第8話 冒険者の仕事(大猪編)
「畑を荒らすゴスホッグ退治」。それが、一昨日の夜宿屋で聞いた、今日の仕事内容です。私にとって初めての、冒険者としての本格的な仕事です。
ゴスホッグ──それはひとことで言えば『巨大な猪』です。実物を見たことはありませんが、大きなものでは体長2mを超え、体重では300kgを超える、でかい奴です。
と言っても、大きさだけなら、私が前世でいた世界にも、これくらいの奴はいました。違うのは、地球の猪では雄しか持っていなかった鋭い牙を、雌雄共に持っていること、気性がより荒いことです。
この世界が、前の世界より危険な肉食獣が多い分、そうならざるを得なかったのでしょう。
単なる獣という枠には収まりきらない。しかしモンスターというにはやや物足りない。そんな生き物がゴスホッグです。
え? なぜそんなことを知っているのかって? この世界にも、動物図鑑くらい有るのですよ。高価な専門書ですから、公的機関や王宮くらいにしか置いていませんけど。
私たちは今、王都から2~3時間ほどの、とある村に来ています。村としては結構大きい方なんですが、先日からゴスホッグの群れが現れて農地を荒らしている。このままではたまらないので、退治して欲しいという依頼が、冒険者ギルドに来ていたんです。
私、一昨日の午後から、一度も鎧を脱いでいません。当然、その間は飲まず食わずです。でも、まるで空腹を感じません。エルディナからここまで走っても、疲れも感じないんです。──やはり、この鎧に入っている間は、食事も休息も必要無いようですね。
夜はよく眠れることから、睡眠だけは必要なようですが。
あれ?でも、考えてみると、食事もトイレも休息も必要無いということは……。私──生身のままロボットになったようなものです。そう思うと、ちょっとへこみますよね。
エルディナでもそうでしたが、私、この村でも随分と奇異の目で見られました。ゴーレムだと思った人も、大勢いるようです。
ジェーンさんが、私のこの姿は鎧、それも魔法で動く『動甲冑』だと説明しても、納得しきれないようで──。誰も彼もが、釈然としない顔をしていました。
ま、そうでしょうね。私自身の目から見ても、私のこの姿は、この世界のどこへ行こうと、違和感ありまくりでしょうから。
この鎧のデザイン自体が、この世界にはまるでそぐわないもの。むしろ、私が前世でいた世界、現代日本にこそふさわしいものなのですから。
ジェーンさんが、村の村長さんから、詳しい話を聞いています。図鑑によれば、ゴスホッグは大人10頭前後に子供を加えた小群で行動するそうですが、ここではもう少し多いらしく、大人だけでも20頭くらいいるそうです。出て来るのは夕方が多いので、待ち伏せて退治して欲しいとのことでした。
村人たちの口ぶりでは、ゴスホッグの群れに相当手を焼いているようで、一日も早く退治して欲しい様子です。それはそうでしょう、毎日のように畑を荒らされては。
自分で退治しようとして死亡、ないし重症を負った村人も、少数ながらいるらしく、彼らは皆、ひどく悔しがっていました。とはいえ、こればかりはどうしようもありません。
ゴスホッグは、モンスターというにはやや物足りないとはいえ、とてもじゃないが素人の手に負える生き物ではありません。図体が大きい上気性も荒く、戦闘や狩猟の専門家でない限り、どうしようもない相手ですから。
しかし、本職の戦士やベテラン冒険者にとっては、さほど恐れる相手でもないらしく、ジェーンさんたちも、大して恐れているようには見えません。
話を聞くと、過去何度か相手したことがあるそうで、油断さえしなければ、それほど恐ろしい相手ではないそうです。
私ですか? 私の場合は、この鎧がどれだけ頑丈か、それ次第でしょうね──。究極の装備というからには、ゴスホッグの牙程度で壊せる代物ではないのでしょうが──。
厄介なのは、村を取り巻く畑のどこへ、いつ現れるか判らないということで──村人たちと相談して、彼らに見張りをしてもらうことになりました。群れが現れるまで、私たちは村の集会所で待機です。
村人たちは、冒険者というものに──特に私に──近寄り難いものを感じているようで、遠巻きにして近づいては来ません。しかし、子供たちの中には、物怖じしない者もいて──一組の幼い少年と少女が、私に話しかけてきました。
「お姉ちゃん、その格好は鎧だって本当?」
「そうよ、普通の鎧とは違うけどね」
まあここは、あたりさわりのない相槌を打っておきます。
「違うって、どう違うの?」
「…この鎧を着ていると、普通の何十倍もの力を出せるのよ」
「…そんな鎧ってあるの?!」
「あるのよ、とっても珍しいけどね。この大陸すべて探しても、十あるかどうか」
これは本当です。『動甲冑』は非常に珍しいけど、他に存在が確認されていないわけではありません。現在稼働している物が他にあるかどうかは、疑わしいですけどね。
「…そんな珍しい物、どうやって手に入れたの?」
「ダンジョンって知ってる?」
「うん」
「とあるダンジョンの奥で、見つけたのよ。運が良かったと言うしかないわね」
「へえー」
ところが、案の定と言うべきか、女の子の方が困ったことを言い出しました。
「ねえ、お姉ちゃん、顔を見せてくれない?」
「…んー、それが出来ればいいんだけどね」
「出来ないの? どうして?」
「この鎧、首から上だけ脱ぐことが出来ないのよ。だから顔を見せることも出来ないの」
「そんなあ、見せてよ。ねえ見せてってばあ」
子供らしいわがままに、誰か止めてくれないかと周りを見回したのですが──。大人たちは誰も止めてくれません。みんな私の素顔を見たいと思っているのか、ゴーレムではないかと、まだ疑っているのか──。
困り果てていたその時、幸いなことに──と言うべきでしょう──知らせが飛び込んで来ました。南東側の畑で、ゴスホッグの群れが出たそうです。
「というわけだから、その話はまた今度ね」
そうごまかして、ジェーンさんたちと一緒に、問題の畑へと駆けつけます。途中からは足音を忍ばせ、ゴスホッグを警戒させないよう、こっそりと近づきます。茂みの影から見ると、なるほど20頭ほどの群れが、畑を掘り返して、植えてあった根菜類を食べていました。
こちらの作戦は、すでに決まっています。女性二人が、魔法でゴスホッグを足止めし、動きの止まったところを、男性二人と私で仕留める手です。
「行くよ!」 「了解!」
それを合図に、女性陣の魔法が炸裂しました。一頭がファイアーボールを顔面に受け、激痛にのたうち回ります。別の二頭が、足元の地面が突然陥没し、穴にはまって動けなくなります。
そこへ私たち三人が飛び出しました。テウさんが、のたうち回る一頭の脇腹を、剣で切り裂きます。コペルさんが、穴にはまった一頭の脳天に、剣を突き立てます。二頭とも、その一撃で動かなくなりました。
私は、穴にはまったもう一頭の頭上に剣を振り下ろします。頭蓋を砕かれてそいつが絶命したところへ、別のゴスホッグが突進して来ました。しかし、私が向き直ると怖じ気づいたらしく、あわてて方向を変えようとします。
え? 猪だから、まっすぐにしか走れないんじゃないかって? とんでもない!猪突猛進なんて言葉のせいで、そんなイメージがありますが、現実の猪は、図体の割に非常に小回りのきく生き物なんです。突進をかわしたと思ったら回り込んで来て、牙で大怪我をさせられた、という例が、いくつもあります。
しかしこの時は、ややタイミングが遅すぎました。逃げようとするゴスホッグに追いすがり、背中に剣を振り下ろします。背骨を両断され、その場に倒れ込むそいつ。今の私、人間どころかゴスホッグより早く走れるようですね。
ところが、「やった!」と思ったのが、一瞬の油断になってしまったようです。「レイミ、右!」という声に振り返った時は、もう剣を振るうには遅すぎました。
ガキン!という鈍い音が、その場に響きます。別の一頭に、牙で腰のあたりを引っ掛けられ、2~3m吹っ飛ばされます。しかし、衝撃は感じたけど痛みは感じませんでした。
起き上がり、引っ掛けられた箇所を見ても、壊れるどころか傷一つついていません。やはり究極の装備、この程度ではびくともしないようですね。
すぐそばで、一頭のゴスホッグが、ファイアーボールを受けてもがいていました。とどめを刺してからよく見ると、片方の牙が折れています。
こいつが、さっき私を吹っ飛ばした奴のようですね。この鎧、牙の一撃を受けても傷一つつかず、逆に相手の牙をへし折ったのです。
五人がかりとはいえ、あっという間に10頭ほど仕留めたでしょうか。どうやらかなわないと悟ったらしく、残りのゴスホッグが逃げ出そうとします。しかし、落とし穴や土塁に行く手を塞がれ、足が止まったところへファイアーボールをぶつけられ、もがくところに剣を突き立てられ……。結局逃げ出せたのはほんの数頭で、残りはその場に屍をさらすことになりました。
いささか魔法を使いすぎたらしく、女性二人は肩で息をしていましたが……。
死体を数えてみると、合わせて21頭。群れの大半を仕留めたことは、まず間違い無いでしょう。この光景を見て、村人たちが大喜びしたことは、言うまでもありません。
村人総出で、喜々とした様子で、仕留めたゴスホッグを解体しています。地球の猪と同じく、肉は食用になるし、皮や骨も色々と使い道があるのだとか。
しかし私は、とてもじゃないけど、その光景を見る気にはなれませんでした。
変な目で見るのなら見てください。怖じ気づいたと言うのなら言ってください。前世は都会育ち、今世ではお姫様育ちの私には、そんなグロい光景はとても……。
その夜、村人総出で盛大な宴会が開かれたことは、これまた言うまでもないでしょう。
パーティーの人たちは大喜びでしたが、私はといえば、あの子供たちにしつこくせがまれ、結局素顔を見せる羽目になりました。
子供たちだけでなく、村の人全員が、私の姿、鎧と本当の姿のギャップに、驚いていたようですけど。
みんな大いに飲み食いしていましたが、私はやっぱり食欲が無く、少ししか食べられません。ゴスホッグの焼き肉、おいしかったのに!
ただし、この宴会、少しばかり裏があったようで……。翌朝、エルディナへ戻ろうとする私たちを、これまた村人総出で引き止めていました。まだ生き残りが出て来るかもしれないから、もう2,3日村に居て欲しいと。
昨夜あれだけ歓待されては、皆さんも断り切れなかったらしく……。結局、そのあと2日、村に滞在する羽目になりました。幸いそれ以降、ゴスホッグが畑を荒らすことは無かったのですが。
私は鎧姿で村人たちの仕事を手伝ったりしていましたが、ジェーンさんたちは全員暇を持て余し、退屈さにぼやいていました。でも、報酬も約束通りもらえたし、土産として、状態固定の魔法をかけたゴスホッグの肉を、まるまる一頭分もらえたのでは──。これで文句を言ったらバチが当たりますよね。
モンスターと言うには物足りない相手とは言え、私の冒険者としての初仕事は、とりあえず大成功です。
とはいえ、今はまだスタートラインに立ったばかりだし、そもそも私にとって、冒険者の仕事はあくまで手段にすぎません。
それを忘れないように、そこをはき違えないようにしなければね。