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第2話 冒険者たち

 いったい何が起こったのか──。横倒しになった馬車の中で、あちこちぶつけた身体の痛みに耐えながら、私は考えていました。ただ、馬車が何かにぶつかった、それならまだいい。しかし、もし何者かの襲撃を受けたのだとしたら──。


 革命軍がここまで追って来たのでしょうか? いや、むしろその方がまだましでしょう。少なくとも、すぐ殺されることは無いはずですから。もし、もっとたちの悪い連中だったりしたら。ある種のモンスターとか、あるいは──。


 この時馬車の中に居たのは、私と、戦闘訓練を受けた侍女が5人。その一人が、上になった側の扉を開け、外の状況を確認しようとしています。あれ? 確か彼女、訓練は受けたものの、実戦経験は無かったはずですが──。

 突然銃声が響き、彼女の身体がどさりと落ちてきました。頭から血を噴き出しています。何が起こったかは明白でした。


 私や他の侍女たちが戦慄する中、外から複数人の足音が聞こえ、「いい獲物だぜ」とか「きっと金目の物があるぜ」とか言う声が聞こえて来ました。

 最悪です。私たちは、無法者の群れに捕まったのです。


 それからの時間は、悪夢のそれでした。無法者はたったの4人でしたが、いずれも屈強な男たちで、内一人は銃を持っていました。おそらく軍隊くずれでしょう。

 侍女たちは皆、相当抵抗してくれたのですが──。むしろそうであるがゆえに、全員呆気なく殺されてしまいました。

 無法者たちが嬉しそうに、その遺体を犯しています。私は、悔しさと彼女たちへの申しわけなさで、涙を流すしかありませんでした。


 やがてその行為にも飽きたのでしょう。連中、馬車の中を物色し終えると、最後に私の身体に手をかけました。犯した上で、殺すつもりなのか、どこかの娼館にでも、売り飛ばすつもりなのか──。

 私は、「物語なら、ここで王子様か騎士が助けてくれるんだけど」などと、非現実的なことを考えながら、覚悟を決めるしかありませんでした。


 ところが、非現実的なはずのそのことが、現実になってしまったのです。もっとも助けてくれたのは、王子様でも騎士でもありませんでしたけど。


 どこからか飛んで来た火の玉が、私に手をかけている男の身体をかすめ、数メートル先の地面に炸裂しました。代表的な攻撃魔法、ファイアーボールです。

 驚いて振り返る男たち。その視線の先にいたのは、傭兵か冒険者らしき、二人の女性でした。


「な、なんだお前ら!」


「ただの、通りすがりの冒険者さ」。女性の一人がそう答えました。


「なぜ俺たちの邪魔をする!」


「理由なんか無いわよ。ただ、同じ女として、若い娘が犯されるのを見過ごせないだけ」。もう一人がそう答えます。


「この女、ルミニア貴族だぞ! 殺したところで、悔いる必要も無いはずだ!」


「それでもだよ。さあ、とっとと消え失せな。今回は、金目のものを手に入れただけで満足するんだね」


「くっ!!」


 攻撃魔法を使える者が相手では、引き下がるしか無いのでしょう。男たちは悔しそうに、そしておびえたように、その場を立ち去って行きました。

 私はといえば、安堵のあまり、一気に気が抜けてしまい──。そのまま気を失ってしまったのです。



 私が目を覚ました時、あたりはすっかり暗くなっていました。近くで、パチパチという音が聞こえます。首だけ動かして、そちらを振り返ります。焚き火を囲んで座っていたのは、あの二人の女性と、他に二人の男性でした。四人とも、いかにも戦士か冒険者、という格好です。


 女戦士と言うと、現代日本の、特に男性なら、肌も露わな格好を想像するかもしれません。しかし、本気でそう考える人が居たら、阿呆もいいところです。

 あれは、あくまでフィクションの中だけのこと。現実の女戦士は、あんな非合理的な格好はしません。長袖のシャツに、丈夫を通り越して頑丈そうなズボン、革鎧に、同じく革製らしき手甲脚絆という、実用一点張りの格好でした。


 ただし、二人とも結構美人ではあります。一人は赤毛で、見た目は二十代半ば。気が強そうで、やや好戦的な印象。もう一人は黒髪ストレートで、おそらく二十代前半。混血なのか、このあたりの国では珍しい、褐色の肌をしています。


 男性二人は、どちらも二十代半ばから後半。一人は茶色い髪の大男で、不敵な面構えの、いかにも戦士といった印象。もう一人は、やや細身に細面、銀色の髪で、強そうというより切れ者という印象でした。


「気がついたみたいだね。怪我は無いようだけど、大丈夫かい?」


 赤毛の女性が気づいたようで、声をかけてきます。ぶっきらぼうだけど優しい口調に、私はあわてて飛び起きると、彼らに向け、深々と頭を下げました。


「あ、ありがとうございます! 助けていただいて!」


 そう言って顔を上げると、四人が四人とも、ちょっと驚いた顔をしています。私がいぶかしむと、大柄な方の男性が……。


「お嬢ちゃん、ルミニア貴族じゃないのかい?」


「そうですけど……」


「いや、ルミニア貴族というのは、平民には、助けられても礼など言わないし、ましてや平民に頭を下げたりは、絶対にしない。そう聞いていたものでね」


「な──」


 むっとした私ですが、それを口に出す前に、彼らにそう言わせる、その元凶に頭が行ってしまい──。腹が立つよりも、情けなくなってしまいました。ルミニアの貴族や王族が、情けなくなってしまいました。


「ルミニアの貴族の大半が、そうなのは認めます。でも──」


「すべてがそうだとは思わないでほしい、か。もっともな話だね……。で、お嬢ちゃんも、革命から逃げて来たクチかい?」


「え……」


「私たちも、つい先日までルミニアに居たんだよ。だから知っている。ルミニアで革命が起こったことも。そのせいで、ルミニアの貴族が次々に、国外へ逃げ出していることもね」


「………」


「だからこそ、それを狙って、ああいう連中が出没するんだけどね……。馬鹿げた話だよ。あれだけ平民たちを踏みつけにしておきながら、こうなることを予想できなかったなんて」


「……そうですね……。本当にそう思います」


「?『そう思います』って……怒らないのかい?」


「事実ですから。自業自得ですから。こうなったのは、平民を見下しきっていた王族と貴族の、自業自得なのですから」


「…革命を起こした平民を、恨んではいない、って言うのかい?」


「恨めるはずがありません。王族と貴族の、今までの平民への仕打ちを知っていれば……。むしろ腹が立つのは、こうなる原因を作った、王族と貴族に対してです。もっとも、彼らにも、同情の余地が無いわけではないのですが」


「ルミニアの王族と貴族に同情の余地が有る? どこにだ?」。銀髪の男性が、そう訊いてきます。そうですよね、平民の立場からは、そう見えるでしょう。


「第一に、ルミニアの貴族の大半は、平民たちの暮らしがどんなものかを知りません。その貧しさを、悲惨さを知りません。第二に、貴族か平民かを問わず、『人』は普通、『自分にとって当たり前のこと』を、疑ったりはしません。ルミニアの貴族にとって、平民とは『牛や馬程度の頭しか持っていないのが当たり前』でした。『貴族に虐げられて当たり前』の存在でした。貴族が平民を虐げるのは、当たり前のことでした。当たり前のことだから疑おうとせず、それが当たり前だから、平民をいくら虐げようと、罪悪感など無かったのです……。と言っても、『自分にとって当たり前のことを疑わない』こと自体が、愚かなことなのですけど」


「お嬢ちゃん……それ、自分で気がついたのか?」


 そう思うのは解ります。でも、受け売りだと思われるのは心外です。私はうなずいて答えました。


「私、幼い頃から本が好きでした。物心つく前から、山ほど読みまくりました。そのおかげで、ある時気がついたんです。『自分にとって当たり前のことが、他の誰かにとってもそうだとは限らない』のだと」


 実際には、前世でのテロや宗教対立、イスラム原理主義者の振る舞いなどを見ていて、気づいたことですけどね。


「人は普通、自分にとって当たり前のことを疑ったりはしません。でも、自分にとって当たり前のことが、他の誰かにとってもそうだとは限りません。そこまで気づけば、嫌でも気がつきます。『自分にとって当たり前のことを疑わないのは、愚かなこと』なんだと」


「……なるほどな……。その年齢(とし)で大したもんだ」。問いかけた銀髪の男性が、大きくうなずきます。


「そうよね……。でもお嬢ちゃん、もっと差し迫ったことが有るんじゃないの?」


「!!」


 黒髪の女性にそう言われ、私は愕然としました。そうです! こんなことを言ってる場合じゃありません! 考え込むと周りが見えなくなる、私の悪い癖が、また出てしまいました! あわてて、まず自分の身体を確認します。幸いなことに、あの無法者たち、私が身に着けていた物までは、盗っていかなかったみたいです。


 続いてあたりを見回すと、数十メートル離れた場所に、馬車の残骸がありました。あわてて駆け寄ったのですが、奇妙なことに、あるはずのもの──馭者や侍女たちの遺体がありません。私が困惑していると、背後から声がかけられました。


「馭者やメイドの遺体なら、もう埋めてあげたわ」


「ええ?!」


「こう見えても土魔法の使い手なの。その程度はお安いご用よ」


 そう言われ、私は泣きそうになりました──。自分が情けなかったのです。私のために命を落とした人たちに、何もしてあげられないなんて──何も出来なかったなんて。


「……お嬢ちゃん、もしかして、自分の手で埋めるつもりだったのか?」。大柄な男性にそう言われ、私は無言でうなずきます。


「優しい子なんだな……。でも、そりゃ無理だよ。お嬢ちゃんの細腕じゃ、人数分の穴を掘ることさえ、出来なかっただろう」


 その通りです、その通りなのですが──。そう認めざるを得ないこと自体が、情けなくてしようがありませんでした。


 せめて──と思い、彼らを埋めた場所を教えてもらって、祈りを捧げます。許してくれ──とは言いません。私にはもう、彼らのために出来ることがありません。私に出来るのは、せめて、私の持つこの知識を、世のため人のため役立てることだけです。それによって、この世を、ほんの少しでも良くすることだけです。改めてそう決意すると、私は、他の人たちを振り返りました。


「皆さんに、改めてお願いしたいことがあります」


「何をだい?」。あの赤毛の女性が、そう答えます。さっきから見ていると、どうもこの女性が、彼らのリーダー格みたいですね。


「私を、このユーヴェルニアの王都まで、送り届けてもらえないでしょうか」


「エルディナまで? そこに親戚でもいるのかい?」


「そんなところです。報酬は──これでどうでしょうか」


 胸元から、かけていたペンダントを取り出します。それを値踏みするように眺めると──彼女は、大きくうなずきました。


「いいだろう──でもお嬢ちゃん、そんなに簡単に私たちを信用していいのかい? あんたを殺して身ぐるみ剥ぐかもしれないし、男どもは襲うかもしれないよ?」


「その気があるなら、とっくにそうしているでしょう? 私が気絶している間に」

 そう言って笑います。私にはもう他に、頼れる相手がいないのですから。


「……こりゃ一本とられたね……。あれ?──いけない! 肝心な事を言ってなかったよ! お互いに!」


「…何をですか?」


「お嬢ちゃん……名前は?」


『あっ!』と叫びそうになるのを、かろうじてこらえました。


「……レイミと呼んでください」


「レイミねえ……。ありふれてはいないけど、珍しくもない名だね」


 やはり(偽名だと)気づかれてるようです。まあ致し方ありません。さすがに、この場で本名を名乗る気にはなれません。


「私はジェーン・フォッセル、よろしく」。明らかに作り笑いとわかるそれを浮かべ、彼女はそう名乗りました。


「ミーニャ・ローヴナよ」。黒髪褐色肌の女性が、そう言って名乗ります。


「俺はテウ・ウォースト」。大柄な方の男性が、胸を張ってそう名乗りました。


「コペル・フォンデンだ」。銀髪の男性が、最後にそう名乗ります。


「ではジェーンさん、ミーニャさん、テウさん、コペルさん、短い間ですけど、よろしくお願いします」。私は改めて、彼らに頭を下げたのでした。



 それからエルディナまでの道中は、何事も無く過ぎていきました。幸いだったのは、彼らが馬を持っていたことです。

 いざとなればそうする覚悟はありましたが、お嬢様を通り越してお姫様育ちの私には、エルディナまで自分の足で歩く自信は、とてもありません。

 四人が交代で、自分の後ろに私を乗せていたのですが──そうさせてもらいながら、正直ほっとしていました。


 そうして、特に語るべきことも無く、エルディナまでたどり着いたのですが──まさか、着いて早々出鼻をくじかれようとは、この時夢にも思いませんでした。

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