表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

第13話 ルミニア回帰

 ルミニアの旧王都──現在は首都であるアシュガル、その町並みが見えて来ました。アシュガルとは、古語で『大空』とか『天空』とかいった意味だそうですが、現実の町並みは、はっきり言って名前負けしているとしか思えない、俗っぽいものです。


 それでも私にとっては、感慨深いものがありました。あの町を離れて、まだ二月たっていないにもかかわらず、です。いえ、実のところ、私自身の主観としては、アシュガルを離れたのは、もう半年以上前だったような気分なのですが──。


 そう、私たちは今、ルミニアに来ています。革命の悪影響で、ルミニア辺境からユーヴェルニア国境付近にかけての治安が大きく悪化し、結果として交易のための隊商は、護衛を強化せざるを得なくなりました。ゆえに、私たちのパーティーにも声がかかった、というわけです。


 もちろん護衛は、私たちだけではありません。治安悪化に対する不安感から、普段の商売敵同士が手を組んだため、隊商の規模が普通の4~5倍、護衛の人数が7~8倍に膨れ上がり、とてもじゃないが、並みの山賊などでは手が出せない規模になってしまいました。

 それでも2度ほど、それらしい相手が姿を見せたのですが──さすがに、これだけの護衛がいては手を出せなかったらしく、こちらが威嚇すると、慌てふためいたように逃げ去って行きました。

 こっちも、深追いはしません。後のことを考えると、ここで根を絶っておいた方が──とも思えるのですが、もし万一、そいつらがおとりだったら、手薄になった隙を襲われたりしたら、たまりませんからね。


 実を言うと、私、今回の仕事で、馬車を襲ったあの無法者たち(第2話参照)と再会したら──なんてことを考えていました。今回の隊商のルートが、私たちの乗った馬車が襲われた、まさにその森を通るからです。

 あの4人組の顔は、今でもはっきり覚えています。私を守ろうとして命を落とした侍女たちのためにも、奴らと再び出会うようなことがあったら、この手でぶった切ってやる──そう心に決めていました。

 とはいえ、さすがにたった4人で隊商を襲うほど、奴らも馬鹿ではなかったようですが。



──というわけで、結局、一度の戦いもすること無く、目的地であるアシュガルに到着した私たちです。帰路で、また護衛を務めねばならないのですが、運んで来た荷をさばくのに数日かかるので、それまで自由にしていいと言われました。とはいえ、いつ何が起こるか判らないため、毎日、朝夕2回は、元締めの所に顔を出さねばならないのですが。


「私らは、とりあえずこの町を散策してみるよ」


「私は『元』王宮に行ってみます。王宮の中に入れるなんて、滅多に無い機会ですから」


 先刻聞いた話では、『元』王宮は現在、新政府の庁舎として改装中だそうです。しかし、工事の邪魔にならぬ限り、誰でも自由に出入りして良い、ということでした。「我々は貴族や王家とは違う」という、ルミニア新政府の意思表示、その一つなのでしょうか?


「え? レイミは、この国の貴族だったんだろう? 王宮に行ったことなんて何度も有るんじゃ?」


 ジェーンさんがそんなことを言っています。実際、そう思うのは無理ありませんよねえ、でも……。


「貴族といえども、王宮に自由に出入り出来る者なんて、滅多に居ませんよ。実際に国政にたずさわっている者か、充分な地位のある正真正銘の『大貴族』くらいです。ましてや十四や五の小娘では、招待されない限り、王宮になんか入れてもらえません」


「へえ……そういうものなのかい?」


「そういうものなんです。貴族といえどもピンからキリまで居ますから」


 そんな会話をして、ジェーンさんたちとは別れました。いえ、元王宮に行くつもりなのは本当ですし、貴族といえども、王宮に自由に出入り出来る者なんて、滅多に居ないのは事実です。しかし、私が王宮に行く、本当の目的は別にありました。ジェーンさんたちに言ったのは、もちろん口実です。



 しかし私──このアシュガルでは、当然のことながら、エルディナでの私以上に目立ちまくっています。


 あれからの一月ほどで、エルディナの冒険者ギルドでは、もう私のことは、すっかり知れ渡ってしまいました。私が、(よろい)の下に何も着けていないことも、鎧であるレミイに入っている限り、飲まず食わずでも平気であることも、もう誰もが知っています。だからもう、奇異の目で見られることはありません。


 しかしここでは、誰も彼もが私のことを、奇異の目で見ます。知らないから仕方ないと解ってはいても、やはりいい気持ちはしません。


 いえ、中には、今の私の姿──レミイの姿の美しさに見とれている人、花や宝石などの、美しい物を見る目で私を見る人、賞賛と羨望──と言うべき視線を向けて来る人もいるのですが、やはり、奇異と疑念の視線を向けて来る人の方が多く──元王宮に到着するまで、私、その種の視線にさらされっぱなしでした。


 私にとって、懐かしいはずのアシュガルの町並みですが、どうしても沈んだ気分になってしまうのは──あちこちに、戦いの跡が見られるためです。倒壊した建物や、焼かれた壁などが所々見受けられ──かなり激しい戦闘があったことを、嫌でも悟らされます。いったいどれだけの人が死に、どれだけの人が傷ついたのか──想像しただけで、気が滅入ります。


 このようなことは、二度と起こらないようにしなければ。この種の悲劇は、無くすことは出来なくても、少しでも減らさなければ──改めてそう決意します。

 甘いと言うならば言ってください。非現実的と言うならば言ってください。私、この時は本気でそう痛感し、そう決意していたのです。



 元王宮の門、もちろん、門番の兵士がいましたが──「工事の邪魔をせぬ限り、どこでも自由に出入りして良い、というのは本当ですか?」と私が問うと、彼ら、目を剥いていました。


 まあ、『金属で出来た女性の彫像のようなもの』が、動いているだけでも目立つのに、それが口をきくとなれば、驚くのも無理はありません。実際、私の今の姿、レミイの姿は──知らない人からは、人間には見えないみたいです。特に、初めて見る人には。


 エルディナの冒険者からは、時々、「あんたが血の通った人間であることが信じられない」などと言われますし、ミーニャさんからさえ、以前、「時々、その姿の中に、生身のお嬢ちゃんが入っているのが信じられなくなる」と言われました。


 ゴーレムに間違われたことが何度も有るのも、以前話した通りです──。正直、そのたびごとに、乙女心とプライドの両方が傷つきます。

 この世界に存在するゴーレムなんて、術者の操り人形に過ぎません。リモコン操縦のロボットのようなものに過ぎません。言葉を話せるものさえ皆無に近いし、自分で判断して行動出来るゴーレムなんて、これまで聞いたことがありません。にもかかわらず、間違う人が多いのですから。

 いえ、魔法に詳しくなければ、そのあたりの判断がつかないのは致し方ない。それは解ってはいるのですけど。


 とにかく、門番の兵士は、入って良いと言ってくれたので──私、まず王宮の、私や父上・母上の居室があった場所へと向かいます。もっとも、勝手知ったる様子では怪しまれるので、あちこち寄り道したり、回り道しながらですが。

 途中わざと、「国王一家の居室だった部屋はどこですか」と尋ねてみたのですが──金属製のゴーレムか自動人形のようなものが口をきくことに、やはりみんな驚いていました。いえもちろん「この姿は鎧で、私は人間です」と言ったのですが、それでも疑いの目で見る人が多いんですよねえ……。


 ようやくたどり着いた私たち家族の居室は、意外なことに、ほとんどそのままでした。荒らされた形跡もありません。金目の物はすべて無くなっているかと思っていたのに、ちょっと驚きです。

 どういうことかと、警護の──いや監視役らしき兵士に尋ねると、返って来た答えはこうでした。「そんなあさましい真似をして、後で周囲から軽蔑される、そんなことになりたいと思うか?」と。

 こうも言っていました。「ここに有る物は、すべて国家の財産だ。盗めば犯罪になるからな」と。


 つまり、王宮の中心部を制圧した革命軍部隊は、野卑な荒くれの集団などではなく、それなりに節度のある兵士の一団だった、ということでしょう。私や父上・母上にとっては、幸運だったと言えます。

 もっとも、このあたりの部屋が、今後もこのまま保存されるのか、改装して別の用途に使うのかは、彼も知らないようでした。──と言うより、未だ決定していないのかもしれません、新政府も迷っているのかもしれません。


 その後、あちこちの部屋を覗くふりをしながら、ある出口へと向かい──そこから、建物の外に出ます。本日、ここへ来た最大の目的、王宮の一角に、私が研究のために作った実験農場、その現状を確認するために。



──久しぶりに見た実験農場は、一見何も変わっていないように見えました。荒らされたようにも見えません。まあ、元々ここには金目の物も無いし、荒らす理由も無かったのでしょう。しかし問題は、ここの価値を理解している人が、はたして新政府の中に居るかということ。

 いえもちろん、私がここで行っていた研究の内容を知れば、その価値を理解出来る人はいるでしょう。そのことには自信があります。問題はむしろ、研究の成果について、信用してくれるかどうか。王女のお遊びと、思われないかどうか、でしょうね。


 そんな思いにふけっていた時です。背後から、聞き覚えのある声が聞こえて来ました。「おめえ、何もんだ? ここで何をしている?」と。

 ふり返って見えたのは、懐かしい顔でした。この実験農場で、実際の農作業をしてもらうために雇った、一組の農夫の兄弟、オッフェンとエオル。その兄の、オッフェン・ルードです。


「いえ、ここって、どう見ても畑ですよね? なぜ王宮に、こんなものがあるのかな、と思って」


 とりあえずそう答えました。さすがにここで、正体を明かすことはできません。しかしオッフェンは、私の言葉を無視することに決めたらしく、改めて問うてきました。


「おめえは何もんか? と訊いているんだ。ゴーレムか? それとも自動人形かなにかか?」


「私は人間ですよ。この姿は鎧です」


「そんな鎧なんぞ聞いたこともねえぞ。本当に人間か?」


「本当ですよ。こんなふうに、人間そっくりに振る舞える、ゴーレムや自動人形がいると思いますか?」


「なるほど、そう言えば聞いたこともねえな──。で、ここで何をしている?」


「さっき言った通りです。なんで王宮に畑が有るのか、と思っただけですよ」


「……ここは、姫様が研究のために使っていた農場だ」


「姫様?……もしかしてレーニ王女のことですか? 行方不明になっている、という?」


「そうだ。姫さまはここで、作物の収穫を増やすための研究をしておられた」


「研究って……。レーニ王女は学者だったのですか? それも、農業の研究をしていたと?」


「そうだ、言わばここは、姫さまの遺産そのものだ」


「遺産……。もしかしてその研究、成功していたのですか? 作物の収穫を増やすことが、出来ていたのですか?」


「そうだ。あと何年かあれば、国全体で、作物の収穫を大幅に増やすことが、出来たはずだった」


「それが本当ならすごいじゃないですか……。新政府には、そのことは話したのですか?」


「もちろん話した。が、信じてくれてねえみてえだ」


「へえ……でも、ここが潰されてないってことは、まったく信じられてないわけじゃない、ってことですよね?」


「おらたちもそう思って、望みを繋いでるんだけどな……。まったく、姫様の研究、その価値を知らない奴らから、ここを守り通すのに、どれだけ苦労したか」


「あの……でも、その研究成果、残ってるんですか? どうすれば収穫を増やせるのか、判ってるんですか?」


「ああ、おらたちには、学問のことは解らねえ。しかし、何をどうすればいいのかは判ってる。姫様がいなくなっても、おらたちだけでもやり遂げて見せる」


 オッフェンははっきり、そう言ってくれました。

 私、この時、平静を装ってはいましたが、内心嬉しくてしようがありませんでした。

 彼らルード兄弟に、私がいなくなっても研究成果を生かしてくれるよう、頼んだのは事実です。新たなルミニア、新たな政府の元で、私の研究成果を生かしてくれるよう、頼んだのは事実です。

 しかし、彼らにそれが出来なかったとしても、攻めるつもりはありませんでした。王宮に革命軍が攻め込んで来た時、農場を捨てて逃げたとしても、攻めるつもりは無い。そのことは、彼らにはっきり言ってありました。


 平民であるルード兄弟にとって、革命軍は敵ではないのですから。私たち王家の者がどうなろうと、彼らには関係無いのですから。

 なのに彼らは、実験農場を守り通してくれたのです。私の研究成果を、守り通してくれたのです。それが嬉しくてしようがありませんでした。


「姫様が今どこでどうしておられるのか、生きておられるのか亡くなられたのか、それすらも判らねえ。しかし姫様の遺産は、必ず生かしてみせる。おらと弟を、貧しさから救い出してくれた姫さまのためにも、必ず生かしてみせる」


 その顔に、静かな決意、と言うべきものをたたえて、彼はそう宣言しました。

そのことに感激した私は、少しばかり、助け船を出すことにしたのです。


「あの……今思いついたのですけど、レーニ王女の行方を知る方法が、有るかもしれません」


「……え?! ええ?! 待ってくれ?! 今何と言った?!」


「だから、レーニ王女を見つけ出す方法が、有るかもしれない。そう言ったのですけど」


「本当か?!」


「ええ。もしレーニ王女が生きておられるのなら、どこにいようと、いずれ、ここでやっていたのと、同じ事を始めるのじゃないか……。そう思いませんか?」


「……あ!!」


「だから、もしどこかで、レーニ王女が見つけた『作物の収穫を増やす方法』と、同じことをする者が現れたら……。そこにレーニ王女がおられる可能性は、極めて高いのでは?」


「おめえの言う通りだ! それは気がつかなかった!」


「早くても何年か先でしょうけど……。調べてみる価値は、あると思いますよ」


 なかば有頂天になっているオッフェンにそう告げて、私はその場を離れました。今、彼に正体を明かすことは出来ません。そのことが後ろめたく、心苦しかったのです。

 あと何年か過ぎて、ルミニア新政府が王家の生き残りに脅威を感じなくなれば、『レーニ王女』を追わなくなれば、素顔で会える時が来るかもしれません。しかし今は出来ない。

 再び公然と、堂々と会える時が来るまで、ひとまずさよならです。


『今度このアシュガルへ来る時は、素顔でこの町を歩きたい。歩けるように、なっていて欲しい』。つい今し方まで、露ほども思わなかったことを、この時心から願った私でした──。

 前の2話で、「起こらなければならないはずのこと」を起こしましたが、今回、「存在していなければならないはずの人物」を登場させました。

 レイミことレーニの実験農場で、実際の農作業を担当していた人物、存在しないはずがありませんからね。

 ただしこの農業青年、物語の後半で、結構重要な役を果たす予定です。再登場はかなり先の予定ですが、彼の果たすべき役目とは何なのか。それはその時までお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ