第9話 冒険者の仕事(人喰い跳竜編)前編
ゴスホッグ退治から戻った翌日、私は皆さんと共に、6日ぶり2度目の冒険者ギルドへと向かっていました。
でも私、相変わらずどこへ行こうと目立ちまくりです。いえ、人々がこの鎧を見慣れるまで、『美しい女性型ロボット』の姿を見慣れるまで、避けようが無いと解ってはいるのですが。
今朝、4日ぶりに鎧を脱いでみたのですが、私、4日間飲まず食わずでも、身体はまったく何の異常も無く、健康そのもの。加えて相変わらず、食欲もまるで感じませんでした。
もう疑う余地が有りません。私、この鎧に入っている限り、食事もトイレもまったく必要無いのです。加えて、少なくとも肉体的には、疲れることも無いのです。
食べ物も水も必要無い。疲れることも無い。鎧の下は全裸だから、着る物も必要無い。暑さ寒さも感じないし、どこででも眠れるから、家も必要無い。つまり、この鎧に入っている限り、他の物は、まったく必要無いのです。この鎧一つ有れば、あとは、女の身体一つあればいいのです。
まさに『究極の装備』です。この鎧が、『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』とされるのは、それゆえだったのです。(いえ、もしかすると、さらに奥が有るのかもしれませんが)
それに──私、最初は、この鎧に入ることにかなりの心理的抵抗が有ったのに、今ではまるで、それを感じません。それどころか、入ることを楽しいと思う始末、入っていることを心地良いと感じる始末です。もう何日入っていても平気で、脱ぎたいという気持ちすら起こりません。いくらこの鎧の中が快適とはいえ、慣れとは恐ろしいものですね。
その日の冒険者ギルド、私たちが掲示板で依頼を確認していると、職員さんの一人が、新たに『緊急』と書かれた依頼を持って来ました。見ると内容は、『人喰い跳竜退治』となっています。『人が跳竜の群れに喰われる事件が有った。放置するとまずいと思われるので、退治して欲しい』。なるほど緊急性の高い依頼です。
跳竜とは、地上性の小型肉食竜の一種で、その名の通り跳躍力に優れた、敏捷性の高い生き物です。
外見は──恐竜好きな人なら解るでしょうが、デイノニクスやヴェロキラプトルなどの、小型の肉食恐竜そのもの。ただし羽毛の生えていない、昔の想像図そのものです。後肢の鎌状の爪も有りません。
通常は、10頭から20頭ほどの小群で生活し、生き物としての性質から言えば、前世で居た世界の狼に、極めて近いと言えます。
戦った場合はどうかと言えば──。一対一の場合、生身の人間よりは強いです。しかし、こちらがまともな武装さえしていれば、さほど恐れるような相手ではありません。
体重は人間の子供程度、20~30kg程度しかないし、鋭い爪や牙を持ってはいても、革鎧を引き裂くような力は無いからです。
ただし問題は、前述の通り群れをなすことと、かなわぬと知った場合の、逃げ足が速いこと。そもそも、人間の足で追いつけるような相手ではありませんし。
地球の大型肉食獣もそうですが、この世界の肉食獣も、たまに人喰いになることがあり、そうなると恐ろしい。
誰でも解ることですが、捕食者というものは、常に『捕りやすい獲物から捕る』からです。
人間の肉の味を覚え、なおかつ、人間が比較的容易に捕れる獲物であると知った肉食獣は、人間ばかり狙うようになる可能性が高い。
そうなった肉食獣が、大きな災厄を起こした例は──地球でもそうですが、この世界でもいくつも知られているのです。
跳竜が人喰いになったケースも、いくつか知られていたはずですが──。確か、ある意味で、もっと大型の竜より始末が悪かったはず。
なぜなら──より大型の竜は、ほとんどの場合、トラやヒョウなどと同じく単独性で、従って、その一頭を倒せば終わりです。
しかし跳竜の場合、一度人喰いになると、群れ全体が人喰いになると見て良い。それゆえ、群れの大部分を退治しても、生き残りが再び災厄を起こす可能性が、極めて高いのです。
根を絶つためには、群れ全体を、一網打尽にしなければなりません。そう思ってよく見ると、案の定、『必ず全滅させること。3匹以上逃がした場合は失敗とみなす』という付随条件が付いていました。
しかしどうやって全滅させる? 私が考え込んでいると、背後で気配がします。振り返ると、他の皆さんが肩越しに覗き込んでいました。
「へえ、面白そうな依頼じゃない」
「馬鹿、面白がってる場合か。人食い跳竜の群れなんて、住民から見れば、動く災厄のようなものだ」
「そうだな、しかし厄介な依頼だぞ。群れの大半を一網打尽にしない限り、意味が無いのだからな」
面白がっているミーニャさんに対し、テウさんとコペルさんは、よく解っているようですね。
「取りあえず、詳しいことを聞いてみませんか」
私の提案で、別室で話を聞くことになりました。それによると、場所はここから馬で2日ほどの、とある村。依頼主は、そのあたり一帯を治める貴族だそうです。
「へえ、アルゴス卿かい、それはまた……」
「ご存知なんですか?」
依頼主を知ってるような口ぶりに、私が尋ねると、ジェーンさんは肩をすくめ、やれやれというように語り出しました。
「会ったことは無いが、ユーヴェルニアの貴族の中では、有名な人物だよ。とにかく虚飾が大嫌い、『見栄を張る』ことが、大嫌いでね。一応は爵位持ち・領地持ちでありながら、さして大きくもない屋敷に住み、古い馬車に乗って、平然としている。宮廷にも平気で、『裕福な平民』程度の身なりで出入りするしね」
「へえ、変わり者なんですね……でもそれって、少なくともある意味では、尊敬すべきことなんじゃ?」
「私ら平民から見れば、その通りさ。でもレイミの言う通り、貴族の間じゃ当然のごとく、変人扱いされてるよ。『貧乏な者が見栄を張れば、余計貧乏になるだけだ』と、普段から公言するような人物だしね」
「へえ…え?! 待ってください?! それって確かに正論ですけど、言われた側から見れば、相当に不愉快なことでは?」
「そうだよ。だから、領民からは慕われてるが、多くの貴族から、かなり嫌われてるらしい」
「………」
「さっきも言った通り、一応は爵位持ち・領地持ちなんだが……。爵位と言っても、最下級の『准男爵』だし、領民も、すべて合わせても千人にも満たない。自分が貧乏だからこそ、開き直って、見栄を張らないようにしている……。貴族の中には、そう言ってる者が多いね。もっとも最近は、見習って見栄を張らないようにする『貧乏貴族』が、増えてるようだけど」
「…でも、ギルドにこんな依頼をするってことは、領民に対する責任感はある、ってことですよね。報酬も安くないですし」
「財力から言っても領民の数から言っても、『兵力』と呼べるようなものは持てないからね。だからこそ、冒険者ギルドに退治を依頼したんだろう」
そんな話をしながら、契約などの詳しいことを確認したのですが……。内容はまったく問題が無く、ジェーンさんたちも不満は無いようです。ただ問題は、やはり『一網打尽にしないと意味が無い』ということで──。その方法が見つかるまで、取りあえず保留ということになりました。
「で、コペル、レイミ、跳竜の群れを一網打尽にする方法、思いつくかい?」
ギルドの建物を出たところで、ジェーンさんがそんなことを訊いてきました。
「…残念ながら思いつかんな」
「…確実なものは有りませんね」
「頼むよ、この手の知恵に関しては、あんたたち二人が頼りなんだから」
「うーん……そうですね……。試してみたい方法が、無くはありませんが」
さっきから考えて、なんとか一つ思いつきました。
「本当か?!」。テウさんが勢い込んで、食いついてきます。でも──。
「ただ──そのためには、風系統の魔法を使える人が必要なんです。それも、できるだけ細かく風を操れる人が──。信用できる人で、そういう人はいないでしょうか?」
私のその言葉に、皆さん全員「はあ?」と言うように口を開けました。え、あの、どういうことなんです? 訊きたいのはこっちなんですけど?
「そうか、レイミはまだ知らなかったんだっけね」
「風系統の魔法なら、俺が使える」。コペルさんがそう言い出しました。ええ?
「あの、でも、コペルさんが風魔法を使ったの、見たことありませんけど?」
「…俺の風魔法は、細かい制御がきく代わりに、パワーが無くてね……。相手に目潰しを喰らわせたり、ちょっとよろめかせる程度が、精一杯なんだ。戦いではほとんど役立たずだから、普段は使わないのさ」
「へえ…。でも、例えば──。つむじ風を起こして、地面に散らばった落ち葉を巻き上げ、一箇所にまとめるというような──そんなことは出来ますか?」
「お安いご用だが……。そんなもので、どうやって跳竜の群れを?」
「それについて、一つ実験をしてみたいんです。まず──この近くに、小麦粉を売っている店はありませんか? 量はさほどいりません。小さな袋程度で充分です。それと──ある程度広くて、人気の無い空き地はありませんか?」
皆さん、今度こそ「はあ?」と呆れ果てたのでした。
小麦粉はすぐ手に入ったのですが、適当な空き地が見つからず──何しろ、これからやることを考えれば、人目は極力少ない方が──いえ、出来れば、まったく無い方が良いのですから。結局は、城壁の外に出る羽目になりました。
50~70メートル四方の、何も無い荒れ地。その真ん中に、目印となる石を置き、端へと離れます。小麦粉を取り出し、それが充分乾燥していることを確認します。その上でコペルさんとジェーンさんに、準備してくれるように言いました。
「ではジェーンさん、ファイアーボールを撃つ準備をしてください。コペルさんは、この小麦粉を風で巻き上げて、あの石の上に、降り注ぐようにしてください。そこへ、小さめでいいからファイアーボールを撃ち込んで欲しいんです」
「そんなことをしてどうなるわけ?」。ミーニャさん、知らなければそう言うのはもっともですけど……。
「上手く行けば、とんでもない光景が見られますよ」。そう言う私の声、笑いを含んでいたと思います。
「「…わかった」」。コペルさんとジェーンさんも、首を傾げながらもそう言ってくれました。
「やるぞ」。その言葉と共に、結構強い風が吹き、小麦粉を上空へと巻き上げます。粉で真っ白になった風の塊が、空き地の中央へと移動し、その場に小麦粉の雪を降らせます。
「今です!」 「了解!」
私の合図と共に、小さめのファイアーボールが飛んで行き──それが白い塊に吸い込まれた瞬間、目の前が真っ赤になりました。轟音が響き、爆風、それも熱風が吹き付けます。『粉塵爆発』の、実験成功です──。
予想以上の大きな爆発に、私自身を含め、全員呆けていましたが──。我に返った途端に、ミーニャさんが文句を言い出しました。
「ちょっとレイミ! なんてことすんの! なぜ事前に言わなかったのよ!」
「……すいません、私も、ここまで派手なことになるとは思わなくて……」
「もう! 下手したら大怪我だったじゃないの! 今後はもっと、考えてやりなさいよ!」
「……はい……」。全くの正論だけに、頭を下げるしかありません。確かに少しやり過ぎでした。
「……しかし……なぜ小麦粉が爆発するんだ?」。そう思うのは、もっともですよねえ……。
「小麦粉って、固まった状態では燃えないけど、空中に漂っている状態では、凄い勢いで燃えるんです。火の上に小麦粉をひとつまみ落としてみれば、解るはずです──。それに、粉ひき場で原因不明の爆発が起こったという話、聞いたことありませんか? だから、どこの村でも、粉ひき小屋は大抵、他の家とは離して建てられるでしょう? それは、この現象のせいなんです──。いえ、小麦粉でなくても、火薬はもちろん炭の粉でも、燃える粉なら何でも同じなんですが」
「…つまりこれを、跳竜の群れに喰らわせてやろうというのか?」
「そうです、もっと大規模に」。我が意を得たりと、私は大きくうなずいたのでした──。
その後、城壁内へ戻る時、門で一悶着ありました。さっきの爆発、ここからも見えていたみたいで──。『風系統と火系統を組み合わせた、新たな攻撃魔法の実験』と、嘘ではないことを言って、なんとか納得してもらいましたが──。
私たち、その足でもう一度冒険者ギルドに向かい、契約を済ませた上で、翌朝出発したのです。