第16話 復讐、そして転機
ユーヴェルニア辺境の都市、ムフルに向かう馬車。ごく普通の、旅行用の馬車です。私、その馭者台に、馭者と並んで坐りながら、周囲に目を光らせていました。
周囲には、革鎧をまとい馬に乗った冒険者が4騎、この馬車を護衛しています。
──いえ、そう見えるでしょうが、これ、実はハッタリ。威嚇のための、見せかけにすぎません。彼らは、多少腕が立つ──という程度の、村人なのです。まともな護衛は、実質私一人だけ。
私、今、パーティーの皆さんとは離れて、ある一行の護衛を務めています。なぜこうなったのかといえば、今回の雇い主が、懐に余裕が無かったため。パーティー全体を雇えるだけの、報酬を出せなかったためです。
護衛の期間が結構長いこともあって、まともな傭兵や冒険者にとっては、割に合う仕事ではなく、結局応じたのが、私一人だったのです。
なぜ、そんな割に合わない仕事を引き受けたのかって? 行き先が、ムフルのさらに向こうだったからです。私と侍女たちの乗った馬車が襲われた、その近くだったからです──。
私、ジェーンさんたちと初めて出会った日のこと、忘れていません。侍女たちを面白半分に殺した上、その遺体を犯したあの4人組のこと、忘れてはいません。
悪人とはいえ、人を殺すことに抵抗はあります。でも私、あいつらだけは許せない。もし再び出会ったなら、絶対に殺してやるつもりです。
だから、ムフル方面での仕事があれば、率先して受けるつもりでした。今回、その機会が巡ってきた、というわけです。
私、そもそもレミイに入っている限り、飲まず食わずでも平気だし、着る物も家も必要無い。つまり、ただ生きていくだけなら、お金なんか必要無いのです。
私が冒険者をやっているのは、パーティーの皆さんへの義理と、新たな実験農場を作る、その資金を稼ぐため。でも、今までのことを考えれば、ジェーンさんたちへの借りはもう充分返したはずだし、実験農場を作るのは、五年十年先でもかまわない。だから報酬なんて、今は二の次三の次。
今回の雇い主のこともありますしね。え? 雇い主は誰かって? 以前、人喰い跳竜事件で関わった、あのアルゴス卿なのです。
この旅は、アルゴス卿のお嬢さんが、とある辺境の男爵家に嫁ぐ、そのためのもの。結婚式への出席のため、アルゴス卿自身も、この馬車に乗っています。
でもアルゴス卿、お嬢さんに対しても私に対しても、随分と申しわけなさそうでした。「自分に金がないばかりに」と。
お金が無いから、ちゃんとした護衛を雇えない。でも領民からは慕われているから、彼らの中で腕っ節に自信の有る者が、護衛を買って出てくれた。しかし所詮、素人に毛の生えたようなもので、あまり頼りにはならない。
せめて威嚇になればと、彼らに冒険者の扮装をさせることにしたが、それでも不安で仕方がない。途中、安い報酬でも引き受けてくれる者がいればと、エルディナの冒険者ギルドに立ち寄ったところが、私たちパーティーと再会することになった、というわけです。
でも前述の通り、拘束日数の長さを考えれば、割に合う仕事ではなく、ジェーンさんたちは拒否。結局私だけが引き受けたのです。
今回の一件、私が単独で仕事することで、パーティーの皆さんからは、身勝手と攻められても文句が言えない。実の所そう思っていました。でも攻められなかったのは、正直ありがたかったです。
しかし当然のごとく、このことで、皆さんと問答をする羽目になりました。
「レイミ、あんた何故、こんな割に合わない仕事を引き受けたわけ?」
ミーニャさんが不思議がっています。
「第一に、私にはお金なんて、ほとんど必要無いから。第二に、行き先が、ムフルのさらに向こうだからです」
「ムフルの向こうだから?……あ!」
「そうです。皆さん覚えてますよね? 私と初めて会った日のこと」
「レイミ、あんたもしかして……」
ジェーンさんが、眉をひそめて訊いて来ました。
「その通りです。馭者と侍女たちを殺したあの4人組のこと、覚えてるでしょう?それも、ただ殺しただけじゃないんです。あの連中、侍女たちを面白半分に殺した上、その遺体を犯したんですよ……。だから私、あいつらだけは許せません。もし再び出会うようなことがあれば、絶対に殺してやるつもりでいました」
「でもあんた、今まで、そんなそぶりは全然……」
まあそう思いますよね。でも、それには理由が有って……。
「辺境で無法者を探すなんて、砂の中の塵を探すようなものです。でも今回のように、向こうからやって来てくれそうな場合は、話が別です」
「──無駄な努力をする気にはなれないが、見込みの有りそうな努力ならする、というわけか」
皮肉っぽく言うコペルさんに、私は無言でうなずきました──。
──というわけで、アルゴス卿とそのお嬢さんの、護衛を務めている私です。エルディナからここまでは、幸い何も起こりませんでした。でも本当に危険なのは、明日、最後の一日です。ユーヴェルニア王国において、ムフルから先は本当の辺境。半ば無法地帯なのですから。
この旅の間、アルゴス卿およびそのお嬢さんと、何度も話す機会がありました。領民に慕われていることでも判るように、アルゴス卿自身は鷹揚な性格で、身分などにはこだわらないようです。お嬢さんは私より二つ三つ年上で、おとなしい性格のようでした。一見地味な印象なのですが、よく見るとわりと美少女です。
私のこの姿を初めて見た時、すでに知っているアルゴス卿はともかく、お嬢さんと護衛の村人は、唖然としていましたっけ──。もっともお嬢さんは、レミイの美しさを羨望の目で見ていたし、村人の中には、この姿の美しさに見とれている者もいたのですが。
ここまで何度も同じ宿に泊まったのですが──お二人はもちろん護衛の村人も、私が、『宿に着いても鎧を脱がないこと』、『食事すらとらないこと』に驚いていました。
それゆえ当然のごとく、アルゴス卿自身から、こう訊かれてしまったのです。
「レイミ君はなぜ、鎧を脱がないのかね?」と。
「もうお気づきかもしれませんが、この鎧、普通の鎧とは違うんです。いわゆる『動甲冑』の一種で──人間には不可能な力を出せるだけでなく、何日着ていても平気なんです。──その間は、飲まず食わずでも平気なんですよ」
隠す理由も無いので正直に答えますが、やはり納得出来ないようです。それはつまり、レミイがそれだけ非常識な存在だということなのですが。
「村の人たち、レイミさんは実は人間じゃなくゴーレムなんじゃないか、とさえ言っていますよ?」
お嬢さんにまでそう言われてしまいました──。そりゃ、疑いたくなるのは解りますけど、正直、もう少し配慮して欲しいです。乙女心とプライドの、両方が傷つきます──。だから私、いささかむっとして言いました。
「そんなことはありません。鎧を脱がないのには、ちゃんと理由があるんです──。ちなみに、顔を見られたくないからではありません」
「ではどんな理由が?」
露骨に不審そうな顔で、二人がそう尋ねて来ます。おそらく、『顔を見られたくないこと以外の理由を想像出来ない』のでしょう。
だから私、これも正直に答えます。もっともこちらの方は、出来れば隠しておきたいのですが──。
「第一に、この鎧、首から上だけ脱ぐことが出来ないんです。脱ぐ時は、全部脱がなければならない──。第二に、これはあまり言いたくないのですが、この鎧──『裸にならないと着られない』んです」
「「ええ?!」」
驚いて目を見張る二人。まあ当然ですよね。
「つまり、レイミさん、その鎧の下には──」
「お察しの通りです。脱ぐわけにいかない理由が、解ってもらえましたか?」
父娘揃って顔を赤らめています。これまた当然ですよねえ。これで納得してくれるだろうと思ったのですが──。
「あの、でも、それはレイミさんの言葉だけで、本当かどうかは……」
お嬢さん、意外としつこかったみたいです。
「……そこまで言うのなら、致し方ありません。お嬢さんとお付きの女性には、証拠をお見せしましょう」
私としてはもう、そう言うしかありませんでした。
数十秒後、宿の一室。ここには、私とお嬢さん、その世話係であるメイドさんしかいません。私、壁を背にして立つと、『脱ぎたい』と強く念じました。
レミイを脱ぐ時はいつもこうなのですが──身体が後ろに引っぱられる気がして、一瞬、気が遠くなります。ふらつく身体を、壁によりかかって支えると、私は顔を上げ、お嬢さんとメイドさんを見つめて言いました。
「これで信じていただけましたか?」
ところが、そう言っても返答が返って来ません。二人ともあんぐりと口を開け、声も出ない様子です。これまで誰もがそうだったように、レミイに入っている時の私と、本当の私とのギャップに、唖然としているようですね。
「レイミさん、私より年下だったんですか……」
ややあって、お嬢さんが、絞り出すようにそう言いました。
「ええ、この春十五歳になりました」
ちょっぴり晴れやかな気分で、私はそう答えます。
「これで信じていただけましたよね? もう、鎧に入ってもいいですか?」
二人とも無言で、人形みたいにうなずいています。どうもまだ、茫然自失の感覚が続いているみたいで……頭の働きが、正常じゃないようですね。
「レイミ君の言ったことは本当だったのか?」
「ええ、彼女、私より美人でした。私より小柄で年下だったのにも、驚きましたけど──」
「本当かい?!」
元の部屋にて、アルゴス卿とお嬢さんのそんな会話を聞きながら、私、レミイの顔の下で微笑んでいました。ささやかでも、勝利感を得られるのは嬉しいものです──。
そんなことがあってしばらく。今朝早く、一行はムフルの宿を出ました。順調に行けば、午後には目的地にたどり着けるはずです。
昨日、早めにムフルの宿に入ったのも、今朝、早めに宿を出たのも、実はそのため。ここから目的地までの道を、明るい内に通りたかったからです。
目的地である男爵領に着けば、少しは治安も良くなるそうですが──そこまでの間が、半ば無法地帯。いつ襲われるか、わかったものではないそうです。腕に覚えが有るか、充分な護衛が居ない限り、夜の間にそんな場所を通ろうなんて、誰も思いませんよねえ?
──そして、案の定でした。道のりの半ばを過ぎたあたりで、無法者が7,8人襲ってきたのです。
突如、屈強な男が3人、馬車の前に立ち塞がりました。馬車にひかれる、その危険を冒してまでそんなことをするのは、馬車を止めようとする者以外いません。
速度を落とさず逆に上げ、そのまま突っ切ってしまえば逃げられたのかもしれませんが──残念なことに、馭者が反射的に馬車を止めてしまいました。
たちまち、無法者たちが馬車を取り囲みます。その中に知った顔を2つ見付け、私、内心絶叫していました。間違いありません。あの4人組の内の2人です。
咄嗟にその内の一人、その太腿をレーザーで射抜きます。突然光が走って一人が倒れたことで、奴ら、動揺したようですが──さすがに、それだけでは逃げ出しませんでした。そこまで柔な連中ではなかったようです。
──しかしそれは、私にとっては幸いなこと。すかさず、もう一人の太腿を撃ち抜きます。
──わけがわからない内に、あっという間に2人もやられたことで、こいつら、パニックに陥ったみたいです。一人が耐えられなくなったらしく、狂ったように斬りかかってきますが──そんな状態で、まともに戦えるわけはありません。村人に、2人がかりで、あっさり斬り倒されていました。
それでついに、限界を超えたのでしょう。見るからに脅え、慌てふためいた様子で、それこそ蜘蛛の子を散らすように、残った連中は逃げ去っていきました──。
しかし私にとっては、これで終わりではありません。馬車から飛び降り、太腿を撃ち抜いた2人を捕まえます。動かない足を引きずりながら、不様に逃げようとしていますが──それこそ無駄な足掻きというもの。
アルゴス卿とお嬢さんにも、村人たちにも、「この後のことは、私の私怨です。見ないようにしてください」とことわった上で、その場に引き据えました。
「無法者も、こうなるとみじめなものね」
思いっきり見下した口調で、そう言ってやります。
「て、てめえ何もんだ?!」
「…お前たちに、恨みがある者よ」
「恨みだと?!」
「……お前たち、今年の春、同じように馬車を襲い、金品を奪った上、乗っていたメイドたちを、犯して殺したことが有ったでしょう」
「…それがどうした!」
「……しかし肝心の、そのメイドたちが護っていた娘だけは、女冒険者に邪魔され取り逃がした──。そんなことが有ったのを覚えているかしら?」
「ななな、何ィ?! ままま、まさかてめえは?!」
「そう! お前たちが取り逃がした、あの小娘よ!」
そう宣言した上で、背中の剣を抜き放ちます。
「そこまで言えば解ったでしょう! 私、お前たちだけは許せません! 死になさい!」
言い返す暇を与えず、私は2人を真っ二つにしました。手足を切り落とすとか、首をはねるとかではなく、胴体ごと両断したのです。
その場の光景にも、そんな真似をした私自身にも、吐き気がしそうでしたが──こいつらに殺された侍女たち、これで少しは溜飲を下げてくれたかもしれません。あの世で少しは、喜んでいるかもしれません。
アルゴス卿とお嬢さん、村人たち、彼らには「私が、あいつらに大切な人たちを殺されたこと」「その人たちは、あいつらから私を守って死んだこと」「だから、あいつらだけは許せなかったこと」を話しました。
それで一応納得してくれたようですが──その後、一行の雰囲気がぎくしゃくしたものになるのは、やはり避けられませんでした──。
その後は何事も起こらず、結婚式もつつがなく終わり、帰路で、また護衛を務めたのですが──アルゴス卿、途中でしきりにぼやいていました。
「なんとか、領内をもっと豊かにする方法はないものか」と。
『これはチャンスかもしれない』と思い、私が「農産物の収穫を増やす方法なら、心当たりがありますけど?」と切り出すと、アルゴス卿、「本当かい?!」と食いついて来たのです──。
最初から読んでいただいている方なら、解ると思いますが……。レイミことレーニが人を殺したのは、実はこれが初めてです。
前回のラストにも書きましたが、本来、人殺しはもちろん、生き物を殺すこと自体、嫌う彼女……。
そんな彼女が、容赦無く、そして躊躇無く人を殺した。つまり、あの4人組だけは、それほど許せなく思っていたのです。
なぜ許せなかったのか、その理由は、本文中にも書きましたが、実はもう少し続きが有って……。
そちらの方は、活動報告の中で書いています。




