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【サモナー】馬鹿げた奇跡 ①

 ある日のこと。

 あるSNSのコミュニティーにおいて、重大発表と題してある呼び掛けが行われた。

 発信者はコミュニティーの中でも常連に位置している人物で、日時、場所、そして奇跡を目の当たりにしたいのなら、という言葉が、何度も何度も、多くのコミュニティー仲間の目に留まるように発信された。


 そして、その予告された日時、場所には、それに興味を引かれた人々が、きっと忙しい最中だというのに、集まっていた。


 地方都市の、それなりに広い敷地を誇っている市民の憩いの場たる公園。

 イベントなどもよく開催されるという公園の広場には、疎らというには多い人影が、何が起こるのだろうか、と予想をたてあっていた。また、元々共通の趣味があるからこそ登録しているコミュニティーの仲間同士であることから、いつもならばネット上、もしくはイベントやオフ会などで行っている情報交換やお互いの主張を交わすなどと、自由気ままに時間をやり過ごしているようだ。


 あるSNSのコミュニティーとは、全国で今一番と言っていいほどの人気を博している携帯ゲームのプレイヤーが集まるもの。

 敵も味方も全てのキャラクターが可愛らしい少女、ストーリーに日本の歴史の出来事を絡めているというそのゲームは、男性プレイヤーが圧倒的に多い。最近ではキャラクターがイケメン揃いという姉妹版のようなゲームが登場したことで、女性プレイヤーも増えてはきている。それもあってか、広場に集まった人影の中には女性の姿もある。そして、携帯ゲームだけでなく、漫画に小説に、そしてアニメにと展開しているため、ゲームをプレイしたことはなくても名前だけ、ゲームの存在だけ、キャラクターだけは知っているという人も今、この場に顔を出しているらしい。


 ゲームに関する発見、発表なのか?とこの場に集まっている全員が思っていた。


 そんな中、人々の集まる広場の中に置かれているモニュメントの、人の背丈よりも僅かに高い台座の上に、一人のあまり健康そうではない三十代程の男が姿を現した。


「みんな!よく集まってくれた!」


 その発言と、全員を見下ろす、全員から見上げられて注目を集めていることからも、その男があの簡素な文面をしつこくコミュニティーの掲示板から何からにまで貼り付けるという手間隙をかけて自分達を集めた人なのだと、全員があっさりと理解した。


 誰も声など発することをしない。


 すっと重たそうな大型のカメラを肩に持ち上げて男へと向ける人の姿があった。話題に事欠かない、全国でファンが多い人気のゲームのコミュニティーで起ころうとしている何か、がネタにでもなると思ったどこぞのテレビ局なのだろうか。


 彼らはただ固唾を飲み、こんなにも人を集めてまで男が何をしようというのか、何を言い出すのかを待つ。


「まずはこれを見て欲しい!」


 男はそういうと、人々の視線を遮るものが何もない高台の上で、何処に隠していたのだろうか、まるでマジックを見せられる感覚を観客達に味合わせながら、それをお披露目した。


 腰に腕を回し、優しく女性をエスコートしている映画のワンシーンのような立ち姿でお披露目したのは、一体のフィギュア。

 男の隣に立っている形のそれは、男から頭一つ分小さいだけという、あまりお目にかかることのない大きさの、実物大と呼ばれるものだった。

「あ、あれは!」

 それが何を造詣したフィギュアなのか、この場に集まった者は誰もがすぐに気づいた。それは彼等にとっては常識的な知識。彼等がこうして集まっている携帯ゲームの中に登場する、多分全キャラクターの中でも一・二を争う人気のあるだったのだ。見上げる誰もが、その名前や事細かいプロフィールを口にすることが出来るのではないだろうか。

 髪の色、長さ、目の色、表情、肌の色、体格、そして頭の先から足のつま先にまで及ぶ服装。じっくりと熱狂的なファンの立場から観察しても、どこにも批判を入れる隙が無い程に完璧な造形でそれを作られていた。

 この大きさのフィギュアは公式に発売されたものではない。勿論、発売される予定も、非公式であっても存在しているという噂話も彼等は聞いたことは無かった。

 ならば、これは彼が個人で造り出したのだろう。


 そのフィギュアを公表することが、今回のこれの目的?


 集まってきていた人々は脱力し、そして呆れ果てた。

 こんなくだらないことに付き合ったのか、自分たちは、と。


 勿論、それは酷く魅力的で素晴らしいものだ。

 ファンとして、そのキャラクターではない他の娘を愛している立場としても、その素晴らしさについては否定するつもりはなく、絶賛してもいい。

 だが、わざわざ、こんなところにまで来て自慢されるような事ではない。


 資金と情熱、それさえあれば手に入る。その程度のものだ。


 だが、男は興奮を隠しきれない様子で、そんなすでに帰ろうとさえし始めている人々をまず鼻で笑い、もう一度口にする。

 それは文字としてではあるが、彼がずっと発信し続けてきた言葉だ。


「”奇跡を見せてやろう”」


 まだ何かあるのか、と期待しないまでも帰ろうとした観客達がまた男を見上げた。


「初めに言おう。俺は【サモナー】だ。俺は自分が【サモナー】に感染したと分かった三年前から、ある事だけを目的として、ずっと、ずっと、苦しみを超えてレベルを上げることに苦心した」

 それがどうした、と誰かが悪態をつく。数は少なくはあるが【サモナー】罹患者は別に珍しい存在ではない。男が【サモナー】罹患者だからといって、何だというのか。

 集まった観客達の中には、彼以外にも【サモナー】罹患者が居たのだろう。男の発言に不穏な何かを感じたのか、自身のモンスターを召喚して警戒し始めていた。


「俺は不思議でしょうがなかった。どうして、俺を同じことを考える奴がいないのか。情報を交換しようと渡り歩いたネット上の何処にも、それを思いついて、目指そうという発言も何も無かった。だが、それでもまぁ良かった。誰も俺を邪魔することが居ないということだからな」


 クッククククッ。

 夢見心地という言葉が何よりも似あうであろう男のその姿は、人々の目を支配してやまなかった。


「さぁ、今から見せてやろう。死にそうにもなった、多くの苦心の果てにレベル八十六となった俺の、俺の夢が、叶う瞬間を!!!」


 高笑いを上げながら、レベル八十六というトップランカーに迫るであろう高レベルの、だというのに二つ名を持っているような有名人でもなさそうな男が、ずっと夢見てきたのだという何かを召喚する為、声を張り上げた。


「愛と美の女神アフロディーテよ、来たれ!俺にピグマリオンの奇跡を!!」


 その後の光景を、人々はまるでスローモーションの映像を見るような、瞬き一つすることも出来ずに見守ることになった。


 男の召喚によって、男と、男が腰を抱える等身大の精巧なフィギュアの上に浮かび上がった、神々しさを放つ一人の美女。

 キラキラと光り輝いてさえ見える、溜息さえも無意識に漏らしてしまうような、整い過ぎているプロポーションを真っ白な布一枚を巻き付けただけという煽情的な姿を晒す絶世の美女。

 男が召喚に際して読んだ名前は、あまりにも有名な、ギリシャ神話の女神の名前だった。


 愛と美の女神、アフロディーテ。


 レベル八十六というのならギリギリ神格を有するモンスターを召喚出来るといわれているレベルだ。


 男とフィギュアの上へと出現したアフロディーテは艶やかな微笑みを浮かべ、男が支えるフィギュアの頬へと向かって手を伸ばした。

 するりとフィギュアの人工的で硬い肌を白い柔肌が撫で擦る。


 変化はすぐに起こった。


 見た目にも人の肌ではないと分かるフィギュアの肌、いや、それだけではなく服から覗く首や手、足などの肌に一気に血が通った。白い肌に赤みが走り、見るからに触りたくなるようなきめ細かさと柔らかさを醸し出す。

 何より、少女の姿をしたフィギュアが全員の視線を集めた中で、誰に動かされる訳でもなく瞬きを何度か繰り返し、その口がほぅと息と鈴の音のような音を零し始めた。


「…ピグマリオン…。そうか、自分が造った彫刻を愛し過ぎて、アフロディーテに人間にしてもらって嫁にしたっていう神話が確かあった…」


 男の召喚した女神によって、フィギュアは人間になる。


 知識を持ち合わせていた誰かが、そんな神話があった、と呆けたまま納得するという擦れた声を吐き出しているのを全員が聞いた。


「そうだ!これで、俺の嫁は本当の嫁になった!!!」


 はぁはっはっはっはっはっは!!

 男の、また一段を大きな高笑いが響く。その男の腕の中で、今、深い眠りから覚めたばかりというように寝ぼけ眼をこする、男が愛してやまないゲームのキャラクターであった少女は、嬉しそうに笑っているおとこを眩しそうに、愛おしそうに笑みを浮かべて見上げている。男の腕の中に納まっていることに、嫌がる様子は一切ない。それどころか、それが嬉しいのだというように、自ら男の体に体を摺り寄せる。

 そういう性格のキャラクターで、そんな動きをする姿もゲームでも漫画やアニメでも描かれていて、間違いなく彼のキャラクターそのものなのだと、観ている全員に見せつける。


「ただ、ただただ、親にも兄弟にも気味悪がられながら、何度も病院送りになりながら、それでもレベルを上げ続けたかいがあったというものだ!」


 俺の嫁が本当にリアルになったことの喜び。そして、それを多くの同好の士達へと自慢出来たことが、男は嬉しくて仕方無かった。


「つらかった。本当につらかった。生卵を食べる、拷問のようなレベル上げの日々だった。アレルギーまで発症してしまった時はどうしようかと思ったが、こうして、この日を迎えることが出来た」


 はぁはっはっはっはっはっは!!


 男のまたまたの高笑い。

 男のレベル上げの方法は、生卵、だった。生卵を、生卵のまま食べることが、男の方法だった。あまりの量に実家暮らしの男は親兄弟には気味悪がられ続けてきた。あまりの量と生卵という代物に、何度体調を崩して病院送りになったことか。レベルを上げることを諦めない理由を持つ男にとって幸いなことだったのは、生卵を食べ続けたせいで発症してしまったアレルギーが、本当につい最近になってからだったことだろう。医者に死ぬぞと叱責を喰らっても、男は息も絶え絶えに卵を飲み続けた。


 その苦労の酬いが、今、現実のものとなった。


 男の高笑いが降り注ぐ中、広場に雄叫びが轟いた。

 奇跡。そう男が言っていた奇跡は、本当に奇跡だった。その奇跡を目の当たりにすることになった観客達が、歓喜の雄叫びを、拳を空へと振り上げて、上げたのだ。

 俺の嫁。誰もがそれに当てはまる存在を思い浮かべて。別に、男が発信したゲームに留まらない。この国に数多くある漫画、小説、アニメ、と多くの創作ものに存在しているキャラクター達。その中で自分達の胸を熱く打ち鳴らしたキャラクター(嫁)を、本当の意味でのそれ(よめ)に出来る偉大なる可能性が、彼等に今、指し示されたのだ。

 自分も男と同じ【サモナー】罹患者である者達の雄叫びは最も激しいものだった。まだ感染していない者はすぐさま、近くにいる罹患者に感染させてくれと縋り付く。


 実はカメラを構えていた男のそれは、生中継だった。ローカルテレビの、小さな小さな番組の中の、小さな枠。だが、それを観ている視聴者は確かに存在する。そして画面の向こう側に居る視聴者の中にも、近所の迷惑を顧みず雄叫びを上げるものが居た。そんな視聴者達からの報せをネット上で受けた者達の中にも…。


 雄叫びの中、微かにだが悲鳴も聞こえた。


 男と同じキャラクターを、俺の嫁だとしていたファン達だ。目の前で、愛してやまない嫁が、男と寄り添っている姿を見せつけられる。

 これは地獄だった。

 しかも、【サモナー】罹患者でさえ無いともなれば、自分が嫁を手に入れる機会が何時訪れるやも分からない。罹患者にしてみても、レベル八十六になど辿り着けるまでが遠い。あまりにも相性の悪いレベル上げの方法だった罹患者は特に、悲観の絶叫を上げていた。


 その日、この公園の広場だけではない、各地の様々な場所で雄叫びや悲鳴が上がったという。




「は~い。近所迷惑なので、高笑いも、雄叫びも、悲鳴もそこまでにして下さい」

 パンパンパンッと手を叩き合わせる音が響く。

「今すぐに鎮まらないと、実力行使で音を消そうと思います」

 そう言うのが先か、上空から地面に対して垂直の向きに、強い圧力さえ感じさせる突風が大騒ぎを巻き起こしている人々へと叩きつけられた。

 冷たい風の、痛いまでの特攻。

 台座の上の男を始めとする全員の声を奪う事は、ただそれだけで完了した。


 手を叩いて、今の突風を巻き起こしたのは、スーツをきっちりと着こなした男だった。

「はい、皆さん、今日は。通報によりやってきました【取締局】の可児です。【サモナー】が集まって変な事をしているっていう、善良な市民からの呆れ交じりの通報だったんですけど。まぁ、確かに変な事をしてるみたいですね」

 【取締局】であることを証明するものを全員に見せつけた可児は、まず台座の上で寄り添って新婚夫婦も真っ青なイチャつきを見せている男と、元フィギュアの少女を、醒めた目で見た。


「いつか、誰かが、やらかすとは思っていましたが…。本当にやって、しかも御披露目までやらかす馬鹿が居るなんて、ねぇ…。はぁ、頭痛い」


 とんとんと自分のこめかみを数回指で叩いた可児。何を思ったのか、あの強風を受けてもカメラを回し続けていたプロ根性のカメラマンを指を動かして呼びつけ、自分を映すように命令する。


「【取締局】としては騒ぎを起こさない限りは【サモナー】罹患者が何を召喚しようと、召喚したモンスタ―を何に使おうと、極力干渉することはありません。ですが、このように二次元の存在を三次元リアルにしようとするのでしたら、一つ口を挟ませて貰います」


 まだ中継中であることをカメラマンに確認し、可児はカメラのレンズに向かって、丁寧な物腰で朗らかな笑みを浮かべてまで話し始めた。

 勿論、それはレンズの向こう側だけではなく、この場に居る全員にも言い聞かせるものだった。


三次元リアルへと変化させた二次元を、召還主、または所有者の家から出すことを禁じます。これは自分達の良識を考えても、きっと納得して頂けるかと思います。自分が嫁と呼んでいる程に愛するキャラクターが、他の男をイチャイチャしているのを見るのは嫌ですよね」


 優しく、優しく、可児は全員に言い聞かせた。


「そして、もしも、そういった存在が外に出ていることが確認出来た場合」


 可児から笑顔が消える。


「召還主、所有者の目の前で、ぐちょぐちょに破壊します」


 処分という言葉を使うでもなく、罰を与えるというでもなく、可児は真剣な眼差しをランランと輝かせて言い切った。破壊する、と。しかも、ぐちょぐちょという、どう考えても碌でもなさそうな破壊方法しか思い浮かばない擬音を使って。


「えっ?」


 男は自分の、ようやく人間にすることが出来た自分の嫁を抱きしめ、不穏なことを口走る【取締局】の局員だという可児を睨みつけた。


「もう、そのキャラを見るだけで呼吸困難になるっていう程に、目の前でぐちょぐちょに、二目も見られないように破壊しようと思います。ですから、是非とも無用な混乱と悲しみを生み出すことのないよう、自宅の中でだけじっくりとお楽しみ下さい」


 トラウマを植え付けてやる、と宣言しているも同然のその言葉の中で、破壊に関する説明をする時だけ、可児はやりたくてうずうずしていると顔で語って、笑顔を浮かべていた。


 重く、そして静かに、先程の騒ぎが嘘のように静まり返る。人々は焦っても走ってもいない様子で、物音一つあげないように注意しながら、この場を後にしていく観客達。

 罹患者達はきっと、この日からレベル上げに勤しむだろう。非罹患者達は何とか感染しようと奮闘するだろう。


「あっ、松井和孝さん。貴方はちょっと【取締局】の方に来て貰いますよ?あぁ大丈夫です。今日のところはまだ、貴方のお嫁さんには何もしませんから」


 台座から降りて、嫁を連れて逃げ去ろうとする男、一切知られることなく高レベルにまで達した松井和孝、三十四歳、に可児は声を掛けて帰宅を阻止する。


「何度もアレルギー症状を出して、忠告も聞かない困った患者について。とある医者の方から【取締局】の方に通報がありまして。それについて、お話をしましょう」


 これ以上は命に関わる。

 わざと食べてる癖に救急車で運ばれてきて、注意も聞かずにまた食べる。


 そんなはた迷惑この上ない患者、【サモナー】罹患者であるのだから、そちらの担当だろう。大変にご立腹な医者からの通報に、公務員としては無視することは出来ず、ちゃんと動いたという記録などが必要だった。


 ある麗らかな、馬鹿みたいな【サモナー】の力の活用方法が公表された日。

 この影響は大きかった。レベル上げに必要なものを購入したのであろう、店頭から一気に消える商品などがこの日、各地のスーパーなどで確認された。そして、フィギュアを制作している会社には、様々な等身大フィギュアの制作依頼が大量に舞い込んだ。依頼は男性女性入り乱れて、その注文は事細かに細部にまで指示が記されているようなものが多かったという。

某「○コレ」をイメージしてみました。

俺の嫁、を現実にする方法としては三つ考えていたのですが、ピグマリオンはその内の一つです。

ふと思うのは、三次元になった嫁って、アニメ・漫画絵のまま三次元になるのか、それともちゃんとリアルで再現されるのか。そのままだと、ただのCGな気もしないでもないけど…。まぁ、そこは人それぞれですかね。


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