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「幸せ」

ハクヤとエイシュンの横から、銃声の音が聞こえて、ハクヤはエイシュンを庇い銃弾を受けた。

 いくらハクヤの着ている戦闘服が防弾使用とはいえ、」小銃の連弾を受ければ、内臓を損傷する。


「グッ‼!」


 ハクヤは体をクの字に曲げるように倒れこむと比較的無事なエイシュンに言った。

「……逃げろ」


「ハクヤ君……君は……

 教会の出した答えは、ここでの戦闘中にエイシュンとハクヤを始末するという事だった、後の処理はどうにでもなるということだろう。

 それに、ハクヤはいつか自分が使い捨てられるのを知っていた。


「分かってたさ……遅かれ早かれこうなることはな、ただそれが……結果になっただけだ。アンタは逃げろ」

 

ハクヤはエイシュンに逃げろと告げる――ハクヤの言葉を受け取ったエイシュンは一言申し訳なさそうに呟いた。


「すまん」


「いいさ、行ってくれ。アイツには、俺は何処か遠くへ行ったとでも言っといてくれ……」


「いいのかね、君はそれで」


 エイシュンは、少し戸惑い、ハクヤはそれに対して切り返した。


「……いや、よくはないが……俺ももう疲れたよ……希望を追いかけるのも、追いかけて絶望するのにも……」


 それはハクヤの心情の吐露だった――彼は本当に疲れたのだろう。

 何度も何度も絶望を味わって、生きることに疲れた男の心中だった。


「……そうか」


 周りは教会の兵に囲まれており、何処にも逃げ場がないが、一点だけ包囲の穴があった――それが意図的なのかどうかは分からないが。


「アイツをよろしくな」


「ああ」


 それだけ言うと、先ほどまで争っていた二人は、立場を変えてエイシュンは包囲の穴に走り出した。

 教会の兵たちは、不思議な事にエイシュンのことをまるで、わざと逃がすかのように道を開けていった。

 エイシュンが逃げ出したことを確認するとハクヤは、倒れた体を休ませるように墓石を背に持たれると。

 自分の方に歩き出した人物を、冷めた目で見ていた。


「どういうことだ? エイシュンを逃がすとは……」


 淡々とした口調でハクヤは、教会の兵を連れているバテウスに尋ねたが――バテウスはハクヤの言葉に笑い出すと。


「まだ、分からんか、貴様の情報を売ったのは、儂だということに……」


 心底可笑しく笑うバテウスにハクヤは、最初から自分が裏切られていることを知った。


「ああ、そういう事か、俺がエイシュンを殺そうが殺すまいがアンタらにとっては、どうでもいいことだったんだな」


 ハクヤは全ての辻褄が合うようだった。


「そう、全てはお前を始末するための芝居だったわけか……」


「そういう事だ。ようやく理解したか、全てはお前を殺すために芝居だという事に……まあ、あの程度の男は、いつでも失脚させることが出来る……別に学院に潜伏しているのは、お前だけではないしな」 


 バテウスは、目の前で何もかも諦めかけた目をしている男を笑い、何をしても自分たちの立ち位置は揺るがないのを理解しての、高みからの笑みだった。


「そんなにも、俺の事が邪魔だったのか?」


「ああ、お前は知りすぎた。ただそれだけだ」


「……その前に一つ聞きたいことがあるんだが、構わないか?」


 ハクヤは終わる前に一つだけ聞きたいことがあった。


「……いいだろう」


「よろしいのですか?」


 バテウスの返事に、ハクヤの周りを囲んでいる教会の兵たちが、ざわめく。

「別に構わん。こやつはもはやどうすることも出来ぬわ」

 確かにハクヤは、もう動くこともできない程に消耗しきっていおり――風前の灯と言った処だった。


「俺が死んでも、まだ、学院の理事長の暗殺は続けるのか?」


 バテウスは、ハクヤの質問に呆れたように答えた。


「なにを馬鹿な事を、さっきも言ったろう。あの男がいようがいまいが、我が神の立場は揺るがないのは貴様が一番知っておろうに」


「そうか」


 これで、心残りはないとハクヤは目を閉じて、目の前の上司が自分に銃を向けるのを待ったが――――がいつまでたっても、自分に発砲音が聞こえないのが気になり、ハクヤは瞳を開けてみると。

 突如として、巨大なオオカミが突っ込んできて、教会の兵に襲い掛かっていた。

 ハクヤはまさかと思い、周りを見渡してみると――予想通りオオカミの上に僅かな水色の髪が見えて狼狽した。


(……なんで……なんでアンタがいるんだ‼)


「ええい‼ たかが一匹巨大な獣が現れただけではないか、狼狽えるな‼」


 バテウスが混乱を治めようと、兵たちを叱責するが、その程度で混乱が収まるわけもなかった。

 無論、この隙を逃すハクヤではなく、四肢に力を入れて立ち上がると、自身に銃口を向けているバテウスの銃を蹴り飛ばす。


「貴様‼」


 周りを囲んでいた教会の兵たちは、オオカミの相手に夢中になり。ハクヤの周りは手薄になっていた。


「全く、これじゃいつまで経っても、終われないじゃないか……」


 銃を蹴り上げられて、バテウスはハクヤを憤怒の形相で睨みつけるが、ハクヤは本当に嬉しそうに笑うと、姿の見えない彼女の元へ走り出した。

 満身創痍の体に信じれらない程の力が湧いてきており、今なら何でもできそうな気がしてくる。


(……まさかとは思うが、あのオオカミはもしかしたらオークか?)


 ハクヤは、教会の兵を倒しながら、彼女に会いに駆け抜ける。


「どけ‼」


 天使の力を降霊させて、ただひたすらに想い人の所へ走る――視界に入るのは会ったときと同じような水色の髪、彼女もこちらに気付いたのか、いつもと変わらぬ笑みを自分に向ける。


 ――そうだ自分は、あの笑顔に惹かれたのだ。


「ハクヤさん‼」


 ここが戦場だというのに、それすらも気づかない程に夢中になり彼女は水色の髪をなびかせて、こちらに手を振る。


 ハクヤは彼女を抱きかかえるように飛び込むと、二人して芝生の上を転がりこんだ。


「……どうして来たんだ‼? お前が来なければ諦めもついたのに、どうして見捨ててくれないんだ。アンタにさえ見捨てられたら何もかも諦めがつくのに……」


 ハクヤが目の前の女性に、心の底からの声を出したのは必然であった。

 問われた、ユリナは少し困ったような表情をした後に、自分の手でハクヤを抱きしめると。


「見捨てていくなんて、そんなことできるわけないじゃないですか」


 ユリナは、ハクヤの肩に自分の顔を乗せて――彼女はハクヤに伝えようとしていた言葉があったのだが、彼を一目見た瞬間に何を言い出すべきか分からなくなったというよりも、嬉しさで泣きそうになったのだ。


 もしかしたら彼も自分のような人をずっと待っていたのかもしれない。


「……俺はずっと、ユリナのような女性を探していたのかもしれない」


「……私もハクヤさんのような人を……」

 ユリナは何かを言おうとしていたが彼女の声は続くことはなく――ドン‼ 二人の声色をかき消すような音が響いく音が聞こえると、ユリナの胸元から血が滲んでいた。

 一発の銃声が鳴り響くと、それを契機に次々と銃声が鳴り響いた。

  ハクヤは彼女を地面に庇うように押し倒すが、それでも彼女から流れ出る血は止まらなかった。

 最初にハクヤが感じるのは、死の予感だった――ユリナから流れ出る血は、まるで止まることなく流れ出ていっていった。


(急所を撃たれている……これは)


 ハクヤは知っていた――胸を銃弾で撃たれた人間がどうなるかを、彼女の暖かった手から血と一緒にどんどんと温もりを失われていった。


「……私、ハクヤさんに言わなきゃいけない事があるんです」


 彼女は息も絶えそうな、残された力を使いハクヤに言葉を伝えた。


「……ハクヤさん、私に幸せになってくれって言いましたよね」


「……ああ」


 何をいまさらとハクヤは、芝生に倒れているユリナを抱きしめながら、彼女の声を聞いていた――皮肉に墓場で生者が死ぬという現象は、自分の所為だと認めなければならない。


「……私、いまとっても幸せです……大好きな人に抱かれて、こんなにも幸せ」

「……いつまでも、幸せいっぱい……」

 それが、彼女の選んだ答えだった――彼女はハクヤとの約束を守ったのだ。

 それを最後にユリナは瞳を閉じて、動かなくなった――心臓の鼓動も停止しており、誰の目にも彼女が死んでいるのは明らかだった。


「……おい、死んだぞ」


 ハクヤはブツブツと誰にも聞こえないような後悔と自責の念を口にし出した。

 そこにバテウスが、ハクヤを憐れんだ目で見ており、オオカミのオークも銃で体を撃たれて、息も絶えそうになって横になっていた。

 所詮は少しばかりの騒ぎが起きただけで、騒ぎは沈静化していた。

 最初から、戦いを知らない者の出る幕はないと言わんばかりにバテウスはハクヤに歩み寄り。


「……そうだな、その娘は死んだ……だが、それは貴様の所為だ。貴様の愚かさや未練がその女を殺したのだ」


 バテウスはハクヤを糾弾し、今度こそ天に送るべく銃口を構える。


「……ああ、そうだな俺の所為だよ。こいつが死んだのも……こんな下らない結末にしたのも……」


 ハクヤは、気が狂ったように少し笑って、自分の髪の毛を引っ張る仕草をしていた。


「……ああ、お前ら、俺を殺したかったんだっけ……」


 ハクヤは頭上の天に手のひらを掲げると、言霊を口にした。


「我は未来、過去、現在をしるものなり、我は聖霊、人、神格を違える

三位一体の物なり、我が呼び声に応え、我が内に宿れ、サリエル」


 降霊術の本質とは、神を自身に降ろす行為である。自分自身は、現世に召喚される神の器となり、そこに自我は存在してはならない。


 ただ、一つ問題があれば、あまりにも高位の存在を内に降ろすことに、所有者の肉体や精神が耐えられるかという事である。

 ハクヤの顔から、全身に幾何学的な模様が流れていき、徐々に人間から違う何かに変貌していく。


「馬鹿か‼! 貴様は天使の力を全て自身の肉体に降ろすなど‼! それでは数分と待たずに貴様の肉体は崩壊するぞ‼」


 バテウスはハクヤを嘲弄し口元を歪めて彼を笑った。


「ああ、確かに数分しか持たないかもな、だが貴様らをしまつするには十分な時間だ」

 ハクヤの全身に刺青が刻まれると、彼の姿が残像を残したように消えると、教会の兵の一人が、背中からククリを突き立てられて絶命した。

 ドサリという音を立てて、墓場の地面に血を吸われて倒れていく様は、まるで白黒の映画でも見るかのようだった。

 ギロリと深淵を覗くハクヤの目で睨まれた教会の兵たちは、恐怖を身に覚えて畏怖した。


「ヒッ‼!」


「お前たちも知っておくといい、畏怖というものが何かということをな」


 逃げ腰になり足が竦んだ兵が銃弾を数発撃ちこまれて呆気なく倒れる。


「化け物」


 戦意を失った、兵たちは次々と地面に倒れていった。一人は胴体を蹴られてボロ雑巾のように飛んで行ったり、千差万別の終わり方をし、誰一人として立ち上がる気配は残っていなかった。


 そのなかでも一人だけになったさすがは元ナンバーズのバテウスは、ハクヤと相対すると。

 驚くほどに平静を保っていた。


「そうか、儂を殺すか……それでどうする? 儂を殺して、毎日教会の追っ手に怯えて生きるか」


 バテウスはハクヤに問いかけるが、ハクヤの方はもはや自我があまりないのか、目の焦点があっておらず朦朧としているのかも区別がつかない。

 事実、バテウスは何もしていない、気配を極限に殺して、気が狂った獣が暴れまわるのを冷めた目で見ていただけだった。

 バテウスは、気配を殺して自身の存在を消していただけだった。

 それで後は、勝手にハクヤは自滅すると考えたのだ――最もそれが出来ないで恐怖に駆られた、有象無象の兵たちは次々と倒れていったが。


「もはや、儂の問いに答える力もないか、いいだろう。哀れなお前の生も終わりにあしてやろう」


 バテウスがハクヤの頭を目掛けて、銃を放とうとしたときに、突如としてハクヤの目に光が戻り、バテウスの体にククリを突き刺した。


「ガハッ‼」


「……そうか、これが、貴様の答えか……この裏切り者めが……」

 

 バテウスは口から血を流して、ハクヤに呪いの言葉を吐き出すと、ハクヤに体を預けるように前のめりに倒れていった。


「……さよなら、義父さん」


 ハクヤは、最後に世話になった養父への送る言葉だった――ククリの刀身から流れる血が、手に当たる感触を実感させた――それが切っ掛けの呼び水となったのかは分からないが、ハクヤは、失われていく理性を振り絞り、降霊術を解こうとした。

「……はあ」


 長い溜息を吐いた後に、彼は意識を取り戻し人間に戻ると、目に映る光景に否が応でも戦争を思いださせた。

「……結局は、こうなったか」


 ハクヤは、あのまま狂っていた方が幸せだったかもしれないと、何も知らず――ただ、肉体と精神が崩壊するまで、あのまま狂っていた方が良かったのかもしれないと、ハクヤの目に映る現実には幸せそうな顔で、笑ったまま横たわっているユリナの姿があった。


 服は血まみれだが、彼女の顔は驚くほどに綺麗だった。

「……ユリナ、ごめんな生きちまったよ。もうどうすればいいのか分からないのにな」

 ハクヤは膝をついて両ひざに手を置いて彼女に呼びかけるが、返ってくる返事などあるはずもなく。ただ、黄昏の空に声色が消えていくだけだった。


「……墓を作ってやらないとな……」


 ハクヤはかぶりをふって、傷だらけの体を使って地面を掘りだした――あまりにもやるせない表情をして、彼は罪を償うようにただ掘り続けていた。


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