第5話 究極の装備とは
すべての謎を解いて、たどり着いた『知の砦』の最深部、そこは、直径10メートルほどの円形の部屋でした。中央が2段ほど高くなっていて、上に何かが乗っています。普通に考えて、これが宝物のはず。与えられるという『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』のはずです。しかしそれは、この世界の人々だけでなく、私にとってもひどく意外な物でした。
「何だこりゃ?! ゴーレムの一種か?!」
「…鎧の一種にも見えるけどね」
この世界の人にはそう見えるでしょう。しかし、前世の記憶を持つ私には、まるで別の物に見えました。二人の言葉通り、それは人型をしています。しかしそのデザインは、この世界にはまるでそぐわないものでした。むしろ、私が前世でいた世界、現代日本にこそふさわしいデザインです。
そう、そこにあった物、それをひとことで言えば、『美しい女性型ロボット』そのものでした。メタリックな肌、白く美しい顔、豊かな胸、張った腰、くびれたウエスト、すらりと長い手足……まさに、漫画やアニメに出て来る、女性型ロボットそのものです。身長は……ジェーンさんより少し高いでしょうか。額の中央には青い、胸の中央には赤い、透き通った石がはめ込まれていました。
まるでSFから抜け出して来たような、グラマラスでセクシーな女性型ロボットが、剣の先を地面に突き、柄に両手を乗せた戦士のポーズで、そこに立っているのです。
呆然とする私をよそに、他の人たちはいち早く我に返ったようで、躊躇無く台座に上がると、それを調べ始めました。私も、あわてて後に続きます。
「これが、『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』ねえ……どういうことなんだろ?」
「肘や膝の内側は、蛇腹のようになっていますね……。彫像のたぐいじゃなく、動く物であることは、間違いなさそうです」
「と言っても……そもそも、鎧なのかゴーレムなのか、どっちなわけ?」
ミーニャさんの言葉に、テウさんがそれを持ち上げようとします。
「なんだ、思ったより軽いな……。こりゃ、中が空洞だぞ」
「ということは、ゴーレムじゃなく鎧なの?」
「でも、鎧だとすると、こんなものどうやって着るんでしょう? 分解できそうな箇所がありませんが」
「どこかに、使い方の説明が無いか?」
コペルさんのもっともな言葉に、そのものだけでなく、部屋の隅々まで探しましたが……。
「無いわねえ、何にも」
「意地悪な連中だね……。どんなに優れた装備でも、使い方が判らなきゃ意味無いじゃないか!」
そう吐き捨てたジェーンさんが、ふと、ロボットの胸元に目を止めました。そう、そこに埋め込まれている、赤い石にです。
「ひょっとして、これを押すと動き出したりしてね」
そう言って石に触れた瞬間、まるで感電したかのように、彼女は身を震わせました。めまいがするかのようにその場にしゃがみこみ、両手で頭を押さえます。
「大丈夫ですか!」。そう言って駆け寄る私を、「大丈夫」と言うように片手で制しました。
「つ……判ったよ、これの使い方が」
「本当ですか?!」
「ああ、こいつ自身が教えてくれた……。これはゴーレムじゃない、やっぱり鎧なんだ」
「え? でも、さっきも言いましたけど、こんなのどうやって着るんです?」
「それが……ちょっと言葉では説明しにくいんだ。嬢ちゃんも触れてみな、その石に」
「?」
いぶかしく思いながら、おそるおそる触れてみます。その瞬間、頭の中に、まるで映画でも見ているかのように、鮮明な映像が浮かんで来ました。
場所は、どこかの室内のようです。目の前の「鎧」が、直立して両手を降ろしたポーズで、そこに立っていました。それと向き合う形で、二十歳くらいの女性が立っています。彼女は、鎧の背後に回ると、驚くような行動に出ました。着ていた服を、みるみる脱ぎだしたのです。
一糸まとわぬ姿になると、彼女は鎧に、背後から身体を密着させました。両腕も、鎧のそれに沿わせます。次に起こったことは、魔法の世界においてさえ、信じ難いことでした。
彼女の身体が、まるで壁抜けでもするかのように、鎧に吸い込まれていったのです。
鎧が、その腕を上げました。顔を下げて、自分の両手を見つめています。その意味は明白でした。「中に入った」彼女が、「自分が鎧の中にいること」を、確認しているのです。納得したかのように顔を上げると、彼女は、かたわらの剣を取り上げました。数歩歩くと、剣を抜き、そこにあった岩に振りおろします。一撃で、岩は真っ二つになっていました。
我に返った時、私は、さっきのジェーンさんのようにしゃがみこみ、両手で頭を抱えていました。ミーニャさん、テウさん、コペルさんも次々に石に触れ……同じ事が繰り返されます。
「解ったかい……で、どうする?」。ジェーンさんが難しい顔で、声をかけて来ました。
「…え?」
「使ってみるかい? と訊いているんだが」
「…私に、この鎧に入れと言うんですか?」
「今回のクエストは、レイミお嬢ちゃんが一人で成し遂げたようなもんだ。私たちは、ほとんど何もしちゃいない。当然、『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』は、お嬢ちゃんのものということになる」
「………」
「それにこの鎧、どう見てもただの鎧じゃない。おそらく、魔法で動く『動甲冑』のたぐいだろう。あの光景の通りなら、力も相当なもののはずだ。素人のお嬢ちゃんでも、これを着ていれば、充分戦えるだろうさ」
「……………」
「冒険者の仕事にも、足手まといどころか、大いに役立ってくれるだろうね」
善意なのか、それとも自分が入りたくないからか、彼女の本音は、私には読めませんでした。でも言っていることは、いかにももっともです。今回は役に立ちましたけど、このようなケースは、冒険者の仕事としては稀なはず。今後のことを考えると……。
「わかりました……私、この中に入ってみます」。意を決して、そう言いました。今後足手まといにならないためには、それしかなさそうですから。
「さあさあ、そうと決まれば、男どもはさっさと出て行く!」
ミーニャさんの声を聞きながら、私は鎧の背後に立ちました。コペルさんとテウさんが出て行ったのを見て、着ているものを脱ぎ捨てます。生まれたままの姿で、鎧に身体を押し付けました。腕を前に回し、鎧のそれに貼り付けます。
フッと一瞬、気が遠くなって──次の瞬間、私は台座の上から、ジェーンさん、ミーニャさんを見おろしていました。片手を上げ、自分の手を見ると──。腕は金属に覆われていましたが、手の平だけは、革のようなゴムのような、弾力のある素材でした。
あの映像の通りです。私は今、あの鎧の中にいるのです。台座から降り、二人に向き合います。私はジェーンさんより頭半分背が低かったはずなのに、今はわずかながら、彼女より視線が高くなっていました。
「どう、レイミ、どんな気分?」
「お嬢ちゃん、とは呼ばないんですか?」。そう発した声に、自分で驚きました。私の、子供っぽさの残る声ではありません。大人の女性の、色っぽい声だったからです。目の前の二人もびっくりしているようでした。
「……さすがにその姿じゃあ、お嬢ちゃんとは呼べないわよ。ねえ、どんな気分なの?」
「変な気分です、変な気分ですけど……悪くないですね。……と言うより、むしろ気持ちいいです。苦しくもないし、暑くも寒くもないし……。狭い中に押し込まれているのは感じますけど、窮屈でもないし」
改めて自分の身体を見回しながら、ミーニャさんにそう答えました。もちろん、見慣れた自分の身体ではありません。全身金属に覆われた、ロボットのような身体です。私、本当にロボットになったみたいな気分でしたが、不思議なことに、それをつらいとは、まったく思いませんでした。
「…重くないのかい?」
ジェーンさんのその言葉に、私は腕を上げ、身体を回したり、屈伸運動をしてみます。
「いえ、むしろ、身体が軽くてしかたありません。何も身に着けていない時より、軽いくらいです」
ミーニャさんは「へえ」と感心し、ジェーンさんは「やっぱり動甲冑か」とつぶやいていました。
そこへ聞きつけたらしく、テウさんとコペルさんが戻って来ます。二人とも、今の私を見て絶句していました。
「…いや、驚いたな。本当に嬢ちゃんかい?」
「はい」
声を聞いて、またもや絶句しています。そりゃ、この姿と声では無理ありませんけど──。あれ? 何か大切なことを忘れているような……。
「待てよ? その鎧、脱ぐ時はどうするんだ?」
心中、『あっ!』と叫びました。と同時に、激しい自己嫌悪に駆られます。何が天才ですか! こんなことを見落とすなんて! いったいこの鎧、どうすれば脱げるんでしょう?! もし、ずっとこのままだったりしたら……。
「いやああああっ!」。そう叫んで、その場に膝をつきました。その瞬間、身体が後ろに引っぱられる感じがして──一瞬、気が遠くなりました。次の瞬間──見えたのは、膝をついた鎧の背中でした。
「えっ?!」。あわてて、自分の身体を見おろします。私は全裸で、鎧の背後に尻餅をついていました。皆さんがそれを、呆然と見つめています。
「いやあああっ!」。さっきとは別の意味でそう叫び、あわてて自分の身体を隠します。顔を赤くしたコペルさんとテウさんが、脱兎のごとく部屋を飛び出して行きました。
「災難だったわね。──でも良かったじゃないの」
「そうですね。とにかく、脱ぐ方法は判ったんですから」
再び鎧に入り、台座の縁に腰掛けて、女性二人と話し込みます。あの後もう一度確かめたんですが、この鎧、脱ぎたいと強く願えば脱げるんですね。
男性二人はさすがに気まずいらしく、顔を赤くしたまま、会話に加わろうとはしません。いや、もしかして、彼らが顔を赤くするのは「この鎧の中に、全裸の私が入っていること」を、想像しているからでしょうか?
「さて、『知の砦』は攻略した。『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』も手に入った。となれば、もうここに用は無い。行くよ」
私の脱いだ服を袋に詰め込むと、ジェーンさんがそう、みんなを促しました。
「そうですね。ちょっぴりなごり惜しい気はしますが、いる意味が無いのは事実ですし」
『鎧の付属品』らしき剣を背負い、私も立ち上がります。今後、皆さんの仕事には、この姿で同行することになるのでしょう。しかし心配なのは、第一に、この鎧が盗まれないかということ。第二に、ゴーレムと間違えられないかということです。
私の知る限り、この世界にゴーレムはありふれていますが、『動甲冑』は、非常に珍しいのですから。
とりあえず、書き貯めておいた分はこれで終わりです。
元々遅筆なため、以降は亀の歩みになると思いますが、ご容赦願います。