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魔術師と暗殺者

 ハクヤは倒れた三人が生きているのを確認すると、踵を返して、急ぐこともなく、ただゆったりとした足取りで歩いていく。

胸から、指を弾くだけで人を殺せる道具の安全装置を外して、牽制に一発打ち込む。

 避けなければ確実に人の胴体へと直撃する筈の弾丸を標的は意図も簡単に魔術で逸らした。


「随分な挨拶じゃないかね、ハクヤ・ディス・ミレイユ君」 


 六科学院のエイシュンはハクヤの方に振り向くと、自身の本名が言い当てられた、ハクヤは歯噛みしたような表情になった―ー分かってはいたが、こうも状況が八方ふさがりでは、例え勝ったとしても終わりは見えているからだ。


「少し話をせんか……まだ、学院が始まるまでは時間がある」


 エイシュンは朝焼けの墓場に立ち、空を眺めながら言った。命の危険がある中で敵対者から、目を離す。

 舐められているわけではないのだろうが、分かっているのは、二人の決着はどちらかが死ぬまで終わらないというだけである。

 死に目にあう前に話したいという欲求は誰にでもあるものだ。


「俺からも、頼みがある」


「……ほう、何かね」


 エイシュンはハクヤの方から、頼みがあるとは思っていなかったのか、興味深そうに彼の方に耳を傾ける。


「俺と一緒に何もかも捨てて、抜け出さないか。そうすればもう教会の使いも、学院にこないはずだ」

 

 ハクヤはエイシュンに全てを捨てて、別の生き方を二人でしないかと提案しているのだった。

 それを聞いたエイシュンはまさか、そんな大それた風呂敷を広げられるとは思ってもみなかったのか、目を大きく開いて笑い出した。


「ははははは‼ まさかそんな事を言われるとは、流石に予想していなかったわ」

「なら、何を予想していたんだ?」


ハクヤは、大体の予想は付いていたが、聞いてみた。


「ふむ、儂が考えていたのは、儂に死んでくれというのかと思っていたが違っていたようだ」


 いくら、ハクヤと言えどそこまで恥知らずのつもりはない。

 そんな頼みごとをするなら、ハクヤは死んだ方がマシである。 


「俺の方は、あまり長話は出来ないんだがな……」


 エイシュンには時間があるとはいえ、ハクヤには時間がない、あまりモタモタしていると相当部隊が向かってくるかもしれないからだ。

 エイシュンと相対している以上は、向かってこないと思われるが、状況次第ではどうなるか分からないからだ。

 話すネタも尽きたのか、ハクヤは少し腕をだらんと脱力させると、もう一度銃身をエイシュンの方に向けて、発砲する。

 やはり銃弾は当たらずに、軽くいなされる、二度三度と発砲するが、銃弾が無駄になるだけで、なんの意味もなさなかった。

 魔術というのは、上級者になればなるほど詠唱が早くなる。

 銃というのは抜く構える撃つの三つの動作が必要とされており、これらの動作が一つでもかけると、非常に精度を欠いて当たりにくい代物となるのである。

 つまり、ハクヤが銃を撃つよりもエイシュンの銃弾を回避させる詠唱速度の方が早いという事である。

 

 これでは、どんなにハクヤが命中の精度が高くても当たらないのである。

 ハクヤにとっては、近づく前にエイシュンの魔術が何に特化しているのを見るための牽制だったのだが、それはエイシュンにも分かっているようだった。

 自分の能力は知られているかもしれないが、エイシュンの情報は、ハクヤの手元にはないのである。

 つまり、情報という点においては、どうあってもハクヤの方が不利であった。


「こうなったら、アンタを倒して、無理やりにでも連れていく。そうしないと、あいつはいつまでも解放されないからな」

 

ハクヤは知っていた。例え自分が任務を放棄していなくなったとしても、第二第三のハクヤが現れるかもしれないと、後顧の憂いを絶つためにもハクヤはこの場に来ていたのだった。

 降霊術を駆使して、全力でエイシュンに接近戦を挑もうとするが、次の一言によって、ハクヤの足は止まった。


「ハクヤ君、私からも一つ提案した提案があるんだが聞いてもらえるかね……」

 

ハクヤは聞く耳を持たなくてもよかったのだが、別に無下にしなくてもよいと感じたのか


「別に言うだけなら、聞いてやる」


それを聞いたエイシュンは少し笑い。


「ハクヤ君、私の元にこないかね?」


 エイシュンは本気でハクヤの事をヘッドハンティングしていた。確かに教会の幹部クラスが、魔術師に情報を持って裏切れば、計りしれない価値になるだろうが、ハクヤは少し肩を落とすと力を抜いて笑い出した。


「フフフフフ、アハハハハハ……」


 笑いを止めるとハクヤは、面を上げて眉間に皺を寄せて、憤怒の表情でエイシュンに殺意の籠った瞳で見ると。


「……あまり、舐めるなよ」


 此処に来たのは、あくまでも戦うために来たのであり、死すらも覚悟しての行動である。

 それを、あざ笑うかのような取引にハクヤは憤ったのである。


「やれやれ、私ももうすぐ、四十後半だというのに君のような未来のある若者を相手にするのは疲れるのだがね」


 エイシュンは自らの魔術を展開させると、銀色で出来た少し大きな球体を周りに展開させた。

「それが、アンタの魔術か……」

 ハクヤはエイシュンの魔術がどのような物なのかを警戒すると、まずは自らの降霊術の左目で観察した。


(なんの変哲もない金属の球のようにみえるが……)


 ハクヤはエイシュンに向かって行くが、そこで自分の左目に僅かに光が走ったのを視認すると、ハクヤの体に電流が流れた。


「ガッ‼」


 ハクヤは一度全身を痙攣させて倒れると、目の前のエイシュンを見る、意識ははっきりしているのに、体が動かなかった。

 ハクヤの体が動かないのがなぜかというと――電流による、筋肉の痙攣により、ハクヤの意志に反して体が、機能しなくなっていた。

 自身が倒れた先で、魔術を行使させようとしているのは、学院で最高クラスの術者であった。


(……こんなところで終わるのか?)


 瞼が落ちていく先には、エイシュンが自信を永遠に葬り去る魔術を行使しようとしている。

 ハクヤは地面の砂を僅かに残された力でつかむ。確かに死ぬ覚悟はしていたが、せめて目の男に一矢でも報いなければ死にきれない。


(まだ死ねるか‼)


「おおおおおおお‼!」

 ハクヤにしては珍しく咆哮を上げて、体に力を入れて立ち上がると。

 まだ少し、体の感覚が戻っていないのにも関わらず、ハクヤは残された力でエイシュンの追撃の稲妻を躱した。

 最もエイシュンとしては、この程度の騙し討ちで終わったのでは期待外れだったが。


「アンタの魔術は分かった。アンタは空気中のイオンと、物質の中の自由電子を操れるんだな」

 

物質の中の自由電子と空気中のイオンが操れれば、大抵の電気の流れは制御できる。

 電気というのは、空気中ではプラスからマイナスのイオンに、マイナスからプラスに流れる性質を持っており、これらのイオンを操ることが出来れば電気の流れは、ほぼ制御できることになる。

 ただし、落雷などの余りにも巨大なエネルギーは制御できないだろうが。

 それでも人間一人ぐらいを殺傷するなら十分である。


「ほう。よくわかったね」

 

エイシュンはハクヤを純粋に褒めた、それは、エイシュンの魔術の自信と心からくる余裕の表れだろう。

 エイシュンの魔術は、中距から遠距離を目標としており、ハクヤにとっては非常に相性が悪く、エイシュンにとっては非常に有利だからだ。

 近接戦闘でしか、エイシュンを倒すことしかできないハクヤは、持久戦になると考えて、左目に全神経を集中して、空気中のイオンの流れも把握できるようにする。


「これからは、どちらかが取りこぼした方が死ぬことになるな」


 ハクヤは、懐から銃を取り出して発砲する。

 効かないのは、分かっている。銃弾が弾かれるか剃れて別の方向へ飛んでいく。

 だが、いくら達人の魔術師と言っても僅かな隙が出来るのかと考えてのハクヤの牽制だった。

 高速で接近して、ククリでの一撃を見舞おうと強襲する。

 エイシュンはハクヤが強襲に対応して、電気の流れを制御して電流を走らせようとする。

 ハクヤは、標的を変えて、エイシュンが展開させている金属の球体にククリを奔らせて、切断する。

 綺麗に二つに割れた、球体からはラテン文字で書かれた、魔術の仕掛けが施されていた。


「……なるほど、これがアンタの魔術の仕掛けでもあったわけだ」

 

冷静にハクヤはエイシュンの魔術を分析する――エイシュンがこの金属の球体を媒介にして、自由電子やイオンを操っていると推測する。


「……だから、なんだというのだね、たしかに君は暗殺者としては優秀なのかもしれないが、ただそれだけだ……正直にいうと君を少し買いかぶっていたのかもしれん」

 

 エイシュンは失念を露わにした。


「……どうかな、失望するには、まだ早いんじゃないか」

 

ハクヤは強がりではなく、自動拳銃であるM1911Aのカートリッジを外して、新たな弾倉を補充すると、銃口を周りに展開しているエイシュンの魔術を補佐している。

 金属の球体に向けて撃った。

 銃弾によって空中に展開している、金属の球体がビリヤードのようにはじけ飛んで、縦の線を描いて並んだ瞬間にハクヤは、その線上に沿って背中からククリを引き抜くと刀身を走らせた。

 ククリの描いた軌跡は、エイシュンの展開している金属の球体が、その機能を停止して、地面に落ちていく。

 かなりの数の球体を地面に落としたハクヤは、エイシュンに肉薄しようとするが――突如としてエイシュンの中から、凄まじい数の金属の球体が出てくる。


「言い忘れたが、私はこれの事を雷球と呼んでいる。君のように素早く動けたりはしないが、敵を倒すのには、十分ではあるな」


「ちなみに私の異名は、『雷球のエイシュン』と言われたこともある」


 ハクヤは、舌打ちしたくなる衝動を抑えて、バク転をしながら後ろに下がった。


「電気というのは、一つ一つの力は小さいがつなげると、こういうことも出来る」

 空中に浮いている雷球が、パチパチと紫電を携えると、直列に並びだした。

 ハクヤは、これから起こりうることを予想すると、全力で回避に向けた行動をしようとする。


[轟雷‼!]

 

 エイシュンが叫ぶと同時に莫大な電力の力が指向性を持ってハクヤの方に、飛んでいく。

 耳が聞こえなくなり、太陽を直視で見るよりも大きな光がハクヤの視界に入る。

 余りの光にハクヤは目を瞑り、先ほどエイシュンが使用した、魔術の威力を見る。

 雷の跡が通ったような、焦げ臭い匂いが鼻につく。


「よく躱したね」


 エイシュンの言う通り、よく躱したと思う、咄嗟に地面に伏せなければ間違いなく死んでいただろう。

 焦げた雑草を見ながら、ハクヤは唾を飲み込んだ――少しも休む暇などなく、エイシュンが雷球を操り、次々とハクヤに襲い掛からせる。

 中には、バチバチと音を立てながら、こちらに突撃してくる雷球もある。


「クッ‼」

 

それを躱して、手に持つククリで切り落とす。

「君がいくら、雷球を切り落とそうが無駄だと思うがね。君は一手しくじっただけで死ぬことになる。それでもまだ戦うのかね」


 エイシュンは、ハクヤの戦意を削ごうとしているが、ハクヤは不吉に笑うと。


「なら一手もしくじらなければ、いいだけの話だ」


 ハクヤはサリエルの力を左目だけではなく、右目にも施していく――ハクヤの右目に天使の力が入っていく――そうして、両手にククリを構えた。

 戦いは、完全に守勢と攻勢に分かれていた。ハクヤが守りに入りエイシュンの雷撃を躱しながら、獰猛に手に持つ牙で食らいつくチャンスを狙っている。

 戦いは、ハクヤにとっては不利だが、ハクヤはこういう戦いは慣れていた――持久戦はハクヤにとってはうってつけの戦いだった。どちらかが取りこぼせば終わるような戦いは――何度もあった。

 だが、それ以上にエイシュンも老練なのか、狡猾なのか、持久戦には慣れているようだった。

 恐らくは、ハクヤとエイシュンも二人とも同じ考えだろう。


(……持久戦なら、こちらのものだと……)


 戦いは、二人とも時間が惜しいのか、徐々に速度を上げていった。

 エイシュンが放つ雷撃は、数えるのも馬鹿らしくなるような数――それに対してハクヤは、降霊術で降ろした魔眼で、予知にも等しい先読みをしながら攻撃を躱していった。少しずつ雷球を落としていく。

 最初の攻勢は、有利なのはエイシュンだったが、徐々にエイシュンは苦虫を噛み潰したような表情になっていく。

 戦いに変化が現れたのは当然だった。

 ハクヤはエイシュンの雷撃を躱しながら徐々に前に出始めた――牛歩の歩み寄りも遅い前進かもしれないが、ハクヤは、あるラインまで接近するのが目的だった。

 それは、エイシュンとの距離を一歩で詰められるような、距離――このラインまでいけばハクヤはエイシュンの喉笛に牙を食い込ませることが出来る。


(……あと少しだ。あと少しでこの男を倒せる)


 ハクヤは、一挙一足の間合いまで必死に詰めようとしていたが、それをよしとするエイシュンでもなかった。

 エイシュンが、ハクヤに撃ち落とされて、残り少なくなった雷球を集めて、ハクヤを倒すためではなく、殺すために雷撃を放とうとする。

 一方でハクヤは、エイシュンを倒そうとすべく、四肢に力溜めこみ飛び出そうとした。

 お互いに思惑が同時に交差し共に最善手を打つべく行動に入ろうとするときに――二人の戦いに割り込むものがいた。


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