【サモナー】罹患発生五年目
『【サモナー】は危険です。現に、彼らは社会秩序を大きく狂わせている。見なさい、五年前より以前にはなかった事件・事故がどれだけ増えているのか。この国だけではないとはいえ、この治安悪化の酷い数値を見ても、【サモナー】なんて異常な輩を放置してもかまわないなんて言うのですか、貴方は!!』
『別に放置しろとは言っていませんよ。何か犯罪を犯せば罰せられるのは当然です。ですが、全ての【サモナー】が事件・事故を【サモナー】の力を使って故意に引き起こしている訳ではないでしょう』
『そうは言うがね!・・・』
それは最近ではよく見かける、意見を異なる者同士の討論の様子を映した番組だった。
街頭のモニターに大きく映し出され、怒鳴り声としか言い表せない大声が、モニターの映像を見てもいない通行人の耳にも突き刺さる。
『では、まずはこちらの映像をご覧下さい』
司会役である大物俳優に促され、怒鳴り声で自分の意見をぶつけあっていた論者達が一端言葉を切り、浮いていた腰を再び席へと戻していく。
『これは、あるニュース番組の特集で撮影されたある町の光景と、そこに住んでいる【サモナー】罹患者に関する興味深い意見についての映像です』
映像が切り替わり、画面の端に「○月○日○○番組内放送」と記されたその映像は、最近よく見かけるようになったものだった。
まず初めは、スタジオでの女性アナウンサーの姿が映し出される。
『高レベル罹患者の名前は、同じ罹患者によって把握され、SNSなどによって広く知られるところとなっています。今日はその一人、多くが謎に包まれ、ただレベルの高さが全サモナー罹患者の中でもトップレベルであると話題となっている人物の元に、何とかお話を頂けないかと来てみたのですが・・・』
一軒家が映る画面の端に、SNSのやり取りだと思われるものを再現したフリップが割り込みで映された。
‐トップランカー達の中に、全く知らない奴が混ざってるんだけど…。
‐はぁ?お前、成り立て?誰の事よ?
‐【陰遁の仙女】って誰?ギルドとかのリーダーでも無いし、聞いたことない。
‐あぁ。あの人か。あの人ならしょうがないよなぁ。
‐なんのアクションも起こさない事で有名な人だよね。
‐取締局共も安全牌扱いだって話だよな、何もしないから。
『あっ、誰か出てくるようです。すみません、お話を…』
慌てた様子でカメラに向かっていたアナウンサーが振り返って背中を映される形となり、モザイクに囲まれた一軒家の玄関に注目して声をかける。
『…えっと、こちらの住んでいらっしゃる【サモナー】罹患者、ネット上などでは広く【隠遁の仙女】と呼ばれていらっしゃる方は女性の方という話なのですが…」
玄関から出てきたのは、金髪碧眼の線の細い美青年。マイクを向ける若手の女性アナウンサーは、後ろからの僅かに映る頬を真っ赤に染め上げている。画面越しにも青年の魅力ははっきりと分かるものだったが、直に対面する彼女にはそれ以上の衝撃があったのだろう。インタビューを試みる声が微妙に震えてさえ聞こえた。
『私は召還主によって使役されております、吸血鬼ディックと申します。召還主に何か御用でしょうか。あいにく、召還主は人前に出ることを御自身に禁じておりますので、お客様にお会いになることは御座いません』
自分の外見が相手にどんな印象を与えるのかを理解した上での微笑みを浮かべ、ディックだと、そして吸血鬼であると名乗った青年はマイクに向かって口を開く。
その物腰は柔らかく、丁寧で優しげな口調だったが、吸血鬼ディックのその言葉は確かな拒絶の意味を表していた。
『そ、それは何故でしょうか?』
その拒絶の理由を咄嗟に問い掛けたアナウンサー。
すると、ディックはそれまでの浮かべた笑みを一変させ、よくぞ聞いてくれた、と心の底から喜ぶ笑みを露にした。自分の召喚主を自慢したくて仕方ない、そんな意味を感じ取れるかのような笑顔に、直にそれを浴びた中継のアナウンサーやカメラマン、そして画面越しに観ることとなった多くの人々が顔を赤らめて魅いられる。美しいそれを見れたという喜びと、そんな彼を使役しているという僅かな【陰遁の仙女】への嫉妬が沸き起こっていた。
『マスターは自身が持つ【サモナー】が他者に感染し、何らかの騒動の引き金になってしまうかもしれないという事態を危惧しておられます。ですから、例え僅かであろうと感染の危険があっては、と誰とも接触がないよう、自分自身を家に封じられているのです』
そこで映像が変わる。
次に映されたのは、野山と田園風景が混じる町並み。長閑な田舎という言葉がよく似合う光景だった。村という言葉も似合いそうだが、マンションが一つや二つではなく混じった住宅地も映り、商店街には人通りは多い。平日の昼過ぎだからといった理由ではなく、人の行き交いの光景の高い高齢者率がその町が地方の過疎地であることを知らしめる。
その光景の中で一番に目を引き、カメラマンによって徐々に絵が寄っていくように映されたのは、その高齢者の行き交いが行われている商店街の中に、明らかに人間ではないものが映り込んでいることだった。
肉屋の前には、背筋をまっすぐに伸ばして二足歩行する、人間よりも背の高い狼が買い物籠を手に、肉屋の店主から紙に包まれた商品を受け取っている。
魚屋の前では、頭の頂点に髪がなく、肌は緑色、口の位置にはくちばしがあり、背中には甲羅、という明らかに日本でも有名処の妖怪として知られている、河童が丸ごとの川魚や切り身を受け取り、財布から取り出した代金を支払っている。
インタビューを受けたのは、井戸端会議を開いていた腰の曲がり始めている高齢の女性達。
『あら、今日は少ない方よね?』
『そうそう。いつもだったら、なんだっけ、ウサギの子とか、ドレス着た子とかね』
『困った事?ないわよ~あっ、でも一つあるわ。ディック君が来る日は、年甲斐もないとは分かってるけど、ついつい化粧しちゃうのよ~お父さんに怒られちゃって』
『それをいうならね、男共だって雪ちゃん、あっ雪ちゃんっていうのは雪女なのよ、とかが来るとデレデレして、おまけとかしてるくせにねぇ』
『そういう佐藤さんだって、おまけしてるじゃない』
『きっちりと店ごとに、タイプを抑えてくるがうまいのよね~』
インタビューを受けている最中であることも忘れて何時までも続きそうな女性達の話は、だんだんとフィードアウトする形で終わりとなる。
そして、また映像が変わり。
次に映されたのは、先ほどと同じ町内であるという里山の中。
猟銃を持って道なき道を進もうとしている老人達と勇ましい姿の猟犬達、そして平然とした顔でそれに混ざる、馬の頭がある筈の位置に人間の男の上半身が存在している、これもまた有名なモンスターであるケンタウロスが弓矢を構えた姿。
しばらく山を歩く姿が映り、現れた猪に対して猟犬が走り出し、猟師達が銃を構え追い、ケンタウロスも馬の四本の足を駆ける。ケンタウロスの放った矢は、木々をあり得ない動きで避け、年を思わせない動きでそれぞれに動く猟師達も、勇猛果敢に猪に吠え掛かる猟犬達にも、かすり傷一つ負わせることなく、獲物である猪に突き刺さった。
猟が終わった後、猟師の一人がインタビューを受けた。
『あいつとか、今日はいないが他のが手伝ってくれるようになって本当に助かってるよ。俺たちだけじゃ増えた猪だの鹿だのに対応しきれてなかったからな。なんたって歳も歳だしな。田んぼの方の被害も無くなって、本当に感謝しきれんわ』
そして、映像は再び一軒家に。
『この町を訪れてみて驚いたのですが、多くの召還モンスターが住人達に混ざって協力したり、風景に普通に混ざっていますが。召還は行うのも継続しているのも酷く、勿論レベルに応じてなど条件の違いは色々ではありますが、召還者の体力を消耗させるものだと言われています。【隠遁の仙女】さんは何故、このような事を?』
それは、一般的における【サモナー】罹患者に対する印象や、実際に彼らが行っている召還モンスターの扱いを考えれば、当然の質問だった。こんな風に、自分の為だけでなく、戦う訳でもなく、自分が住んでいる地域の為に活用しているのは異例で、他に大きく知られている事例が無かった。
これに吸血鬼ディックは嬉しそうに答えた。
『召還主はこの町が大好きなのです。大好きなこの町と、この町に住む人々の為に、彼らの少しでも手助けになればと私達に命じます。そして、この町の人々もとても良い方ばかりで、召還主にとても良くして下さいます。ですから私達も、喜んでお手伝いさせて頂くのです。ですが、召還主がこの町に住んでいるというだけで町を訪れ、騒ぎを起こす【サモナー】も少なくありません。自身がいなければ起こらなかった筈のその危険から町と住人の方々を守る為、召還主は我々に町の治安、平穏を守るようにという命令も下されているのです』
映像はここで終わっていた。
この後、スタジオでは再び激しい討論が始まった。
だが、視聴者達の多くはこの番組の続きにそこまでの注目を集めはしなかった。
彼らの頭を支配したのは、【サモナー】罹患者と召還モンスター、そして町の住人達がよりよい相互関係を築き上げている、この日本の何処かに実在しているという小さな町の話だった。
人々の【サモナー】罹患者への印象はあまり良いものとはいえない。
連日続く、この五年の間決して絶えたことのない、【サモナー】罹患者達による召還という力を惜しみなく使った犯罪の数々を伝えてる報道と、実際に身近でも高い確率で起こっているという事実で、その印象は築き上げられてしまっていた。
その力を正義の為に使うという存在、組織もあるにはある。
だが、その正義を執行しようと、力を悪用する【サモナー】罹患者と戦いを始めると、力のない非罹患者達が被害を被る羽目となる。
人々の多くは今初めて、いや漸く気づいたのだ。
【サモナー】の力はこんな風に穏やかに利用されてもいいものなのだと。
この放送は大きな反響を呼ぶ。
町役場にも取材を申し込む依頼が舞い込むが、町役場はそれを全て断った。
その理由は、【隠遁の仙女】に迷惑をかけたくない、というものだった。