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第7話 ふたたび(王都)エルディナ

 その日の午後、私にとって2度目の王都エルディナ。いえ3日前は、着いて早々また出て行かねばならなかったので、実質的には初めてと言って良いでしょう。


 今日は、外城壁の城門を通るのに、一悶着ありました。私のこの姿が、怪しまれたのです。

 それはそうでしょう。明らかに素顔を隠していて、しかも見せるのを拒む。そんな相手を怪しまなかったら、その方がどうかしています。

 皆さんが冒険者ギルドの登録証を見せても、納得してもらえませんでした。


「この姿は(よろい)であり、しかも首から上だけを脱ぐことが出来ない」と、本当のことを言っても駄目。やむを得ずと、ジェーンさんが係官に耳打ちしても──相手が顔を赤くしていたから、何を言ったかは明白です──駄目。


 結局は女性の係官を呼んでもらい、一糸まとわぬ素っ裸をさらす羽目になりました。屋内とはいえ、女性しかいなかったとはいえ……。

 今後も同じようなことが続くかと思うと、正直憂鬱でたまりません。


 いっそのことゴーレムのふりをすれば良かったのかもしれない──とも思いましたが、それはそれで色々と問題がありそうだし、後で発覚した場合、厳しい取り調べを受けるのは確実だし。

 まったく、(いた)(かゆ)しとはこのことです。誰かが言っていた通り、本当にこの世はままなりません。


 今後少しでもこのようなことを避けるため、冒険者登録をしようということになり──。それだけでなく、『知の砦』についての報告もしなければならないということで、私たちは今、エルディナの冒険者ギルドに向かっています。


 しかし、私のこの姿は、やはり目立つらしく──。すれ違う人々が、みんなジロジロ見ていました。はっきり言って、良い気持ちはしません。かといって、それらの人々に何か言ったところで無駄だし──。

 いえ、考えてみれば今の私、姿そのものは非常に女性らしい、美しいものです。私の本当の姿より、女性としてずっと魅力的です。その魅力に、ひかれているのかもしれません。美しさに、見とれているのかもしれません。

 そう思って、堂々とすることにしました。本当の姿でない以上、どんなに美しくても、大して嬉しくないけど──。



 冒険者というと、一般にはやや胡散臭いイメージがあります。実際、ルミニアの貴族の間では、はみ出し者、食い詰め者の集まりだと、公言する者が多かったのですが──。

 ジェーンさんたちの話によると、そのようなイメージを払拭するため、社会的な信用を得るために、現役を引いた冒険者たちが中心となって作った組織が、冒険者ギルドなのだそうです。

 冒険者が社会的な信用を得るための組織だから、明らかな犯罪者はもちろん、過去に犯罪歴のある者も登録できない。ある程度大きな罪を犯したり、小さな罪でも何回も繰り返せば、除名になってしまうのだとか。


 と言っても、最初はその地域の冒険者たちが作った、互助会のようなものだったそうですが──組織が大きければ大きいほど、冒険者自身にとってのメリットも大きい。それゆえ他の地域と積極的に横の繋がりを持つようになり──。急速に大きくなっていったのだとか。

 そうなる内に、当初の目的だった社会的な信用もでき、ついには国境を越えた繋がりをも持つようになったのが、今の冒険者ギルドなのだそうです。

 今では、ある程度以上大きな町には、必ず言っていいほど、冒険者ギルドの支部があるのだとか。


 と言っても、あくまで民間の組織で、法的な特権ないし権限があるわけではない。そもそも冒険者ギルドは、決して単一の組織ではない。すべての冒険者ギルドを統括する個人なり機関なりが、存在するわけではないのだそうです。

 あくまで、あちこちに存在する冒険者ギルド同士が、緊密な協力関係を築いているだけ。持ちつ持たれつの関係を、築いているだけなのだそうです。

 エルディナの冒険者ギルドは、その中でも規模・信用とも最大のものの一つなのだとか。



 事実、実際に見たエルディナの冒険者ギルドは、胡散臭いなどという印象とは、まるで無縁でした。外見は清潔感のあるお役所風の建物で、それは中に入っても同じ。役所か銀行の受付のような雰囲気でした。


 でも私は、ここでも目立ちまくりで……室内に入った途端、冒険者らしき人も、ギルドの従業員らしき人も、皆一斉に私を見つめていました。

 誰も彼も、私のことが気になってしかたがないようで──その多くが、ひそひそ話をしています。「ゴーレム?」「甲冑?]「でも綺麗よね」なんて言う声が、かすかに聞こえてきました。

 それが『奇異に思っているから』ならば、やはりいい気持ちはしません。『美しさに見とれているから』だとしても、本当の姿でない以上、嬉しくはありません。しかし、周囲の目にも声にも、負けるわけにはいきません。

『今の私は、美しい女なんだ、堂々とするんだ』と、自分に言い聞かせました。


 でもジェーンさんたちは、周囲の目などには頓着せず──と言うより、意図的に無視することに決めたようで──窓口の一つに向かうと、受付嬢に気軽に声をかけていました。どうやら顔見知りのようです。


「久しぶりだね、フォーリイ」


「……い、いらっしゃい、お久しぶりですね」


 私の姿を見て、呆けていたらしき受付嬢。ジェーンさんの声に、あわてて応対します。


「…そう言えば、ルミニアに行くということでしたけど、向こうはどうでした?」


 すぐ冷静になるところは、彼女もプロなのでしょうか。


「どうもこうもないよ。知ってると思うけど、向こうに着いた途端の革命騒ぎでね。結局これといった収穫も無しさ」


「おやまあ」


「ただし、報告すべきことが有ってね……。『知の砦』が攻略されたよ」


「ええ?!っ……て……あのダンジョンがですか?!」


 驚いたのは、受付嬢さんだけではありません。どうも周り中が聞き耳をたてているらしく、あちこちで驚きの声が上がっていました。


「ああ、今まで誰も出来なかったことを、あるお嬢ちゃんがやっちまった」


 その言葉に、「ええーっ?!」と更なる驚きの声が上がります。


「お嬢ちゃん……って、女の子がですかっ?!」


「ルミニアからの帰り道、ならず者に襲われてた十五歳くらいの女の子を助けたら、その子がどうもわけ有りらしくてね。『行くあてが無いから、私たちのパーティーに加えて欲しい』って言うんだ」


「おやおや………ということは?!」


「そうだよ。『剣も魔法も使えないけど、頭の良さには自信がある』って言うんで、試しにあのダンジョンに挑戦させたら、見事にすべての謎を解いちまった」


 更に驚きの声が上がるかと思いきや、そうはなりません。どうもみんな驚きすぎて、もう声も出ないみたいです。


「……そんな……ちょっと出来すぎてますよ! 信じられません、そんな話!」


 そりゃ、そう思うのは解りますけど。


「確かに出来すぎてると思うよ。でも事実なんだ。嘘だと思うのなら、『知の砦』の現状を確認してみればいい」


「……いえ、そこまで言うのなら、本当なんでしょうけど……。……ということは、有ったんですか? 言い伝えにある『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』とやらは」


「有ったよ。今、攻略した本人が使ってる」


 そう言って皆さんが私をふり返ります。私は前に出ると、フォーリイさんに向かって頭を下げました。「ええ?!」「あれが?!」なんて声があちこちから聞こえてくるけど、もう無視することに決めます。


「初めまして。レイミ・ラーダと申します」


「……あなたが? あなたが、『知の砦』を攻略した人なんですか?」


「ええ、『知の砦』の奥で、この『動甲冑』を見つけました」


 それを聞いた周囲から、またもや驚きの声が上がります……正直、私はもううんざりです。


「『動甲冑』?!……(よろい)なんですか、それ? それが、『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』だったんですか?」


「ええ、『私一人で攻略したようなものだから』、ということで、私が使わせてもらっています。手に入れてまだ一日なので、これのどこが『究極の装備』なのか、まだはっきりしませんけど」


「……あの……失礼ですけど、さっきの話では『十五歳くらい』ということでしたが?」


「ええ、正真正銘十五歳です」


「でも……あの……背丈といい声といい、とても十五歳とは思えませんが?」


「ええ、本当の私は、こんなに背が高くはないし、こんな大人びた声でもありません。どちらも、この動甲冑のせいなんです」


「へええ?! でも、そんなことあるんですか?」


「『実際あるんだから仕方ない』と言うしかありません」


「…というわけでね、フォーリイ。このお嬢ちゃんを、冒険者登録してやってくれないか」


「はあ?!」


「想像がつくと思うけど、今日、城門で一悶着あってね……。毎回これでは困るから、ギルドの登録証を作ってやって欲しいんだ」


「え? いや、それはかまいませんけど……。とりあえず、顔を見せてもらえないでしょうか」


「………」。やっぱりそうなりますか……。


「…どうしたんです? 何か、見せられないわけでも?」


「いえ、そうじゃないんですが……。この甲冑、『首から上だけ脱ぐ』ということが出来なくて」


「は? いえ、そう言われても……。ギルドとしても、顔もわからない人を登録するわけにいかないので」


「そうですよね……」


「…仕方ない。じゃあ、どこか別室を用意してもらえないか。それと、立会人として、出来るだけ地位の高い女性職員を一人か二人」


「はあ?! なんでそこまで?!」


「用意してくれれば解る」


「………」。釈然としない顔をしながらも、彼女、私たちの要望に応えるべく、奥へと入って行きました。



──数分後、私たちはギルドの空き部屋にいました。今ここにいるのは、ジェーンさんとミーニャさん、フォーリイさん。そして、幹部職員らしき四十代の女性が一人。


「じゃあ、レイミ、取りあえず脱いでくれないか」


「…はい…」。もう、開き直るしかありません。背負っていた剣を壁に立てかけ、ミーニャさんに後ろに立ってもらい、私は『脱ぎたい』と強く念じました。

 身体が後ろに引っぱられる感じがして──一瞬、気が遠くなります。ふらつく私を、ミーニャさんが背後から支えてくれました。

 生まれたままの姿の私。その肩に、ジェーンさんが毛布をかけてくれます。見ると、フォーリイさんと女性職員の顔が赤くなっていました。


「顔を見せられなかった理由(わけ)が、解ってもらえましたか?」


「見ての通り、この『動甲冑』、身に何か着けていると、『入れ』ないのよね」


 赤い顔のまま、フォーリイさんたちがうなずきます──と同時に、鎧と、私の本当の姿とのギャップに、驚いているようでした。


「出来ればこんなことは、一度限りにしたいので……。冒険者ギルドの登録証を、作ってもらえないでしょうか」


 顔を赤くするのも、呆然とするのも解ります。でも、いつまでも呆けていられては困るんですよ。


「ええ………あ! いや! ちょっと待ってください?! これじゃ、『鎧の中身』が入れ替わっていても、判らないじゃないですか?!」


 そう思うのはもっともですが──。


「その心配はありません。こっちへ来て、これに触れてみてください」


 私の言葉に、フォーリイさんたちが鎧に触れてみて──昨日のジェーンさんたちと、同じ目にあっていました。


「解ったでしょう。この鎧、もう私以外には使えないんです」


「それどころか、嬢ちゃんが入っていないと、他の者には、触れることすら出来ないんだ」


「だから、フォーリイさんの言う心配は無いんです──。もう、鎧に入ってもいいでしょうか?」


 二人が、片手を押さえながらうなずいていました──。



 ギルドの登録証を作ってもらい、またフロントに戻ります。私が自分の素性について「今は聞かないで欲しい」と言うと、かなり渋られましたが──。


 皆さんが掲示板で「適当な仕事はないか」をチェックする間、私、あらためて自分の身体を見つめます。

 今日の件で、あらためて実感させられました。

 私は、この鎧の下は裸なのだと。この鎧、この美しい女性型ロボットの中には、何も身に着けていない私がいるのだと。


 その一方で、気になって仕方ないのですが──私、未だに空腹も疲れも、まるで感じないのです。理屈で考えて、この鎧のせいとしか思えないのですが──。もしそうなら、調べてみるしかありません。そのためには──と考えが決まったころ、皆さんが戻ってきました。


「どうです、適当な仕事はありましたか?」


「ああ、近くの村で、畑を荒らす害獣退治だ。害獣と言っても、結構手強い奴だがな」


「へえ」


「その鎧の力を試すには、ちょうどいいでしょ?」

 ミーニャさんがウインクしながら笑います。


「今日はもう時間が無いし、疲れてもいるから、出発は明後日の朝だけどね」


「ということは──。今日はこれから宿ですか?」


「そういうことだ。次の仕事のために、英気を養わなきゃな」

 コペルさんの屈託のない笑顔を、初めて見ました。



──宿へと向かう途中、周りに人気が無くなった時を見はからって、皆さんに声をかけます。


「そうそう、そう言えば私、今夜の食事はいりませんから」


「はあ?」

 意味が解らない、という顔で、皆さん間の抜けた声を出すのですが──。


「私、昨日からまるで空腹も感じないし、疲れも感じないんです。それ、どう考えても、この鎧のせいとしか思えないんです。もし、もしですよ──『この鎧に入っている限り、飲まず食わずでも平気だし、疲れることも無い』のだとしたら──。この鎧、まさに『究極の装備』ですよね」


「えー?!」


「まさか?!」


「そんな装備なんて有るのか?!」


「そうよ、まさかそんなものがこの世に有るなんて?!」


 皆さん、口々にそう言います。まあ、信じられなくて当然ですよね。でも、理屈で考えると、そうとしか思えないんです。それに、これは恥ずかしくて言えませんけど、下の方の処理も必要無いようですし。


「私も信じられませんけど、そうとしか思えなくて──。だから、それを確かめてみようと思うんです」


「確かめるって……つまり?」


「そうです。私、今日から何日か、この姿のまま、この鎧に入ったまま過ごしてみるつもりです。もし、何日入っていても、その間飲まず食わずでも平気だとすれば──そのあと鎧を脱いでも、空腹も疲れも感じず、身体に異常も無いとすれば──他に考えようがありませんよね?」


「……………」


 皆さん、もう声も出ない様子で、呆れ顔で私を見つめています。でも私、いたって真面目ですよ? 確かめてみる価値、大いにありますし──。本当に、この鎧に入っている限り、食事もトイレも必要無く、疲れることも無いのだとすれば──。戦士や冒険者にとって、これほどありがたいことも、ちょっと無いでしょうし。


 そもそも、なぜ食事もトイレも必要無いのか、疲れもしないのか。それについての、私の推測が、もし当たっているとすれば──。

 この鎧、もっととんでもない代物なんですからね。

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