『聖獣 麒麟』
体育館に座りながら、ゆったりとした雰囲気でリンカが呟いた。
休憩時間は、まだあるが、いつまでも戻ってこないというのは不味い。
「……あいつ遅いね。もうすぐ試合だっていうのに何やってんだろ?」
「私、ちょっと探しに行ってきます」
居ても立ってもいられなくなったのかユリナは立ち上がり。
「ちょっとユリナ‼ あいつがどこにいるか分かってるの‼?」
「大丈夫です。オークちゃんが探してくれますから」
ユリナは、何も心配なさそうにリンカの疑問に答えると、『オン』とオークが先に出ていき、ハクヤの匂いを辿って走っていくと、それに続いてユリナもオークの後を追いかけていった。
「あ‼ ちょっと待ちなさいよ‼ そんなに急がなくても」
一人残されたリンカは、軽く愚痴を零す。
「あーあ行っちゃった。一人残された私の身にもなってほしいわ」
零した愚痴は、誰にも聞かれることもなく静かに木霊していた。
「オークちゃん‼ お願い‼」
召喚士と従者『ファミリア』と呼ばれる存在は、マナでつながっているとも言われている。
彼ら、いな――彼女らはそれらにシンパシーを感じて通じあうと言われている。
恐らく、今オークはユリナの言いつけ通りに、ハクヤの匂いを追いかけていることだろう。
ユリナはオークに付いて行って、ハクヤの後を追いかけていくと――校舎の日陰になっている誰も使わなくなっていそうな、雑草が生い茂っている場所に喧噪の騒ぎがしていた。
オークはそこで、止まると、主人のユリナを待っていた。
喧噪の中で、騒いでいるのはサンタだった。
「たった一人に何を手間どっていやがるんだ。さっさと倒さねえか」
ユリナが目を凝らしてみると、一人で数人から十数人に囲まれて、戦いを繰り広げているハクヤの姿があった。
遠目からハクヤの戦っている姿を見ていると、陽炎のように消えたり、揺らめいたりして、次々と人が倒れていく、その中でも凄いのはハクヤの戦っている姿は、体の軸をずらさず凛として立って、闘っていることである。
「……凄い」
ユリナは呟いて、ハクヤとは数メートルから数十メートル離れているにも関わらず、彼はユリナの声を聞き取ったの如く、振り向いて、彼女の姿を視認するとハクヤは猫科の獣を思わせる俊敏さで疾走していくが、その前に横からユリナを横から掻っ攫っていくサンタの姿があった。
僅かにだが、敵に囲まれているハクヤよりもサンタの方が早かっただけの事である。
「きゃあ‼」
自信を横から、突然捕まえる暴力的な力にユリナは思わず悲鳴を上げる。
「形勢逆転だな」
サンタは口元を緩めて笑みを浮かべると、ハクヤは少し歯ぎしりをして、ユリナに恨み言を言うわけでもなく両手を上げると。
「ああ、俺の状況が不利だな……それで、お前はどうしたいんだ?」
ハクヤは周囲を見回して、難儀な事になったものだと感じていた。
突発的に自分を探していたユリナはサンタに捕まり、羽交い絞めにあっている。
「すいません。ハクヤさん」
突発的にだが、状況を理解したユリナは、自分が来たことで状況が不味くなったことを把握するとハクヤに謝罪した。
「どうして謝るんだ。まだ誰も傷ついていないのに?」
ハクヤはユリナが謝る理由が分からなかった。ハクヤの言う通りまだ誰も傷ついていない――傷つくとしても、自分が暴行を加えられるだけの事だろう。
ただーそれだけだし、ここで間抜けを晒したユリナに恩を売っておくという打算もある。
結局のところ、サンタが自分を敵とみなしている限り、ハクヤの有利な方向に行くわけである。
まあ、ハクヤの方も、徐々にサンタの心理を自分に対する苛立ちが募るように持っていったのだが、こうも上手く爆発するとは思わなかったのだが。
(……単純なガキだな……)
ハクヤが胸中でほくそ笑んでいるとユリナは心伴いのか、ハクヤを見つめていると。
「……でも」
「まあ、心配するな、この状況を打開するにはどうすればいいか、俺は知っている」
ハクヤは両手を上げたままにして、この状況を動かせる人間に聞く。
「それで、どうするつもりだ? これだけ人数を動かせばお前の家が、この学院の融資家の一人だとしても――理事長の娘に手を上げたとすれば、唯では済まないのは理解しているはずだが?」
ハクヤは理詰めでサンタを追い詰めるが、彼には切り札があるのか、ユリナを掴んだままに笑うと。
「クヒヒ、確かにテメエの言う通りだ。この女が傷ついたりしたら、確かに俺もやばいかもな」
サンタは切り札があるのか、いつまでも笑みを絶やさなく、それに業を煮やしたのかハクヤは眉を吊り上げて。
「聞こえなかったのか? 俺は早くその女を離せと言っているんだ」
ハクヤは静かな殺気を放ち、サンタを威圧した。
「そうはいくかよ、工藤、これを見るんだ」
サンタは、自分のM,Aに陽炎のような揺らめいた炎を、彼女の目の前で揺ら揺らとゆりかごのように動かす。
ハクヤはサンタが何をしているのか、一瞬で理解すると、声を張り上げた。
「ユリナ‼ そいつを見るな‼ それはヒュプノ催眠だ‼」
ハクヤは歯ぎしりをし、まさか、あの愚かそうな男に催眠魔術などが、ある等とは、及びもつかなかったのか――今更、後悔をした。
(……まさか、ヒュプノ催眠とはな)
ハクヤは、自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。
本来、催眠魔術は学院で教えるのは禁止されており、習得するにも人の心理状況などを勉強するために、かなりの時間をようするはずで、軽く数年以上は掛かる代物である。
それを何故、サンタが使えるのかはハクヤには知る由もないが、現時点での状況は非常にハクヤに不利だった。
「ははは。もう遅えよ。俺が魔術で炎を生み出すだけの猪突猛進型だと思ってたテメエの負けさ‼」
サンタが哄笑を上げて、勝ち名乗りを上げる。
「……たしかに、これは俺のミスだな……」
魔術にもいろいろあるが、その中でも、大気を利用するのではなく人そのものに魔術を掛ける、催眠魔術というものがある。
催眠術の一種であり、相手の目の前で炎を揺らしたり、眠りに誘ったりして相手を自分の意志のままに動かすというものだ。
但し、自殺しろや相手を殺せなどと、あまりにも本人の意思に反した行動は抑制されるものがあり、歩けや座れなど、犬や動物などでも、出来る命令は簡単に出来るのが通説である。
そうして、ユリナの目がトロンと眠ったかのようになり、正気をうしなったかに力のなくなったかに見えると、サンタは羽交い絞めを解いて、糸の切れた人形みたいになったのを確認すると。
「……さてと、おい工藤こっちを向け」
サンタは唇を歪めて、ユリナの顎を掴むと、ハクヤは下唇を噛んで、動こうとするが。
「動くんじゃあねえよ‼ テメエらそいつを押さえつけとけ」
サンタが指示を出すと、沈黙を保ってハクヤの周りを囲んでいた者たちが動いてハクヤを押さえつける。
ハクヤは押さえつけられながらも、サンタを睨みつけると。
「……サンタ、お前。何度もこういった事をしているな」
ハクヤはようやく、サンタの名前を初めて口にし敵対者として認めて呼称した。
「……どうして、分かった」
「簡単な事だ。余りにも手際が良すぎるからな、いくら、そこの女が頭に向日葵が咲いていたとしても、こんなにうまくいくわけがないんだからな」
ハクヤは確信を持って言い切った。
「よくわかったな。だけど、テメエはもう終わりだよ転校生。これからテメエをボロ雑巾みたいにした後に催眠状態にして、おれの新しい奴隷にしてやるからよ」
四面楚歌とは、こういう事だろうか、大事な女は人質に取られて、自分は身動きも取れず、押さえつけられており、何もすることが出来ない――頼りになるのは、何処に行ったのか分からない、子犬のオークだけだが、あんな犬が一匹いたところでどうにもなるわけがなく。
「……この野郎、いままでよくもやってくれたな」
ハクヤの周りを囲んでいた者たちが、仕返しとばかりにハクヤを打ち付ける。
(……まさか、こんな雑魚どもにいいようにやられるとはな……)
ハクヤは殴られながら、この状況を打破しようと画策していた。
(……試合までは、後一時間ほどあるし、時間切れは無理か…)
ハクヤは、両足を内側に折り畳み、筋肉を絞めて、ひたすらに相手からの攻撃を耐えしのぐ三戦立ちと呼ばれており、体中の筋肉を絞める立ち方である。
「次は、俺だな」
ハクヤの前に立った、軽薄そうな男が拳を鳴らすとハクヤの鳩尾に拳を救い上げて一撃を入れて、鈍い音をさせる。
「たあ~~固てえな、こいつの腹、何食ってんだよ」
腕を振り回し、痛みを紛らわすようにしていると、次の男は素手ではなく、ハクヤの持っていた小太刀を奪うと。
「へへへ、確か、こうだったよな」
男は勢いを付けて、バットのスイングみたいに、小太刀を振るうと。
「胴オオオオ‼」
いくらハクヤが身構えたとしても、これだけ勢いを付けられたならば、どうしようもなく――すさまじい音共に肉を打ち付ける音がした。
「がは‼」
ハクヤの骨に、二~三本ほど罅が入ると。
「いやー。どうよ。俺の胴は」
「馬鹿野郎‼! それはお前、剣道じゃなくて野球だろうがよ」
彼らは笑いながら、人を殴ったことにも当たり前のように、なんの呵責も感じていない輩にハクヤは先人として怒りを覚えて。
「……クズどもが……」
侮蔑の言葉と共に、血反吐を自分に一撃を入れた男の靴に吐き捨てた。
「ああ‼ クズはテメエだろうが、理事長の娘をかどわかしやがって‼」
目の焦点があっていない男が、ハクヤの鳩尾に蹴りを入れる。
ハクヤは、戦った時から様子が可笑しいと思ってはいたが――サンタのやり口を見て確信した。
「……サンタ。お前こいつらにも……ヒュップノス魔術を施したな」
何かが可笑しいと感じていたハクヤは、サンタの方を向いて目を見張る。
「いやあ、やっぱり人とか集めるのって大変だよな~」
ハクヤは自分も、女を騙している最低の人間だと自覚していたが、目の前で、ユリナを後ろから、抱いているこの男はもっとクズだ。
ハクヤは、目の前の男を処分することを決めると。
「……まあいい、貴様は終わりだ」
彼には魔術は使えないが、切り札はある天を見上げて意識を集中させて自身に寄り代を降ろそうと詠唱を開始した。
「我は未来、過去、現在をしるものなり。
我は聖霊、人、神格を違える、三位一体の物なり、我が呼び声に応え『ワン』」
ハクヤが詠唱を終わらせようとすると、今まで何処に隠れていたのか、子犬のオークがワンワンと吠えて、ユリナの前で一生懸命吠えていた。
「なんだあ? この犬は?」
サンタが煩わしく、オークを蹴とばすが、オークは諦めずに吠えてサンタの足に噛みつくと。
「ガルルル」
「痛えな‼ この野郎」
苛立ったサンタはオークを苛立ちと共に、力を入れてボールのように蹴ると体重の少ないオークはギャンという悲鳴と共に跳ねて動かなくなった。
「さてと、邪魔者もいなくなったことだし、いよいよ、この女を好きにしますか」
サンタがユリナを抱き寄せようとして、動かそうとするが、ユリナはオークが動かなくなったのを見ると、まるで石でも足に張り付いたようにオークの方を凝視していた。
「……お母さん……どうしたの……オークちゃんもいるから……大丈夫ですよ」
ユリナは過去を回想しているのか、虚ろな目で夢心地のまま、彼女はポツリ、ポツリとつぶやき始めた。
「……チ、ちょっと強く、催眠を掛けすぎたみたいだな」
一度こうなってしまうと、しばらくしなければ、元には戻らない。
夢遊病者みたいに。夢心地のままにフラフラと歩き出そうとしていたが、それをサンタは、動かないように固定すると、とりあえずヒュプノス催眠を解こうとするが、相変わらずユリナは夢見心地のままに独り言を呟いていた。
「……そういえば、お母さんは……どうしたんでしたっけ?」
ユリナはそれだけを言うと、急に何かをフラシュバックしたのか、顔を両手で覆うが、サンタが、苛立ちと共にユリナを何とか動かそうとするが、いつもは使わない力を使っているのかどうしても動かずにサンタはユリナの髪を引っ張り。
「チッ。この女いう事を聞けよ」
癇癪を起した――それが、喚起か呼び声となったのか、ユリナは過去をフラシュバックさせたのか、瞳を深い絶望に染め上げると、思い出したくないのか空を深い悲しみの藍色で染め上げるように悲鳴を上げた。
「お母さんは……私が……いやあああああ‼」
ユリナの金切り声の悲鳴と共に、稲妻が落ちたような衝撃が響き渡り。ユリナ以外の者たちが全て吹き飛ぶと。
そこには、中国で伝説の霊獣の一角とされる、聖獣――麒麟が神々しい姿でユリナを守る様に佇んでいた。




