『第十五話 過去』
……世界中で石油エネルギーが枯渇する前に世界は、石油に代わる新しいエネルギーを模索しようとして、ありとあらゆる科学者の権威たちが既存のエネルギーを見返しなおしていた。
そうして発見されたのがマナと呼ばれる元素である。
それは、石油と同じように浸透して、徐々にだが世界のあり方を変えていった。
世界が変貌していって最初に生まれたのは男の子だった――なんの障害もなくうまく育てれば、大成することもできるのではないかというぐらいの――しかし両親がマナと呼ばれる力を持ち、我が子にもそれを望んだのがいけなかったのか――ようやく生まれた本妻の子には世界に浸透していった力が備わっていなかった。
ただ――それだけの事である。
生まれた男の子の名前を白夜といった――彼は利発な子だった。自分が生まれたときに何かを期待して、それらを裏切ってしまったのだろうとはいう予感はあったが、それが自分よりも四歳年下の妹が生まれてから、確信に変わったのは間違いではなかった。
きっと自分は天秤から何かをこぼれ落として生まれてきたのだろうと感じただけである。
それは、物心がついてからでは遅すぎたのだった。
「それは、そうと本妻の奥さんがいるじゃない……あの人、元々体が弱かったじゃない……それで、難産でさあ、子供が産めなくなっちゃったみたいなのよ」
「逆に、妾の子で生まれた腹違いの妹さんに、長男が持って出るはずだった才能が、全部受け継がれたっていうのも皮肉よねー」
ざわざわと纏わりつくような、噂が彼の耳に入る、何を言われているのかは明確に理解できないが、自身の母が嘲笑されているのは理解していた。
自分にはどうにもできない悔しさからか、握り締めた拳と、潤んだ瞳からは涙が零れ落ちる。
これ以上、耳障りな言葉を聞きたくないのか、白夜はこの場から走り出す――涙が零れ落ちるのは悔しいからか、それとも自分があまりにも情けないからだろうか――広い家の中を走り出した先には、もうすぐ三歳になる異母違いの妹がいた。
「お兄ちゃん……どうして泣いているの?」
出くわしたくない、場面で妹に会い、格好悪いところはあまり見せられないのか、彼は涙を拭うと。
「泣いてなんかいないよ……これはちょっと欠伸をしただけさ」
軽く強がりを言い、血のつながった妹に嫉妬の眼差しを向けると、純粋に自分を心配してくる瞳に、白夜は子供ながらに何か良からぬことを胸に抱いたと思い。
逃げるように妹から離れると、誰もいない場所に行こうと家を飛び出そうと走り出した。
在中の家政婦の呼ぶ声も無視して、白夜は何も考えられなくなるぐらい駆け抜けようとしていた。
何処まで来たのかは分からないが、息が切れ切れになり、誰も人が来ないような裏路地まで来ると、苦しくなった胸を押さえて、悲しみから涙をポロポロとこぼれ落として、歯止めが効かなくなると、声を殺して嗚咽を漏らしながら泣いた。
一通り泣いて、すっきりすると、日が落ち始めているのか――あまり心配かけないようにもと来た道を急いで帰ると――太陽が完全に落ちてしまったのか辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
最早、一人の子供が歩ける時間ではない頃に家に着くと――自分を心配していたのか、母親が家の門戸で待ち構えるように立っていた。
白夜は怯えるように自身が帰った事を母に伝えた。
「お母さん、心配かけて申し訳ありません。ただいま帰りました」
白夜は叱られる前の動物みたいに身構えていると、目の前に鎮座している母親が体を大きく振り上げて、白夜は目を瞑ると。
「……本当に心配したんだから……」
打たれると身構えていた自分を待っていたのは母の抱擁だった――自分をこの世界に産んでくれた人からの、暖かい温もりに自然と疑問を問いかけた。
「……怒ってないの?」
「どうして怒るの、貴方は無事に、ここにいるじゃない私はそれだけで十分だわ」
怒るどころか、幼子の白夜を諭すような言葉に彼は、聞きたいことを聞かなければなんらなかった。
「お母さんは、期待を裏切って生まれた僕を恨んでないの?」
純粋な子供が聞きたかったのは、それだけだった――実の父に失敗作といわれた二人。
子供を作れなくなった母と、父の期待を裏切って生まれた息子――白夜はだからこそ聞いたのだ。
「なんで恨むのよ……貴方は利発な子だけれど、そういうところは馬鹿な子よね……」
母親に抱きしめる力を強められてハクヤは自分が、大きな勘違いをしていた事に気づく。
「……もうすぐ、貴方の誕生日ね。今日は一緒に寝ましょうか」
子離れできないのか、母は既に一緒に寝なくなった実の子がかわいいのか。
「大丈夫だよ……もう一人でも寝られるよ」
白夜は母と一緒に寝たい衝動はあるが、虚勢を張って一人で寝ようとすると、
「遠慮することないじゃない、さあ一緒に寝ましょう」
白夜の首根っこを掴んで、引っ張ると、母の後ろに隠れていた妹も一緒に、白夜に抱き着くと。
「私も、お兄ちゃんと一緒に寝る」
久しぶりに妹と一緒に白夜跳ねようと思った――それが家族で最後に寝る夜になるとは幼い彼は、想像だにしなかった。
……
…………朝が空けると、白夜は奇妙な感覚に母と妹が一緒に寝てた筈なのに、いなくなっていたのだ。
辺りを見回すとここは、寝室じゃないのは分かった。夜が明けたばかりなのか朝日が眩しく辺りを見渡すと、そこには斎藤家の当主であり実の父が依然として立っており、隣には実の母が悲痛な表情で佇んでいた。
「ようやく起きたか」
父親の言葉で白夜は意識をはっきりとさせると、立ち上がり父と向き合うと。
「こんな、朝早くから、何か用ですか父上?」
父親の態度が幼子の白夜を大人びた態度にさせた。
「……そうだな、お前も、もうすぐで七歳になるな、そこでお前に、この家からの絶縁を決定することにした……そして家督は、異母兄弟である妹の者とする」
父親の言葉を白夜は頭に浸透させて、白夜は父親の顔を見た後に縋るように実の母の顔を見た。
昨日の優しさが嘘のように母親は白夜から目を逸らすと、白夜はフラフラとなり、ゆっくりとこの世界に膝を付いた。
要は家督を継ぐに値しない人間は出ていけという事だった。
あるいは、父の言ったことが理解できない程に愚かだったら良かったのだろうか、白夜は魔力が使えない代わりに知識を蓄えようと、躍起になって勉強したのがいけなかったのか。
「既に、お前の戸籍は抹消してある。ここはお前の家ではない、家をなくした孤児よ。さっさと出ていくがいい」
「あなた‼」
余りの物言いに、母は怒声を上げるが、白夜は何をしても無駄だと悟ったのか、ふらりと立ち上がると。
身支度をするために、自身の部屋に歩いて行った。
自分の部屋を見ると、不思議な事に白夜という人間が構成していた部屋の模様が全くなくなっていた。
目の前にあるのは、外に出ていくための着替えが一着あるだけだった。
残されたのは、無機質な壁模様とカーテンも何もなくなった、引っ越したばかりの部屋みたいになっていた。
白夜は、そういえば――昨日何かを燃やしていたのかに気付くと、諦めに似た境地で、何処に行くあてもなく、フラフラと屋敷を出ようとしていた。
まっすぐに歩くことも出来ずに、彼は酔っぱらったような千鳥足で何とか家の門の前まで着くと、見知った人が待っていた。
それは白夜の知らない母だった。化粧をしてドレスを着飾り長い黒髪を櫛で梳いて、ほのかな香水の香りを漂わせていた。
白夜は他人憮然とした口調で。
「俺に何か用ですか? 小百合『さゆり』さん。俺たちは、既に赤の他人だが……」
今すぐにも、母に別れをしたい気持ちもあったが、他人同士だと彼は自分に言い聞かせて、一瞬目を奪われた母の姿すら、通り過ぎようとすると先に我慢できなくなったのは、母の方だった。
「体は大事にしてね……本当はもっと言いたいことあったんだけど、結局なにも浮かんでこなかったわ」
白夜は後ろから抱きしめてきた母に抱きしめたい衝動に駆られたが、あまり強くない力で、自分を抱きしめる母の手を子供さながらの力でほどくと。
「……いつか、立派な魔術師になって帰ってきますから……そしたらその時はきっと……」
それ以上は、言葉が続かなかった。
「……生きて帰ってきてね……もしもの時はこれが、貴方の事を守ってくれるわ」
彼は首から、朱い真紅の装飾が付いた首輪を掛けられると、少し後ろに手を振り。
「……行ってきます」
そうして彼は旅立っていき――この世の地獄を経験した。




