『第二話・三大勢力』
2047年四月十日
二十一世紀最大の宗教戦争と言われたEUの内乱が終わり、数か月の月日が経っていた。
宗教戦争と言われているが、実際には教会を中心とした聖十字教会と魔術師を中心とした魔術師協会と、呪術を中心とした呪術師協会が互いの利権や神秘を争い、遂に争いが表面化したのが原因と言われている。
分かっているだけでも死者は数百万人、行方不明者まで合わせると一千万に上っているらしい。
その中に『ハクヤ・サイトウ・ミレイユ』の名前もあった。
そして現在、死んだはずの彼は名前も立場も変えて『シンゴ・ミクスト』として日本にある魔術師の学校に編入しようとしていた。
日本ではある程度の宗教の自由が認められており、その中でも魔術師協会と呪術師協会が聖十字教会を恐れて信徒の少ない中立の日本に設立したのが六科学院という小学部~大学部果ては大学院まである巨大な学校であった。
生徒数は高等部だけでも数千人はおり、すべての学部を合わせると数万人になると言われており、一つの都市と言っても差支えない程の学校である。
それもそのはず、戦争の被害を恐れた、欧州の資産家や中層階級の金持ちなどがこぞって息子や親戚を入学させていたらいつの間にか、一つの要塞のような学院になっていたという話である。
ハクヤはその巨大な学院の舗装されたアスファルトを歩きながら自身が通う六科学院のパンフレットを見ながら、聖十字教会から与えられた命令を頭の中で反芻していた。
『裏切りのユダは魔術師学校の理事長に審判を下すこと。
その為にまずは、理事長の娘に接触し情報を引き出し、かの者が一人になった時に執行を下す事。
なお、かの者を殺すときはいかな事情があっても聖十字教会が関与していない事にすること。
そして、言わずもがな。自身の正体が判明した時には聖十字教会に出頭する事。
ユダの肉体は聖十字教会が責任を持って処理をする』
なんとも分かりやすい文面であった。
正体が露見したり、ハクヤが聖十字教会に関与しているとしれたら、終わりだという事である――何がどう終わるのかはハクヤにも分からないが、この世にハクヤがいたという痕跡すら残さないことは確実だろう。
しかもハクヤが今から通う魔術師の学校。六科学院の理事長の工藤英俊『クドウ・エイシュン』は『雷光』の異名を持つ凄腕である。
何年か前に聖十字教会の精鋭が正攻法で暗殺しようとして失敗したのは、ハクヤも噂で知っており。
「将を射んと欲すれば、先ず馬を射よか…」
中国の諺の一つであるが、目的の物が欲しければまずはその周りから攻めよという事である。
この場合は娘なのだが、命令を受ける方はたまったものではない。
「戦争は終わったのに、何処に行っても争いはなくならないな」
ハクヤはうんざりとした、ため息を吐いて。
宗教というのは分かりあえなければ、争うしかないのが世界の現状の一つでもある。
この世界には大きく分けてハクヤが所属する教会を中心とした聖十字教会。
魔術を中心とした魔術師協会。
呪術を中心とした呪術師協会の三つの勢力があるが、それら三つの勢力が水面下で神秘を求めて争っているというのが現状だ。
時代的には魔術と呪術が誕生した時から争っているらしいが、歴史が古すぎていつから争っているのか分からないのが現状であり。
『マナ』と呼ばれた120番目の神秘を司る元素記号が発見されてから、更に争いは顕著になり、それを表面化したのが先の大戦だった。
その唯一絶対正義の聖十字教会がハクヤに与えた命令が、和平派の魔術師の理事長を殺すことであった。
娘を人質に使わずに証拠も残さず、決して聖十字教会が関与したと知られずに。
正義を行使する聖十字教会が人質などあってはならないのである。
「その執行人が俺か…」
理由は執行人のハクヤには一切明かされていないが、どうせまた戦後の主導権を握るための粛清というやつだろう。
いかにも年老いた権力者の考えそうなことだとハクヤは思った。
三つ巴の争いというが、実質的には教会の一人勝ちもいい事である。
全世界の人口の三分の一を信者に持っていて、EUの内乱で聖十字教会だけが唯一の勝者であり、豊富な資金と資源をもち疲弊した、呪術師協会と魔術師協会に和平案を持ち掛けて、戦争を終結に導いた事実上の勝利者である。
そんな背景を知ってかハクヤは皮肉めいた笑いを浮かべて魔術師の学校に編入をしようとしていた。
書類上の手続きは全て終わっている。
『ハクヤ・サイトウ・ミレイユ』はきっぱりと『ハクヤ・ミクスト』へと生まれ変わり六科学院へと入っていった。