『相対』
ユリナは頬を舐める、オークにより気が付くと、服を着せられており、彼がいない事を悟ると。
自分一人では止められないと悟ったのか、虫のいい話ではあるが、彼女は唯一の友達に連絡をとり止めてもらうしかなかった。
虫のいい話というのは、こういうのをいうのだろうかユリナは自分の情けなさに涙を流したくなった。
ユリナは薄っぺらいカード状になっている電話を取り出すと友人に連絡を取る――今更、何を言おうというのだろうか、言葉が思いつかない。
それでも、頼れるのは、彼女しかいないのだ。
ユリナは切な願いを込めて、リンカに連絡をする。
「……お願い出て」
時刻は深夜にもなるかという時間帯だ、彼女が眠っていても誰も責められなかったし、彼はとっくに出ていっただろう。
「……はい。もしもしユリナあんた。今どこにいるのよ‼ みんな心配して大変だったんだから」
自分を心配してくれるリンカの怒声に謝る前に、それよりもリンカがまだ自分の電話に出てくれることの方がうれしかった。
「ごめんなさい。それよりも頼みたいことがあるんですけど……いいですか?」
ユリナは申し訳なさそうにリンカを頼ると、彼女は深い溜息をした。
「……しょうがないわね。それで頼み事っていうのは何?」
「あの人をハクヤさんを止めてほしいんです」
ユリナは縋るようにリンカに頼み込むと。リンカの方もなにかを察してか。
「分かったわ、あいつを止めればいいんでしょう……それとユリナ後で詳しい事情を教えなさいよ」
ユリナは詳しい事情を省くと、リンカに場所だけ伝えた――ユリナは何が正しいのか答えは出なかったが、このままじっとしていても何も解決しないことだけは分かっていた。
彼女は、大事な人を失わないために、今度こそと決意をする――だが、もしもハクヤが父親を殺していたら、自分は彼を許せるのだろうか。
それに、もしかしたらあの人は死に場所を探しているのかもしれない。
ユリナは首を振り、最悪の結末を止めるために、急いで服を着る。
相変わらず変わらない学院の制服だが、着慣れた服が一番動きやすいのも事実だった。
オークもユリナの気配を察知したのか、尻尾をピンと立てて、外に出る準備をしていた。
「ありがとうオークちゃん」
ユリナはオークに感謝していた、もしも自分一人だったならとっくに心が折れていたかもしれないからだ。
今更行っても間に合わないのは分かっている。
ユリナは、ハクヤの隠れ家を出て、月明かりが煌めく夜の街を駆け抜けるが、普段から運動などはしていないために、すぐに心臓の鼓動が激しくなり、体が酸素の供給を求める。
胸が苦しく立ち止まりそうになる。
(……なんで、こんなに私は弱いの……急がなきゃいけないのに)
隣で自分についてきているオークに目を移し。
「貴方がもう少し大きかったら、運んでもらえるんだけどね。やっぱし無理なのかな……」
ユリナは、童話のように大きくなればと目を移すとオークは、野生の獣のように澄んだ瞳で彼女の意志をくみ取る様に見つめていた。
「そうだよね。まだあきらめたらだめだもんね」
オークは月を見上げて大きく吠えると。ユリナからマナを受け取り。その体を二メートル強の巨躯へと体系を変えた。
「ふえええええ」
ユリナは、今まで見下ろすだけだったオークを見上げる形になると、目を見張り。
余りにも大きな体躯を誇るオークの姿に驚愕して硬直しているユリナにオークは自分の上に乗るとユリナに指し示した。
「えーと上に乗ればいいの?」
ユリナはあまりにも大きくなったオークの姿に驚いているのか、おずおずとオークの銀色の毛を掴み乗ろうとすると、誤って落ちそうになり、オークの耳を強くつかんでしまう。
「ギャン‼」
耳は神経が集中しているのか、オークは後ろを振り返り。泣きそうな眼でユリナを見ると彼女は委縮し。
「ごめんなさい。でも、ふわふわ」
ユリナはしっかりとオークの背に捕まると。
「もう大丈夫だから、あの人の所に行きましょう」
彼女は凛とした表情でハクヤの元に行くようにオークに指示を出した。
オークは走り出して加速すると、勢いよく速度を上げて、風に乗りユリナを落とさないようにして、道路を走っている車をも追い越していく。
オオカミの走る速度は、瞬間最高速度八十キロにもなるといわれており、普通のオオカミよりも体躯の大きい巨大化したオークが走れば、それ以上にもなっていた。
(……これなら、あの人に追いつける)
ハクヤがどの程度の速度で走っているのか分からないが、決して自分は、ハクヤよりも遅いという事はないだろう。
彼女は確信と共に、オークの背に捕まり。夜の風と共に走り抜けていった――――。
ユリナが出て行って、月が落ちて、ちょうど日の出が上がりそうになる時間帯ハクヤは駆け抜けていった。
余力を残しての疾走なので、それほど早くはないが、それでも目的地には、十分間に合う時間だった――もちろん邪魔が入らなければの話だが。
ハクヤは目的地の墓地が近くなったのか外壁の部分に差し掛かると、足取りを緩めて呼吸を整える。
空気が冷たくなり、墓地特有の空気の重たさが纏わりつく。まるで何か冷たい物にでも触られているような感触。
ハクヤは、不意に何かを感じ取った、死者の雰囲気ではなく、生者の雰囲気、死者しかいないこの場で、生きている者のいる気配がした,感覚を駆使して、何処に気配があるかを探る,疑惑を確信に変えてハクヤは歩き出すと、墓地の入り口に三人の人間が立っていた。
ハクヤはその三人に見覚えがあった。
「ひさしぶりでもないか、何の用だ。俺はお前らと違って忙しんだが……」
呆れたようにハクヤは、リンカとサンタとロバートの三人に用はないと告げた。
「ひさしぶりじゃないわよ。あんたユリナに何をしたのよ‼ あの子泣いてたわよ‼ あの人を止めてくださいって」
久しぶりだというのに相変わらずの態度なのかリンカが吠える。
「俺も聞きたいことがある。アンタ何者なんだ?」
「それは、俺も疑問におもってたわ。 ハクヤ・ミレイグ。アンタは誰や」
ハクヤはおかしなところがいくつかあった、魔術師をなんともしない体術、成績優秀者顔負けの知識。
それに伴う、大人びた佇まいと雰囲気、どれを取っても十代の人間が出せる雰囲気ではない。
ロバートとサンタが、ハクヤに確信を迫る。彼らは猜疑に歪んだ瞳でハクヤを見ると、ハクヤはもはや隠してもしょうがないと考えたのか、少し間を置いてため息を吐くと。
「もう隠してもしょうがないか……さてと、改めて自己紹介をしようか。俺の名前はハクヤ・ディス・ミレイユ聖十字教会から派遣された……しがないスパイさ」
ハクヤはニヒルな笑みを浮かべて、自分の正体を明かすと。三人とも信じられない表情をしているのか。
一番最初に我に返ったリンカは、わなわなと肩を震わせると。
「……このことはあの子は、ユリナは知っているの?」
「ああ、知っているさ。俺がこの学院に来た理由は、教会のお偉いさんの邪魔になった、理事長を始末するために、この学院に派遣されたんだからな……」
ハクヤあっさりと認めた。心に秘めていた本心を暴露するのは、気分がいいのか、よどみなく口が動いていた。
「あの女は、何とか俺の事を止めようとしていたが、無駄だったようだな……それでお前たちに頼んだわけか……まあ、どうせ結末は変わらないと思うがな」
ハクヤは、今更何をしようが無駄だと悟っているのか諦めた口調で物言いをする。
「……全部利用してたってわけね。最初からユリナに近づいたのもあの子から情報を得るために……」
リンカは憤っているのか憤っているのか髪の毛を逆立てて、怒りを露わにしていた。
「まあ、たいして役に立たなかったがな……結局は、あの女に正体が露見して、敵、味方両方から、追われているところさ」
「……さてと、ここまで話せば、もういいだろ。お前たちごときに止められる俺じゃない」
「そんなことないわよ‼ 私もユリナも、ここにいる馬鹿二人も何かを変えようと動いているもの‼」
リンカは諦めが悪いのか、首を振りハクヤの言葉に抗おうとする。
「……馬鹿、二人って俺らのことかよ……」
「もっと他の言い方はないんかい」
サンタとロバートの二人が、げんなりとした表情で文句を言う。
ハクヤは、可笑しいのか少し笑うと。前に一歩出て、空気を変えた。
眼光が鋭くなり、抑えていた殺気を解放し、眠っていた野生の鳥たちが争乱の気配を感じて飛び立っていく、ハクヤの姿が陽炎の如くぶれた瞬間に、三人の背後に回る。
「さてと、今からお前たちを始末するわけだが、何か言い残すことはあるか?」
三人に死の予感を予兆させる声色で振り向く隙すら与えず、風を切る音と一緒にサンタ吹き飛んでいく。
地面に体を打ち付ける。衝撃が地面に伝わって響いてくるのは、気の所為でなく、はっきりと現実と認識させる。
力の差を明確に見せつけられたのか、リンカは冷や汗をかくと、精一杯の虚勢を張り。
「言い残すことなんてあるわけないじゃない。私はアンタを止めるために来たんだから」
リンカの虚勢と共に、ロバートもサンタが一撃でやられたのを見てか、つま先を立てて警戒してM,Aを起動させると、リンカもM,Aを起動させた。
ロバートは木刀を持ち、リンカは指揮棒を持ち。ハクヤと相対するがハクヤは無駄と分かっているのか、呆れたようなため息を吐くと。
「お前らの情報は筒抜けだ。ロバート・リーブス剣道主体の筋力を強化したスタイルで戦う接近戦タイプ――リンカ・サイトウ・指揮棒を操り、風の魔術を使う中~遠距離スタイルの魔術師」
ハクヤは敵の情報を分析したのか、二人に視線をぶつけると。
「何処にでもいる、魔術師で。何度も相対して屠ってきた魔術師だ」
「まだ‼ 結果は決まったわけじゃないわ」
リンカが吠えると同時に吹き飛ばされたサンタが立ち上がる。
「そうだぜ。確かにアンタは強いが届かない強さじゃない。三人で戦えば何とかなるレベルだ」
ハクヤは子供でも分かる様に、戦闘者としての完成度の違いを見せつけたつもりだったが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
そもそも説得しようとするのが、間違いだったのだ。
「馬鹿は死ななきゃ治らないか。殺したくはなかったんだがな」
ハクヤは本心を吐露した。少なくとも三人を殺したくはないのは本音であった。犠牲者はただ一人と決めているのだから。
「来い。サリエル」
降霊術を駆使して、名を冠した天使を降ろし、片目だけに限定して天使の力を解放する。
ハクヤの左目に刺青が刻まれて、力が注ぎ込まれた。




