【サモナー】馬鹿げた奇跡 ③
ふ、ふはははははは!
男は一人、自分の部屋の中で高笑いを上げた。
「うるせぇぞ、馬鹿主!!」
部屋の主人である男以外にもう一人、片目を閉じた小奇麗とは言い難い中年太りの男が、立ったまま体を仰け反らせながら高笑いしている男の足元に座り込んでいた。彼は狂ったように高笑いをし続けている男を主と言いながら、敬う様子も持ち上げる様子も一切見せず、自分の後ろ隣に立つ男を振り向きもせずに怒声を浴びせている。
「おわっ!」
怒声を浴びせられても高笑いを止めようとしなかった男の鼻先で、小さな火花が飛び散った。
「何をするんだ、ヘパイストス!」
「うるせぇのを止めようとしねぇから止めてやったんだよ。それより、出来るぞ」
男、今年37歳になる加藤弘之は【サモナー】罹患者だ。そして、弘之の部屋で床に座り込んでいる男は、弘之が【サモナー】として召喚したモンスター。いや、モンスターと呼ぶのは間違っている。弘之が必死になって上げたレベル八十四。八十四にまで高めたレベルによって、ようやく召喚出来るようになった神クラス。ギリシャ神話の鍛冶神、それがこのヘパイストスなのだ。
神クラスでいえば最も低いレベルで呼び出す事の出来る神。その理由は多分、彼が司っている権能の為だろうと弘之は思っている。彼を喚び出して召喚主が得られるものは、彼が神話に登場するようなアイテムなどを作り出してくれるというもの。イメージとして炎を操ったり、水を操ったり、【サモナー】に対してそんな考えが先行しているゲームに慣れ親しんだ主な人々があまり好んで召喚する存在ではない。
だが、弘之にとってはヘパイストスこそが最高の神であるとしか思えない。思えなかった。だからこそ、弘之はレベルを上げてヘパイストスを召喚出来るようになることを夢見ていた。
そして、昨日、その夢が叶った。
脳裏で捲られる本が、上がった弘之のレベルに合わせて捲られた。捲られ、指示したのは弘之が望んで望んで夢にまで見た神だった。
そして、弘之がヘパイストスを望んだ理由。
それは今、床に座り込んでいるヘパイストスの目の前に完成しようとしていた。
そして、数日。
『「【取締局】としては騒ぎを起こさない限りは【サモナー】罹患者が何を召喚しようと、召喚したモンスタ―を何に使おうと、極力干渉することはありません。ですが、このように二次元の存在を三次元リアルにしようとするのでしたら、一つ口を挟ませて貰います」』
『三次元へと変化させた二次元を、召還主、または所有者の家から出すことを禁じます。これは自分達の良識を考えても、きっと納得して頂けるかと思います。自分が嫁と呼んでいる程に愛するキャラクターが、他の男をイチャイチャしているのを見るのは嫌ですよね」』
『「そして、もしも、そういった存在が外に出ていることが確認出来た場合、召還主、所有者の目の前で、ぐちょぐちょに破壊します。もう、そのキャラを見るだけで呼吸困難になるっていう程に、目の前でぐちょぐちょに、二目も見られないように破壊しようと思います。ですから、是非とも無用な混乱と悲しみを生み出すことのないよう、自宅の中でだけじっくりとお楽しみ下さい」』
カメラに向かって言葉を連ねているのは、スーツ姿の、弘之とそう年齢も変わらないと思われる男。笑顔に異様なまでの凄みを画面越しでも感じるのは、可児と名乗ったその男の【取締局】という【サモナー】の敵でもある肩書きからなのか、それとも女神アフロディーテを召喚して人形を人にするという所業を仕出かした男へと男が刺している釘の威力が伝わってきたからなのか。
「ふん、馬鹿だな」
弘之は自室に置いている小型のテレビを観ながら、可児という局員から感じる威圧を跳ね返そうという意味も含めながら、今回のニュースで報道された馬鹿な男への嘲笑を漏らした。
念願かなって召喚した美と愛の女神アフロディーテに命じ、自身が用意したという等身大のフィギュアを現実の人間の少女とした男。
レベル上げをする為に随分と無理をして、医者に迷惑をかけたらしく、可児に腕を掴まれて【取締局】の車へと乗せられる映像まで放送されていた。
だが、弘之が馬鹿だと称したのは、男が命を削る真似をしたからではない、ましてや【取締局】に連行されていったからでもない。
弘之が男を嘲け笑うのは、男があまりにも愚かしい勘違いをして、それを日本中へと自信満々に公表してみせたことにだった。
「井の中の蛙め」
「それをどういう意味なんですか、ご主人様?」
数日前のあの時に弘之と共に部屋に居たのは、鍛冶神ヘパイストス。言ってはなんだが、ガテン系のおっさんだった。
だが、今は違う。テレビ画面に目をやりながら思ったことを一言に表して零した弘之に、可愛らしい、それでいて落ち着いたアルトの声がかけられた。弘之の事を臆面もなく「ご主人様」と呼ぶのは、白いワンピースにピンクのカーディガンを羽織った、顔立ちの整った美少女。
「井の中の蛙、大海を知らず。だったかな?」
見知っている言葉であろうと、改めて意味を聞かれるとはっきりと自信をもって答えるのは難しい。
弘之は手近に置かれていた電子辞書を手に取る。
生半可な知識で答える訳にはいかない。弘之は馬鹿な女は好きではないのだ。この少女が馬鹿になるなさか、ならないか。それは弘之の手に掛かっている。
何も持っていない少女に、自分の好み、理想そのものになるように、知識を注ぎ込んでいく。
そして出来上がるのが、弘之の思い描く、彼の想像力を全て注ぎ込んで考え出した、理想をそのままに体現した少女。
弘之はテレビ画面にちらりと映った、アフロディーテを召喚してフィギュアを人間へと変化させた男に、ただ嘲笑だけを浮かべる。
「馬鹿だな」
不勉強だ、そして理解に苦しむ、とも。
ギリシャ神話の数多く登場する美と愛の女神に辿り着いてというのなら、何故その夫である鍛冶神ヘパイストスに目をむかなかったのか。
アフロディーテのもたらす奇跡は、人形を人とすること。
だが、弘之が召喚したヘパイストスは違う。パンドラという女を神話の中で造り出しているのだ。つもり、弘之の理想の存在をそのままに造り出すことが出来るということ。二次元のキャラクターの中にも、弘之が好みとしてファンであるキャラクターは居る。だが、それでも完璧とは言えない。いくら好みだと思うキャラが現れたとしても、紙の色や目の色、性格、趣味、僅かな動き、弘之が考え出したキャラではないのだから、微妙に好みから外れることが殆どだ。
だから、弘之は【取締局】の注意を受ける羽目になったらしい男を馬鹿だと断じる。
どうして、自分の理想そのものを造りだそうと考えなかったのか、と。
「その点、俺は勝ち組だな。理想そのもの、しかも誰にもこいつの存在はバレてない」
母親と二人暮らしの弘之。近所で兄が家族で住んではいるが、出入りするのはもっぱら土日のこと。弘之が仕事に出掛けている昼中、母親は近所のスーパーにパートをしに出掛けていく。この少女を造り出したことは母親に知らせてはいないし、母親が留守にしている時にだけ部屋を出てもいいと教え込めば…。いや、それでは自分が何か犯罪を犯しているかのようではないか。弘之は軽く首を振る。自分は何も犯罪など犯していない。
堂々と母親にも紹介出来る!
弘之がそう考え付いた時だった。
「あぁ、やっぱりこっちかぁ」
バンッと勢いよく弘之の部屋のドアが開けられた。
「なっ、入ってくるなって言っ…」
入ってきた時に聞こえた声がどう考えても同居の母親のものではなく、男のものだったということも考えられず、いつも通りに怒鳴り声を上げようとしたが。
「えっ?いやっ」
そこに立っていたのは、今ついさっき、テレビの画面に映っていた顔。【取締局】の可児と名乗った男だった。
「いやぁ、やっぱり人間の欲望は果てしないもんだ」
可児は弘之に目を向けることなく、部屋の中に弘之と共に居た、今日ようやく立つことを覚えた少女をまじまじと観察する。
そして、足を踏み入れてきた弘之の部屋から顔だけを廊下に出すと、部屋を出てすぐにある階段の階下へと向けて、可児は声を張り上げた。
「お母さん、お兄さん!御安心下さい!」
階下に居る母親に向かって何かを言おうというらしい。
顔を顰め、弘之は突然自宅に現れた可児が何を言おうとするのか、呆然とする頭で見守ることになった。
「息子さんは別に女の子を無理やり連れ込んだりした訳じゃなかったみたいですよ。ただ、自分の理想の女の子を造っちゃっただけですから!」
「ひろゆき~!!!」
母親の怒鳴り声が階下から響いてきた。
「ひっ」
例え、大の大人と呼ばれるような年齢となろうと、母親の本気の怒鳴り声というものに恐怖を感じない訳がない。
しかも、可児が言うことを信じるのならば、母親と共に兄まで階下に居るのだというのだから。
「あっ、警察の方々もお帰りになって結構ですよ。これは完全に、【取締局】のヤマでしたから」
「またかよ!」
聞いた覚えのない声が、階下から苛立ちの音を伴って聞こえてきた。
「-----------------------っっっっ!!!!!」
つまり、それは…。
母親や兄ならばまだ…。だが、赤の他人に今の可児の言葉を聞かれたということは…。
弘之はこの日初めて、声にならない叫びというものを自ら経験した。
「はい、ではこのアンケートに記入して下さいね」
その次はこっち、その次はこの誓約書。可児が差し出してくる何枚もの紙の束に、弘之はボールペンと印鑑を何時でも使えるように準備して、正座をして手を伸ばした。弘之の部屋の中、弘之と可児は座卓を挟んで向かい合っている。この場には弘之が理想そのままに造り出した少女はいない。
話し合いの最中は席を外させようという可児の案に乗って、息子に冷たい視線を浴びせ続ける母親が伴って階下へと下がっていった。
「こっちのアンケートには嘘偽りなく、どうして人間を造り出そうと考えたのか、その理由ときっかけ、将来的にどうしたかったなど、赤裸々に嘘偽りなく書いておいて下さい。嘘は書かないで下さいね、こっちには幾らでも嘘偽りを暴く力がありますから。これから半永久的に参考とする為保存させて貰う資料ですし、一部心理学者などから研究の資料として貸し出して欲しいという予約もすでに入っていますしね」
可児のその説明に改めて差し出された紙を見ていくと、それぞれにしっかりと弘之の名前と大まかな住所、経歴などが記されている。
…どれだけの人が資料として目にすることになるかも分からない、それを自分が成したのだと自分の知らない所で知られていくことになると、可児はそう言っているのだと、弘之は理解したくなかった。
「拒否権は無いですからね。こっちは【サモナー】罹患者に関する全てを一任されています。煮ようが焼こうが、死ななきゃ何したって上は見て見ぬふりをしてくれるんですよ」
弘之の勘違いかも知れないが、可児のその言葉にはたっぷりと実感がこもっているように感じられた。特に、死ななきゃ…もしかして、いや相手は国家公務員なのだ、何よりそんな事世間が許す訳がない、だけど信じてしまえる力を弘之は可児の声と気配に感じ取ってしまっていた。
「…これはどういうことなんでしょうか」
話をそらそうと必死になって書面に目を通した弘之は、そのきっかけとして、ある数字を指さした。
人造体No.五十四。
前後の文面などを読み解けば、それが自分がヘパイストスを召喚して造り出した少女であることは理解出来た。だが、五十四とはどういうことなのか。
「そのままですよ。モンスターの権能を利用して造られた人間と遜色のない存在、貴方が造ってしまった彼女は現在この国で我々が確認を取れている限りでは五十四体目、という意味です」
「はぁ!?いや、そんな訳がない!そんな話、この間のあれ以外に聞いたことも見たことも無かった。俺以外にこんな…」
「…本気でそんなこと思ってたんですか?」
信じ難い話に動揺を隠すことも出来ず叫んだ弘之に、可児は意地の悪い笑みを浮かべて応じた。その表情はまるで、弘之を嘲笑うかのようなものに感じられる。
「罹患者が現れ始めて、五年ですよ、五年。その間にこんな簡単な事を考え付かない人が居なかった訳ないじゃないですか。【サモナー】なんて影も形も無かったころから、二次元の世界にはホムンクルスだのロボットだの、人間の形をした人間みたいな存在なんてゴロゴロ、供給過多してたのを忘れたんですか?」
確かにそうだった、とは思うものの弘之の反論は続く。
「いや、だって、あの公園での一件では…」
「あぁ、自分のやらかした事を恥とも思わずに公にしようとしたのはあれが初めてでしたね。これまでの人はひっそりと人にバレないようにしていたので、探すのは善良な市民からの通報か偶然に任せるしか無かったんですよ。それでも五十四体も発見できているんですから、隠れはもっと多いんでしょう」
困った話ですよね、そう思うでしょう?
「…そ、そんなに、神を召喚出来るレベルの奴が多いなんて…」
「そこからがそもそも間違いなんですよ」
なんで神を召喚しなくてはいけなかったんですか?
可児のその問いかけは、目から鱗、という言葉を弘之に感じさせた。
「いや、だって、人を造って…」
「神を造る訳でも、モンスターを造る訳でもなく、ただの人間を造りたいだけなんでしょう?特別な才能だとか力も持っていない?だったら、その程度の逸話なら世界中でゴロゴロしているじゃないですか。例えば
フランケンシュタインの怪物、ホムンクルス、ピノキオを人にしたのは妖精だ。日本でいえば、西行が失敗したが人を造ろうとしたという伝説だってある。そもそも、理想の女を造りたいってだけなら、もっと簡単な方法があるじゃないですが」
「か、簡単な方法…?」
「悪魔を召喚して契約すればいい。欲求不満ならシトリーっていう悪魔がおススメだし、グレモリーは礼愛情樹を司っているような女悪魔。あぁ理想通りの相手が欲しいっていうのなら、オセがいる。何にでも変身する悪魔だから、これを理想通りの姿に変身させればいい」
「あ、あ、あくま」
「神を召喚するよりも低いレベルで簡単に召喚出来るでしょう?そもそも、調査が足りなかったんじゃないですか?中には国会図書館にまで足を運んだ人もいましたよ?無駄に知識があったから初めから固定してしまったのかな?少なくとも、今までに【取締局】が把握してきた罹患者達は神を召喚することもなく、事を成していっていますよ」
これには弘之は言葉を完全に無くしてしまった。頭を抱え、そして掻き毟る奇行を始める。
自分がレベルを上げる為にどれだけ頑張ってきたのか、それを思い返せば思い返す程、他の人間があっさりと低いレベルで夢を叶えていった事を、なかなか弘之の頭は理解してはくれない。
「貴方と同じように理想の嫁を造り出そうとした男性もいれば、理想の彼氏を作った女性も居ました。後は、こちらが対処を躊躇ってしまうような、亡くなった息子さんを蘇らせようとして…という御老人も。あれは本当に困った事態でしたよ」
「?対処…あいつに何をするつもりだ?」
呆然とした頭のまま聞いていた弘之だったが、可児の言葉の一部を聞き逃しはしなかった。
「危害を加える訳ではありませんので、安心して下さい。それについては、その中に書類が混ざっているので確認して貰いましょうか」
造られた存在は発覚時点で【取締局】の預かりとなり、人としての常識や最低限の知識などを教育の下、罹患者の要望があった場合にのみ、その存在の意見を交えた上で罹患者の下へと戻される。
【サモナー】罹患者が、召喚したモンスターの力によって造り出した人間を始めとする存在については、ロボット三原則が適応されることが、そういった存在が現れる可能性が示唆されていた設立時点ですでに、政府と【取締局】が話し合いの末に決定していた。
1、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
2、ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
3、ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
それらを守った上で人間に準ずる権利を与え、例え造り出した【サモナー】罹患者であろうと常識、倫理に反した扱いをしてはならないと、少なくともこの日本の中では定められている。その旨もしっかりと教育されてから、その上で帰るか帰らないかも彼女に問われることになる。
ちなみに、こういった存在が【サモナー】罹患者によって造られることを設立時に彼等が気づき、対応する決まりを立てておくことが出来たのは、ある設立当時から在籍している局員がぽろりと笑い話として持ち上げた為だった。
その局員が知り合いの【サモナー】罹患者が言っていた力の使い道を、設立時の顔合わせの際に口にしたおかげ。
その罹患者は、無駄にレベルが高いなまけものだったそうで、人造人間を造れば自分の代わりに働かせて
自分はのんびりと生活出来るのでは、という計画を立てていたらしい。結局、なまけものであろうと持ち合わせていた倫理観や造った存在が巻き起こすかも知れない事態の可能性を考えての面倒臭さに、その罹患者はこの案は破棄したそうだ。
要約すればそう書かれている書面の最後には、署名する部分が用意されている。
「別に拒否しても構いませんよ。その場合は、【取締局】が全力をもって相手をして、収容所での教育を一定期間受けてもらうことにはなりますが」
神を召喚出来るようになる程のレベルを得ている弘之。多分、この可児という局員よりもレベルでは上だろう。だが、その挑発に乗ろうなんて考えることも出来なかった。【取締局】にはトップランカーの一人、九十を超えるレベルと持っている【学徒の猟犬】が居るのだ。他の局員だって、レベルは低かろうと召喚実績などに関しては、部屋に籠ってレベル上げだけを繰り返してきた弘之よりも上。どうあがいても収容所行しか未来は無い。
「分かった…全部、サインする」
準備されていたボールペンを手に持ち、指定された全ての場所に署名を加えていく。
それが弘之に今出来る、ただ唯一の事だった。
「では、確かに署名は頂きました。彼女に関しては確かに私達がお預かりして、しっかりと教育を施させてもらいます。この家に帰るかどうかは教育後の彼女の判断と、貴方が迎え入れるかどうか、ということになるので。早くても半年はかかるので、その間にじっくり考えておいて下さい」
「…頑張ります」
勿論、理想通りにと弘之が望んで望んで造ったのだ。半年後であろうと何年後とはいえ、例えその間に理想とは違う性格などになってしまっているかも知れなくても、戻ってきて欲しい。
だが、弘之はある事に気づいてしまった。自分が考えまいとしていたことにも、気づいてしまった。
そう今まさに階下のリビングで少女と一緒に居るであろう母、そして兄。兄嫁が来ているかは分からないし、遠くに嫁いでいる姉が知っているのかも分からない。だが、この事態になっていなかったとしても、母と同居していることを考えれば、最低でも母にだけは全てを相談し、了承して貰わねばならないのだ。
可児と対面して冷静になった弘之はようやく、考えることが出来た。
自分がどれだけ暴走し続けていたのか、を。
嫁を造ってどうしようとしていたのだろうか。
理想通りに造ったとしても、親にも明かしていなかった存在を、周囲の人間が突然受け入れてくれる訳がない。造ったことなんて明かせばドン引きの上、奇妙なものを見るような目を向けられるだろう。造ったことを秘密にしたなら、怪我をした時はどうする?保険証も何もない、生まれた記録も今まで生きてきた記録もなくては疑いの目だけが向けられるだろう。
自分が後先も考えずに突っ走っていたことを思い知らされ、加藤弘之は深く深く反省する。
いつのまにか、可児の姿は弘之の部屋の中には無かった。
ドドドドドッ!
荒々しい足音が階段を上ってくる音が弘之の耳に届いてくる。
それはきっと、弘之に怒りの全てを振り落とそうとする母、そして兄のものだろう。
弘之は覚悟を決めて、そしてしっかりと向き合って話し合いをしようと考える。床に正座している姿からそのまま頭を下げて、弘之は二人を土下座の体勢で迎え入れることにした。




