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第4話 ダンジョン『知の砦』

 二日後の朝、私たちは、とある山の中腹にいました。そう、ダンジョン『知の砦』の入り口にです。実は、昨日の夕方にはたどり着いていたのですが、さすがにすぐ挑むのは無謀と、一晩野営してからの挑戦です。途中、大きな倒木が道を塞いでいて、それを越えるのに、いささか難儀させられましたが。


 ちなみに、父上のアーヴィン王宛ての親書は、道中で焼き捨ててしまいました。もう役立たずだし、そんな物を持っていれば、「怪しんでください」と言っているようなものですからね。


「さあ見せてよ。天才と言われたレイミお嬢ちゃんの、その知恵とやらを」


 ミーニャさんは冗談めかした口調ですが、私は緊張で震えていました。なにしろこのダンジョン制覇に、これからの人生がかかっているのですから。そんな私をよそに、四人は緊張のかけらも無く、地下の迷宮へと入って行きます。ジェーンさんが魔法で明かりを灯し、周囲の壁を照らしだします。2,30メートル進んだところで、最初の扉にぶつかりました。


「さあ、最初の謎だよ。解いてみてくれないか」


 ジェーンさんの言葉に、私は前に出て、その扉を見つめます。そこには、こう彫られていました。


『少年と少女が、森で木の実を取った。合わせて100個の木の実を取った。少年は、少女の五割増しの木の実を取った。少年と少女は、それぞれ何個の木の実を取ったか』


「なーんだ、つまらない問題ですね。少年が60個、少女が40個です」


 ほんの数秒考え、私がそう答えた途端、扉が重々しい音と共に開いていきました。いったいどうやって、答えを認識しているのでしょう? 魔法というものは、未だによく解りません。他の人たちを振り返ると、皆驚いた顔で、私を見つめていました。


「…いや、驚いたな。最初の謎だから、もうとっくに解かれてるんだが、こんなに簡単に解いた者がいるかどうか」


 コペルさんがそう感心していますが、こんなもの私の前世では、小学校の算数、その応用問題程度のレベルです。解いたところでほめられるものでもありません。正直言って拍子抜けでした。さっきまでの緊張は、いったい何だったのでしょうか……。


 2番目の扉には、図形が描かれていました。正方形の上に三角形が、一番長い辺を下にして乗っている、その長辺の長さが、正方形の一辺と同じになっている、そういう図形が。そして、彫り込まれていた謎は……。


『上の、正方形の上に乗っている三角形は、直角三角形である。直角を挟む2つの辺の長さは、それぞれ9エールと12エールである。上の図形、その全体の面積は、何平方エールか』


 最初のよりは大分難しいですが、せいぜい中学生レベルの数学ですね。ピタゴラスの定理を知っていれば、簡単に解ける問題です。


「279平方エール」。これも一分とはかかりませんでした。扉が音をたてて開いていきます。


 3番目の謎は、たったの1行でした。


『鉛の塊を、水に浮かべる方法を考え出せ。魔法や他の物を使ってはならない』


 一種の引っかけ問題ですね。前半のひとことだけ言われれば、現代の日本人でも、「そんなこと出来るか!」と叫ぶかもしれません。しかし、鉛の塊といっても、その形に制約が無い以上……。


「鉛を火で溶かすか、ハンマーで叩いて、コップか深い鉢のような形に作ればいいんです。その際、重さと比べた容量が、出来るだけ大きくなるようにすること。底の部分が一番厚く、縁に行くほど薄くなるようにすること。穴が開いていない限り、これで水に浮かぶはずです」


 それからいくつもの謎を解きましたが、どれもこれも、私の前世の知識に照らせば、どうということのないものでした。この世界の文明が遅れていることが、自分の知識欲の強さが、これほどありがたかったことはありません。

 もう二十くらい謎を解いたでしょうか。他の人たちが、皆しきりに感心していました。


「いや……驚いたね。嬢ちゃんの年齢(とし)で、ここまでやるなんて」


「ああ、天才というのは、嘘じゃなかったみたいだな」


「これなら本当に学者なみ、いやそれ以上かも」


 そう言われて、私も少々鼻が高いです。さて、次の謎は……。


『直径10メルの球体の体積を求めよ』


 これはちょっと厄介ですね。現代の日本人でも、円の面積を求める方法は誰でも知っていますが、球の体積を求める方法を知っている人は、少数派のはずです。それに、これはさすがに暗算では出来ません。地面に字を書いて、筆算でやるしかありません。えーと……半径の3乗×円周率×4/3だから……。


「523立方メルと少し、のはずですが」。時間はかかりましたが、これで正解のはず。私の言葉に扉が応え、奥への道を開けてくれました。


「お嬢ちゃん」 「何でしょうか」


 呼ばれて振り返った時、私はちょっと驚きました。ジェーンさんが、それまでになく厳しい顔で、私を見つめていたからです。


「実を言うと、ここまでの謎は、すでに解いた者がいるんだ。でも次の謎は、私の知る限り、解けた者は一人もいない。覚悟おし、生半可な代物じゃないからね」


 そう言われ、私は再び緊張しました。それはつまり、ある意味では、ここからが本番ということですから。さて、次の扉には……。

 数学の教科書で、微積分の説明に使うような、図形が彫られていました。問題は、放物線と斜めの直線に囲まれた部分の、面積を求めよというものです。つまりは、初歩の微積分、定積分の問題そのものでした。


 なるほど、今まで誰も解けなかったのも、無理はありません。この世界にも高等数学は有り、指数対数やピタゴラスの定理にあたるもの、その発展である三角関数なども存在します。

 しかし微積分だけは、どんな数学の本にも載っていませんでした。父上の蔵書や王宮の図書室をひっくり返しても見つからず、未だ発見されていないのだと、私は思っていたのです。

『前の世界でも、三角関数は紀元前に発見されていたけれど、微分積分が確立したのは、近世以降のことだった』と思い、納得していました。


 ところが、ここにこうして書かれている。つまり、発見した者はいたということです。にもかかわらず、一般どころか学者にすら知られていなかった……。ひょっとして、これを発見した人物は、それを功績として、認めてもらえなかったのでしょうか? そのくやしさから、ここに謎として残したのでしょうか?


「やっぱり無理だよねえ、お嬢ちゃんにも」


 背後から声をかけられ、ハッと我に返りました。そうです、そんなこと、今考えても意味がありません。今はまず、答えを出すことです。


「いえ、つい考え込んでしまって……解けると思います」

 私の言葉に、皆「えー?!」と、異口同音に叫んでいました。


「ただ、かなり時間がかかるので……申し訳ないけど、待っていてください」

 実際、定積分の計算を、電卓も無しにやるのは大変です。時計など無いこの世界では判りませんが、少なくとも15分以上かかったでしょう。なんとか求めた数値を私が口にすると、目の前の扉が、ダンジョン建設から初めて口を開けました。


 私を含め、皆喜んだのですが……中をのぞき込んだ途端、また渋い顔になりました。そこにはまだ扉があったからです。


「まだ先があるのかよ……いったい、いくつ謎を解きゃいいんだ?!」


 テウさんがそうぼやきますが、扉に近づいた直後、その表情が歓喜に変わりました。そこには『これが最後の謎である。これを解きし者には、女戦士・女冒険者にとっての、究極の装備を与える』と彫られていたからです。さて、それに続く問題は……。


『ある時、ある町に、トマという男が住んでいた。この男、賢い上にひどく疑り深く、それまで誰にも騙されたことの無いのが自慢だった。しかしある日、ロズという男が、トマをある家の前に呼び出して言った。「これからお前を騙してやる」と。「面白い、騙せるものなら騙してみろ」と言うトマに、ロズは「いいだろう、ここで待っていろ」と言って、家の中へと入って行った。さて、結果を言えば、トマはロズに、まんまと騙された。それも、おそろしく単純な方法で。さて、ロズは、いかなる方法でトマを騙したのだろうか?』


「なによこれ! 人を馬鹿にしてんの!」


「まったくだ、これだけの情報で、どうやって答えを出せというんだ?!」


 ミーニャさん、コペルさんが、腹を立てています。私も同じ心境でした。こんなわずかな情報で、どうやって答えを出せというのでしょう。そもそも、賢くて疑り深い相手を、おそろしく単純なやり方で騙す方法なんて……。あれ、待ってください? 前世で、この種の謎をまとめた古い本を読んだ記憶があります。それに似たような問題は、似たような問題は……ああ!


「ひょっとして……」。そう言いかけた私を、四人が一斉に振り返ります。


「ひょっとして、ロズはそのまま、家の裏口から外に出て、どこかへ行ってしまったんじゃないでしょうか。トマが待ちくたびれて家に入って行った時は、もうロズの姿はどこにも無かったんでしょう。これでトマは、ロズにまんまと一杯食わされたことになります」


「ああ!」。皆がそう叫んだ時、最後の扉が動き出しました。扉が開ききると同時に、中に明かりが灯ります。さて、『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』とは……。

単位

  1エール = 2.5m

  1メル  = 2.5cm

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