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第3話 王都にて

 ユーヴェルニア王国、王都エルディナ。そこは、二重の城壁に囲まれた都です。外側の城壁を越えるのは容易いけれど、内側の城壁を越えるのは非常に難しい。そう言われています。

 もっともそれは、外側の城壁の中にあるのは一般人の住宅や商業地区などであり、そこへの門は、犯罪者や明らかに怪しい者以外は通してもらえる。

 しかし、内側の城壁の中にあるのは王城や官庁などの国の中枢であり、そこに入るには、国の要人を除き、厳重なチェックを受けねばならない。

 そんな単純な理由なのですけどね。


 その日のまだ午前中、私たちは、外城壁の城門の前で順番待ちをしていました。昨夜は、数日ぶりにちゃんとしたベッドで寝られたため、ぐっすり眠れて、体調もほぼ万全です。

 情けない話ですが、私、野営や野宿では満足に眠れません。いずれは慣れるのかもしれないけど、私自身の意志では、どうすることも出来ません。これが『お姫様育ちの悲しさ』なんでしょうね。


 幸い、順番待ちの列は長くはなく、コペルさんが、この国のギルドに登録している冒険者であること、私を、このエルディナまで送り届けるよう頼まれたことを話すと、あっさり通してくれました。


「それで、お嬢ちゃんをどこまで送り届ければいいわけ?」


 ミーニャさんがそう尋ねて来たので、「とりあえず、内城壁の城門の近くまで」と答えます。みんなちょっと驚いたようですが、何も言いませんでした。


 え? 内側の城壁、その城門をどうやって通るのかって? 私の懐には、父が書いてくれた、アーヴィン王宛ての親書が入っています。これを見せれば、少なくとも門前払いは出来ないはず。

 仮に、アーヴィン4世陛下に疑われたとしても、私が「天才少女」であることを証明する方法なら、いくらでもあります。15歳くらいの天才少女がそう何人もいるとは、陛下も思わないでしょう。


「ここまで連れてきてくれてありがとう。約束通り、これを渡しておきます」。そう言ってジェーンさんに、報酬であるペンダントを渡しました。いくらで売れるかは判りませんが、決して安くないはずです。


 ところが、その直後、ある広場を通りかかった時です。広場の一角が、妙にざわついています。見ると大きな、それも真新しい立て札が、そこに立てられていました。何かの布告なのでしょうか? 好奇心からそれに近づいたことは、私にとって幸運だったのか、それとも不幸だったのか──。そこには、こう書かれていたのです。


『我が国の、貴族位を持つ者、すべてに告げる。ルミニアから逃げ出して来た貴族を、王族を、保護してはならない。その者たちに、庇護を与えてはならない。先日、ルミニアにて起こった革命は、すべて、ルミニアの貴族と王族、その者たちの自業自得だからだ。今日まで、平民たちを虐げ過ぎた、その報いだからだ。何もかも、彼らの愚かさがもたらした、直接の結果だからだ。今後の新たなルミニアを、我が国にとっての厄災とせぬためにも、この愚か者たちに、庇護を与えてはならない。繰り返す、ルミニアの貴族や王族を、保護してはならない。 ユーヴェルニア王国国王 アーヴィン4世』


 これを見た時、私は愕然としました。父と私自身の思惑が、根底から崩れたことを知りました。しかし不思議なことではありません。アーヴィン4世陛下は、以前からたびたび、父上に警告を送っていました。平民たちを虐げ過ぎだと。このままではいずれ、国がひっくり返ると。


 その警告が現実になった時、陛下はついにキレたのでしょう。ルミニアの王族や貴族を、ついに見限ったのでしょう。そうなったとしても文句は言えません。陛下の警告を、鼻で笑って本気にしなかったのは、私たちルミニア側なのですから。


 これでは、ユーヴェルニアへの亡命は出来ません。密かに陛下に接触して、とも思いましたが、後で発覚した場合を考えると、陛下もそんなことは出来ないでしょう。こんな布告を出しておいて、自分がルミニアの王女を保護したのでは、国民に対し、それこそ示しがつかないからです。



「……行こうか」。途方に暮れ、呆然とする私の肩を、ジェーンさんがポンと叩きました。……察しのいい人ですね……。


 路地に入り込んで、少し歩いた先の、人気の無い小さな広場。古びた木製のベンチに、五人で腰を下ろします。「で、お嬢ちゃん、これからどうするつもり?」、ミーニャさんがそう言いながら、私の顔を覗き込みます。

『どうすればいいのか、こっちが訊きたいくらいです!』、そう叫びたくなるのをこらえ、私は必死で頭を巡らしました。


「そうですね……。このエルディナに、身分は平民だけれど、それなりに名のある学者先生はいないでしょうか? 出来れば、生き物について研究している人が」

 なんとか思いついた方法がそれです。こう見えても前世で、生物学者の卵だった身です。その種の研究になら、大いに役立てる自信があります。


「平民の……学者先生? 弟子入りするつもりか?」


「ええ、私、以前、学者になりたいと思ったことがあって」


「お嬢ちゃん、さっきの布告、もう忘れたのか? そんなことをしたら……」


 そう言うテウさんに、私はにっこり笑いかけました。「大丈夫です。覚えていませんか? あの立て札には、こうあったんです。『我が国の、貴族位を持つ者、すべてに告げる』と」。


 四人が四人とも、「あっ!」と息を呑んでいます。それを見て、私は失笑してしまいました。


「そう、つまりあの布告、平民は対象外なんですよ──。おそらく、こういうことなんでしょう。『ルミニアの愚かな貴族たちよ、お前たちに力を貸すつもりは無い。しかし、貴族の身分を捨てて、我が国で一介の平民として生きていくなら、それは大目に見る』と。『甘えること無く、貴族としての身分にあぐらをかくこと無く、自分の力で生き抜いて見せろ』と。確かに、ルミニアの馬鹿貴族に対するこれ以上ふさわしい罰も、ちょっと無いでしょう」


「………」


「で、そういう学者先生に、心当たりはないでしょうか?」


「残念ながら……お嬢ちゃん。この国じゃ、貴族と平民の壁は、ルミニアよりずっと薄くて低いんだ。功績を上げて、平民から貴族に取り立てられる者、失策を犯して、貴族から平民に落とされる者が、毎年何十人といる。これが何を意味するか、レイミお嬢ちゃんなら解るだろう?」


 そう言われ、私はとたんに不安になります。「……つまり、名のある学者先生は、みんな貴族に取り立てられている、と?」


「そうだよ。少なくとも私の知る限り、世間一般に名を知られてる学者で、平民のままという人はいないねえ」


「そんな……」。他の人たちを振り返りましたが、ミーニャさんもテウさんもコペルさんも、黙って首を振るばかりでした。


「そりゃ本気で探せば、お嬢ちゃんの望むような人が、見つかるかもしれない。しかし私たちも、そこまでは付き合えないんだ。なぜだか解るかい?」


「……はい……。そんなことをすれば、どうしても、その理由(わけ)を話さねばならなくなります。どんな巧妙な作り話をしても、必ず誰かが勘づくでしょう。私が、ルミニア貴族ではないかと」


「そうなんだよ。もう気づいてるんじゃないかと思うけど、元々この国には、ルミニア貴族に良い感情を持ってない者が多いんだ。そこへもってきてあの布告だからね。ルミニア貴族を助けたと知られれば、私たち自身が、周りから良い顔をされなくなる」


「………」


「正直、それは困るんだよ。……というわけで、悪いけど……」


「……待ってください!」


「……これ以上何を?」


 そう問うジェーンさんの目を正面から見据え、私ははっきり言いました。


「私を、皆さんのパーティーに加えてもらえないでしょうか」


「えええええ?!」。みんな、揃って絶句しています。


「お嬢ちゃん、本気か?」


「冒険者の仕事がどんなものか、解ってるのか? お嬢さん育ちのあんたに、務まるとは思えないが」


「そうだよ。第一あんた、私たちの役に立てるのかい? 見たところ、剣も魔法も使えるとは思えないし」


 口々にそう言われるのも当然でしょう。しかし私は、もう決意するしかありませんでした。

 姉の嫁いでいるペシュメルへ向かう事も考えましたが、姉自身はともかく、ペシュメル王家が受け入れてくれるかどうか、確信が持てません。

 お金になりそうな物も、もう指輪二つだけ。ペシュメルまでたどり着けるかどうか判らないし、たどり着けても、そこで路頭に迷うことになりかねません。

 ここまでの道中で、この人たちが、それなりに信用できることは判っています。少なくとも、右も左も判らないエルディナに一人で放り出されるよりは、ましだと思います。


「確かに私は、剣も魔法も使えません。貴族のたしなみとして習わされはしましたが、才能無かったみたいで、ものになりませんでした……。しかし、皆さんの役に立てるものならあります」


「何が?」


「ここです」。そう言って、自分の頭を指さします。


「私、頭の良さなら自信があります。自慢じゃありませんけど、今まで周り中から『天才』と言われていました」


「……天才ねえ……。確かに、ここまで付き合った限りじゃ、随分と頭は良さそうだけど……。でもさすがに、『天才』というのは、周りのお世辞じゃないのかい? それに、頭がいいと言っても色々ある。どんなに知恵が回るとしても、それが冒険者の仕事に役立つかどうかは、別問題だからねえ」


「もっともです……。でも、せめて一度か二度、試させてもらえないでしょうか」


「そうだねえ、うーん……」。ジェーンさんが、腕を組んで考えています。そこへ、ミーニャさんが横から口を挟んできました。


「ねえ、知恵を試すなら、ちょうどいいものがあると思うけど」


「…え、まさか?」


「そうよ、あのダンジョン」


「『知の砦』かい? いくらなんでも無茶じゃないか?」


「すべて解けるとは、私だって思わないわよ。でも、もし半分でも解けるなら、お嬢ちゃんは結構拾い物だと思うけど」


「あの……どういうことなんでしょうか?」。意味ありげな会話を交わす二人に、私はこらえきれず問いかけました。


「あ、いや……ちょっと待っててくれないか」


 そう言って私を制すると、四人は顔を突き合わせ、しばらく小声で話し込みます。結論が出たらしく、ジェーンさんが改めて私に向き直りました。


「…お嬢ちゃん、ダンジョンってどんな物か知ってるかい?」


「はい、つまりは地下の迷宮ですよね。自然の洞窟を利用した物と人工の物があるけれど、ある程度以上人の手が加わってる場合は、大抵、『奥に何かを隠すために作られた物』なんですよね」


「そうだよ。で、このエルディナから1日ほどの場所に小さな山があってね、そこに、通称『知の砦』と呼ばれてるダンジョンがあるんだ。今から6,70年ほど前に作られたらしいんだけど、未だ誰一人、奥までたどり着いた者がいない、って代物がね」


「…そんな危険なダンジョンなんですか?」


「いや、ダンジョンと言っても危険は無いんだ。モンスターもまず出て来ないし、危険な罠のたぐいも無い。それでなぜ、奥までたどり着けないかというと……。そのダンジョン、扉に彫られた謎を解かないと、先に進めないんだよ。その謎が皆、えらく難しくてね……。途中まで解くだけでも、学者なみの知恵が必要なんだ。これまで、冒険者はもちろん、偉い学者も何人か挑んだけど……」


「…未だかつて、すべての謎を解いた者はいない、と言うんですね?」

 確かに前世のRPGなどでも、ダンジョンの障害として、その種のものはありましたが……。


「ああ、だから、私たちに見せてくれないか。お嬢ちゃんがどこまで、『知の砦』の謎を解けるか」


「…わかりました…」。うなずくしかない私でした。


「そうそう、『知の砦』だけど、言い伝えによれば、奥には、『女戦士・女冒険者にとっての究極の装備』が隠されているそうだ。場合によっては、嬢ちゃん自身がそれを使うのも、いいかもしれないね」


 ジェーンさんがそんなことを言っています。どう見ても、冗談としか思えない態度と口調でしたけど。

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