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【詭弁の囚子】置き去りにされる子供

 ある日、旭丘小学校に一人の生徒が転入してきた。


 緑もしっかりとある地方の町の外れに建つその学校は、一学年三クラス、120人程度が在籍している。

 学区の中には新興住宅地が含まれている為、年に一人、二人という人数の転入生、転校生が現れる。その為、「今日このクラスに新しい友達が加わります」と担任に言われたとしても、生徒達からするとそれ程大はしゃぎするようなことでもなく、かといって興味が全く惹かれないという訳でもない。


「今日から皆の仲間になる転入生、藤本睦月君です。新しい場所での生活で分からないことも多いだろうから、学校の中だろうと外だろうと、皆困っていたら助けてあげて下さいね」


 朝から転入生が来たという話題が各クラスで上がっていた。誰かが職員室で手に入れた情報なのか、それとも転入生が越してきた家の近所に住んでいて手に入れた情報なのか、どこからの情報なのかは分からないが四年二組の教室でもそれ相応の話題となって登校してくる生徒達を次々と巻き込んでいった。


 何処の学年、何処のクラス?

 男の子?女の子?


 その答えは朝のホームルームの時間となって、担任が教室に入ってきた時に明らかになった。

 その可能性があるということは勿論話題にも上っていたが、まさか本当に自分達のクラスになるとは。生徒達は驚きと好奇心に大人しく、そして速やか無い自分達の席に着き、ワクワクとどんな子だろうかと担任に呼ばれて教室へと入ってきた新しいクラスメートに注目した。


「はじめまして、藤本睦月です」


 第一印象で言えば、活発な明るい、それでいて野蛮ではない男の子。まぁつまるところの、女子に人気が出るタイプだった転入生。

 あからさまに、彼に注目していた女子たちがそわそわと顔を赤らめて、そしてひそひそと周囲に居る仲のいい友人達と意見を寄せ合い、遠くの席になってしまった友人へはせっせと小さな紙に思いを書き記す。

「なんだ、それだけか?他に何かアピールすることとか…」

 名前を名乗るだけで終わった転入生の自己紹介に、大人ぶりたい年頃が始まりかけている女子達から若干うざがられている体育会系の担任が、その背中をポンッと強めに叩いて促す。が、促しを受けた藤本睦月は困ったと表情を僅かに歪める。


「えっと、じゃあ…」


 先生、強引なのはいけないと思います!

 転入生の困り顔にいち早く反応したのは、さっそく彼のファンになった女子達。一斉に担任に睨みをきかせ、私達は藤本君の味方だからね、と笑顔を向ける。まだまだ子供としか言えない年齢だというのに、彼女達はしっかりと女の面を育み始めていた。

 そんな女子達の気遣いと、男子達の冷やかしてやろうと企む様子を見た転入生は、渋々という様子を見せながら口を開いた。


「僕は【サモナー】です」


 わくわくという好奇心に満ちた注目の中で転入生、藤本睦月が言い出したそれは教室内の空気を一瞬にして変えてしまう程の威力を放った。


「さ、サモナー?」

 睦月の隣に立っていた教師でさえも驚き、大きく丸めた目を睦月に向けて凝視させているところを見ると、彼も知らない事実だったらしい。

 じりじり、と体育会系の教師の体が睦月から遠ざかる。

 それまで睦月に向かって頬を赤らめて熱い視線を向けていた女子達の顔が一変し、顔を青褪めて、そして凍り付いている。

 男子達も、女子達程ではないにしろ、あからさまに引き攣った表情に顔を染めていた


「えっ?」


 それは藤本睦月にとって、初めての反応だった。


 【サモナー】罹患者が出現を初めて五年と少し。様々な宗教が重みをもっている他国ならいざ知らず、この日本では罹患者の存在や召喚されるモンスターの存在は、全体としては受け入れられる風潮になっている。

 個人的な好き嫌いはともかくとして、【サモナー】事態を差別することは許されることではないと、世間の流れが語っている。本能から拒否感を感じる人も確かに存在している。だが、それを声高に叫んで存在自体を否定し、それを他人にまで共用しようとする人は殆ど存在しない。そんな事をして世間から疎外されるのは自分の方だと、少しでも考える力のある人間ならば気づくことが出来るからだ。嫌うのならば嫌ってもいい、だがそれは自分だけに留める。ある意味でアレルギー体質の人がアレルギー物質に対するのと同じと言える。

 生まれたばかり、または物心がつくかつかないかの時に【サモナー】という存在が発生した子供達の中には、あまりそういった拒否感というものは芽生えなかった。親の影響で何らかの考えなどはある場合はあるが、拒否感よりも憧れが強い。

 睦月もそうだった。そして、これまでもそういった視線を前の学校の同級生などから受けてきた。


 こんな風に、明らかな拒絶にしか見ることの出来ない光景を目のあたりにすることになるとは、露にも考えていなかった。


「ふ、藤本!こちらに来なさい!」


 大きな担任の手が、睦月の腕を掴む。

 そして、ぐいっと睦月の様子など一切気にも留めない勢いで歩き出した担任に引っ張られ、睦月は教室から出ることになった。






「えぇっと…あの、ですね…、本日、転入してきた藤本睦月君です。こっちのクラスだったと判明しましたので、皆さん仲良くしましょう」

 四年二組の担任とは対照的な、ひょろひょろとした、運動系の部活になど入ったことないだろうと誰もが指摘するような痩せ細った若い教師が、睦月を伴って教室に入り、本日二度目の紹介を始めた。

 自分がこれからの学校生活を送るとばかり思っていた四年二組の教室から引き摺られるようにして連れていかれたのはまず、職員室だった。

 睦月の腕を掴んだまま担任が大声を上げて職員室に残っていた教師達に告げた言葉は、彼らを騒然とさせることに成功する。

 転入生の藤本睦月は【サモナー】罹患者だったようです!

 本当かどうか、睦月は何人もの教師達に囲まれて確認された。

 担任は大慌てで何処かへと電話をかけ始めた。その応対する様子と言葉から、それが睦月の母親に対しての電話であるようだった。

 そして、教師達に校長と呼ばれた初老の女性教師もまた、電話を何処かへとかけ始めていた。その相手は、【サモナー】罹患者に関しての全てを任されている組織、【取締局】に対して藤本睦月が罹患者であるかどうかを確認するものだった。


 本人も自分がそうであると認め、親への確認、そして国内の罹患者の殆どを把握している【取締局】の肯定まで得てしまった。


 それら全ての確認作業が終わった時、職員室にホームルームを中断させられて集合させられていた教師達の中から、このひょろひょろとした頼りなさそうな教師‐川添真弘に、睦月の身柄は引き渡されたのだった。


 他の教室とは別の棟、図工室や家庭科室などの教化ごとの専用の教室が並んでいる建物の端に設けられている教室には、他のクラスには必ずある表札は掲げられていない。

 新しい担任だという川添に促されて足を踏み入れた教室の中は、先程入った四年二組と違いなど一切ない教室。黒板があり、教卓があり、教師の机、生徒達の机が並び、教室の一番後ろにはロッカーが並ぶ。

 ただ、睦月の首を傾げさせたのは、教室の中で睦月に注目を集めて席についている、生徒達の顔ぶれ、そして人数だった。


 一人、二人…、教室の中で席についている生徒はたったの六人。

 しかも、一年生にしか見えない小さな女の子もいれば、睦月よりも年上である六年生、五年生だと思われる体の大きな生徒もいる。

 明らかに色々な学年の生徒が集められているクラスに、睦月はどういうことだろうと説明を求めて川添先生を見上げた。


「えっと、ここはね、【サモナー】罹患者である生徒が在籍するクラスなんだ。授業はそれぞれのクラスで、睦月君の場合はさっきの四年二組で受けて貰うんだけど、休み時間や給食時間、行事とかはこのクラスの仲間で…」


「えっ、どういうこと?なんで、前の学校じゃぁそんなことなかったのに!?」


 睦月が先日まで在籍していた小学校では、この旭丘小学校と環境と規模はあちらの方が大きな学校だったが、違いはその程度で普通に罹患者も罹患者でない生徒も同じ教室で、一切区別されることなく授業を受け、行事にも参加していた。

 なんでここでは違うのか、と睦月の眉間に縦皺が生まれた。


「前はどうか知らないけど、此処じゃそれが普通なんだよ。俺が二年生だった時からずっとね」


 はじめまして。

 このクラスの学級委員長で六年生なのだと手を差し出した名乗ったのは、六年一組で授業は受けているという、平野亮ひらのあき

「四年二組ってことは、樹君と同じクラスだね」

 平野亮の口から自分の名前が出たのを聞いた一人の男子が窓側から二番目の席から立ち上がり、睦月の前に歩み出てきた。

枝野樹えのいつきだよ。よろしく」

「よ、よろしく」

 手を差し出し、にっこりと柔らかい笑みを浮かべた藤野樹はとても自分と同い年などとは思えない程の落着きと、独特な気配を放っている少年だと、睦月は先程の四年二組の女子達のように頬を赤らめながら差し出された手を握り返した。

 別にどこにでもいるとも、確かに整っている方だとも思えるがテレビに出ているような芸能人程ではないと思える樹の顔立ちに、何故か睦月は引き込まれる。男同士だというにの、妙な程に睦月は樹という存在に注目してしまう可笑しな圧力を感じてしまった。

夏南かなちゃん」

 平野亮はもう一人、手招きをして呼び出す。その声が、樹から感じる得体の知れない圧力のような何かの為に目を離せなくなっていた睦月に自由を与えてくれた。

「…また、寝てる…」

「昨日遅くまで大変だったって言ってましたから」

 亮に呼ばれたらしい女子生徒は、窓際の、樹の席の隣に位置している席で、机に顔を伏せてピクリとも動かない。

 「また」亮が呆れながらもそう言ったということは、夏南という名前らしいその生徒のその態度はいつものことなのだと睦月は考える。苦笑を浮かべて亮の呆れた声にフォローを樹が入れるということも、そうなのだと思わせるものだった。


「かなちゃん、かなちゃん、起きて!あき君が呼んでるよ!」


 夏南の前の席に座っていた、一年生、二年生らしき小柄な女の子が後ろを振り返って、机に伏せる夏南の肩を揺さぶるが、反応はかえってこない。

 いや、一つだけ反応があった。

「ぐーーーー」

 気持ちよさそうで豪快な、寝息が見えない顔から漏れ聞こえてきた。


「…ごめんね、藤本君。彼女は明石夏南あかいしかな。僕らと同じ四年生、クラスは三組だから違うけどね。四年で【サモナー】なのは僕たち三人だけだから、色々と一纏めにされると思うから、これからよろしく」

「えっ、あっ、うん」


 誰一人、本気で朝のホームルームの時間が終わろうとしているのに、眠っている夏南を起こそうという様子は無い。前の席の女の子も、起きないと分かるとすぐに揺さぶることを止めている。

「それじゃあ、みんな~授業に向かいましょうか」

 深く転入生である睦月の紹介を行うでもなく、あっさりと朝のホームルームは終了した。川添が終了をそれとなく伝えた直後に、学校中にチャイムの音が鳴り響いた。

 その大きな音にも、夏南という女生徒は起きる様子は無い。

「じゃあ、藤本君。俺達の親交は給食時間にでも深めよう」

 まずは亮がさっさと荷物を手に持って教室を出ていった。みんな遅れないようにね~と呼び掛けをしながら、川添先生は黒板前の窓際に置かれている教師用の机で書類を取り出して仕事を始めようとしていた。「あ~ぁ、早く給食の時間になんないかな」一時間目の授業が始まる前からやる気の無い事を言いながら、ぞろぞろと【サモナー】に罹患しているという生徒達も手に授業道具をもって教室を出ていった。


 残っているのは、まだ眠り続けている夏南と、樹、そして全てが流れるように過ぎ去っていったことで呆然としている睦月、という四年生だけ。


「藤本君。授業の間に五分休みがあるけど、いちいち戻ってくるのが面倒臭いと思ったら四時間分をちゃんと持っていくといいよ」

 樹はどうやら、同じクラスである睦月を待っていてくれたようだ。

「あ、ありがとう」

 睦月にはそう教えてくれた樹だが、彼が手にしているのはどう見ても一時間分の教科書とノート、そして筆箱。

「枝野君は、一時間分?」

「うん。夏南ちゃんの様子を見に来ないといけないからね」

 

 どんなに友好的な笑みを浮かべていようと、睦月は樹に何故か怖さを感じてしまう。だけど今、寝息をたてて眠り続けて、起きる気配を見せない夏南を見下ろす苦笑はその怖さ、圧力が和らいだと思えた。


「さぁ、行こう」

「えっ、起こさなくていいの?」


 教室の壁にかけられている時計の針は、一時間目の授業が始まるまで後僅かと示している。樹と睦月だって、これから移動しようというのだから、確実に遅刻だろう。そうだというのに樹はのんびりと急ぐ訳でもなく教室を出ようとしているし、夏南はグーと寝息を立てている。それを注意するべき教師の川添先生も自分の仕事に没頭している様子で、何もしない。


「夏南ちゃんも疲れているみたいだし、あっちも夏南ちゃんには来て欲しくないみたいだからね」


「来て欲しく、ない?」


 あっち、というのは四年二組の事なのだろうか。

 授業を受ける生徒に来て欲しくないと望むというのは、一体誰なのか。そして、どうしてそんな事を想うのか。


 中途半端に隔離されている【サモナー】罹患者の生徒。

 この学校は一体、どうなっているんだ。

 睦月の頭は転入早々、混乱に包まれていた。







「よ、転入生。クラスでは歓迎された?」


「…」


「ヤス、答えが分かってて質問すんなよ」


 四時間目が終わるチャイムが鳴り終わる前に、睦月は樹と共に四年二組の教室から飛び出た。そして、小走りともいえる速さで廊下を通り、別棟にある【サモナー】罹患者の生徒の為の教室へと駆け込んだ。

 その時にはすでに、学級委員である亮を含んだ睦月よりも上の学年であろう三人が教室に戻っていた。睦月達だってチャイムと同時に飛び出てきたというのに、七つ用意されていた教室内の机を先に到着していた彼等は全て後ろへと移動させ、四十分前と変わること無く眠り続けている夏南を後は残すだけとなっていた。

 教室を出ていく時には居た川添は、仕事途中らしき書類の束を残して消えていた。


「その様子だと、嫌な思いをしちゃったみたいだね」

 大丈夫だった?とはじめに亮が睦月に気遣う言葉をかける。声をかけながら、机に沈む夏南の上半身を脇の下に手を入れて支えることで持ち上げようとしていた。


「樹が一緒だから、あれでもマシなんだぜ?」

 五年二組の石田康則いしだやすのりだ!と名乗りながら、坊主頭の男子はカラカラと笑って夏南の机を他の机達と同じように教室の後ろへと持っていく。

「極力関わらないようにしましょう!だもんね」

 亮によって持ち上げられた、それでも寝苦しそうではあるが起きる気配のない夏南の下から、彼女がお尻を下ろしていた椅子を抜き去り運んでいったのは、六年三組の三宅大志みやけたいしとなのった少年。


 ぱたぱたぱた!

「ただいま!」

 自宅に帰ってきた時のように、元気よく声を上げて教室に駆け込んできたのは、夏南の席の前に座っていた低学年の女の子。

「はい、おかえり~。じゃあ、川添先生が戻ってくるまでに用意をすすめちゃおうか」

「は~い!」

 元気のよい、良い子の返事。

「みきちゃん、そっち持ってね」

 女の子は大志と一枚の大きな布を机を片付けた床に広げる。その布は本当に大きなもので、机が後ろに集められて空いたスペースに迫る程。


 ガラガラガラ。

「給食を貰ってきましたよ~」

 ひょろひょろであっても一応は教師という大人である川添が、銀色の大きなワゴンを運んできた。美味しそうな匂いを漂わせるそれは、睦月も前の学校で見覚えのある、給食を各教室に運ぶ為のもの。

「じゃあ、藤本君。そこに座って。その隣は樹君で、夏南ちゃんは樹君の隣でいいよね」

「はい」

「えっ、えっ?」

「ほら、座れって」

 やんちゃな風貌を裏切らない強い力を持った康則に肩を上から押され、睦月は床に敷かれた布の端に腰を落した。

 睦月が座ると、その右隣に樹が座り、樹の右に亮によって夏南が下ろされた。

「ほら、もういい加減に起きなよ?」

「ん~」

 支えとなっていた亮の手が離れたことによって、くにゃりと力が抜けた夏南の体は樹に向かって倒れようとした。そんな倒れてくる夏南の肩に手を置いて阻んだ樹が揺さぶれば、閉じていた夏南の瞼がうっすらと持ち上げ始める。

 ”みきちゃん”と呼ばれていた女の子が、睦月からほぼ一人分の空間を空けて同じように布の端に座る。


 これから何が起こるのか。

 それは今が給食の時間であることを考えればすぐにわかる答えだったが、突然、布が敷いてあるとはいえ床に説明もなく座らされた睦月の頭はパニック状態だった。

 それも、目の前に料理がよそわれた三つのお皿がのるトレイが置かれたことで、何とか落ち着くことが出来て鎮まった。

「あっ、もしかして床に置くの嫌?」

「う、ううん。別に、大丈夫…です」

「良かった~。このクラス、人数少ないからさ。毎日こうやって食べてんだよね」

 全員の前に、睦月の前に置かれたのと同じものが大志達、上級生三人によって置かれていく。七つのトレイが円形に並ぶと、その前にそれを運んできた大志達も睦月達と同じように腰を下ろした。そして、最後に睦月と”みきちゃん”の間に、川添が座る。


「では、いただきます!」


「「「「「いただきます!」」」」」

「い、いただきます!」


 楽しい楽しい給食時間が、まだこの小学校、そして町に対しての理解をしきれずに混乱している睦月を置き去りにして始まった。

 





「そうだ、皆に頼みたい事があったんだ」

 【取締局】でその言葉を上司が発した場合、どう動くべきか。局員は、特に実働部隊である【サモナー】罹患者達はよく知っている。


「はい、皆さん話はちゃんと最後まで聞きましょう。珍しく全員が揃えているんだから」


 ある者は空間を跳ぶ力をもったモンスターを召喚して、ある者は自身に与えられているデスクの引き出しに前々から用意していた『道』へと飛び込もうとして、そしてある者は引きこもりで定評のある女神を召喚し…。


 それぞれが十分過ぎる程のレベルを誇っている【取締局】の精鋭局員達。そんな彼等が召喚を駆使して逃げようとして、それらを止めることが出来るか出来ないかと言われれば、難しいというしかない。建物の壁も何もかもの普通ならば行動を制限する全てが、彼等の前では意味を成さない。

 だが、ここは【取締局】。つまり職場で、上司という立場にある者ならば、彼等を容易に止める手段があった。


「…ボーナス…の査定ってそういえば明後日までに仕上げないといけなかったなぁ」

 あぁ、そういえば、それぞれの特別手当についても…。


 ぼそっと、ただの一人事のように呟かれたそれは大いなる威力を発揮した。

 召喚していたモンスターは還され、引き出しを開けていた者は勢いよく閉じる。

 神を召喚していた少年は重要な神格を有する相手とあって、頭を深々と下げてお帰り願うという光景を一番最後まで続けていた。

「古澤君。一応ね、かの神は一応この国では本当に重要な御方だから、安易にほいほい召喚してはいけないよ?」

「はい」

 すみません、と神を還し終わった一番の若手局員である古澤に特別な注意が飛ぶ。だが、それにしっかりとした返事を返した古澤だったが、上司のその注意の意味はあまり理解出来てはいない表情を垣間見せている。

「…若さってやつか」

「まぁ、まだ興味が無ければ知らなくても仕方ない年頃だしね」

 神話など、例えそれが自国のものであっても国語も歴史でも学校で教わることはない。特に、古澤博昭はマトモな教育を受ける機会を逃してきた経緯があるのだ。学校の図書室で触れるということも無かったのだろう。

「でも、今までレベル上げの勉強でそこ触れた事無かったのか?」

 古澤博昭の二つ名は【学徒の猟犬】。勉強することがレベル上げに通じる【サモナー】罹患者だ。これまでの勉強の中に神話について無かったのか、と指摘が飛んだ。

「ギリシャ神話の神々の由来とか、悪魔の出自とかはありました。日本の神話も学んだことは学んだんですが…」


あっ!


 突然、博昭が大きな声を上げた。


「そっか、分かりました。すみません、今度から気を付けます!」


 【学徒の猟犬】である博昭のレベルは九十を越えている。ここに至るまでに多くを彼は学んできた。様々な分野を、様々な論点を、多くの同じ方法となった罹患者達が挫けてきたことを学び続けて今の彼がある。ただ、知識としてなら学者と同じ程度にまで持っているといえる【学徒の猟犬】なのだが、問題が一つあった。

 子供時代の勉学の時間が充分ではなかった影響なのだろうか、古澤博昭にはいわゆる応用力というものが欠けていた。こういった理論がある、これはあちらの理論に通じる。それを教えれば覚えるが、教わる前にそれが誰がどう見ても明らかな繋がりだったとしても、博昭は気づくことが出来ない。気づけることもあるが、圧倒的に気づけないことの方が多いのだ。

 今も遠回しな上司の指摘を、学んだ神話に繋げることに時間がかかってしまった。


「よし、今回の件は古澤君に頼もう。あっ、いつも通り久木君も一緒にね」


「「………」」

 多分、博昭と久木の顔には「え~っ」という不満を滲ませた色が出ていただろう。

 だが、それを声にすることは無かったし、文句も言わない。ボーナスは大変に大切なものだった。


「二人には旭丘小学校からの遠足が来るから、その引率を頼むよ」



「旭丘、小学校?」

「…ぜってぇ嫌だ」

 今度は隠しきれずに悪態が漏れでた。

 だが、二人のその反応は仕方ないものだ。他の局員達も、その指示を伝えた上司でさえも、眉間に僅かだが皺が寄り、苛立ちさえ放っている。


 旭丘小学校の名前を、【取締局】は注意深く窺い続けている。


「詭弁を振り回して、やりたい放題。学校が、町全体が協力してとか恐れ入るよな」




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