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『第十七話 昔のシーン』

 数日経つと、また何事もなかったように平穏な学校生活が戻り、あれだけの騒ぎがあったのに全てはなかったように、何事もなく収束していった。


 さすがは理事長の手腕というべきなのか、それともエイシュン本人の力なのか、分からないが穏やかな日々が戻ったのは事実である。


 同時にハクヤの任務が遠ざかったのも意味する。


 サンタは自分に恨みがあるのかは知らないが、こちらを睨んできているが、相手にするだけ無駄なのか、どのみち向かってきたとしても、身構える必要すらなかった――それよりも、学院の授業は体調を完全に戻すのはちょうどよく、元々傷の治りが早い体質なのか、この数日でハクヤは万全の状態に戻ったといってもいいだろう。


 唯一の欠点は、この学院で誰もが自分に一目を置くようになってしまい――しかも、ユリナと恋中の噂まで流れており、ハクヤはため息をつくしかなかった。


(めんどくさい事になったもんだ……)


 まあ、一応は当初の予定通りなのだが……とにかく、目立つことが嫌いな彼は、深く長い溜息を吐くしかなかった。


 授業中ではあるが、あまりにも退屈そうにしているハクヤに担任のレイナの目に付いたのか。


「では、ここで退屈そうにしているハクヤ君に質問に答えてもらいましょう」


(……たしかに、退屈ではあるな……)


「では、ハクヤ君に聞きます。物理学で検証されていない負の物質とは何でしょうか?」


「エキゾチック物質」


「では、なぜ検証されていないのでしょうか、明確に説明をお願いします」


 ハクヤは――昔、その式について勉強したことがあったなと記憶を引き出すと。


「マイナスの性質を持つために、人間の目では見ることは出来ず、観測することも出来ないために、現在でも検証……もしくは発見されていない。一説には天の川に、ダークマターによって安定したワームホールがあるとされていますけど……そこに、もしかしたらエキゾチック物質もあるのではないかと言われていますが」

 

ハクヤは一端、言葉を区切ると苦笑して。


「まあ、現在も机上の空論にしかすぎないですかね」

 

もしかしたらとハクヤも夢見たことはあった――この世界で、ユリナのような召喚魔術師が何人もいて――別の宇宙というやつから、何かを召喚することも出来るのだろうか――ハクヤはつい先日見た麒麟の姿を思い浮かべるが、さすがに、それは無理だろうと苦笑した。

 

あの時に麒麟が召喚されたことも奇跡に近い確率だったのだ――トラウマ、催眠魔術、様々な要因が絡み合った結果ともいえる。

 

いや、もしかしたら召喚ではなく、超自然的に発生したのかもしれない。

 まあ真相は誰にも分からないのだが。


「ハクヤ君はリアリストですね……でも先生は信じてますよ……人はいつか別世界にも行けると」

 

担任のレイナは、可能性を信じてい話を続けようとすると授業が脱線したのか、ハクヤは軽く咳を吐くと。


「……少し話が脱線しましたね」

 ハクヤは担任のレイナを自分よりも若いと感じた。現実思考の自分では、別世界の可能性など、及びもつかないだろう。


「まあ、可能性は色々あるといことで……今はいいんじゃないですか」

 

きっと彼女も可能性を信じているのだろう。


「さてと、今日は早いですけど、これで終わります」


 担任のレイナが去っていくと――今日の授業の内容が全て終わったのか、クラスの全員が、両手を上げて伸びをしていると、魔術の使えなくなったサンタが、こちらに用があるのか、真っすぐに向かってくると。


「ちょっと、用があるんだが付き合ってもいいか?」

 

ハクヤはサンタに、お礼参りでもされるのかと考えて。


(……断っても、後で禍根になりそうだな…)


「構わないが、場所は何処にするんだ?」


 サンタは首を動かして行き先を示すと、ハクヤも彼に続いて歩いていく。


「俺も付き合うぜ」

 

自分たちの会話を聞いていたのか、ロバートが立ち上がると。


「テメエは、関係ねえだろうが」

 

人には見られたくないのか、サンタが苛立ったように吐き捨てると。


「まあいいじゃねえか。減るもんじゃないし」


 元々が厚顔なのか、彼は憤った表情のサンタにも構わず彼の肩を叩くと。


「それにな、魔術の使えなくなったお前さんが、暴挙に出るとも限らんしな」


 何か事件が起こるのかが心配なのか、ロバートの意志は固く。無理やりにでもついてきそうな雰囲気だった。


「チッ」


 サンタが舌打ちをするが、慣れっこなのかロバートは気さくに。


「相変わらず。けったくさいやっちゃな。そんなんじゃいつまで経っても友達できないぞ」


 火に油を注ぐのか、ロバートとサンタはクラス内でも、そりが合わない事で有名だった。


「どうでもいいが、用があるならさっさと済ませるぞ」


 ハクヤは目的地に検討が付いているのか、一人で勝手に歩き出すと。


「「おいちょっと待てよ‼」」


 二人は声を同時にして、ハクヤの後を追い掛けていく。

 ハクヤは屋上に着くと、幸いな事に誰もいないのか、ここなら都合がいいとハクヤは足を止めて。


「んで。俺に用があるんだろう? サンタ」


 ハクヤはサンタに向き合うと意を決したのか、それとも、残されたプライドが許さないのか。


「アンタに頼みがある。俺ともう一度戦ってほしい……」


 ハクヤは予想外の頼みに、いささか拍子抜けして。間の抜けた顔になると。


「ああなんだ。そんなことか、てっきり俺は、もう一度魔術師にでも、してくれとかというのかと思っていたんだがな」


 まさか、自分と戦ってくれとは、別に構わないが。


「まあいいや。俺も退屈していたところだ。ちょうどいい相手になってやるよ」

 

サンタは多少武術の心得があるのか、一度構えると。

 基本の方に習ったように、踏み出してきた――恐らく、つい最近、武術を鍛錬し始めたのだろう。

だが、そんなものはハクヤにとっては付け焼刃と同じで、力の差が縮まるわけでもなく。

 僅か数秒もしないうちに、サンタは宙を舞う羽目になった。

意地か面子か分からないが、何もかもかなぐり捨てて向かってくるような男をハクヤは嫌いではなかった。


「気に入らねえんだよ‼」


 何度も倒されて、向かってくるがハクヤに取っては、問題なく。最後は最初にした時と同じような背負い投げて背中から撃ち落とすと。

 彼は立ち上がり、遂には笑みを零し、笑い出した。


「へへへへへへ」

 ハクヤはついに頭をぶつけたかと。


「ついに頭のネジまで飛んだか……違う方向にでも目覚めたか?」


「馬鹿か‼ テメエは、そうじゃねえよ。テメエが強ええから、笑ってんだろうが」


 ますます持ってハクヤにとっては意味が分からなかった。自分が強いのは、彼にとって都合が悪いのではないか。


「どうやら、遂に壊れたらしいな。ロバート。ちょっと代わってくれないか。俺はこれ以上変態の相手は出来そうにない」

 

 ハクヤは、腕を組んで黙って見ている。ロバートにいうと彼は心底嫌そうな顔をして。


 「ええ~俺もあっち方面の相手は苦手なんだけな……」

 

 なんだか、訳の分からない話をし始めた二人に、サンタは声高にして突っ込みを入れた。


「誰が変態だ‼ おれはまともだ‼」


 彼は突っ込みを入れた後に、フラフラと立ち上がりながら、ハクヤの前に立ちサンタはプライドも何もかも捨てて、ハクヤに頭を下げると。


「……アンタに頼みたい事がある。 俺に、魔術師との戦いを教えてくれ……頼む」

 

 それは痛切な願いだった――よく見ると、サンタの体にはいたるところに傷跡が出来ている。

 意趣が返しというわけでもないが、幅を利かせていたサンタを忌み嫌った者でもいたのだろう。

 いずれにしても、サンタ自身、このままでは不味いと考えていたのだろう。学院の中で対魔術師戦闘の訓練を明確に受けているのはハクヤぐらいである。

 だからこそ、サンタは頭を下げて頼んだのだろう。


「……別に構わない」


 サンタは嬉しそうに、顔を上げると。


「……ただし、俺が教えるのは基礎の基礎だ、後は自分でやれ。手取り足取り教えるほど俺も暇じゃない」


 ハクヤはそれだけを言うと――構えた。

無駄も何もない、当たり前の如く自然体の構え、何千何十万と繰り返してきた構え。

 ひたすらに練り上げた、その業をカタルシスの如く解放する。

 空気を切り裂く音が聞こえて、拳を放った後に音が聞こえてきた。


「おれも多くは、語たれないが基礎をここまで持ってきて、ようやく魔術師と戦えるレベルと言った処だ」

 

 余りにも、無駄のない一撃に停止していた時の中から、動き出したのはロバートだった。


「アンタぐらいになるまで、どれくらいかかる?」


 ハクヤは、かぶりを振ると。


「分からないさ、そいつしだいって所じゃないのか? 俺も完成に至ったわけじゃない、実際にこいつは、相手が制止していないと使えないしな、理想論もいい処さ……だが」

 

 ハクヤは獰猛な笑みを浮かべると。


「どんな優位な状況からでも、一撃でひっくり返す強みを持ったやつとは俺もやりたくないさ」

 

 ハクヤはおどけていうと、血が騒いでいるのかロバートがハクヤの前に出てくると。


「俺も頼みがある。俺とも戦ってくれないか?」


 デジャヴとでもいうのだろうか、ハクヤも昔、生き方を教えてくれた人に、こうやって、何度も挑んでいき、叩きのめされたものだった。


 彼は昔を笑うと、ならば二人を叩きのめすのも、叩きのめされた自分のやることなのだろうと構え。


「面倒だから、二人纏めて掛かってきても構わないぞ」


 ――数分の後に、二人が地面に寝っ転がってのびていると。

 ハクヤの事を心配してか、ユリナとリンカが何事かと駆け寄ってきたが、のびている二人を見て、事象を把握しようとハクヤに尋ねると。


「……えーと何があったんですか?」


「簡単な話だ。突撃してきた二人をのしたら、こうなっただけの話だ」


  話を要約し、ハクヤは簡潔に答えると。


「話が簡潔すぎて、逆に分からないわよ‼」


 リンカが文句を言うが、ユリナは与したように受け取り。


「大変ですね。それでこの人たちはどうするんですか?」


 ユリナは屋上にのびている二人を見て、何とかしてくれとハクヤに目線を送る。

 ハクヤは腕を組んで、何かをひらめいたように手を軽くたたき、バケツに水を入れると、リンカに水をいれたバケツを持っていき。


「リンカ。ちょっと頼みがあるんだが、このバケツの水を氷水に変えてほしいんだが」


 ハクヤは、並々と入っているバケツの水をリンカの方に持っていくと、バケツの水を魔術で氷水に変えてほしいとリンカに頼む。


「別に構わないけど、どうせ碌な事しなさそうね」


 リンカが悪態をついてくるが、ハクヤは問題なく。


「なあに、昔の映画のワンシーンを再現するだけだ」


 ハクヤは実に楽しそうに、気を失っているサンタとロバートの二人を同じ場所に置くと、氷水の入ったバケツを二人の頭から、被せようとする。


「あの、いくら何でもやめた方がいいと思いますよ」


「私もそう思うわ。本当にあなた碌な事しないわね」


 ハクヤは二人から避難を浴びるが、全く気にせずに。


「これは、昭和の映画のワン―シーンの再現なんだ。誰もやらないんだから、俺がやるしかないだろう」

 

 そう、昔は気絶したらこうやって起こしていたのだ。ならばそれをするのは先人の自分しかいない。

 ハクヤは言い切ると、気絶している二人の頭上で、氷水の入ったバケツをひっくり返した。


「ぎゃああああ――――‼」


 言葉にならない絶叫が響き渡り。体中をビショビショにした二人が、ハクヤに怒りを露わにして食って掛かる。


「「テメエ‼なんてことをしやがる」‼!」


「俺は、映画のワンシーンを再現しただけだが」


 よどみなく答えるハクヤに二人は、唾を飛ばす勢いで。


「いつの事態の話だよ‼ そんなのはとっくの昔になくなっているわ」


「おかしいな? 俺の見た昭和三十~四十年代の映画では、こうやって起こしていたんだが……」


「俺たちが生まれる前の話だろうが‼ 少しは考えろ‼」


「五月蠅い奴らだな。そもそも、こんなところで、のされているのが悪いんだろうが」


「原因はお前だろうが‼」


 二人とも地団駄を踏み憤っているが、そろそろ氷水によって体温が奪われていく頃である。


「ヘックショイ」


 二人のクシャミが屋上に木霊して、響き渡る。


「さてと、やりたいこともやったし、帰るか」


 ハクヤは踵を返して、二人を残して帰路に向かって歩いていく。


「ちょっと待ってください、私も帰りますよ」


 ハクヤは、もうすぐ暗殺に失敗したことを上役に報告しに行かなければならない――いい加減にしびれを切らしそうな上司に報告とは、最悪、全ての責任を自分に押し付けて玉砕もあるかもしれない。


(まずは、帰ってから考えるか)


 そう重要なのは、まずは帰る事だ。今はまだ一緒に隣を歩いてくれる人がいるだけ、大分マシになった。 

 

 取り残された二人は、体を震わせて。

「俺たちも帰ろうぜ」

「同感だ。その前に、俺たち忘れられてねえか……?」

 二人は顔を向き合い、哀愁漂う風をまとわせて、下がった体温を必死に温めていた。

残された二人を子犬のオークが慰めるように、ワンと尻尾をパタパタとさせて励ましていた。

「はいはい、ありがとよ」

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