【サモナー】馬鹿げた奇跡 ②
この話につきましては、私個人の希望です。軽く流して下さって構いません。
どうしてこうなったのか。
佐藤孝は、最近ではほぼ毎日のように一回は考えてしまう、そんな言葉を声を出すことなく呟いた。
現在、小さな音を刻みながら動く時計は七の数字を少し過ぎたあたりを指し示している。
チッチッチッ
規則正しい音が響いているのは、何処にでもある普通の住宅の食卓。
四脚のイスが備え付けられている、長年食卓で活躍しているテーブルの上には家族三人分の夕飯が美味しそうな湯気を上げている。孝はそのテーブルへと椅子に腰かけて、右手に装備した箸で挑みかかっている最中だった。
「はい、ピーちゃん。これはあなたの分ね」
ピーッ!
テーブルを挟んだ向こう側から聞こえてくる、弾んだ母親の声。あんな声を自分が向けられたことなんてと考えると、はっきりと覚えている最後は二年前の大学卒業、そして就職した時だったように思える。
それに応じている甲高い鳥の、甘えるような、喜びを爆発させているなと同種族ではなくとも理解出来る鳴き声も、一応は召喚主である筈の孝も自分に向けられたという覚えがあるかないか、十分くらいは悩まなくてはならないようなものだった。
そして、なにより!
あんたの分ね、と母親の言葉と共に鳥の嘴の中へと消えていく、分厚い、定規を持ってきて測らなくてはという使命感にさえ襲われる分厚さの、こんがりと表面がこげ茶色に焼かれ、中心はほんのりと赤みを帯びている、ステーキの切れ端。孝はそんなステーキを見た事はある。テレビの画面の中で芸能人が、おススメの店だ、などと言いながら食べている場面の中で。ただ、それを孝は自分の口で味わったという覚えはとんと無い。ステーキを提供している店に行けば、きっとメニューを開いた後にそっと閉じてしまう、まだまだ就職したばかりの新人の枠を出ない孝には到底注文することなど出来ない、そんな肉であると見ただけで理解出来てしまうそれ。
「おふくろ、今日のそれって…」
母親に尋ねながら、孝と、孝の隣に座って黙々と箸を動かしていた父親の前に置かれている皿の上を見た。
それとは到底比べ物にならない、薄くスライスされた状態で売っていたであろう豚肉の、食欲を増す匂いが立ち上る生姜焼きが、キャベツの千切りやミニトマトなどと一緒に、十分な程の量が盛られている。
それは十分に美味しいのだということは分かる。生まれた時から食べ続けている母親の味だ。箸を伸ばして肉を一枚掴み、口に運べば、すぐさまに白米も口に運んで…それを何度も繰り返したくなる美味しい、美味しい生姜焼きだ。
だが、考えてみて欲しい。
いくら美味しい、慣れ親しんだ味を口にしている食事だとはいっても、目の前で滅多に食べることの出来ない分厚いステーキを見せびらかされる状況となれば、口の中にある筈の生姜焼きの味も朧気になってしまうというものだ。
「ビーちゃんへのご褒美よ?」
何を聞くの、と心底不思議だという表情で、母親はあっさりと答えた。
「そいつを召喚している主は俺で、しかも別に餌とか必要としない存在だって…忘れた訳じゃないよな、おふくろ」
「母さんをボケ老人みたいに言うつもり?」
ギッと鋭く睨まれた。
「忘れる訳無いじゃない。あんたは【サモナー】になって、このピーちゃんはあんたが召喚してくれた子」
ほら、間違ってないでしょ?
胸を張って威張っているが、その手にしている箸が食べやすい一口サイズに切り分けられた肉を運ぶことは止まらない。勿論、その行き先は母親の隣の椅子の背凭れにとまる赤い鳥の嘴の中。
「これはお肉屋さんがピーちゃんにって、あまりものを分けて下さったのよ。だったらピーちゃんにあげるべきでしょ?餌は必要ないかも知れないけど、食べれば喜んでくれるんだからいいじゃない!」
「…またかよ…」
佐藤孝が【サモナー】に感染し、罹患者となったのは一年半前のこと。
五年前に始まったこれに大学の友人達、高校、中学など、孝の友人達も多く感染し、思い思いの【サモナー】罹患者としての面白おかしい日々を送っていた。それを罹患者ではない視点で、いつか自分も感染したら面白そうだなくらいの感覚で見てきた。
夢物語よりも可能性は高い、もしも【サモナー】罹患者になったなら。
あれやこれやと、もしも、もしもと考えていたそれを、孝は自分が感染したと気づいてすぐに叶えようといきこんだ。
それの一つが、母親の隣に存在している真っ赤な翼の、いや正しく言えば赤い炎がうねり翼や体を形作っている一体の鳥-フェニックスだ。
孝は幼い頃から、何故だか、この炎の化身のような鳥フェニックスが大好きだった。
懐いていた年の離れた従兄の部屋に遊びに行った時に漫画を読んだり、フィギュアなどで遊んだ記憶があるからなのか。父親の本棚にある名作と言われている漫画を読んだからなのか。それともゲームなどに登場するその姿が好きだったからなのか。理由は今も分かっていない。ただ、昔から今も、きっとこれからも孝はフェニックスが好きだった。
だから、ずっともしもを考える時に想像していたのだ。フェニックスを召喚して肩に乗せて立つ、自分の姿を。
自分が罹患者だと分かった孝は、その想像した姿を実現しようと、必死にレベルを上げた。
幸いなことに孝のレベル上げの方法は、参考にした動画などを思えば、まだマシと言えるものだった。ただ、あまり人前では公言することは憚られるものではあったが…。
人目を避け、それでもコツコツ、コツコツとレベルを上げた日々。
フェニックスを召喚するに足るレベルまで達したのは、つい最近の事だった。
梅の花が咲き始めた頃の事。
長袖をそろそろ止めてもいいかな、いや朝と晩、日が陰った時は寒いよね、などという和やかな母と父、そして一人暮らしをしている姉の会話が階下で行われている中、孝はいつも通りに自室に籠ってレベル上げを試みていた。
「そうそう、そろそろあれの準備しないといけないわね」
「あっ、そうだね。嫌な季節が始まったかぁ」
丁度そんな会話を母と姉が交わしていた時だったと、孝は後で聞いた。
「うぉよっしゃーーーーーーー!!!」
近所迷惑甚だしい雄叫びが、息子の、弟の部屋から轟いてきた。家族三人が目を大きく丸めて頭上の天井を見上げた。
「たかし!」
思えば、その優しく表現すれば注意する為に母が叫んだ息子の名前も、隣近所にとっては迷惑な声量だったろう。毎日毎日、家に帰ってきたと思えば部屋に籠ってコソコソと何かをしていた息子の雄叫びを階下から叱りつけた母親達は、はっと不安に襲われて階段を駆け上がった。
息子、弟が何か悪さをしていたら…。
別に家族の事を好んで疑った訳ではない、と彼女達は首を振る。
ただ、時代が時代、色々と不安を誘う事件事故などがニュースでよく目につく時代でのこと。悪さをしている訳ではなくとも、何か情緒が不安定になるような事や、悩みや苦しみがあるのなら相談に乗ってあげたいという気持ちがあっての事だったのだ。
「何をしてるの、孝!」
母、姉、そして父。三人が階段を駆け上って、問答無用で孝の部屋のドアを開け放つ。
ピーっ!
「なっ、ちょ、なんだよ、三人とも!?」
ノックもしないで入ってくるなよ、という家族といえど守るべきマナーを孝は驚きながらも訴えたが、彼女達の視線や注意は息子・弟を通り過ぎて、ドアを開けた瞬間に可愛らしい鳴き声を彼女達に聞かせてくれた一羽へと集まっていた。
「…あんた、【サモナー】罹患者だったの?」
うねる炎が鳥の形をしている、瞬きもするし、首を左右に動かしたり、羽を大きく動かしたりもしている点を見れば生きている事を疑う余地もない、一羽の鳥。後々の説明でフェニックスであるという事が分かるそれは明らかに、彼女達が生まれ育つ中で知ってきた既存の生物にはありえない、当てはまらない存在だと一目で理解出来た。
理解出来た後に考えられるのは、これまで気づかなかった、知らされていなかった事実。
「お、おう…。あれ?言って無かったか?」
隠すつもりは無かった。本当に忘れていただけだと、家族だからこそ表情一つ、声音一つで納得する。
きゃー!!
言うことを忘れていた孝、初めて知らされた事態に驚く父と姉。お互いに次は何を口に出せばいいのか分からない状況に落とされ、一瞬の沈黙が落ちてきた。
それを打ち消したのは、母親の悲鳴だった。
「あ、あ、あ、あんた!孝!!火、火!火事ぃ!!!」
驚きと想像した事態に狼狽する母親の、途切れ途切れの言葉から想像するに…。
炎の化身であるフェニックスは今、孝がまだ学生だった頃から使用している木製の机の上に留まっている。炎の翼を嘴で整えてみたり、首を左右に動かしてみたり、時折退屈を訴えるように羽ばたく真似をしてみせる。そんな普通の鳥のような動きを見せているフェニックスに、母親は悲鳴をあげた。
見ての通り、フェニックスは全身が炎で出来ていた。
その全身を作り出している炎が、動く度に机や壁などに飛び火して、この住み慣れた家を炎上させるのではないかと想像したのだろう。そして、この家は住宅街の中に建っている。一度、火事を起こしてしまえば隣家や近所へも迷惑をかけてしまう。
「あぁ…。大丈夫だって、おふくろ。なんか、これって全然熱くもないし、触っても大丈夫だし」
母親達が駆けこんでくる前に確かめたことだった。見た目はまるっきり炎、これは孝が罹患者となる以前から想像していたままの姿形であったのだが、その炎はまるで熱くもなく、触れた孝の肌を焼くこともなかった。もちろん、降り立った木製の机を燃やすことも焦がすこともなく、CG映像を見ているだけという思いを抱かせるものだった。
まだまだ謎は多い。だが、これだけは狼狽している母親に言い切れた。
「火事にはなんないって、多分」
「ほぉ、それは不思議だな」
【サモナー】が出現し始めて五年。五年ともなれば、息子が罹患者だと知らされた直後は驚くのはまぁ仕方無いとしても、すぐにそれを受け止めるくらいには耐性が出来ているというもの。
息子の説明を聞き、父親が子供のように好奇心と興味が溢れる様子でまじまじと、机に留まっているフェニックスを観察し始めた。
「孝。ちょっと、その子にこれを燃やすよう命令してみな」
突然の姉の命令。
悲しいかな、物心つく前から絶対服従を刻み込まれている孝の肉体は、彼が思考回路を動かすよりも早く、その口を動かした。
「フェニックス、あれを燃やしてみろ」
姉が言うことをそのまま、姉が指示した彼女が手に持つ一枚のルーズリーフを指さし、孝は自分の召喚モンスターに命令を下す。
ピィッーーーー!
退屈していた様子の中でようやく下された召喚主の命令。
炎で出来た翼を大きく広げて鳴き声を上げる姿は、二つの意味で、輝いていた。
ボォオ
「あつぅ…くない」
一瞬にして燃え、灰さえも残らなかった。
ルーズリーフを燃やした炎はすさまじく、それを手に持っていた姉の手をも包み込んだ。
それを見ていた孝達が驚きの悲鳴を上げて姉の手を包み込んだ炎を消し、絶対に負ってしまっている火傷をどうにかしなくては…と頭の中で考える。姉も姉で、分かっていたこととはいえ、自分の手を包み込む真っ赤な炎を目の当たりにしていまえば、顔が恐怖と痛みに顰められ、炎を払おうと慌てて手を振る。それはまぁ、脅威だと思うものに晒された人間の本能といえるものだから仕方ない。
が、そんな姉が口にしたのは、慌てて行動を起こそうとしている家族達を拍子抜けさせるあっけない、気の抜けるものだった。
熱い!という悲鳴を上げたとばかり思っていた。
だが、姉が口にしたのは、その否定形。
「熱くない、…火傷の影も形も無いわね」
炎が消えた姉の手は、元のままの、傷一つ無いそれ。
「…つまり、召喚した【サモナー】が命令したものだけを燃やすのか」
驚きがピークを達した故の落着きで、父が姉が何を試そうとしたのかを察した。
ふっ、ふふふっ。
「な、なんだよ」
姉がにんまりという表情で突然笑い出した。
嫌な予感が…と孝はすくみ上った。
「孝、ちょっと、この子借りるわよ。この子に私の言うことを聞くように命令して!」
「…変な事すんなよ…。フェニックス、姉貴の命令を聞け」
ピーッ
「ついてきなさい、フェニックス」
孝の命令に承諾する様子を見せたフェニックスに、さっそく姉は自分の腕を差し出して命じる。フェニックスが差し出された腕にとまる。勿論、フェニックスの炎が姉の腕や体を焼くようなことはせず、その熱を姉に感じさせることもなかった。
ふっふふふ。不気味な笑い声と企み顔だけを孝達の耳や目に強く深く刻み込み、姉はフェニックスと共に孝の部屋を後にした。すぐにドアを開けて閉める音がした為、彼女が一人暮らしを始めても荷物などを置きっぱなしにしている自分の部屋へと入っていった事が知れた。
「何、するんだろ…」
「さぁ…」
姉とフェニックスが彼女の部屋に籠ったのは、僅か一時間の事だった。
彼女の部屋からフェニックスが出てきた時から、孝の召喚モンスターである筈のフェニックスが、本当だとは思いたくもないが、母や姉の中で孝よりも重要度では上の存在に成り果ててしまったのだ。
初めはその炎に怯えて悲鳴を上げていた母が、「名前がないなんて可哀想。ピーって鳴くから、ピーちゃんね」と本来なら孝がつける筈の名前をつけ、孝に用意されるよりも豪華な食材で必要ではない餌を頬張る。
それもこれも、姉の命令によって始まった、一日に何回か一軒の家の周囲をぐるりと舞い飛んだり、屋根の上で羽ばたくという行動が、母を窮地から救い出す行為であったからだった。
炎の羽を羽ばたかせて舞う火の鳥の姿は、今ではこの住宅街の一名物となっている。始めたばかりの頃には、火事になる、モンスターを野放しにして危ない、などという苦情が隣近所から殺到したのだが、今ではそんな声は成りを潜めてしまう。
むしろ…。
ぴんぽーん。
玄関から聞こえてくる呼び鈴の音。
「あら、こんな時間に誰かしら?」
ゆっくり食べるのよ、とフェニックスのピーちゃんの前にゴロゴロと肉が転がる皿を差し出すと、母は席を立って玄関に小走りで駆けていった。
多分、多くの家で夕飯時である時間に、来客などあまり無い事だ。
孝も父も何だろうと不思議に思い、玄関から漏れ聞こえる音を何とか拾い出そうと耳を研ぎ澄ます。
「まぁ!あらあら!そんな悪いわよ~」
「いいのよ、いいの。本当に、ピーちゃんのおかげでうちの家族全員、本当に、本当に助かっているのよぉ!ほんの少しだけど、ピーちゃんのご飯にしてあげて」
また、お前のか。
大人げないこととは分かっているが、孝はついついピーちゃんと名付けられ周知のものとなってしまったフェニックスを睨んでしまった。そんな主人の微妙な心情を理解しきれないのか、ピーちゃんはまん丸の目を孝に向けたまま首を傾げる。
今や佐藤家の周りを飛び回るフェニックスは、近隣住民達の、大げさではなく英雄的存在となっている。
孝が仕事帰りに道を歩いていれば、多くの顔見知りの住人達がお礼を言い、そして少なくはない頻度で物を渡してくる。勿論、「ピーちゃんに」という言葉と共に、だ。
ようやく達したレベルに歓喜しながらフェニックスを召喚したあの日、姉がフェニックスに燃やすべき標的を教え込んだあの日以来、孝はこのピーちゃんを一度足りとも還していない。あと数か月もしたら許して貰えるのだろうが、今はまだまだ母や姉、そして近隣住民達からも、許して貰えそうにない。
「ほ~んと、去年のあの苦しみが嘘みたいよぉ!」
「ピーちゃんがいない春先なんて、もう想像もしたくないわ」
命令したものだけを燃やすピーちゃんに姉が命令した標的。
それは、花粉だった。
春先に舞い飛ぶ、杉と檜の花粉。
佐藤家では、母が重症、姉が軽症で、花粉症を発症してしまっていた。
空気清浄機を家の中でフル稼働、マスクに眼鏡、薬も必需品。花粉症に効果があるという食べ物や行動は全て試し、外に出るなんて恐ろしい、宅配が来ても花粉を連れてきていると恐る恐る、と特に母によるそれは毎年、毎年激しく、花粉症の辛さなんて知らない父や孝を怯えさせていた。
「まさか本当に出来るとは思ってなかったわ」
とうの本人である姉はあっけらかんと詫びてみせていた。彼女がフェニックスを部屋へと連れていってしたこと、それは杉や檜の花粉の映像や写真など。
その言葉の通り、興味半分、出来たらラッキーという程度のものだったのだろう。
だが、フェニックスのピーちゃんはその期待に応え、命令を遂行する。
あっさりと、佐藤家の周囲に飛び交っていた花粉を燃やしたのだ。
チリチリと小さな何かが小さな炎を上げる、線香花火を見ている気分になった光景は美しく、思わず見惚れてしまうものだった。
何かが燃えている、としか分からないもの。ニュース番組で非常に飛ぶと注意が発せられる、周囲の花粉症の人々がくしゃみや目のかゆみなどを強く訴える、そんな日であろうと家の周囲に居る限りは確かに花粉症の敵である花粉がピーちゃんによって燃やし尽くされているのだと感動することが出来た。
その恩恵は家の中から、家の庭先へと広がり、太陽の光をさんさんと浴びさせて洗濯物が干せるようになる。今では二・三軒くらいの領土内にも、その恩恵は届いていた。
「…樹系の何かに、花粉が飛ばないようにしろとか。風系で花粉を全部吹き飛ばして貰うとか」
別にフェニックスに拘る必要はないかな…。
自分などよりも近隣住民から好かれている召喚モンスターに嫉妬を感じ、ポソッと、このフェニックスを排除しながらも母親達を納得了承させる方法を思いつく。
あれだけ好きだったフェニックスだが、今は大きく別の感情が食い込んでしまっている。
木霊や何やら。樹を自在に操ったり出来るモンスターに、フェニックスに夢中だった孝だって心当たりはあった。そちらの系統ならば、まず花粉が舞う時点から排除出来る筈だ。風の系統ならば、此処ではない遠くへと吹き飛ばしてしまえばいい。
なんだったなら、結界を築いてもピーちゃんが作り出している花粉皆無だと思われる空間を生み出すことは出来るだろう。
「孝、偽薬というものを知っているか?」
半場本気の目でピーちゃんを見つめている孝に、父が声を掛けてきた。今、この瞬間にはあまりあっていないようなその質問。
「あぁ…、思い込みだろ?」
何かの漫画で見た程度だが知っている答えを孝は口にした。
「母さん達が楽になったというのきっと、それの効果もあってのことだと私は考えている」
どういうこと、と孝は聞いた。
「火の鳥が火花を散らしながら舞い飛んでいる。花粉を飛ばす植物からして制してしまえば問題は無くなるかも知れない。だが、それでもきっと母さん達はくしゃみはするし、目がかゆいと言うと思う。ニュースの花粉情報を見ただけで、それまでは平気そうにしていたのにくしゃみをしたりするくらいだからな。目の前で花粉などが全部処理されていくという光景を目にしていた方が、花粉が無いという実感が沸き、自分はもう大丈夫だと思い込める」
「あぁ…。つまり、パフォーマンス」
「そうだ。花粉の時期が終わるまでだ、このままでいてやってくれ」
本人は花粉症ではない父親にまで頼まれたなら、言う事を聞かない訳にはいかない。
まぁ、孝には【サモナー】罹患者になったからやりたいこと、なりたいこと、などは無い。フェニックスを召喚出来たことで満足している面もある。
フェニックスを召喚し続けている倦怠感があるにはあるが、この食事の肉のレベルはものすごい格差があったものの、普段はそんなに差別されてはいない。
文句を言ってはみたものの、毎年苦しそうにしていた母親がこの時期にあんなにも明るく、楽しそうにしている姿を見るのは何年ぶりだろうか。
これも親孝行だと思うか。
孝は溜息を一つついて、自分の前に置かれている生姜焼きへと箸を伸ばした。
ピィ、ピ。
そんな孝に、何か不穏な空気を感じたのだろうか、フェニックスのピーちゃんが自分へと用意された皿の淵を嘴で押し、孝へと向かって動かしてくる。
食べて下さい。
ピーちゃんを還してしまおう、という孝が一瞬でも企んだそれへの彼なりの誠意なのか。
「…なんか、俺が悪人みたいになるじゃねーか」
ピッピ、と健気な声を上げて、生姜焼きが盛られている皿の横にまで、ゴロゴロとした肉が入った皿が引き摺られてきた。
だが、美味しそうに肉を食べていたピーちゃんの、孝の勘違いかも知れないが、もの悲しそうな、許して欲しいと告げているような表情や哀愁漂う姿に、孝は頭を抱える。
「いいから、自分で食えって」
孝がそう告げれば、ピーちゃんはしょんぼりとしていた頭を持ち上げて目を輝かせる。だが、すぐに「でも」と頭を傾げて、皿と孝を交互に見る。いいのかな、でも、と相手はモンスターとはいえ鳥でしかない姿形であるというのに、まるで人間を相手にしている不思議な感覚に孝は襲われた。
「ほら、いいから」
ピーッ、ピピっ!
住宅街の中に建つ一軒家の周囲を炎を纏って飛び回る、フェニックス。
その様子は目撃した人によって動画サイトへと投稿された。
するとテレビ局が取材に訪れ、フェニックスが行っている仕事についてが住人である夫人から全国へ。それは大きな反響を呼んだ。自分もやってみる、などという声が大きかったようだ。
あまりにも馬鹿げていて、何よりも平和的で、そして花粉症に苦しんでいた人々からすると奇跡のような【サモナー】罹患者による召喚。
全国各地の【サモナー】罹患者がこのような事をして嘆く羽目になるのは、花粉症患者の来院が減った病院や薬やマスクなどのアイテムがあまり売れなくなった薬局などだと、人々は面白可笑しく話題にしたのだった。




