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第15話 冒険者の仕事(大雀蜂編)

 朝の光の中、私は目を覚まします。昨夜から、レミイには入っていません。素顔の、素の私のままです。以前のある経験に基づく、ある推測。その推測に基づき、あることを確認するために。

 そして、私のその推測は、当たっていたようです。私、今、少し食欲をおぼえているのです。レミイの中にいる限り、決して感じることの無いそれを。


 どうやら私、レミイを脱いである程度時間がたつと、食欲が湧くらしいのです。以前、気まぐれでレミイを脱いで寝た時、翌朝食欲を感じたことからの推測だったのですが、当たっていたようなのです。

 つまり私は、レミイに入っている限り、空腹度は進行しないらしいのです。レミイを脱いでいる間だけ、空腹の度が進むようなのです。


 でもレミイに入っている間は、何日飲まず食わずでいようと、飢えも渇きも感じることが無い。そうしたところで、まったく身体に、健康に悪影響は無い──。

 これはつまり、私、もしかして、レミイに入っている間は、肉体の活動は止まっている、ということなのでしょうか? レミイの中では、時間が止まっているか、あるいは極端に遅くなっている、ということなのでしょうか?


 その種の魔法は、この世界には実在します──。物の腐敗や変質を防ぐ、状態固定という魔法が。でもそれは、腐敗や風化、変質を遅らせるだけで、完全に防げるわけではありません。

 状態固定の魔法は、密閉空間の中でなら、さらに腐敗や変質を遅らせることが可能──。それも判っています。でも未だかつて、腐敗や風化を完全に止められるような、時間そのものを止められるような、そんな魔法を完成させた者はいません。


 そもそも根本的におかしなこととして、状態固定の魔法は、生き物には効果は無いはずなのです。死んだ物か、もともと生きていない物にしか、効果が無いはずなのです──。

 それだけではありません。レミイの中で、時間そのものが止まっているのなら、レミイに入っている間、私が普通に考えて行動出来ること自体が、そもそも理屈に合わないのです──。

 まさか、心を身体から切り離して、心の時間だけを進行させている、とでも?


 第一、この想像が当たっているのなら、それはとんでもないことです。私は、レミイに入っている限り、不老不死だということなのですから──。


 魔法の実在する世界においてさえ、あまりに荒唐無稽なこと、正直無茶苦茶なことで、今はとてもじゃないけど、信じる気になれません。あと数年、あるいは十年くらいたって、私が年を取っていないことが確認できたなら、その時こそ信じざるを得ないでしょうけど──。



 階下で軽く朝食を済ませ、レミイの中に入ります。生まれたままの姿になり、レミイに背後から身体を押し付けます。フッと一瞬、気が遠くなって──次の瞬間、私はレミイになっていました。レミイの姿、『美しい女性型ロボット』そのものの姿で、部屋に立っていました。


 私、今、レミイの中に入ったのです。レミイと一体になったのです。レミイの、美しい姿になったのです。ある意味で、レミイそのものになったのです。一糸まとわぬ裸身を、レミイに包まれているのです。


 今の私の姿──レミイの姿は、私自身の目から見ても、非常に美しいものです。鏡に写るその姿に、自分で見とれてしまうほどに。その美しさが、私のものであることが──私がレミイで、レミイは私であることが、時々自分でも信じられなくなるほどに。


 特に屋外の、朝の光の中にいると、本当に美しいらしくて──剣を構えたその姿を、「戦女神のようだ」と、讃えた人さえいます。


 美しさだけではありません。女神にたとえられるほど、美しいだけではありません。今の私にとって、レミイになるのは喜びなのです。レミイに全身を包まれるのが、私、とっても楽しいのです。

『私、レミイになってしまってもいい。一生、レミイの姿でもいい。このままずっと、レミイの中に入っていたい。このまま一生、レミイに入っていてもいい』。

 時々本気でそう思うほど、レミイの中は快適なのです。全裸でレミイに包まれていると、それほど心地良いのです。


──でも、そんな考えに捕らわれるたびごとに、私、自嘲せざるを得ません。レミイの美しさは作り物であり、私にとっては、あくまで借り物なのですから。私も、女である以上、いつかは母にならねばならないのですから。



──頭を切り替え、今回パーティーが受けた、仕事のことを考えます。


 今回の仕事は、私たちのパーティーを名指しで、冒険者ギルドに持ち込まれたものです。名指しされた理由? 先日、ノハラシロオオワシのつがいを倒した、その『実績』によるものです。

 と、言えば想像がつくでしょうが、今回の相手も、空を飛ぶ生き物です。それもある意味では、大鷲よりずっと厄介な相手です。群れで行動し、しかも毒を持っているのですから。


 その生き物の名は、クロアカオオスズメバチ。この世界で最も危険で、最も恐れられている昆虫です。その名の通り、黒と赤に色分けされた身体を持ち、性質も、前世でいた世界のスズメバチに酷似していますが──違うのは、その大きさ。体長15cmに達する、世界最大の蜂なのです。


 その毒も強く、十箇所も刺されれば確実に死に至る。しかも攻撃性が強く、巣に近づいただけでも襲ってくるほど。さらに厄介なのは、この蜂が肉食性だということで──。普段は他の虫や小動物を狩っているのですが、餌が少なくなると、牛や馬のような、大型の動物さえ倒して餌にすることがある。そんな蜂が、一つの巣に百匹以上、大きな巣では三百匹くらいいるのですからたまりません。


 と言っても、この蜂、本来は森の住人であり、人里で見られることは滅多にありません。その滅多に無いことが起こってしまったのが、今回の依頼の理由です。

 場所は、このエルディナから遠くない小さな山、その麓にある村です。その山を覆う森にクロアカオオスズメバチが住み着いたのが、事の発端でした。


 最初の内は、存在を知りながらも実害が無かったことから、村人も放置していたのですが──森の規模が比較的小さかったことが、不運だったようです。村人たちにとっても、蜂たちにとっても。

 どうやら、森に居た獲物を狩り尽くしてしまったらしく──半月ほど前、飼っていた豚が刺し殺され、蜂がその肉を食いちぎっては、巣に運ぶ様子が見られた。豚の死体が腐敗してしまうと、今度は馬の一頭が刺し殺され、蜂の餌にされた。


 今はまだ、村にとって被害は許容範囲に収まっているが、これ以上被害が出てはたまらない。何より、これ以上蜂が増えたら、最後は人間までもが、奴らの餌にされかねない──。それゆえ、冒険者ギルドに依頼が来たそうです。



──それから、現地に着くまでのことは、述べる意味が無いでしょう。実際、語るべき事がありませんでした。村人たちが私を見た時の反応は、今さら言うまでもありませんし──。


 資料によれば、クロアカオオスズメバチは昼行性で、夜間は、巣がおびやかされない限り、まず活動しないそうです。ならば、夜の間に、粉塵爆発で巣ごと吹き飛ばせば──と考えるでしょうが、残念なことに、そう都合良くはいきません。

 クロアカオオスズメバチは、日本のオオスズメバチと同じく、地中や樹洞などの閉鎖空間に巣を作るので、その手が使えないのです。


 地中なら、ミーニャさんの土魔法で、巣を丸ごと押し潰す方法も考えられますが──村人たちの話では、今回の巣は、大きな木のうろにあるので、それも駄目。

 結局、一匹ずつ倒していくしか無いという結論になりました。


 幸い、こちらには、私という存在がいます。レミイの装甲と、レーザー(ないし熱線)を持つ私が。

 跳竜の爪や牙さえ寄せつけなかった装甲に、蜂の毒針など通用するはずはありません。加えて、レーザーは光の速さで飛ぶ弾丸だから、目標さえしっかり捉えていれば、ほぼ百発百中なのです。

 大鷲との戦いの後、投げてもらった石や、風に吹き上げられた木の葉相手に試したことですから、間違いありません。


 試したのはもちろんそれだけでなく、他にも色々やったのですが──その結果、レミイのレーザーは出力の調節が出来、出力と発射間隔は反比例することが判りました。

 出力を最大に上げれば、鎧を貫通するほどの威力を発揮する代わり、数分に一発しか撃てない。最小に絞れば、小鳥を撃ち落とす程度の威力しか無い代わり、一秒に三発くらい撃てる。

 クロアカオオスズメバチ相手なら、最小か、それに近い出力で充分でしょう。



 翌朝、まだ暗い内、村人の案内で、クロアカオオスズメバチの巣のある場所へと向かいます。なぜ、そんな時間に行くのかって? ほとんどの動物は、体温が低下すると、活動力が鈍ります。クロアカオオスズメバチも、おそらく例外じゃないはず。朝、活動を開始した直後、まだ動きの鈍いうちに、出来るだけ数を減らそうという発想です。


 空が明るくなり、太陽が顔を覗かせた直後、案内の村人が片手を上げ、私たちを制しました。20~30mほど先の、ある大木を指さします。よく見ると、その木の根元には裂け目があり、中が空洞になっているようでした。言われずとも解ります。その中に巣があるのです。


 彼の話では、この距離なら攻撃はされないということなので、そのままここで待つことになりました。レーザーの出力を最小に合わせ、蜂が出て来るのを待ち構えます。


 私の感覚では数十分が過ぎ、その木の根元に朝日があたり始めて数分後、最初の一匹が、木の裂け目から姿を現しました。しかし飛び立とうとせず、巣の入り口で朝日を浴びています。まるでひなたぼっこでもしているかのように。

 いえ、飛ばないのではありません。飛べないのです。そして事実、ひなたぼっこをしているのです。朝日を浴びることによって体温を上げ、冷えた身体を、飛べる状態にしようとしているのです。


 もちろん、飛び立つのを待ってやる理由など、私たちにはありません。レーザー光線の一撃で、そいつは地面に落ちて動かなくなりました。

 まるでそれを待っていたかのように、数秒~十数秒の間隔で、巣から次々と蜂が出て来ます。しかし、こちらにとって幸いなことに、やはり身体が冷えていて、すぐには飛べないようです。飛び立つ前に、レーザーで次々に撃ち落としました。


 四、五十匹ほど仕留めたでしょうか、その頃から、ちょっと厄介なことになりました。気温が上がり始めたことと、巣のある場所に朝日があたっているために、中の温度が上がったのでしょう。蜂が、出て来てすぐ飛び立つようになったのです。

 それでも逃がさずに撃ち落としたのですが──出て来る数も、徐々に増え始め、次第に撃ちもらしが出るようになりました。しかも困ったことに、仲間を殺しているものの正体に、どうやら気づいたらしく──まっすぐこちらへ向かって来るようになったのです。


 しかし、そんなことは予想の内。こうなった時の対応は、すでに決めてありました。私が前に出て、そいつらを引き付けます。蜂たちは私の身体にとまり、毒針を刺そうとしますが──そんなもの、レミイの装甲には通用しません。私の手で叩かれ、潰されて終わりです。

 レーザーで撃ち落とすことも続け、さらに数十匹倒しました。仕留めた数は、とっくに百匹を超えているはずです。

『もう、そう多くの働き蜂は残っていないはずだけど』。そう思っていた時です。

 幹の向こう側から、数十匹の蜂が一斉に飛び立ち、襲って来ました。巣の出入り口は、一箇所ではなかったのです。


「コペルさん!」 「了解!」


 コペルさんの手元から、小麦粉の雲が湧き上がりました。目の前に迫った蜂の群れを、間一髪呑み込んだかと思うと、それが真っ赤な火球へと変わります。私は、爆風で吹き飛ばされましたが、レミイの中に入っていれば、この程度ではびくともしません。素早く起き上がると、もう周囲には、生きている蜂はいませんでした。


 あとは元凶の巣だけです──。問題の木に近づき、幹の裂け目に手をかけ、引っぺがします。──中には、直径1mを超える巨大な巣がありました。

 その外皮を、さらに引き剥がすと──中にいたのは、10匹ほどの働き蜂と、それより二回りほど大きく、色合いも違う一匹の蜂──明らかに女王蜂です。咄嗟にその一匹を捕まえ、握り潰しました。


 残った働き蜂をすべて殺して後、ジェーンさんに、火炎魔法で巣を焼いてもらいます。そのままでは山火事になりかねないので、ミーニャさんに、土魔法で焼け残りを押し潰した後、樹洞をすべて埋めてもらいます。再びここに、クロアカオオスズメバチが巣を作らないように。



 蜂の体液でべとべとになった身体を、近くの小川で洗い流してのち、村に戻りました。働き蜂を何匹か逃したかも知れませんが、巣が無くなり、女王蜂も死んだ以上、もう脅威にはならないでしょう。第一、クロアカオオスズメバチの場合、肉を必要とするのは幼虫であって、成虫に、肉を食べる能力は無いのですから。


 それにしても……人に仇なす奴らとはいえ、命を奪うのは、やはりいい気持ちはしません。生き物を殺すことには、いつまでたっても馴れません。

 甘いと言うなら言ってください。女子供の言葉だと言うなら、言ってください。

 私は、生き物の命を奪うことに、馴れてしまいたくありません。躊躇無く平気で命を奪えるような、そんな人間にはなりたくありません。


 私の乗っていた馬車を襲い、面白半分に侍女たちを殺した、あの4人組のような連中には、絶対に──。

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