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『選考会』

ハクヤたちのクラスは、数百人が集まっても入りそうな体育館に集められた。

天井までは高さ、十数メートルもあり、全面のバスケットボールを二試合も出来そうな巨大な広さは、この学院の財力を物語っている一つの資質になる。


無論、選考会の説明のためである。


勿論出場しない者たちは関係ないために彼らはレポートを提出すればいいだけだ。


 強制ではなく、日々の研鑽を実践で形にしてみるというのが名目だ。

 魔力を持たないハクヤも同様にレポートを提出すればいいのだが、それでは彼の目的には達せない為に出場することにしたのだ。ここで標的である理事長の顔を見る為と、実際に至近距離で相対するためだ。


 ハクヤの目的は学園生活ではなくではなくスパイである。


 上手くいくか、余程の幸運があればここで理事長を始末することができるかもしれないという欲もある。


 今まで、一度も見たことがないが必ず来るはずだ。

 ハクヤはこれほどの催事なら、魔術師としての興味も疼くと思っており睨みを効かせて、辺りを見回すと目的の人物が来ているのが遠目でもはっきりと見えた。


 取り巻きが多い為に、近寄ることも出来ないが、ともかく存在しているだけで好機があるのは間違いない。


一人になるのを待ってずっと張り付いていてもいいのだが、それではもう一つの機会を潰すことになる。

 それでは旨みがないと逡巡したハクヤは目の前の戦闘に集中することにしたのだが――。


「今日はお弁当作ってきたんですよ~」


 しかし、それを妨害する者がいた緊張感の欠片もなくユリナは、体育館の地面に座りたくないのかシートを広げて、隣では鳴き声をあげている子犬のオークがおり、これから戦いだというのに、美味しそうにドッグフードの缶詰を頬張っていた。

これから戦いだというのにこんなものでいいのかと隣で座っているハクヤは額に手を当てる。


(……緊張感が、全くないな……)


 ハクヤは口の中に一杯にドッグフードを詰め込んだオークが不思議そうに自分を見つめるを見ると、あまりの緊張感のなさにハクヤは破顔した。

 オークとユリナは、頭にお花畑でも咲かせてるようだった。


「ハクヤさん。試合のルールは分かっていますか?」


 ハクヤは呆れたように――『お前がいうなよ』と突っ込みを入れようとしたが、なんというか色々と諦めた。


試合はスリーポイント制であり、体全体に怪我をしないような防護の魔術を掛けて、三回攻撃を受けるか、強い衝撃を受ければ一度で壊れるように設定されている。


なおその際に壊れた時に魔術と衝撃を一度だけ消失させるという効果も持っている為に余程の事がなければ怪我はしない。


要は、二人の内どちらかが、三回攻撃を受けるか、大きな攻撃を一度でも受ければ終わりだという事である。


「それぐらいなものか……」


 ハクヤは既に知っていたのだが、一応隣にいる。のほほんとした雰囲気の二人にも教える事にした。


「分かりましたか?」


 さすがに鬱陶しくなってきたのか、ハクヤは無視しようとしたらオークが代わりに返事をした。


「オン‼」


 まるで、人間の言葉を理解しているようだが、仕様ということにしておこう、これから戦いなのに迷いがあっては話にならないからだ。


(本当に分かっているのか…?)


 まあ、彼女についてはオークの扱い方と使いまわしが評価に入り、理事長の後押しも入るから、問題ないだろう。


 選考会にはハクヤの他にも、魔術があまり使えない者が出場しているが、彼らは何が採点基準になるのかというと、理事長の教えにあると、自身の体を制御するのも魔術の一つだというのだ。


自身の体も制御できない者が、人の手に余る神秘を制御できるはずがないというのが理事長の教えである。


 確かにその通りで体術も評価点になっているのがハクヤにとっては嬉しい誤算という所だった。


彼がいくら優れているといっても、評価の基準にならないのであればどうしようもないからだ。

周りを見ると、余所では試合をやっておりハクヤはそれを一瞥すると。


(……とりあえずは、問題はなさそうだな)


 自身の相手になりそうな人物は、とりあえずはいなさそうだった――驕りかもしれないが、後ろにいるユリナと彼女の腕に抱かれたオークを見て、ハクヤは一瞬で勝負を決めることを決意した。


(……これぐらいのハンデがあって、ちょうどいいかもな)


 ハクヤは猫科の猛獣を彷彿させる、獰猛な笑みを浮かべると、意識を戦闘レベルにまで持っていき、体中の細胞を励起させた。


審判役と評価を図る、レイナが出てきて彼女もハクヤに微笑みかけるが、ハクヤは集中しているのか、誰の声も届かない程に目の前の敵を見据えていた。


 ハクヤは少し目を開くと確か同じクラスでの、アリソンという赤毛で眼鏡を掛けた少女と隣にいるのは、ロバートと呼ばれる男子生徒で、短髪に顎髭を生やした気さくな人柄で転校生の魔力のないハクヤにも分け隔てなく接してくれる物珍しい一人だ。


 ハクヤとユリナはレイナに呼ばれて、開始線に立つとロバートが白い歯を少し見せて笑いかけてきた。


「ハクヤ。手加減はしないからな」


 最早、彼は誰の声も耳に入らない程に集中しているのか、どうやって目の前の障害を取り除くかを頭の中で練っていた。


「始め‼」


 クラスの担任のレイナの掛け声と共に、試合が始まると、ハクヤの姿が陽炎のように揺れて、風の音だけが、彼の足取りを追い一瞬の内にロバートの眼前まで迫ると、腰に差してある小太刀を抜くと、雷の如く降らすが、ロバートは剣道の有段者でもあった為に、彼は一撃をなんとか自身の木刀型のM,Aで防ぐが、そこでロバートは詰んでいた。


 片手が空いているハクヤは体制を整えて、両手が塞がったロバートに震脚と共に、中段突きを彼の鳩尾に叩き込むと彼の体はくの字に曲がり、そのまま数メートル吹き飛んだ。


 拳で人が飛ぶという信じられない光景を目にしたのか、レイナが信じられないもを見るような目でハクヤを見て勝ち名乗りを上げた。


「勝者‼ ハクヤ、ユリナペア‼」


 レイナが勝ち名乗りを上げるが、ハクヤの余りの強さに戦慄しているのか、静寂が波うったかのような静けさだけが浸透していた。


「ほら、行くぞ」


 ユリナは、戦闘の速度に付いていけないのか呆けていると、ハクヤに手を引っ張られて。

 これ以上は目立ちたくないのか、足取りを早くして立ち去り、人気のない処に移動すると、それまで固まっていたユリナが動き出して、手を叩いて拍手をして賞賛を送った。


「凄いです~」


 ユリナの賞賛と同時にオークが吠えると、一人の女性と子犬だけがハクヤの勝利を褒め称えてくれた。

 ハクヤは照れ臭いのか、頬を少し掻いて、少し笑うと。

 その後の試合も順当に勝ち続けて、あっという間に少しのばかりの小休止になると。


 ハクヤとユリナは学院の体育館にシートを広げて、休憩していると噂を聞きつけたのかリンカが近づいてきて。


「少しは、貴方の事を見直したわ」


 リンカがハクヤを認めたのか、うなずくと、隣にいるユリナも自分の事のようにうれしいのか。


「でも、本当に凄いですよ。だってあっという間にみんな倒されて、私なんてすることがなかったです」


 ハクヤは性格がねじ曲がっているのか、素直ではないのか仏頂面で。


「別に大したことじゃない――こんなことは誰でも出来ることだ」


 淡々と告げるハクヤに、ユリナはため息を吐いて。


「……貴方、絶対性格悪いわよね……全くユリナもこんな男のどこがいいんだか…」

 

最後の方の呟きはハクヤには聞こえていなかった。

 ユリナは嬉しそうにはにかんで笑っていると、ハクヤは二人の優しさが眩しいのか痛たたまれなくなり、立ち上がると。


「少し風に当たってくる」


「私も付いていきますよ」


「悪いけど、少し一人になりたいんだが、構わないか……?」

 ハクヤはふらりと出ていくと、外に出て周囲を見渡すと、文化祭のお祭り騒ぎみたいに大学の校舎の方では、大学の生徒たちが出店まで出しており、ルネサンス洋式の建築で作られた欧州風の建物の下で出店が並ぶ風景は、欧州の首都の市場を彷彿させた。


 学生たちは暇なのか、モニターに映された、様々なクラスの試合をテラスやカフェで眺めていた。


 それらの光景を眺めながらハクヤは歩いていく、何をすることもないという事でもなく、目的もなくズボンのポケットに両手を突っ込み、ブラリと歩いていると、同じクラスの見知った顔を見たが、ハクヤは無視したが肩に手を置かれると。


「よお、ずいぶんと派手にやっているじゃねえか。転校生」


 ハクヤは、次の試合の相手を一瞥すると。


「何の用だ。悪いがお前に構っている暇はないんだが」


「へへへ、まあ悪いが少し付き合えよ」


 次の対戦の相手のサンタだ、今更、彼は何をしに来たのだろうかとハクヤは彼の後ろを付いていくと、一つ、二つと気配が増えていく。


(……分かりやすいな……)


 ハクヤは次々と増えてくる足音と、人気のない場所に連れてこられると、ハクヤの予感したとおり、ゾロゾロと十人ぐらいの人間たちが、サンタの後ろから出てきて、優位に立っていることを証明したいのか、口元に笑みを浮かべていた。


「……もう一度、聞いてもいいか、俺に何か用か?」


 ハクヤは周囲を見渡す。建物の陰に隠れて日陰になり周囲も木々で見えにくい、何か人に見られたくないのか、何か疚しい事をするならうってつけの場所だろう。


「……まさか、負けてくれとか言わないよな」

 ハクヤが冗談っぽくいうと。

 サンタは、ハッと息を吐いて。


「まさか、それこそあり得えねえだろう……どうして、勝つと分かっている勝負を捨てる馬鹿が、何処にいるんだよ」


「まあ、理事長の娘がいれば、みんな勝手に負けてくれるよな……いい身分だぜ」

 

 サンタが愚痴をこぼすと、ハクヤは鼻で笑い。


「どうでもいいんだが、さっさと帰っていいか? お前に構っている暇はないんだがな」


 子供に構っている暇はないとの感じで歩き出す、彼に求められているのは過程はなく結果である。

 いつまでも、遊んでいられる身分ではないことはハクヤ自身が一番自覚している。

 目標の理事長の周りには、数人の実力者の護衛、遠距離射撃のスナイパーで狙おうにも、

ご丁寧にも長距離遮断防壁の魔術が、選考会の会場となる体育館に仕掛けられている。

 しかも狙撃場所には、警備会社の人間が見回りにくる周到さだ。

 接近戦も機械は皆無、超遠距離での暗殺も不可能――八方塞がりのハクヤは、標的を確認しながらも、手ぐすねを引くだけしかできない自分の状況に苛立ちを感じていた。


「まあ、待てよ。悪いんだけど、お前の武器を少し見せてもらってもいいか?」


 サンタの言い分にハクヤは、少し渋ったが――この程度の相手に自分の武器を見られてもどうという事はないと理解していた。


 そもそも、ハクヤの持っている得物は小太刀が一本であり、本来の得物は隠してあり、そのためかハクヤはサンタに気まぐれに自身の得物を放り投げて渡した。

 それに、棒切れごとき探せば、剣道場にいくらでもおいてあるはずである。


「いいけど、何に使うんだ? 魔術主体で戦うお前には、そいつは使いにくいと思うが」


 ハクヤは、サンタについての評価をそのまま口にした。


「ああ、いいんだよ。お前から、これをもらうのが目的だったんだからな」


 サンタは、目的のものが手に入ったのか、口元を歪めて笑みを浮かべると、ハクヤの使用していた小太刀を手袋をはめて、周囲にいた取り巻きの一人に勢いよく振りつけた。

 加速をつけて勢いよく振りつけられた木刀は、直撃した人物の骨に罅を入れるか折っただろう。


「ぎゃああああああ‼」


 余りの痛みに叫び声をあげている取り巻きの一人をサンタは黙らせてハクヤから借り受けた小太刀を地面に投げ捨てると。


「いちいち叫んでんじゃねえよ。骨の一本か二本逝ったぐらいでよ」


サンタは自分で、やったにも関わらず、不全とした態度でハクヤと向き合うと。


「あーあ、いくら何でも、木刀で思いっきり打ち付けるとか不味いでしょ。お前らも見たよな‼ 転校生が、こいつを木刀で打ち付けるところを‼?」


 サンタが大きな声を上げて、周囲の取り巻きたちに同意を得ると、彼らは距離を取っていたハクヤにじりじりと詰め寄るが、ハクヤは今しがた、サンタが地面に捨てた小太刀を拾うと。


「……成るほど、猿芝居にしては、なかなか良くできたシナリオだな。それで次はどうしてくれるんだ?」


 淡々と事務的に言うと、全く予想外の態度が気に入らないのかサンタは、肩を震わせて。


「テメエ‼ 強がってんじゃねえぞ‼ 俺たちがお前にやられたって事を訴えれば、テメエは終わりなんだぞ‼」


 サンタが、吠えるがハクヤ全く動じなく。


「小太刀だ」


「……は?」


「だから、こいつは小太刀だと言ったんだ」


 ハクヤは自分の持っている小太刀をサンタにも分かる様に肩に乗せた。


「一般的には、柄の長い方が木刀で短いのが小太刀だ。良かったじゃないか……木刀と木立の違いが分かって、訴えるときはちゃんと言うんだぞ、僕たちは『木刀』でやられましたって」


 クックックと笑うハクヤに、サンタは怒りを抑えられなくなったのか。


「テメエ――‼」


 誇りを刺激されたのか、笑われたことに我慢できないのか分からないが、目の前の男の嘲笑を黙らせようと、食ってかかってきた。


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