茜は、近くに控えていた真っ白なドレス姿の絹に目を向けた。
「絹、今、町の方に出してるのって、何が居たっけ?」
茜は怠け者だ。
実の親でさえも諦めた生来のそれが、神によって許された引きこもり生活と、シルキーなどの家事を得意とするモンスター達という存在によって、レベルだけでなく怠け癖までもがパワーアップを果たした。
だから、彼女は自分が町の住人達に頼まれて送り出したモンスター達の動向を覚えている時もあるが、忘れてしまう事もよくあった。
今日はついうっかりと、忘れてしまっていた。
だが、茜には絹がいる。家事の一切を担う女主人としての役割を与えられている絹は、マスターのそんな性分に呆れもせず、至って普通に問いかけの答えを開示する。
「「現在でしたら、山の上の古いお墓をお参りしたいという宮島のおばあさまにケンタウロスの佐助を、岡田のおじさまの畑仕事にミノタウロスの金次郎を、足を骨折してしまわれた駄菓子の清水様にしばらくの間と家事手伝いの為に雪女の雪、町の外れの子供たちの遊び場の溜池に危険が無いようにと人魚の一家と河童達、里帰り出産でいらっしゃっている秋月様の御宅に上の子達三人の子守役として管狐達と羅刹女、そして先ほど派遣しましたコボルトに天狗、カマイタチ。そして、私シルキーの絹と庭掃除をしている吸血鬼のディック、買い出しに出している狼男のアーロンとなっています」」
「…そんなに出していたっけ?」
すらすらと息をする隙間もなく述べていった絹に、茜は呆然とした。まさか、そこまで出していて、しかもそれをすっかりと思い出せなかった自分の頭に、今更ながら、あれ?やばいかな?なんて少しだけ、本当に少しだけ思ってしまった。
「まぁいいわ。ドラゴンね…アーロンとディック、後は何を出したらいいかな?ドラゴン、ドラゴン…一杯いるからなぁ…検索しても意味無いか。じゃあ、まぁ。強そうなのぶっこんで、駄目なら次を考えよう」
召還は体力を削る。
体力を召還に使い過ぎた場合、一月でも二月でも立ち上がることも出来ずに寝込んだり、最悪の場合意識不明の重体でダメージを回復出来るまで眠り続けてしまった例もネット上で報告されていた。
だが、それがどうした。
茜はほくそ笑む。
別に町を救う為とはいえ、茜は家を出るつもりはない。結果的に助けを呼ぶ形となった久木達もそれは十分に理解しているし、仕方ないと呆れて笑うだけだろう。家を出なければ、必然的に茜のレベルは上がり続ける。なら、その中で倒れようが何をしようが、茜の条件が損なわれることもないし、社会生活を営んでいないのだから何の問題にもなりはしない。ただ、いつもよりもぐ~たらに体力が回復するまで怠け続けるだけのことだ。
「下級の神様レベルくらいでどうかな、第一手。そうね、何がいいかな」
暴れているという馬鹿がどの程度のレベルかは知らないが、ある意味では丁度良かったとも言える。
今、茜は非常に苛立ちを募らせていた。
これはいい、発散となる。
非常事態にあたる状況ではあるが、ついつい茜から鼻歌が漏れ出てしまっていた。
「マスター、僭越ながらエルフならば森での事をここからでも樹々から聞き出し、マスターに御伝え出来るのではと思います」
「あっ、それいいわね。ありがとう、絹」
【隠遁の仙女】が愛で守る町。
またまた恥ずかしい与太話が世間に拡散されることになるのだが、そんな事など考えもせずに、茜は少しだけ楽しそうに暴れられることだけを今は考える。
【サモナー】罹患者の辿り着く先と、ネット上で話題に何度も何度も上る、創世の神を使役する主人マスターという立場。
もしも、もしも、【隠遁の仙女】生駒茜が一番にそれへと辿り着いたのなら。
彼女はきっと望むだろう。
今のままの世界‐【サモナー】罹患者である自分が今営んでいる幸福な生活を死ぬまで続けることが出来る、この世界のそのままの継続を。
その為の動きを見せることは絶対にない。彼女は今を維持したまま、その未来さきを望む。
彼女が動くことがあったとしたら、それは未来が損なわれる選択が為されてしまうかも知れないと、確信を持っただけだと思われる。
「マスター。吸血鬼のディック、狼男のアローン、そしてジークフリートが現場に集結した模様ですわ」
「そう、貴女もそのまま実況を続けて。よろしくね、翡翠」
「了解致しました」
滅多に腰を落とすことのないソファーに深く背中を預け、膝には毛布、右腕の届く範囲には絹お手製の和菓子洋菓子といった嗜好品、栄養食としてバナナや栄養補助食品などの食料、左腕の届く範囲には栄養剤まで混じる飲み物の数々。究極の怠けスタイル、ふざけてなどいない、これが茜の戦闘スタイルだった。
家事を続けながらも茜の世話をするシルキーの絹、そして森の木々から届く声を茜に伝え現場の状況を逐一知らせる女エルフの翡翠。
もしも、この姿を見るものがいたのなら、【隠遁の仙女】という二つ名から確実に【仙女】という部分だけは訂正が入ることだろう。
だが、誰一人として不用意な侵入者が許されることはない。
何故なら、この町自体が彼女の絶対領域だからだ。
彼女のこんな姿、その正体を知る者は彼女の味方ばかり。漏れる可能性が皆無とは言えないが、それでもその可能性は少ない。
彼女にとって別に漏れても支障のない情報をあえてばらまく意味もない。
【隠遁の仙女】の正体が世間に知られる日は、きっと遠い。
一端、完結表示にさせて頂きます。
次としましては、【学徒な猟犬】です。
後の予定としましては【幽囚の炎球】【幻影の怨嗟】など…。
二つ名メーカーです(笑)