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二十一歳の魔術高校生と十九歳の魔術召喚士  作者: 高橋 浩二
『プロローグ』 裏切りのユダと召喚士の娘
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『第三話 理事長の娘』

ハクヤは六科学院の職員室で自分が世話になる担任の教師に履歴を見られており、胸に不安を覚えて目の前の教師を見ていた。


(…書類は自分でも確かめたはずだ。おかしなところはないはずだ)


 少し長めの黒髪に今年卒業したばかりですと書いてありそうな、皺ひとつないスーツを着ているハクヤの担任の女性の名前は『川田玲奈 カワダレイナ』といいハクヤと一つか二つしか年齢が違わないのではないかという、少し幼さが残る女性だった。


「…ハクヤ・ミクスト君か」


 彼女はハクヤの編入する書類を確認している最中だった。

 ハクヤは教会の書類に不備がないとはいえ気が気ではなかった。書類上では欧州の学校から、日本の魔術を勉強するという形で編入という形になっている。


(……何も可笑しいところは……ないはずだ…)


 目の前の女性が書類を見ている時間が永遠にも思われてくる。何を、そんなに食い入る様に見ているのかハクヤは尋ねたくなった。


「フーン。日本の魔術を見てみたいという事で編入か…勉強熱心なのね」

 ハクヤの心配を他所に挨拶してくる幼顔の女性に、ハクヤは間の抜けた表情になりそうだった。


(…俺があれだけ、心配したのに……)

 ハクヤにとっては命の瀬戸際みたいな場面だったのを、普通に挨拶で返してくるものだから、怒りを通り越して呆れさえした。


「それじゃ、皆に紹介するから付いてきてくれるかしらハクヤくん」


 ハクヤは言われた通りに、自分の担任であるレイナについていった。

 彼は廊下を歩く途中で、レイナに対して質問をした。


「……先生は、新任卒でこの学院に入ったんですか?」

 ハクヤは担任のレイナが――まさか自分よりも年下という事はないだろうと尋ねてみた。


「……私が新卒だって、良くわかったわね……まあどうせすぐ分かることだしいいか」

 レイナはハクヤの方に振り向いて、少々驚くと、自分の服装を見て納得していた。


「それでも、私は今年で二十二だし、この顔だから威厳とか全然ないのよね…その点、ハクヤ君は顔つきがキリッとしてていいわね」


 レイナはため息を一つ『はぁ』と吐いて、教室の方に歩いていく。

 ハクヤはまさか、自分と同じ年だとは思わなかった――ハクヤは早生まれの為に来年で二十二歳になる。


(……まさか、自分と同じ年の女に勉強を教わることになるとは……)


 ハクヤは頭を抱えたくなった。

 生徒が年下なのは我慢できる。

 しかし、教師すらも自分と同じ年齢だとは想像すらしなかった。

 ハクヤが前途無難に行くかどうか分からないと逡巡していると、レイナが目的地に着いたのか、自分の担当しているクラスに入る前に一度振り向き。


「それじゃあ。私が返事をしたら入ってくれるかしら。ハクヤ君」


 ハクヤの担任のレイナは、要件だけを彼に伝えて自身は教室に入っていった。

 教室の中の喧騒がハクヤの耳に響いてくる。

 ――待たされている時間というのは、どうしてこうも長く感じるのかとハクヤは考えており、何度も頭の中で繰り返していた、編入の挨拶を反芻していると――担任のレイナに急に呼ばれて、ハクヤは体を一瞬震わせて反応した。


「……それじゃあ、入ってくれるかしらハクヤくん」


 レイナがハクヤに自身の教室に入るように促す。

 ハクヤの視線には、『3―A』と書かれているクラスが目に付く、この中には卒業を控えた生徒がたくさんいるだろう。

 最上位のクラスに上がったばかりの生徒とはいえ、何故こんな時期にと聞かれるかもしれない。

 それにもしも自分の正体が判明したらと考えると――ハクヤの手が汗だくになりそうになる。


 ハクヤは鼓動が高くなるのを聞くと同時に、目の前の扉がとてつもなく遠くなるのを感じ、足が硬直して、動くのを嫌がっている気がする。

目の前の扉が魔窟に見え、このまま此処で立ち止まっていたい衝動に駆られた

額から汗が流れそうになるが、それを拭い。

気休めにしかならない深呼吸をして、脳に伝達を下し四肢を無理やり動かして平常心を装い教室に入っていった。




――ハクヤが教室に入ると生徒たちの間で、噂話が聞こえる。

 彼は感覚を耳に総動員して自信を疑う者がいないか聞き耳を立てていた。


(……教師は騙しとおせることが出来たが……後は生徒だけだな……ここさえ乗り切れば)

 ハクヤは神頼みをする――賽は降られた、後はそれが善と出るか凶とでるかであった。


 唯一の幸運は、彼が東洋人特有の幼さの残る顔立ちをしており、顔に少し険があっても年齢より若く見られるという事だろう

 それだけを頼りにハクヤは祈りながら、生徒達の姿を見て、聞き耳を立てる。


『……なんだよ、野郎かよ』

『……なんか暗そう』

『結構いい男じゃない』

『イケメンだよね』

『うん、なんかいい感じかも』


 それぞれの生徒が感想を口にしており、その中で茶髪の背の項ほどまで髪を伸ばした女子生徒が、水色の髪をした女子生徒に尋ねる。


「優梨奈『ユリナ』はどう思う?」


 その声に真っ先に反応したのはユリナと呼ばれる女性でもなく、周りの生徒でもなくハクヤだった。

コンマ何秒かが流れてユリナは薄紅色の唇を開くと。


「私はいいと思いますよ。こんな時期に転入してくるのは何か理由があるのかもしれませんけど、優しそうですし」


 その声を聞いてハクヤは心の中で安堵した。疑われなくて良かったと、後は彼女に悪い印象を持たれなくて良かったと。


(……掴みは大丈夫なようだな。後は自己紹介だけだな)


 ハクヤは教室の教壇に立ち少し高めの身長を曲げて会釈をすると。


「今日からお世話になるハクヤ・ミクストです。海外での暮らしが長かったために何分勝手の違いに戸惑うかもしれませんが、よろしくお願いします」


 ハクヤは言葉を一端切って生徒達全員に告げた。


「それと俺はマナが殆んどない為に、貴方達と違って魔術を使う事が殆ど出来ないけど――仲良くしてくれたらうれしいかな?」


 十代の口調はこんな感じだろうかとハクヤは胸中で浮かべながら挨拶をする。

 その言葉に教室の生徒達がざわめく、マナ『魔力』というのは魔術を行使するうえでのガソリンである。


 そのガソリンがないという事は一切の魔術を行使できないという事である。

 一般的にはマナ『魔力』は一~千までありどんな人間にでも宿るのであるが、ここ魔術学院に通っている生徒達は、比較的素養の高い者たちの集まりでもある。


 教室の全員がハクヤを興味対象の目で見ており。

 教師のレイナが手を叩いて生徒達を黙らせると。


「ハクヤ君は魔術が使えないけど、君たちとは何も変わりありません。筆記テストではほぼ満点に近い数字を叩きだしているので心配することはありませんよ」

「それでも編入を許可したのは理事長の決定なので、何か文句がある人は理事長まで」


 さすがに自分の入学に理事長が関わっている事はハクヤも知らなかったのか、少し目を見開いていた。

 それでも、口答えするものは生徒にはいた。


「アナログが、うちの学校に来て何すんだよ。馬鹿じゃねえの」


 マナの量はF~Aまでのランクがあるが、そのなかでも1~25のFランクの人間がおり魔術に関与していない人間は此処に分類される。

 そして、120番目の元素のマナが発見されてから、全くといって魔術の素養がない者たちをアナログ『古い』と呼ぶ風潮が社会の中で浸透していった。

 ハクヤはその中でも、全く持って殆んどマナを持っていないのでランクGといった所か、彼は、そんな中傷を気にした様子もなく、無視して自分の席に向かっていった。

 椅子に座ろうとすると、先ほどのユリナと呼ばれた女性が隣から声を掛けてきた。


「私はマナとかそんな事は気にしませんよ」


ユリナは青く薄い水色の長い髪を揺らしながら彼に微笑んだ。

 ハクヤは教会に所属していた時の聖母像の微笑を彼女に連想しそうになった。

 ハクヤは目を凝らしてユリナに笑顔で頭を下げて返す。


ユリナの白い肌と薄紅色の唇と大きく開いた水色の瞳と睫。

彼女の髪の色を強調している白いカチューシャと後方で髪を束ねているリボン、白い肌を際立たせるように黒と白の色を灯した制服が、彼女の肢体と合わさって見事な輝度を映し出していた。


ハクヤは裏切り者の自分に向けるには優しすぎる純粋な善意の微笑みに、心が痛たたまれそうになった。


(……この女性が、俺がこれから騙す女性か……)


 ハクヤの隣で優しい笑顔を浮かべているユリナと呼ばれる女性が、理事長の娘であり。

 これからハクヤが情報を引き出そうとしている工藤優梨奈『クドウユリナ』という女性であった。


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