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2015年/短編まとめ

死ぬとか生きるとか、そんな言葉遊び

作者: 文崎 美生

生きたいと思う人がいるんだから、死にたいとか言うな、なんて言葉は所詮綺麗ごとでしかない。

少なくとも私はそう思う。


だって逆に行ってしまえば、生きたいと思う人がいるように、死にたいと思う人がいるんだから。

生きたいと思うように、死にたいと思うこともまた、自然なことなのだ。

ただの一度も死を考えたことのない人間なんて、いるはずがない。

私はそう考える。


死ぬな、って言葉だけで考え直せるなら、何一つ悩むことなんてない。

安っぽい慰めの言葉で、心の傷や歪んだ思考が止まるほど、人間っていうのはお安く出来てはいないのだろう。

いつか死ぬなら、今死のうが明日死のうがいいじゃない。

大差ない時間だって言える。


「それで?今すぐ死にたいって相談?」


私の独り言にも近い言葉を言葉をちゃんと聞いて、ちゃんと咀嚼して飲み込んで、反応してくれるのは彼だけだと思う。

目を細めて、でも眉は少しだけ困ったように下がった笑顔を私に向ける彼は、のんびりとした動作でコーヒーカップを掴む。


名前も知らないクラシックの流れる、昔ながらの喫茶店のボックス席。

そこで私達二人は、向かい合うように座って言葉を交わす。

と言っても、殆どが、独り言のように語る私の言葉を彼が聞いて、質問をしたりするだけだが。


「まぁ、死ねるものなら死にたいけど」


痛いのも苦しいのも嫌だ。

死体が見るに耐えないものも嫌だ。


「そんなの皆、嫌だろ」


「うん、知ってる」


私の言葉に彼は苦笑して、コーヒーカップに唇を付けた。

あの真っ黒な液体の何が美味しいのか、私には到底理解出来ない。

目の前の純白のレースをまとったような、着飾った貴婦人みたいな、可愛らしいご令嬢みたいなショートケーキと、キャラメルマキアートを前に、私は緩く頷く。


指先で、ショートケーキの上にお行儀良く乗っかっていた、ショートケーキのメインとも言えるいちごを摘む。

いちごの乗っかっていた生クリームは、ほんの少しいちごの色が移ってピンク色になって窪んでいる。

何でこんなにファンシーなものを前にして、私達は、私は、死にたがりの発言をしているんだろうか。


「死にたがるのは良くないこと。それは凄く、分かってる。常識的に考えてってやつでしょ。分かってるよ」


いちごを皿の端っこに置いた私は、フォークを持ってケーキを一口サイズに切っていく。

抑揚のない言葉を聞いても、彼が顔を顰めることは無い。

ただ少し困ったように眉を下げるだけ。


「でも、たまに思うの。朝起きたら、何で生きてるんだろうとか。電車を見ると飛び込みたくなったり、トラックを見ると飛び出したくなったり、高い所にいると飛び降りたくなったり、刃物を見ると切りたくなったり、紐を見ると締めたくなったり」


衝動的な自殺願望。

脅迫にも似たそれに、追いやられるようにして、死へと足を踏み出そうとする。

手を伸ばそうとするのだ。

意味は無い、理由も無い。


何でだろう、何でだろうね、問に対して出ない答えを求めることすら辞めるように、私の思考はそこで止まる。

次に吐き出す言葉も見付けられずに、ただの作業のようにケーキの欠片を口の中に運ぶ。

サッパリした生クリームが舌の上を滑る。

美味しいのに味気ない気がするのは、きっと私のせい。


咀嚼して飲み込むまでが酷く億劫に感じていると、彼がこちらに手を伸ばして来る。

骨張った指先が唇の端を拭って、彼の口元に向かう。

「付いてる」と嫌になるくらい色っぽく笑う彼が、指に付いた生クリームを舐めとる。

あぁ、イケメンだなぁ。


「でも、死ねないんだろ?」


「……そうだね」


「なら、それでいいんだよ」


白い歯を見せて笑う彼は眩しい。

目が痛くなるくらいに眩しくて、グズグズとした思考をぶっ飛ばしてくれる力を持つ。

優しくて甘ったるくて、どうようもなく居心地の悪くなるような感覚が愛おしい。

身じろげば、彼の手がもう一度伸びて来て、私の前髪に触れる。


「それでも、お前が今、生きてるならいいんだよ」


私が感じる愛おしさを、彼も感じているのだろうか。

酷く優しく細められた目と、壊れ物を扱うような指先に、体中の熱が顔に集まるのを感じる。


彼は私の言葉を真剣に聞いてくれる。

言葉遊びでしかないようなものも、独り言でしかないようなことも、真剣に聞いて言葉を選んで返してくれるのだ。

『死にたい』と言えば、ありきたりで安売りしているようなテンプレートな、意味も価値もないように感じる味気ない『そんなこと言うな』でも『生きたい奴もいるんだ』でもない言葉。

私の言葉を否定せずに、受け止めて認めてくれる。


どうしようもなく心地良い居心地の悪さ。

否定されないことの心地良さ。

私には彼しかいない、と思い知らされるような居心地の悪さ。

喉が渇いているのを感じて、コップにびっしりと水滴の張り付いたキャラメルマキアートに手を伸ばす。


水っぽくなったそれを喉に流し込みながら、私は彼と同じような眉を下げた笑顔を見せた。

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